真夏に咲いた恋の花

朝食ダンゴ

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幽霊少女

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 俺が生徒会長に立候補したのは大学受験が有利になるというただ一点が理由だが、就任出来たのは僥倖としか言いようがない。対抗馬がいなかったことで何の苦労も感慨もなく生徒会長の座に就いた俺はしばらく自分が偉くなったような気分に浸ってから、想像以上に多忙な会長業務に追われる羽目になって初めて後悔することになった。しかし習慣とは不思議なもので、半年以上も続けていると苦痛でなくなっていた。それどころかやりがいなんかを感じ始め、まあそれも気まぐれ程度のものなのだが、少しは生徒会長らしくなってきたのではないかと自画自賛している次第である。
 ところで俺の目の前には幽霊が浮かんでいる。
 自分で言って馬鹿らしくなるが、事実なのだがら始末に負えない。
 学校指定のセーラー服、膝下まであるスカートがゆらゆらと揺れている。全身半透明で、体の向こうが透けて見える幽霊娘。

「おっはよーございまーす」

 中津明日香は、俺を見るなり笑顔を咲かせて、間延びした朝の挨拶をのたまった。




 明日香と邂逅を果たしたのは去年の秋で、俺が会長就任後初めて生徒会室を訪れた時だった。物憂げな表情で会長の椅子に座する半透明少女を目にして、俺はまず近くの眼科を思い出し、次にどこにあるかもしれない精神病院の門に想いを馳せた。
 そっと扉を閉じた俺に、背後に控える生徒会役員達が何事かと言葉をかけてきたのでなんとなくお茶を濁してからもう一度扉を引いた。
 半透明少女はどういうわけかしたり顔を浮かべ、脚を組んでふんぞり返っていた。災難なことに、俺はそいつと目が合ってしまった。
 ここで気になったのは、幽霊らしき少女が誰しもに見えているかということである。俺は霊感などないし、だからこそこの場の全員に視えている可能性があったからだ。
 結果から言うと彼女は俺にしか認識することができなかった。生徒会役員にカマをかけてみるも、成果は無し。彼女の姿はもちろん、彼女が立てる音や、仄かに香る石鹸の匂いも、誰も気付かなかった。

「生徒会長就任、おめでとうございまーす」

「……どうも」

 心地よく耳朶に響くアルトボイス。それが彼女と初めて交わした言葉だった。
 かくして幽霊と知り合いになった俺なのだが、いやはや、慣れというものは本当に恐ろしい。理解の及ばない事象だろうと、当たり前だと思えばそれは普遍なのだ。理屈は重要でない。
 なんとも奇妙な生徒会室である。




 全校生徒の中で最も早く登校するのが俺だ。生徒会の業務もさることながら、個人的な仕事も朝からこなさなければならない。個人的な仕事とは明日香からの依頼であり、パソコンのキーを打つだけの楽な内容なのだが、しばしばタイピングしながら恥ずかしくなってくることがある。
 俺が明日香に課せられた仕事は、原稿の代筆である。明日香が口にする言葉を文章にして打ち込んでいく。何が恥ずかしいって、明日香の妄想の産物を聞かされ、それを自分の手で文字にしていることだ。今では慣れたものだが。
 明日香の紡ぐ物語は、いかにも女の子が好みそうな恋愛模様であり俺には面白いとは思えないが、実際のところ女子学生を中心に人気を博しているのは事実で周囲でも度々話題になっているのを耳にする。
 ちらりと時計を見る。そろそろ朝のHRが始まる時刻だ。

「もう、時間?」

 明日香の残念そうな声。
 俺はコンピュータの電源を落として、一息吐く。

「今日は昼休みにも来てやるよ。それまでおとなしくしてろ」

「はいよー。でも、わたしはいつでもおとなしいよ」

「成仏もしないで何言ってんだ」

 俺が呆れるように言うと、明日香は口を尖らせる。

「だってー。まだ未練あるんだからしょーがないじゃん。閻魔様に会いに行くのも何か怖いしー」

「閻魔様ね……実在するのか?」

 ふと思ったことを口にしてみる。

「さぁ」

「幽霊だろ。知らないのか?」

「会ったことないし」

「そりゃそうだ」

 人は死んだらどこに行くかということは、人類が希求してやまない答えである。神の許に召されるとか、輪廻転生するとか、宗教によって諸説あるが、どれが正解なのかは解らない。死人に口無しだ。
 しかし好都合なことに、今俺の前にいるのはれっきとした死人である。まあ成仏せずこの世に留まっている時点で、一流の死人とは言えないかもしれないが。

「何かないのか? 幽霊になってからこそ気付いたこととか、解ったこととか」

「そうだなぁ」

 明日香はその場でくるくると縦回転し、天井に足をつけるように静止した。逆さ吊りの状態でも髪も垂れない服もスカートもめくれないのは、やはり人間ではないからか。まるで無重力空間にいるかのように、ふわふわと靡いている。

「うーん……」

 考え込む明日香。顔の輪郭をすっぽりと覆う愛嬌のある癖っ毛を弄りながら、次の言葉が出ない時間が過ぎていく。
まあ、無いなら無いでかまわないのだが。少し残念ではある。
そんなことをしているうちに部屋のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。やば。

「ごめんねぇ」

 明日香の謝罪を聞きながら、俺は生徒会室を駆け出した。
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