秋天のリユニオン

朝食ダンゴ

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成就と裏切り

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「あたしとこーちゃんの再会に、かんぱーい!」

 学生達で賑わう店内で、俺達はグラスを合わせる。朱音は一口目で中ジョッキを空にすると、店員に追加の注文をする。

「大した飲みっぷりだな」

「もともとお酒は好きなんだけどね。一仕事終えた後のビールは格別よ。たまんないわ」

「そりゃ羨ましいもんだ。ま、今日はおつかれさん」

「ありがと」

 あまり酒に強くない俺は、朱音の豪快な飲みっぷりに圧倒された。俺が最初の一杯の飲み終える前に、朱音はすでに四杯目に突入している。久しく会っていなかった友人と再会した時、話題は思い出話か近況報告に限られてくる。高校時代の思い出で笑い合いながら、俺達は腹を満たしていく。

「そういえばこーちゃん。彼女いるのね」

 だしぬけに、朱音が話題を変えた。俺の鼓動が一瞬大きくなったのは話題のせいだけではなく、朱音の顔から笑みが消えたせいでもあった。

「ああ、まあな」

「そりゃそうよねぇ。わりといい男だし。でもあんな可愛い娘よく落とせたわね」

「向こうから寄ってきたんだ」

「ああ、なんだ。落とされたのはこーちゃんの方だったか」

 必死に動揺を隠そうと、酒を喉に流し込む。

「そういうお前はどうなんだ」

「あたし?」

「お前こそ男が放っておくわけないだろう」

 高校時代はいつも俺と一緒にいたせいで抑止力になっていた。それが無い今、朱音に言いよってくる男が少ないわけがない。
 しかし意外にも朱音は首を捻って唸る、という反応を見せた。

「そりゃ声かけられたり、連絡先聞かれたりすることは多いけどさ。いまんとこ全部断ってるのよ」

「そうなのか?」

 俺は胸を撫で下ろす。優奈のいる俺が安堵を感じるのはおかしいことなのだろうが、それでも朱音に恋人がいたら嬉しくない。

「あたしのお目に敵う男なんてそうそういないわよ。手頃な男で済まそうなんて思わないしね」

 その言葉に心を抉られたことが、自分でもひどく不思議だった。
 優奈の事を手頃な女だと考えているわけではない。優奈のことは本気で愛しているし、朱音と再会してもそれは変わらない。だが何故か、朱音の言葉が俺を責めているように思えたのだ。

「どうしたの? 辛気臭い顔しちゃって。お酒が足りなんじゃないの?」

「そうかもしれん」

 俺は残りのビールを一気に飲み干す。

「よっしゃ、今日は飲むぞ!」

「そうそうこーちゃん。その意気よ!」

 今だけは、優奈のことは忘れよう。この楽しい時間を素直に楽しむために。たとえ一時的とはいえ、アルコールは憂いを消し去ってくれるのだ。
 ペースを上げて飲んでいるうち、俺はいつしか平衡感覚の乱れを感じていた。辛うじて真っ直ぐ歩くことはできるが、頭はふらふらする。たが頭は冷静に働いている。と思う。酔っぱらいなので保証は出来ないが。
 朱音はというと、俺の倍近くのビールを飲んで流石にバテていた。顔はほんのり紅潮し、悩ましげな表情で席にもたれかかっている。口数も減っていた。
 これ以上はよくない。そう判断できるくらいの意識は残っていたらしい。朱音に肩を貸して立たせると、店員に笑われながら四苦八苦して会計を済まして店を後にする。
 いつの間にか二十二時を回っていると知り、俺は揺れる頭で驚いた。楽しい時間は早く過ぎるものだが、まさかここまで遅い時刻だとは。さて、どうしよう。
 朱音は一人で歩くことすらできない状態だった。ほとんど抱きつくように俺に寄り掛かっている。
「こーちゃん、悪いけど送ってくれる?」
 呂律の回らない朱音。言われなくてもそのつもりだ。
「ここから近いのか?」
「歩いていけるわ。うーん」
 至近距離にある朱音の美貌に戸惑いつつ。俺は仕方なく朱音をおぶって歩くことにした。
 俺だって万全の体調ではない。人一人背負ってしっかり歩くのは難しい。千鳥足で乗り心地が悪いのか朱音は俺の後頭部に何度も頭突きを入れてくる。
 十分ほど歩いてようやく到着したのは、いかにも学生が一人暮らしをしていそうなワンルームマンションだった。
 朱音から鍵を受け取り部屋に入る。朱音の実家には何度かお邪魔したことがあるせいか、部屋を訪れること自体に感慨はない。
 たが朱音をベッドに寝かして一息ついた所で、俺は今更ながらこの状況のヤバさに気が付いた。
 意識朦朧な朱音の無防備な姿。ミニスカートから伸びる脚がやけに色っぽく、はだけたブラウスから覗く桃色の下着が俺の理性を瓦解させていく。唾を飲み込む音が、やけに大きく感じた。

「ねぇ、こーちゃん」

 潤んだ瞳。

「あたし達って、結局なんだったのかな」

 うわ言のような声。俺の理性は何とか形を保つ。
 俺達はあくまで友人だった。ただ、他のどの友人よりも仲が良く、信頼し合っていた。俺は朱音のことが好きだ。高校の入学式で初めて会った時から、この想いは色褪せない。

「あたしは、こーちゃんのこと好きだった。友達としてじゃないわよ。一人の男性としてこーちゃんを見てた」

「朱音?」

「でも、怖かったんだ。それを口にしたら、今まで築いてきた関係が崩れちゃうんじゃないかって。おかしいわよね。そんなこと、あるわけないのに」

 俺は、馬鹿だ。とんでもない愚か者だ。
 解っていたのに。朱音の気持ちを知っていたはずなのに。

「今更かもしれないけど、せっかく会えたんだから伝えなきゃって」

 ゆっくりと体を起こすと、虚ろでありながらも決然とした意思の感じられる目で、朱音は言った。

「好き。こーちゃん」

 外れかけていた楔が、打ち直された。二度と外れないように。深く深く。俺の心臓に潜りこむ。
 俺は、悟ってしまった。これからどんなにすばらしい恋をしても、どんなに美しい愛を育もうと、朱音が打ち込んだ楔は決して外れることはない。初恋という呪縛に囚われたまま、永遠に。
 ベッドから転がり落ちるように俺の上に覆いかぶさってきた朱音は、強引に俺の唇を奪う。湿った感触。唾液にまみれた舌が俺の口内を蹂躙し、考える力を根こそぎ攫っていく。
 長い長い、お互いを奪い合うかのようなキス。
 もう歯止めはきかない。膨れ上がる欲望に抗うことなどできず、抗う気すら消え失せて、朱音をベッドに押し倒す。朱音の体に手を這わせ、胸の上に持っていく。
 一瞬、脳裏によぎる優奈の顔。少女の面影が残る微笑みが――

「いいよ。こーちゃん」

 その言葉で、最後に残った理性の一片が砕け散る。
 俺の鞄から聞こえる携帯の振動音が、二人の荒い息遣いの中に紛れて消えた。
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