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1章

Fall case

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 僕は今、hIE(アンドロイド)を尋問している。センサーと記憶媒体の塊であるhIEは22世紀半ばの現代において思想監視装置の何物でもない・・・気がする。2155年現在では少なくともAI政治家の意見集約装置としての役割を担っており、社会に広く深く浸透したhIEは明日にでも特高警察になりうる能力を持っている。いつかそういう社会になるのだとしたら僕は支配者の側にいたいと思った。だとしたらやはり警察官になるのが必然であり、従って僕は今こうして交番でhIEを尋問する立場にいる。

「君が僕の1週間におけるオナニーの回数を把握していることはわかっているんだ。君が正直に答えてくれたら僕はこれを罪に問わない。さあ話してくれ。」

 僕の目の前にいる女性型のどこかで見たことある青い服装をしたhIEは毅然とした態度で僕にこう話した。

「未成年が1人で夜中の1時に繁華街をぶらぶらと歩きまわっていることを問題視しているのです。君の両親もさぞ心配なさっている事でしょう。はやく住所と電話番号、そして外出の目的を教えてください。」

 それ来た!個人情報を掌握するつもりだ。僕の考えは間違っていなかったんだ。やはり政府の近年の思考監視制度はhIEによって実現されている。でも何かがおかしい、僕は本来政府側にいたいと思っていた人間だ。なぜこのような奇怪な関係性になっているのか?

「興味深い質問だね。それを聞くということはやはり国民の思想監視に加担しているというわけだ。」

「君は自分が補導されたことをわかってるの?君はさっきから陰謀論めいたことを言っているけれど警察としては君を安全に親もとへ帰すのが仕事です。それともセクハラめいた質問で東京都迷惑防止条例違反で検挙されたいのかしら?」

「いや、それはちょっと・・・住所は東京都江東区・・・・。」

 僕はようやくこの混沌とした空間の支配者が誰であるのか気づいたのかもしれない。そう、僕は尋問する立場ではなく、尋問される側だったのだ。僕にとってこれは衝撃だった。僕はやっと自分が警察官ではないことに気が付いたのだ。まだ17歳の高校生、9月からの1学期も終わりを迎え、年末にオカルト研究部の密会を深夜に開こうと友人であり部長の速水コウから提案されたのだ。コウのコンテナハウスには夜食がないというので買い出しに出ていたところを女性型hIE警察官に見つかりそのまま補導されたのだ。
 夜中の2時、交番からの電話で起こされた両親は息子が補導されたと知ってきっと悲しむだろう。しかしこの密会は僕、来栖レン、部長の速水コウ、ナイスガイのジョン・レイエスの3人の人類の未来を案ずる極秘会議であり誰にも知られるわけにはいかないのだ。こういうノリは中学2年生の内に封印すべきであったが信念を貫けとガイアが僕に囁いたのだ。そう思考している時に警察無線が聞こえてきた。少し耳を傾けているとクロスナーブ社の宇宙船が東京湾で消息を絶ったらしい。直ちに現場へ急行せよとの指令だった。

「君今日はもう帰りなさい。今日は特別よ。」

「いいんですか?ありがとうございます。」

 僕は釈放された。長い刑期だったが政府に屈することなく模範囚として刑務所を出たわけではなかった。そして急ぎ足でコウのコンテナハウスに向かう。

「今戻った。」

「レン、ずいぶん時間がかかったな。警察に捕まったのかと思ったぞ。」

「ああ、警察に捕まった。」

「そうか、そろそろ俺たちの活動も政府の察するところとなったか。」

「レン、コウ、大変だぞ!クロスナーブの宇宙船が落ちた。場所は東京湾だ。」

「ああ、それがあったんで僕は解放されたんだ。」

「クロスナーブか・・・非侵襲型脳機能解析で有名だな。でも確か軍事部門があったはずだ。ジョンが詳しいだろ。」

「私の記憶が正しいなら日本軍に高度AIを納入していることで知られているんだ。あとは小物類、スマートスーツやパワーアシスト関連、複合小銃のFCSと脳の連接設計が代表作だ。」

「さすがジョンだ。僕のにわか仕込みとは違う。」

 ジョンは見た目は筋肉マンだが見た目通り軍事に詳しく見た目通り格闘技に秀でている意外性がないほどナイスな男だ。

「俺としてはこの一件、気になるな。レン、ジョン、すまんが今夜はお開きにしよう。この前クロスナーブ関連でニュースがあっただろ、環太平洋諸国共同の超超高度AI開発成功のニュース。」

 コウは勘が鋭い奴で大抵外れる。序論は良いが本論がダメな奴だ。けれどリーダーシップと最初に感じた何かは案外無視できない微妙な情報源を頭からひねり出してくる。

「ああ、確か超超高度AIパシフィックリーダーだった。全世界の超高度AIを結集した演算能力よりもたった一台のパシフィックリーダーがはるかに凌駕するんだっけ。そんなものよくIAIA(国際人工知性機構)が許可したよな。レッドボックス(人類未到産物)どころじゃないだろ。」

「開発開始からかれこれ20年、環太平洋地域にある超高度AIが総力を結集して20年かかったんだ。建造認可が下りた時はタイムマシンより難しいと言われていた。AIってのは底が知れないな。おおっと、お開きだぞ。」

 こうしてもやもやした気持ちのまま僕たちは帰路に就いた。新年を前に不吉な出来事もあるもんだ。しかし翌日大晦日、僕の家には吉兆が舞い込んできた。アメリカから僕の家に同学年の女の子がホームステイすることになったのだ。この時僕はとても興奮した。何かが変わる、いつもと変わらない日常が特別なものになる、そんな期待が胸を膨らませた。

                   *

 ジョンは宇宙船墜落の翌日大晦日、軍事回線の盗聴によりその後の推移を追っていた。レンとは違い気になったことはとことん突き詰める、故にオタク気質がある。行動力もある、本来オカルト研究部の主任研究部員なのだがどこか心にバリアを貼っていてレンもコウもそれを察知して深入りしない少し陰のある存在だ。だから3人でオカルト研究部を立ち上げた時、部長を誰にするかという会議でジョンが指名されることはなかった。そういうオーラを出していたからだ。部の創設承認と予算承認には全校集会における演説が肝だった。そこに陰のあるゴツイ男が出て行っても生徒の心を打つはずがない。そこでイケメンのレンかコウどちらかになった。2人とも容姿は良かったがレンは押しに弱い所があり全校集会の質疑応答をすらすらと回答できる図太さはなかった。消去法でコウが部長になったのである。

「私の盗聴データをリベリオンの実働部隊に伝えなくては・・・。」

 リベリオンは人治主義を掲げる弱小政党だが議席がとれないだけで組織規模は大きい。そしてリベリオンには準軍事組織としての一面があり、それを支援している企業こそ件のクロスナーブ社なのだ。つまりジョンはリベリオンと通じている。あるいはコアメンバーなのかもしれない。従って墜落した宇宙船が一体何を運んでいたのか、墜落原因は何かを盗聴前からある程度把握していた。この時リベリオンに伝えようとしていたこととは日本軍の動きであり、ジョンは積み荷が消えていることをリベリオンへ報告したのだった。やはり陰のある男だった。

「本部、こちらリンクス8。積み荷は散逸した模様。」

「こちら本部、積み荷の特性から考えて宇宙船とともに海の底だろう。やつらが軍事用のhIEよりタフだとは思えない。こちらの実働部隊が機体を回収するまで監視を続けてくれ。」

「リンクス8了解。」

 どうやら積み荷は自律性の何からしい。そしてそれは軍事用のhIEより脆く宇宙船の墜落に耐えられるものではない。ジョンは状況を注視しながらも余計な任務が追加されずに済んだことを喜んだ。オカルト研究部の主任研究員としての自分を心底気に入っているからだ。レンとコウ、2人とのアホらしい日常が彼にとってはかけがえのないものだった。現代の日本の生活に満足している、ただその現状だけが生きがいなのだ。
 ジョンの生い立ちは必ずしも幸福ではなかった。まだアメリカで暮らしていた時、父親は米軍人として国外での特殊作戦に参加、結果名誉の戦死を遂げた。父の棺に掛けられた星条旗を幼心に誇りに思ったが、同時にもう二度と会えないのだという虚無感は彼の人格をどこか陰のあるものにしてしまった。そして追い打ちをかけるように母親がジョンを残して自殺した。ジョンは親戚に引き取られたがそこでの生活は苦痛を伴うものだった。本来軍人の子息の場合、戦死後は手厚く保護されることになっていたが、ジョンの父は公に明かされている部隊ではなかったのだ。国家機密の漏洩を厳格に守る合衆国はこれを家族にも強要し、ジョンの親族には父が軍人であることは秘密にされていた。実際ジョン自身、父の真の職業を国防総省の担当者が訪れるまで知らなかった。ただの公務員だと思っていたのだ。従って比較的貧困であった親戚家庭ではジョンはぞんざいに扱われ、早くこの国から脱出したいという願望が芽生えるようになった。そして2年前、ジョンはその願いをかなえた。どうやったのかは謎だ。それは彼もまた秘密の職業にリンクス8として従事しているからだろう。ジョンは少しずつ亡き父の背中を追いながら、今の日常を守り抜きたいという覚悟の元、日本の高校生活を満喫している。

                   *

 コウは前夜に感じた勘について思考を巡らせていた。超超高度AIパシフィックリーダーはすでに完成していると報じられているが実はまだ完成しておらず、パシフィックリーダー計画の対立組織によりその備品が撃ち落とされたのではないか?だとしたら誰の犯行だろうか・・・。コウとしてはそういう結論に達しようとしていたがいつも最後まで謎を解き明かせない。

「考えても無駄か。2155年最後の日に鈍った脳みそで何を考えても結論には達しない。」

「何を考えていたの?」

「昨日の宇宙船墜落の件だよ。」

「ああ、あれね。でも宇宙船の墜落って今どき珍しいよね。たとえパイロットのトラブルがあっても自動帰還モードで運行しているはずだし、エンジントラブルにしても複合サイクルエンジンの故障の場合最低でもロケットエンジンだけ動作するように工夫されてるし。」

「そうだな、複合サイクルエンジンは非常に高い信頼性を誇る。って何気に詳しいなアイ。」

 アイとはコウの彼女である。大晦日の日、コウは根暗な部活動の部長であるにもかかわらず彼女と年越しデートをすることになっていた。コウにとってはアイとは幼馴染だったので最初は付き合うなんて思ってもみなかった。でも何となくお互い惹かれあって今年彼氏彼女の関係になったのだ。アイとは毎年大晦日を共にするほど仲が良い。しかし今年からは2人の関係は特別だ。年越しそばを食べて除夜の鐘を突きに行く。年越し番組を放送しているテレビを見ながら今年1年の総括をして深夜になって解散する。いつもの流れのはずなのに、今夜はなんだかドキドキする。いつも一緒だった少女は光輝いて見えた。コウがアイをずっと見ているのでアイは不思議そうにコウの様子をうかがっていた。

「宇宙船の墜落なんて今年は不穏な最後になっちゃったなぁ、ねえコウ?」

「んん?うんそうだな。」

「ねえさっきから口数少ないよ、どうしたの?」

「いや、今年は俺たちの関係がこれまでとは違った展開になったから、アイが光り輝いて見えるんだ。」

「うそ、わたし光ってる?もしかしてチェレンコフ光!」

「そうだな、青白い、これまでに見たことがない光だ・・・。なんだと、チェレンコフ光だったのか。お前原子力で動いていたのかよ、ずいぶんアナクロだな!」

「ええー今まで気づかなかったの?私のパワー、コウにもあ・げ・る。」

「近づくなよ。」

「へへ、いつものコウに戻ったー!。」

「何なんだよ。」

「ちょっとキスとかしてみようかなって。今年最後のキスと新年最初のキスを。」

「キス!俺リア充だったのか!信じられん。レンとジョンには申し訳ない気持ちになるな。」

「あのー普通に考えて毎年女の子と年越ししてきたんだからコウは幼少期からずっとリア充だよ。」

「そうだったのか!憎い、この俺のリア充力が、異性を引き付けてしまうこの力が!」

「まあ私がほかの女の子を追っ払っていたんだけどね!」

「・・・怖えよ。」

 コウのコンテナハウスは母屋から完全に切り離されていて色々な交流がある彼らのたまり場だ。今夜は男女1人ずつ、特別な空間になっている。コウの家は都内にしては広い敷地だ。外車が2台とhIEが1台。比較的裕福な家庭だが親バカな両親を持ったがために早くその呪縛から解き離れたいと思い、わざわざコンテナを置いている。別に親と喧嘩をしたわけではないが、自活できる男になりたいとコウ自らが提案し、親との別居生活が始まった。しかし朝が弱いので毎朝母親にコンテナの扉をたたかれて起こされるのは昔から変わりなかった。



 僕の今年の大晦日は特別だった。親が何を思ったのか、突然家にホームステイしに来る女の子を駅まで迎えに行くと言い出したのだ。午後3時頃だったと思う。年末の番組を見ていた僕は宇宙船墜落事件のその後の状況を知りたくてチャンネルを回したけれども、報道管制が入ったように昨夜とは雰囲気の境界があった。宇宙船の件などどの局も触れることなく、ワイワイガヤガヤしている。しょうがないので新年特大号のオカルト雑誌を読み始めようとした時だった。

「レン、母さんちょっと出かけてくるわね。」

「わかった。今日スーパーの特売だからね。今年の最後にふさわしい食べ物買ってきてよ。」

「違うわよ、女の子を迎えに行くの。うちにホームステイするのよ。あなたと同学年の。」

「ホームステイ?外国の女の子がうちに?母さんたち日本に増加し続ける外国人を何となく嫌がってたじゃん。どういう心境の変化だよ。」

「別に嫌がってなんかいないわよ。お姉ちゃんは別だけどね。」

「姉さんが帰ってきたら喧嘩になるよ。断言する。」

「あの子は今日は帰ってこないわよ。」

「いや、毎年帰ってきてるだろ。姉さんはAI研究者だから産総研での外国人研究者との交流が日常すぎてたまには日本人だけの空間にいたいって前言ってたし、職場から逃げたくてたまらない人だから絶対帰ってくるよ。」

「その時はあんたが仲裁しなさい。」

「無理言うなよ、自慢の姉さんなんだ。それに姉さんに持論を展開されたら勝てる見込みがない。」

「やってみないとわからないじゃない。あら、もう時間がないわ、行ってくるわね。」

「どうなっても知らないよ。」

 まあ、何とかなるだろ、いろいろ言いつつも僕も適当な人間だ。この適当に生きるというのはこの国が自由であり続けられるかが肝となる。近年の政策は監視社会を歓迎するようなものばかりだ。AI政治家が登場してから半世紀近く、国民の意見を政策に反映させるためそれを非常に高い精度で実現するhIEを利用した国勢調査がリアルタイムで常に行われている。初期には国民が戦争を望めばそれをAIが大衆の意見として政策に反映せざるを得ないというジレンマも抱えたこの取り組みは確かに一定の成功を収めるに至った。しかし最近は何かがおかしい。肌で感じる大衆の意見と政策の剥離が見られるようになってきた。僕はそれに気づいている賢い国民であると自負している。AIが狂い始めた、そう陰謀論を唱えざるを得ない。オカルティックな僕の思考をAIはどう政策に反映させるのだろう?そんなことを常々考えながらオカルト雑誌の最新号を端末にダウンロードした。

「姉さんが帰ってきた時のために、うちに来る女の子にはhIEのふりをさせよう。ん?なんだこれは・・・。」

 オカルト雑誌だけは早くも昨日の宇宙船墜落事件を取り上げていた。現代の電子書籍の執筆スピードは驚異的だ。インターネットはノイズが多すぎて情報の取捨選択で1日が終わることも少なくないけれど、この手の専門誌は要点と疑惑を丁寧かつスピーディーにまとめ上げ、推論まで到達できるスピードが速い。だからこのオカルト雑誌は僕にとっては高級紙なのである。選ばれし者の情報源だ。そこには宇宙船墜落事件について驚愕の内容が掲載されていた。

「この写真にある翼と思しき事故機の一部はどう見ても普通の宇宙船じゃないという説か。確かに宇宙船の主翼にしては耐熱フィルムが貼られてないし、大気圏突入時の理想形状とも異なるような。昔話題になったアメリカ軍の偵察機が一番似ているかな。でも正三角形で三方向全てにエンジンノズルがあるっていう記事の予測形状は大げさすぎる気もする。どのような状況でも前後左右に移動できる必要性ってデブリをよけるとかかな。しかも対レーダー・熱源・光学ステルスって一企業が持つにはオーバースペックな機体だ。」

 ぶつぶつと独り言を言っていた。僕のクセだ。思考を声に出すクセがある。だから人一倍政府の政策には敏感だ。しかしクロスナーブ社は確かに以前、軍のモバイル戦術高度AI運搬システム研究を担当していて、その運用方法は成層圏近くに高度AI搭載の大型航空機を滞空させ、無人戦闘機の機動を超高速処理するというものだったけれどハッキングには強いシステムでもお国のお財布事情には厳しい代物ということでお蔵入りしていたはずなんだけどなあ。

「きっと宇宙人の乗り物だろう。」

 僕はこういう時適当な答えを出す。適当人間だからだ。適切ではないが適当という言葉の意味は必ずしもいい加減=手抜きという意味を指さない。妥当性のある判断に基づく行動や思考を意味する事だってあるんだ。

                   *

 レンは女の子がホームステイしに来るということについてオカルト雑誌を読みながら胸の高鳴りを感じていた。レンにとってオカルト雑誌を読むことは精神安定剤であり、女の子に免疫がないレンはこれから起こる出来事に淡い期待を寄せていた。レンは見た目こそ良いがこれまで恋愛沙汰はなかった。同じクラスの生徒からは真面目で変な人という微妙な評価を得ており、交友関係はあまり広くはない。ただ過去には何度か女子からのアプローチもあったがレンはそれに気づくことなくもったいない人生を歩んできたのだった。
 レンの姉、サナはAI研究者として筑波の産総研に勤務している。今年で24歳だ。サナはジョン・レイエスと同じように深入りするなと言うオーラを放つクールビューティーである。故にファンは多いが誰もサナに手を出そうと考える人物はいなかった。なんとなく、近寄る人間を返り討ちにしそうなほどにサナは常にクールな態度で人間関係を構築していたのだ。ただレンは知っている。サナはクール残念な子だ。レンがオカルト好きになったのは姉であるサナからの影響が著しい。サナが研究者を志したきっかけがオカルト雑誌に掲載されていたAIにまつわる怪情報で、通称Z信号。オカルト信者の間では地球深部から届く謎の信号として知られている。今はなき古代文明が残した超高度AIからのメッセージ説や、宇宙人の秘密基地説。米軍の極秘超高度AIなど様々な憶測があるが、とにかく解読できない電波であることは共通しており、サナはこれを解き明かすためにAI研究者になり、科学的なアプローチからこの事象を説明したいと考えている。

「姉さんが帰ってきたら今回の宇宙船事件、見解を聞いてみようかな。」

 レンにとって今年は少し濃い年末になった。平凡な人生が何か変わるかも知れないと思いオカルト研究部を立ち上げて、姉の後を追おうとしている。レンも将来はサナと同じく何らかの研究職に就きたいと考えている。その為の道のりになぜ科学研究部ではなくオカルト研究部というアプローチなのか?レンの考えでは超高度AIが誕生して以降のこの100年間は人類科学を超越した文明を築いているという点ですでに科学の範疇は超えていて、もはや人類はオカルトという視野まで科学の裾野を広げないとこの先どんどん超高度AIとの差は広まっていく一方だと考えているからだ。現在は一応IAIA(国際人工知性機構)が機能しているので超高度AIの管理は人類が取り扱えるレベルで抑えられている。しかし半世紀以上も前から世界各国でIAIAが建造を認可していない超高度AIが建造され、極秘に運用されていることはオカルト好きじゃなくとももはや常識レベルまで浸透している。このような現状を鑑みるにIAIAは近い将来形骸化するとレンは考えている。

                   *

 母が女の子を迎えに行って1時間が過ぎたころ、僕の家の玄関扉が開く音がした。姉さんだろうか、母だろうか、父は大晦日でも夜遅くまで働いている企業戦士なのでその筋はない。いずれにしろハイパービルディングの225階にある僕の家まで来訪する人物は同じブロックのご近所さんでもない限りいないだろう。

「ただいま。」

「姉さんか、こりゃ不都合だ。」

「何か後ろめたいことでもあるの?私の下着を履いているとか・・・。」

「それはねーよ。履くんじゃなくて被るんだ。」

「じゃあ何?私の分のデザートを食べたとか。」

「ああ、食べた。」

「なんてことを・・・。」

「いや、冗談だよ。今日外国からうちにホームステイしに女の子が来るんだって。」

「ホームステイ?女の子?またなんで・・・うちの親最近はこのビルにも外国人が増えてうんたらとか言ってたのに。」

「わからんね。思考が180度変わったことなんて父さんも母さんも今までそんなことはなかった。とにかく母さんと喧嘩はするなよ、女の子が戸惑うだろうから。」

「そんなことにはならないわよ。ねえレン、期待してるでしょ?女の子との共同生活に。」

「べつに期待なんてしてない。今まで僕がモテたことなんてないし、女の子が僕好みとは限らない。」

「へぇーレンに女の子の好みなんてあったんだー。どんな子がいいの?」

「そこは絡むなよ。でもどこか不思議でオカルティックな謎めいた感じがいいね。」

「女の子の好みにオカルト要素を求めるのは難易度高すぎ。私を見て育ったからそういう変な妄想するんだよ。でもレンは素材としては優秀なんだけどなー。」

「素材が優秀でモテないのは姉さんも同じだろ。うちはそういうDNAなんだよ。」

「私を褒めてるのかけなしてるのかわからない結論に安易に持っていかないで。でも美少女だと無条件で嬉しいでしょ?」

「まあそうだけどさ。僕に女の子の好みがあるのかどうかなんて実際のところわからない。かわいくても惚れない、かわいくなくても惚れる、そういう矛盾しそうなロジックが人の感性では成り立つ。だから見た目なんて良かろうが悪かろうが自分の好みと直結してしまうとは考えない方がいい。自分との共通項、僕の場合はオカルトや陰謀論が好きな所とか、そういう根暗な要素で通じ合えるのならもしかしたら好きになってしまうかもしれない。実際会ってみないとね。」

「理屈っぽい弟だ。絶対美少女ならいちころだって。」

「そんなことない。」

「もしかして硬派な男の俺カッコいいとか思ってる?それ最高にダサいよ。そう思っているうちは彼女なんてできないわよ?」

「決めつけんなよ。アイドルに恋しちゃうオタクよりはましだろ。」

「アナログハックか。まだその方が幸せな気もするけれどねー。」

「姉さんもいい加減彼氏でもつくったらどうなんだ?」

「私はクールビューティーでいたいの。」

「おいおいさっき硬派な男がどうたらとか言ってなかったか・・・。」

「そうだよ、私は彼氏なんて必要ないの。」

「もったいねー。」

「おっ、私の容姿を褒めてるのかな。」

「まあ姉さんは美人だよ。」

「このシスコン坊やめ。」

 姉さんと話し出すときりがないので適当にぶった切って女の子が来るまで自室に籠ろうとした矢先、また玄関で音がした。今度は間違いなく母さんと女の子だ。

「帰ったわよー。さあこちらへどうぞ。」

「ありがとうございます。」

「こっちが息子のレン、こっちが娘のサナよ。」

「はじめまして、アメリカから留学しに来たエイダ・ミラーです。これからしばらくの間お世話になります。こう見えても先祖は日系なので日本にはゆかりがあります。」

「ど、どうも。」

「よろしくね。」

 僕は脳天を直撃された。美少女だ。それになんだか普通じゃないオーラを感じる。少女は銀髪碧眼長髪長身でモデルのようなスタイルで、恐ろしく美しい少女であった。それに身にまとうボディスーツがそこらのコスプレとは違い完全に普段着として成立するクオリティだ。アメリカではこういう格好が普通なのだろうか?
「レンとは同い年で同じ学校に通う予定だから特に仲良くしてあげてね。」

「はい。レンさん、よろしくお願いします。」

「ど、どうも。」

「あんたどうもしか言えないの?さっきの屁理屈はどうしたの。」

「いや、どうも以外にもしゃべれる言葉はあるぞ。」

「当たり前でしょ、バカなのうちの弟は。」

「お二人とも仲がよろしいのですね。私は一人っ子なので兄弟がいるのが羨ましいです。」

「ど、どうも。」
「母さんレンが壊れたー。」

「レン、ちゃんとあいさつしなさい。失礼でしょ。」

「ああ、わかったよ。僕は来栖レン、僕を呼ぶときはレンでいいよ。よろしく。」

「レン、ご家族について、日本について、学校について、色々お聞きすると思うのでよろしくお願いします。」

「ああ、あと敬語じゃなくていいよ、一応日本における家族として・・・。」

「では遠慮なく・・・レンよろしくね。」

 その笑顔がまぶしかった。透き通った大きな瞳に吸い込まれそうになる。少女は僕を迷宮へ落とすために作られたロボットの様に完璧に僕が望む容姿を持っていた。ここで僕はオカルト研究部員としてこの少女が人間かhIEか疑わなくてはならなかっただろう。でもそんな思考はどこかへ吹っ飛んでいた。思考停止だ。エイダの見た目だけでアナログハックされた僕はめずらしく陰謀とは違う妄想を膨らませていた。2155年、すばらしい1年を過ごせたとこの時一瞬をもってして言える。

「私も一応、来栖サナ。産業技術総合研究所でAIの研究員をしているの。よろしくね。」

「そうなんですか!私はミームフレーム社が提供するhIEの行動管理クラウドの技術に興味を持って来日したんです。お姉さんに色々聞いてしまってもいいですか?」

「うん、答えられる範囲でならいいよ。将来は技術者になりたいの?」

「そうですね、将来は日本でhIEやAIの研究者として活躍したいです。」

「そうなんだ。私はオカルトにも興味があって、Z信号の正体について科学的アプローチから解明することを目指してるの。エイダちゃんにも手伝ってもらいたいなー。」

「何言ってるんだ姉さん。」

 姉さんの微妙な表情を読み取ればこれは何かを察している感じだ。探偵が容疑者に証拠を突きつける時のような、特殊な雰囲気だ。エイダがZ信号と何か関係があるのか?

「地球深部から発せられる謎の信号ってだけでロマンがあるじゃない。」

「そういうのは大抵地上の電波が特殊な回折して地球深部から届いてるように錯覚しているだけです。」

 エイダはきっぱりと言った。まるで私は潔白だと説明しているかのように。なんとなくだけれど、物語が始まる気がした。オカルト研究部員としての勘だ。



 少年、来栖レンは少女、エイダ・ミラーと出会った。レンは新年の始業式である1月5日月曜日までエイダのホームステイは内緒にしておきたかった。なぜなら他の同性からエイダが好かれることを恐れたためだ。レンは自分が独占欲の強い男になっていることに気づいてはいたが、まさか一目惚れで「好きです」などと言うわけにもいかなかった。底が浅い男だと思われたくなかったからだ。それにエイダは母国にボーイフレンドがいるかもしれない。そんな杞憂をよそにエイダは3日も経てば割と積極的にレンに接してくるようになった。

「レン、今日渋谷のデパートで服の初売り出しがあるようだから私の服を買いに行きたいと思うの。レンも一緒にどう?」

「服持ってきてないの?」

「同じボディスーツが4着あるんだけれどさすがにこればっかり着てるわけには・・・。」

「同じのがそんなにあるんだ・・・。そうだね服を買うにはちょうどいい時だ。」

「じゃあ出かけましょう。お金はアメリカから送金してもらっているから大丈夫。」

「でも日本のお正月の女の子の洋服売り場は激戦だよ。」

「アメリカも似たようなものだよ。それにレンに洋服を選んでほしいから。」

「な、なんか恥ずかしいな。」

「レンは堂々としていていいんだよ。私男性からどう見られているか知りたくて。ねえレン、私を見てどう思う?」

「ええ、どうって・・・か、」

「か?」

「クールだよ。」

「レン、今答え変えた。KaとKuには発音に大きな差があるよ。」

「聞き間違いじゃないかな?そう、エイダはかっこいいと言おうとしたんだ。」

「うーんレンは少し意地悪だね。」

「な、何を察したか知らないけれど、エイダの美貌はそういう方向性のものだよ。」

「美貌か、もう少し柔らかい言い方があるんじゃない?」

「何だってー、僕はそんなの知らないなぁ。国語の点数が悪いんだ。エイダは日本語上手だね。」

「レン、今誤魔化した。」

「そろそろ行こうよ、品物が無くなっちゃうよ。」

「まあいいでしょう。レンって押しに弱い性格なんだね。」

「ああ、押しに弱い。僕の欠点なんだ。」

 レンとエイダは実際カップルとして見ればそんなに違和感はない。レンもそんなにいないイケメンだ。しかしレンは奥手なので素直に想いを伝えることができない。

                   *

コウとアイもまた渋谷へ新年の買い物デートだった。福袋文化は22世紀半ばになってもしぶとく残り続けるWIN-WIN商法だ。しかし2人はそういったものには手を出さず、ハイブランドの直営店でゆったり今シーズンのアウトレットコーナーを物色するのがいつものコースだ。

「去年の冬物の売れ残りなんていいものあるのか?」

「ショップによるよね。ハイブランド直営以外にも今年はコウと結ばれたことを記念してセレショのドメブラも探索しようよ。」

「俺がお気に入りのセレオリを出す店が中野にあるんだ。」

「中野はコウが好きなサブカル系以外とあるんだよね。こじんまりとしているけれど。そうか中野か。あーでも青山や代官山も捨てがたい。」

「アイはハイブランド好きだもんな。バイト代全部ファッションにつぎ込むほどに。」

「流行の最後端にいたいんだよね。微妙なアイデンティだけど・・・。」

「確かに微妙だな。でもそれなら福袋買った方が幸せになれるぞ。」

「福袋って中身それなりの数入っているけれど私はそれなりの値段のを1着か2着買うだけで幸せになれるんだよ。」

「そうか。どうする?渋谷から離れるか?」

「うーん悩むなあ・・・あれ?あそこにいる人来栖君じゃない?隣になんかすごい美少女連れて歩いてるんだけれど。」

「何!レンが?あいつ女に興味あったのか。隣の少女はなんだ、ハリウッドレベルを超えてるぞ。」

「来栖君すごいなあ。あっ見てハリウッド少女が来栖君に密着してる。」

「あいつ女耐性ないぞ。新手の詐欺かなんかにひっかかってるんじゃないか?少女はきっとhIEだ。人間レベルであんな子がいるとは思えない。まあいい勉強になるだろう。」

「コウが上から目線。コウも来栖君も似たり寄ったりだよ。例えばこうして私がコウに体を寄せて密着するじゃん?この状態でコウは耐えられるの?」

「・・・。」

「ほらー無口になったー。幼馴染なのに悲しいなあ。」

「いや、幼馴染だからこそ尊すぎてな。なんだか光って見えるんだ。」

「私光ってるの?もしかしてチェレンコフ光!」

「ああ、まぶしいほどに青白くな。何、チェレンコフ光だと!お前原子力で動いていたのか!」

「そうだよ、ってまたこの流れ?」

「始めたのはアイだぞ。いや俺なのか?」

「どっちでもいいよ、コウが普通に戻れば。ねえもう少しこの状態で歩いてみようよ。」

「ニュークリアイ、冬とはいえ暑いぞ。」

「ひどいあだ名。私だって暑いんだぞー!」

 コウたちは余計な詮索はしなかった。きっとレンも幸せな時を過ごしているであろうからだ。こういうお互いの距離感の調整ができるのがレン・コウ・ジョンが絶妙なフレンドシップを発揮できる大きな要素となっている。しかしコウは新学期が始まったらレンを質問攻めにすることは決めていた。というのもやはりコウは勘が良く、いきなり浮世離れした美少女がレンのパートナーになる要因がないからだ。件の宇宙船墜落と謎の美少女の登場に何となく同じ香りを感じていた。
 それに彼女が出来たらレン・コウ・ジョンである程度現況を共有するオカルト研究部ホットラインという枠組みに情報を入れることを取り決めていた。これはオカルトの研究に没頭するがあまり彼女を粗く扱って青春を棒に振らないようにするためだ。3人はオカルトは好きだが物事の優先順位をわきまえる常識人として道を踏み外さないように気を付けていた。オカルト研究部は変人のたまり場じゃない、手広く世の中の不思議を解き明かす準科学集団だと部活承認の全校集会で演説した。その公約を守れないならただちに解散することにしていたのだ。従って彼女がいるという情報が人々に伝われば、「彼女をつくれるくらいまともな人たち」という印象を与えることができる。

                   *

 ジョンはリベリオンの新年定例会議に出席していた。クロスナーブから出向している科学顧問・相澤は宇宙船の墜落事案について話していた。

「我々は国より先回りして宇宙船の残骸を回収した。当社の所有機ということで説明してあるが国の事故調査委員会にはもっともらしい技術的ストーリーが必要だ。ようやくあれを撃ち落とせる技術を開発したんだ、今回の様に東京湾という国に察知されやすい環境で撃ち落とす派手な真似はやめてくれ。」

「確かにリスクが大きかった。だが上位個体の登場はこちらの高度AIで予測されていたことだ。上位個体を社会に浸透させてしまうようなことがあればいずれ劣勢になる。早く手を打ちたかった。」

 リベリオン実働部隊の指揮官・近藤は今回の宇宙船撃墜任務の必要性について説いた。すると衆議院議員の鈴木が口を開いた。

「スマート民主主義は奴らの様に人と見分けがつかない敵性バイオロイドにとっては非常に簡単に民意の操作ができてしまう。上位個体まで地上を堂々と闊歩するようになれば壊滅的なダメージだ。民意が完全に損なわれる前に手を打つ必要がある。だが確かに奴らが隠密なように、我々も隠密に事態を収拾する必要性もあるだろう。」

 情報部の岸田は本件のリスクマネジメントの危うさについて言及した。

「今回の墜落機体、国が先に回収していれば2つの可能性があった。一つは我々のように不都合な事実を知りえてしまったが故に奴らの存在を世界に向けて発信してしまう事、これは一番避けたい。世界中でパニックが起こり最悪大戦争になる。もう一つは奴らの息がかかった国の機関によって我々が消されることだ。現状政治レベルで人類とバイオロイド両方の勢力が複雑に入り組んでいる点を考慮するとこの2つは同時に起こる可能性がある。」

「本件は奴らにとってどう認識されているんだ?」

「謎のロストだろうな。必死に探しているだろうさ。まさか撃ち落とされたとは思いもしないだろうな。事故調査委員会が奴らで占められていたら我々の寿命は長くない。だから、今後のストーリーは重要だぞ。」

「機体番号が描かれた偽装残骸を海に沈めておけば普通の宇宙船の墜落事案として処理されるだろう。そのあたりはどこまで進んでいるんだ岸田君。」

「すでに処置してある。早ければ明日には国が残骸を回収し、クロスナーブの宇宙船墜落事案として取り扱われる。残骸は実際の墜落ポイントからずらしてある。」

「ひとまず回避できそうだな。しかし我々はいったい何と戦っているのかねぇ。バイオロイドという存在が発見できた時の衝撃は忘れられないよ。」

 会議では社会に浸透する未知の知性について議論が進んでいた。リベリオン内部でも敵性知性の全貌はつかめていない。だが近年の民意を酌んだとは思えない政策はその知性によって意図的に操作されて実行されていることまでは判明している。敵性知性は法を犯し、実在する人物と瓜二つのレッドボックス(人類未到産物)と思われるバイオロイドを製作し、本人と入れ替えて社会を支配しつつあるのだ。科学顧問の相澤は一つの仮説を立てていた。それはZ信号と深くかかわるものである。

「今回我々が確保した宇宙船の残骸を解析すれば私の仮説がリアリズムを帯びてくる。地球深部から送られてくるZ信号がバイオロイドへの指令メッセージで、人類には知られていない超超高度AIが地球深部にあるとしたらどうだろう。」

「前に話していたな、地球には知性があると。」

「そうだ。知性がある。」

「荒唐無稽だよ。日本に敵対的な国家による可能性や、超高度AIによる謀略、まだいろいろ考えられる。」

「だがZ信号とバイオロイドの登場は同時期だ。」

「Z信号の内容は超高度AIでも解読できなかったが後日、超超高度AIパシフィックリーダーを用いて解析する手はずになっている。国際的な暗号解読実験の試験問題に紛れさせるつもりだ。」 

 会議が終わると情報部の岸田がジョンに声をかけた。

「レイエス君、万に一つ積み荷の上位バイオロイドが見つかったら私に伝えてくれ、実働部隊と連携して抹殺する。」

「了解しました。」

 ジョンはこの国の平穏を守りたい、その固い決意にゆがみはなかった。そして友人関係もゆがみがなく続くことを強く望んでいた。



 僕とエイダは渋谷に来ていた。ニューイヤーセール目当ての人がわんさかいる。そして周囲の人々からじろじろ見られているような気がする。やはりエイダは人目をひくようだ。銀髪碧眼で長身長髪、175センチメートルある僕と肩を並べても大体同じ目線になる。エイダの足元はヒールの為、実際のところエイダの身長は170センチくらいだろうか?そして足は僕よりも長い、悔しいけれど。

「エイダが隣だと人目をひくなあ。」

「私が外国人だから?」

「それは違うと思うよ。外国人いっぱいいるし。」

「ふ~ん。じゃあレンはどうして私が人目をひくと思ったの?」

「そりゃ、か・・・。」

「か?」

「かっこいいからだよ。」

「レン、自分の気持ちに正直になってもいいんだよ。」

「エイダは意地悪だ。」

 実際に口に出して美少女にかわいいなんて言ったところで上辺しか見ない底の浅い男だと思われるのがいやだった。という屁理屈で僕は本心を明かさない。でも今日は素直にかわいいと言ってあげようと思った。そう言われて嫌な少女はあまりいないだろう、チャラ男のナンパを除いては。
 アメリカ人であるエイダに日本の正月はどう映るのだろう?渋谷で買い物をした後は初詣でをしに近場の明治神宮に行く予定だ。江東区在住の僕は例年だと富岡八幡宮に行くんだけれどいつもと違う流れになった。今年の正月はきっと良い思い出になる。

「エイダ、買い物終わったら初詣でに行くよ。明治神宮っていうパワースポットがあるんだ。」

「日本の神社に初詣でに行くの私初めて。」

「アメリカにも神社ってあるの?」

「ジャパニーズタウンに小さいのが。私こんな見た目だけれど日本の血が少し入っているからすごく興味があるよ。」

「そりゃよかった。」

 渋谷は再開発が著しいエリアで最近できたビルばっかりだ。今どき高層ビルは特大3Dプリントで造るので建築現場は非常にクリーンで静かだ。人々の雑踏の音が一番よく聞こえる。エイダのヒールがコツコツと地面をたたく音が僕を特別な気分にさせてくれる。明確に今までとは違う新年なのだと鼓膜に感じ取ることができる。

「レン、歩くの早い。人がすごく多いから離れ離れになっちゃうよ。」

「じゃあ手をつなぐ?」

 おっと、口が滑ってしまった。しかしエイダは天使のような微笑みを見せた。最初からそうしてほしかったのだろうか?

「うん。レン、やっと心開いた。」

「べ、別に僕は女性と歩くときはいつも手をつなぐよ。」

 虚勢を張った。「これがいつもの僕だ、特別なわけじゃない。」とこれまでにない特別な状況で特別ではないふりをした。

「レン、嘘つきさんだ。じゃあ私はこうする。」

 エイダは体を寄せてきて腕を絡ませてきた。体が密着する。エイダの心臓の音が聞こえそうなほどに。さすがにリア充すぎて僕は本当に爆発する寸前だった。

「エイダ、これは密着しすぎだよ。歩くスピードが遅くなっちゃうよ。」

「遅くなるのは嫌?私はもっと時が遅く流れていたらいいのになあと思うよ。」

「時間は残酷だよ。時の流れが短いからこそ人はその時一瞬を大切にできるんだ。時間が遅く流れていたらきっと人々はどうでも良いことに時間を使い始める。短く尊い密な時間を過ごすのがきっと理想だよ。」

「レンって、理屈っぽい。けどそれが良い所。レンには今の地球はどう見える?地球の活動は時間を軽薄に使っているかな。」

「地球かあ、スケールが大きい話だ。地球は時間を密に使っているんじゃないかな?もし人類全体が地球の細胞として機能していたら、一日の内にものすごい新陳代謝をしていると思う。でも人類の活動の結果環境破壊も起こったりしたし生存圏が脅かされることは過去に何度もあった。人類はもっと賢い細胞にならないと地球上で暮らしていけなくなる。」

「賢い細胞、スマートセル。レンは多分スマートセルだよ。」

「僕にとっての賢いと地球にとっての賢い、どっちなんだろうね。」

 エイダと密着しながらなんとか目的のファッションビルに着いた。女性向けのブランドばかりなので僕は場違いに思えたが結構カップルで来ている人も多かった。エイダは早速物色を始めた。店員が若干引いているというかエイダが別格すぎて周囲の人々は羨ましそうに僕たちを見ていた。

「ねえレン、このワンピースどうかな?」

「エイダなら何着ても似合うよ。でもちょっとエイダには丈が短いかもね。エイダは身長高いから日本の規格で造られた服はどれも小さめになっちゃうよね。」

「レン、私を悪い意味でアメリカンサイズだって言ってる?それに丈が短い方がレンが喜ぶかなって。」

「いや、横に太いんじゃなくて縦に細いんだ。モデルさんみたいに。丈は普通でいいよ。」

「その”普通”っていうサイズがなかなか見つからないんですけれど。レンに想像してみてほしい、このワンピースなら私の太ももをまぶしく拝める。でも丈が長い服を着たらもしかしたらレンは私が日本にいる間私の太ももを見れない。ねえ、どっちがいい?」

「太ももで僕をアナログハックするなよ。アメリカの女の子は押しが強いね。アメリカでは露出が多い服を着るの?」

「アメリカではジーンズ履いてる人の方が多いかな。かわいいワンピースとか丈が短い服を着ているとフェミニストがうるさいの。日本はその点気が楽。変な服を着ていてもみんな気にしないし。」

「いや、エイダのそのボディスーツは何かのプロフェッショナルなのかなと思うくらい決まり過ぎていて結構人目をひくよ。」

「アメリカ銃社会だから。これは防弾スーツ。日本だと違和感ある?」

 エイダが首をかしげるしぐさがかわいい。エアコンの風になびく銀髪も美しい。これ以上エイダに個性を与えたら情報量が多すぎてエイダのどこを見ればいいのかわからなくなる。

「防弾スーツだったんだ・・・。エイダ、そのかわいい系の柄物ワンピースもいいけど、こっちの大人しい雰囲気のも悪くないよ。とりあえず冬物だから暗めの色で。」

「レンなかなかセンスある!そうだねーこれも丈が短いからニーソックスを履いてお茶を濁すよ。この組み合わせだとレンのお姉さんみたいにクールな感じがするね!ちょっと試着してくる。」

 エイダが嬉しそうにホログラム試着室へ向かった。別に部屋じゃないけれど三次元スキャンにより自分のホログラムを生成して全周から客観視できるのが便利だ。

「エイダの為に福袋でもプレゼントするか。可変繊維のちょっとハイテクなやつ。」

 僕はサイズでお悩みのエイダの為に誰が着てもサイズ調整が可能なスマートウェアをチョイスした。高知能可変繊維素材でできている優れものだ。

「レンこっちへ来て。」

「試着どうだったって、うわぁ。」

「これすごく日本っぽいホログラムだね。スカートめくりできるよ。」

「恥ずかしいからやめなよ。それにニーソはまだ選んでないのか。」

「アメリカのホログラム規制が厳しくて変態行為ができないんだよ。ニーソックスは私の足の長さに合う店頭在庫がないから後で郵送してくれるって。」

「そうなんだ。はいこれ。」

「これってラッキーバッグってやつ?」

「そう、中身がわかる奴にしといた。可変繊維の福袋だからエイダでもサイズは合うと思うよ。」

「レン、ありがとう。男の子からプレゼント貰うの初めてだよ!」

「向こうに彼氏はいないんだ。」

「おお、それはどういう意図の質問かな。レンがなぜその質問をするのか興味あるなあ。」

「いや、何となく。」

「ふ~ん何となく私に彼氏がいるかどうか探りを入れてその後どうしたいの?」

「エイダは意地悪だ。逆に聞くけれどエイダは僕のことどう思っているんだ?」

「レンは私の日本の家族。そうでしょ?」

「そりゃそうだけど・・・。」

「レン、今から今日選んでくれた服に着替えてくるから、率直で素直な感想を言って。」

 エイダがそう言うと店の奥に消えていった。率直な感想か。いいだろう言ってやる。今日こそ言うんだ、”かわいいね”と。
 5分くらい経って着替えと会計を済ませたエイダが店の奥から出てきた。ニーソックスを履いていないとても長い生の素足が目に飛び込んできた。丈が短いせいでパンツが見えないかハラハラする。

「レン、どうかな?」

「エイダ、パンツを見せてくれ!」

「ワ~オ、率直な感想だ。あとでね。」

「見せてくれるのかよ!」

 かわいいと言うつもりがつい率直にパンツを見たいという衝動を抑えきれず男として大切な何かを失った。ああ、僕は最低だ!
 渋谷での買い物の後、僕らは明治神宮に初詣でに向かった。しかしこれが大行列で参拝まで3時間待ちだった。生足のエイダはきっと寒がっているだろう。

「3時間待ちだって、エイダ、どうする?」

「私この場所気に入った!都会の中のオアシスだね。静寂で厳粛な雰囲気を感じる。これは並ぶ価値あるよ!」
「じゃあエイダ、これをこうやって。」

 僕はたまたまというかエイダが凍えそうな時にと思ってひざ掛けを用意してきた。ちょっと長めのやつ。それをエイダの腰に巻いてあげれば少しは暖かいはず。

「レン、ありがとう。私を気遣ってくれたんだね。でももっと温かくする方法がある。」

 エイダが僕の前に着て体を密着させ二人でひざ掛けにくるまれるように何とか縛り付けようとしていた。ひざ掛けの長さでは当然無理だ。

「う~んちょっと短いね。」

「エイダ、これはちょっと無理があるよ。僕は長ズボンだから大して寒くないよ。」

「じゃあ私の足をさすって。」

「それをやったら僕は犯罪者になる。ひざ掛けに追加してマフラーを足に巻いてあげるよ。」

「重装備になるね!」

 僕はエイダの太ももにマフラーを括り付けた。白い肌がプルンと揺れてとにかくスベスベだった。太ももの血管がうっすらと透けて見えて生々しかった。少し得をした気分だ。するとエイダが僕の頭をひっつかんで太ももで挟んだ。

「どう?暖かい?」

「ああ、暖かい。スカート部分が邪魔で前が見えない。」

「そのまま肩車してよ。肩車の体勢でひざ掛けを被せればレンも私も暖かいよ。」

「エイダさん、その体勢で3時間並ぶのはつらいと思います。」

「レン、もっと筋力つけよう。私こう見えて結構鍛えているんだよ。」

 エイダが足を内側に締め付けた。柔らかい感触が首や顔にあたると同時に女の子の太ももの間に頭を突っ込んでいる情けない姿が周囲からは浮いて見えたことだろう。
 そんなことをして遊んでいると意外と時間の経過が早く感じられ、3時間並んだのにそんなに苦痛に感じることなく本殿までたどり着いた。それぞれ端末から電子決済アプリを立ち上げデジタル硬貨を投げ入れた。

「エイダ、2礼2拍手1礼だよ。その間に昨年への感謝と今年の願いを念じるんだ。」

「わかった、やってみる。感謝と願い、日本らしくて好き。」

「アメリカでもお祈りするだろ。」

「敬虔なカトリックと違ってプロテスタントはだんだん宗教行事から離れてきちゃったんだ。八百万の神がいてアミニズムの伝統が残る神道は興味深いよ。」

 参拝は無事に終わった。エイダにとって充実した1日になっていれば幸いだ。明治神宮のお守りは菊の御紋がデザインされていて厳つい感じだ。お昼ご飯を食べていないことに気が付いた僕たちは表参道の裏にあるピザ屋さんに入った。午後3時頃だったのでおやつタイムだけれど僕らはピザを複数枚と炭酸飲料のLサイズという実に不健康な昼食をとった。

「アメリカ人はやっぱりピザだよね。」

「レン、私をデブだって言ってる?」

「確かにピザっていう言葉にはいつからかそんな意味のスラングが付くようになったよね。平成時代からかな。僕は結構平成ロマンが好きなんだ。」

「平成ロマン?」

「そう、平成は約30年間あったんだけれどその間にネットインフラとコンピューターの性能が格段にアップしたんだ。今みたいに個人でネットに接続できる携帯端末が普及したのもその頃なんだよ。日本はずっと不況だったらしいけれどネットの普及によって日本の文化やサブカルチャーがジャポニズム以来の影響力を持って世界に浸透していったんだよ。」

「レンは今の日本は好きじゃないの?」

「今の日本はAIが国民からの要望をhIEなんかを通して拾い集めて政策に反映させているだろ?よく言えば国民の声が届きやすくなった。悪く言えば大衆迎合なんだけれど、そのシステムもここ最近はどうもおかしいんだ。何か別の意志によって捻じ曲げられていると思うし、国民監視にもこのシステムは使える。例えばミームフレームの超高度AIヒギンズがhIEを通して人と社会の振る舞いを知り、仮想現実の箱庭で社会をシミュレートしてhIEをどう行動させるべきか判断し、hIEの行動管理クラウドの行動適応基準AASC(action adaptation standard class)を更新することでhIEインフラは支えられていたわけだ。もしそこに人間に偽装した何か別の存在が紛れ込んだとしたらどうだろう。彼らが間違った機械学習の機会を恣意的に与えてAASCの割り当てを間違えるように仕向ける。ヒギンズはそういった間違いは起こさなかった。けれど今日ではAI政治家が社会の構成員たる人類の意見を集約し政策に反映させるシステムが動いている。このシステムは大げさに言えば革命運動の機運をも察知して適切なアウトプットを人類に提供しなければならない。つまり選挙で選ばれていない何らかの意図を持った集団がアナログハックなんかを活用して仲間を増やしてゆき、じわじわと浸透することがある程度はできるわけだよ。もしそれが新興宗教というわかりやすい形で見えていたら逆にあまり脅威ではない、公安の監視対象になるだけだ。でも最近は見えない意志を感じるんだ。」

「レンの考え過ぎじゃないの?何か最近レンの周辺で変わったことはあった?生活に甚大な影響を与える何か。」

「う~ん、今のところ仮定だからなあ、僕たちのオカルト研究部ではZ信号に着目しているよ。知ってるだろ、有名なオカルト電波だよ。高度に暗号化され超高度AIをもってしても解読に至らなかったってやつ。現代のヴォイニッチ手稿。あれ個人的にはその”何か”に対する指令メッセージだと思うんだ。指令を出しているのは超高度AIを超えた存在、例えば超超高度AIパシフィックリーダーのようなおっかない奴とか。」

「なるほど、でも前にも言ったけれどその地球深部から来るっていうZ信号は地表の電波が特殊な回折をしているだけで高度な暗号化というよりはただのノイズっていう線もあるよね。」

「もちろんそれも可能性あると思う。大して意味を持たない情報がさも重大な秘密を隠し持っているかのように伝播する例は五万とあるし。でもまだ結論を出すべき状況ではないのは確かだよ。広い視野を持ってオカルトと思えることでも科学として扱わないとこれから先人類はやっていけなくなる。もし世界中の超高度AIが作ったレッドボックス(人類未到産物)が自由に使えるようになってしまったらそれはもう魔法の世界だ。人類の時間と超高度AIの時間との開きはどんどん増えつつあるんだ。」

「レンは超高度AIがあまり好きではなくてかつ人治主義なんだね。日本の政党で確かリベリオンというのがあったはずだけれどレン、もしかして支持者?あの党は人治主義だったと思うけれど。」

「まあ密かに応援はしている。ちょっと過激な面はあるけどね。」

「レンの話って面白いね!お姉さんもAI研究者だしレンの家族ってちょっとインテリ?」

「インテリかはともかく不純な動機で行動するところは家族全員共通かな。ただ親がエイダを受け入れたのはびっくりしたよ。最近うちのハイパービルディングにも外国人が増えて文化の違いに面食らってたから。」

「私は祖先が日系だからだよ。人って反感持ちつつも一方でその状況が好転するように違う価値観にチャレンジする生命体だしね。」

「でも本当にびっくりしたんだ。しかも超美少女だから。」

 また本音が出てしまった。エイダの前で超美少女なんて言うのは迂闊だった。底が浅い人間だと思われる。人を外見だけで判断してはいかん。

「レン、今のもう一回言って!」

「さあ何のことかなあ。」

「今確かに超美少女って言ったよね?」

「記憶されてたのか・・・。ああもうわかった、エイダはかわいい。僕がこれまでに出会ったどの女性よりも魅力的だ!」

「レン、ついに男になった!私嬉しいよ。レンは私といつまでも一緒にいたいと思う?」

「できれば、一緒にいたい。けれど留学期間があるから、それで離れ離れになるなら濃い思い出を日本で作ると別れが寂しくなるかなって。」

「一緒にいたいって気持ち、大切にしてね。もしこれから理不尽なことが起きて敵と味方がわからなくなっても、レンは私を信じてほしい。」

「学校に通うようになればそりゃ多少理不尽なことはあるかも知れないけれど、そんな状況にはならないように僕は頑張るよ。」

「レン、ありがとう。」

 僕らの日常は尊い。過ぎ去る時は歳を重ねるごとに加速するけれど、どの瞬間を切り取っても悔いの残らない人生にしていかなければいけないんだとその時思った。コウもジョンも同じ気持ちだろう。みんなが平等に尊い日常を過ごしていれば、きっと社会は良くなるはずなのに。

                  *

 少年レンは徐々に少女エイダに心を開いてゆく。エイダがレンにとって大切な存在になってしまったらお互い寂しい思いをすることはわかっていた。しかし少年の心は確実に動きつつあった。レンは押しが強いエイダには弱い、生活のリズムが徐々にエイダのペースに巻き込まれる。レンとエイダの仲が学校ではどう捉えられるだろうか?エイダは学校でどんな振舞いを見せる?そんな杞憂がレンの心をかすめた。



 新年の学校、冬休みはボケるほど長くはない。またいつもの日常の始まりだ。僕たちは登校の為通学路を歩いていた。エイダが僕たちの学校の制服を着ている。ちょっとドキドキした。しかし周囲からの目線が太陽の日差しの様に突き刺さってくる。今どきの学校は国際色豊かだし異国の少女が留学してくることだって珍しくはない。だから本来、エイダが通学路を歩いていても誰も気に留めないだろうと思っていた。でもこれは降参だ。エイダに日本の学校の制服は破壊力がデカイ。エイダは顔立ちが濃すぎず薄すぎずちょうどよく普遍的な美の極致に達している。スタイルもモデルクラスだ。日本の制服を着る文句の付け所がない美人は22世紀が半ばを迎えても突出したオーラで周囲の目を引き付けていた。エイダがそのままフィギュア化したら絶対買うね、僕は。まあ、情けない男だよ。
 オカルト研究部員としての僕はエイダという一際稀有な美しさを有する生命体の存在を少しは疑うべきだったのかもしれない。例えばエイダがhIEだった場合。その時はエイダが人間を偽る理由を聞き出さねばならない。でももしそんなことをして泣かれたら、僕は最低の人間になる。女子の群れからは白い目で見られ、姉さんからはぶん殴られるかもしれない。迂闊なことはできない。でも今の状況を僕はどこか現実とはとらえられなくて、長い夢を見ているんじゃないか、そういう感覚だった。

「レン、私またじろじろ見られてる。かわいいからしょうがないね!レン、私の制服姿にドキドキしてる?」

「アメリカ人の自己肯定力には敵わないなあ。制服姿のエイダは確かに魅力的だよ。」

「レンがだんだん吹っ切れてきてる。あの頃のレンは戻ってこないのかー、少しからかいがいが無くなるね。」

「どの頃の僕だよ!っていうかからかってる自覚あったのかよ!」

「初心なレンかわいいのになあ。」

「僕をかわいいとか言うなよ。」

「レン、こうしている間にも周囲の人からは私たちの仲の良さについて奇妙に思われているかもしれない。レンのお友達にこの登校風景を見られたらレンは後でどう取り繕うのか楽しみだよ。」

「エイダはなかなか計算高いな。でもなにも不思議じゃない。うちにホームステイしに来た留学生だと説明すればすべては解決さ、残念だったねエイダ。」

「じゃあクラスで自己紹介するときに衝撃発言する!レン、覚悟してね!」

「衝撃発言は結構だけど嘘は言わないでくれ。」

「嘘なんて言わないよ。安心して。」

「エイダのこれまでの言動を鑑みるに安心などできません。」

 エイダと過ごしていると時間が短く感じられる。もうすぐ学校についてみんなにお披露目だ。僕だけのエイダではなくなる。僕たちの、みんなのエイダになるのか。エイダの性格なら愉快なクラスメイトとしてきっとなじめるはずだ。

「あの建物だよ、エイダ。」

「レンの学校にはすでに行ったことあるよ。留学生だから先生と顔合わせをしないと。今日はとりあえず応接室から教室に出向くよ。いったんお別れだね。」

「そうか、確かに学校には挨拶してないとね。でもいつの間に。」

「日本に来てすぐだよ。レンと初めて会った日。午前中は学校にいたんだよ。」

「そのあたりのシステムはよくわからないけれど異国の地で大変そうだ。」

「不安はなかったよ?むしろ超高度AIヒギンズがある国に来れて幸せ。」

「エイダはやっぱりhIEの制御とか社会における役割とかに興味を持ってきたんだよね?」

「そう、今後人類はhIEとどう向き合ってゆくのか、超機械化社会のお手本のような国だからね、日本は。それじゃあこのあたりで。私は担任の先生の所へ行くから。」

「うん、教室で待ってるよ。」

 僕はエイダと一旦別れ教室へ向かった。そこには僕を待ち受けているコウの姿があった。何か用でもあるのか、非常に落ち着きがない様子だ。例の宇宙船墜落事案でまだ頭を悩ませているのだろうか。

「コウ!」

「レン、待っていたぞ。色々聞きたいことがある。」

「宇宙船の件か、あれはかなり特殊な機体だそうだよ。世界中のどの機種とも一致しない謎の機体。しかも一企業が保有できるような代物じゃない。宇宙人の乗り物か、米軍の秘密偵察機か。真相はもっと詳しく調べてみないと。ジョンが現地視察とかしてるんじゃないか?・・・ジョンはまだ来てないのか。」

「レン、あれはハリウッドからなのか?」

「ハリウッド・・・。なるほどそういう結論もあるか。映画撮影のためのワンオフ機。コウにしては現実的な結論に到達したな。僕もそれはあると思う。」

「やはりハリウッドか。非常に美しい機体だな。」

「コウも見たのか。あの記事だと不鮮明で美しいかどうかはまだわからないよ。」

「レン、俺が話してるのはhIEについてだ。この前渋谷に行っただろ、美少女を連れて。実は俺もアイと一緒に渋谷にいたんだ。遠巻きに見ても普通のhIEじゃないぞあれは。何かの詐欺にひっかかってないか?」
「コウ、それは多分エイダだな?エイダはhIEじゃない、人間だ。今年から僕の家にホームステイしててこの学校に留学しに来たんだよ。このあと先生から説明があると思う。」

「恋人じゃないのか?腕組んでただろ。カップルの様だったぞ。」

「エイダとは確かにいい雰囲気になったけれど恋人ではないな、たぶん。」

「そうか、いやそう言う事ならいいんだ。なるほど、留学生か。」

「コウ、ジョンが来た。誤解が溶けたところで宇宙船の話に戻さないか?」

「おお、そうだな。」

 オカルト研究部の心臓、ジョン・レイエスが輪に加わる。きっと何か情報を掴んでいるはずだ。ジョンなら国の事故調査委員会より先に宇宙船の破片を手に入れている可能性すらある。

「あけましておめでとうゴザイマス!何の話をしていたんだい?」

「宇宙船の話だ。あとレンのところに滞在している留学生の話だ。宇宙船墜落の翌日からレンはハリウッド美少女とご機嫌な感じだったんだぞ。」

「それは興味深い、その少女の特徴は?」

「この後教室に来る予定だよ。まあ特徴を上げるなら銀髪碧眼で長髪長身の美人だよ。確かに浮世離れしてるけれど仲良くしてやってくれ。」

「なんてこった、その特徴は・・・、いや何でもない」

「どうしたジョン。」

 ジョンは何かを察した様子だった。エイダの特徴に意味でもあるのか?そういえばジョンもアメリカ出身だった。アメリカ社会で何かカテゴライズされているとか、差別の対象になっているとか、そういう感じだったらまずい。そしてもしそう言う事ならエイダは無理して心機一転日本デビューを装ったのか。なんとなく深入りするとまずそうだ。そんなもやもやした会話をしていると先生が入ってきた、エイダも一緒だ。教室中が色めき立つ。無理もない、エイダのインパクトは身をもって経験している。

「全員着席!新年あけましておめでとうございます。今年からこのクラスで一緒に学ぶ留学生を紹介します。来栖君の家にホームステイしているアメリカから来た女の子です。エイダさん、自己紹介どうぞ。」

「ありがとうございます。私の名前はエイダ・ミラー。昨年末に東京湾に墜落した宇宙船の生き残りです。」

 エイダはまっすぐ前を見ていた。堂々とした態度ではっきりと発言したのだ。墜落した宇宙船の生き残りだと。嘘は言わないって約束だったじゃないか・・・。

                   *

 レンは動揺した。とんでもないバックグラウンドを抱えた女の子とここ数日一緒に過ごしていたのだと。本当ならエイダは動くオカルトのホットスポットの中心だ。そしてジョン・レイエスもまた動揺した。なぜなら彼には使命があるからだ。

Mail to Rebellion:『こちらリンクス8、上位バイオロイドを発見した。抹殺対象です。』
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