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2章
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Mail to Rebellion:『こちらリンクス8、上位バイオロイドを発見した。抹殺対象です。』・・・ジョン・レイエスはリベリオン情報部の岸田から墜落宇宙船の積み荷の上位バイオロイドが見つかったら知らせるように命令されている。しかしメッセージを端末に打ち込んだところで彼には心の葛藤が待っていた。そもそもジョンがリベリオンに所属しているのはレンやコウを含めた日本の平穏と日常を守りたいからだ。エイダのことをリベリオンに報告すれば大切な仲間との関係が壊れる、日常を破壊して友人を巻き込んだ殺し合いが待っていることは容易に想像できた。だからメッセージの送信ボタンを押せない。組織も仲間でレンも仲間だ、どちらか一方を選べなんて残酷だ。ジョンは己が何のために存在すべきか、社会でどういうポジションでかじ取りをしていくのか、自己の存在理由の本質に考えを巡らせていた。
「どうしたジョン、冬なのに汗をかいてるぞ。」
隣席のコウが心配そうに呼び掛けた。ジョンは少し戸惑ったがメッセージを保留にして端末をポケットに入れた。レンを選んだわけでもリベリオンを選んだわけでもない、自然とこの葛藤を保留にしたのだ。ジョンの席からはレンが斜め右前方に見える。コウの呼びかけはジョンの耳に入らない。レンの日常を破壊するのが容易なポジションに自分がいることに気づかされ、己の立場を呪った。これは地獄の始まりだ。
エイダが自己紹介を終えるとジョンの横を通ってジョンの間後ろの席に着座した。上位バイオロイドが殺人的手段で社会に浸透してきていることはリベリオンに所属する者ならば常識だ。バイオロイドの存在が社会に公になれば他人不信の連鎖が繋がり、最悪内戦状態になる。バイオロイドが社会を乗っ取る手段は実在する人物の姿も人柄も完全にコピーして本人を隠密に殺害した後に何事もなくその故人のポジションを手に入れ社会に浸透していくという恐ろしい手口だ。そして通常のバイオロイドとは違う上位バイオロイドはそれ自体が動く超高度AIであり、社会システムの改ざんや戸籍の偽造発行などを駆使して全く新しい個人として社会に出現するといった点が異なる。通常のバイオロイドが社会の乗っ取りを担うとしたら、上位バイオロイドはそれを邪魔する人間勢力の把握と排除を担っているのではないかとリベリオン内部で推測されている。その推測が本当だとしたら、レンの周辺でバイオロイドに置き換わった人物もどきがいる事が想定され、上位バイオロイドがその環境の補強にやってくることは自然の流れと受け取れる。
つまり、ジョンの頭の中ではリベリオン勢力の把握と排除、もっと言えばジョン・レイエス殺害という結論が待っていることが想像される。この事態をジョンが保留し続ければ、ジョン自身がエイダによって抹殺される運命にあることは想像に難くない。
「あなたが速水コウさん、そしてあなたがジョン・レイエスさん・・・この時を待っていました。」
エイダが話しかける。モバイル超高度AIがやることだ、ちゃっかりジョンの真後ろというポジションを手に入れてジョンのすべての行動を監視できる体制だ。
「はじめまして、実は数日前レンとエイダさんが渋谷にいるところを見かけたんだ。最初はカップルかと思ったがレンによるとそうじゃないらしい。俺はてっきりエイダさんがhIEでレンが何かの詐欺にひっかかっているんじゃないかと勝手ながら想像していた。エイダさんがあまりにもお奇麗なので。」
「なるほど、コウさんはレンと違ってストレートな表現をするんですね。レンは私のことをなかなかかわいいと言ってくれなくて。」
「レンは奥手だからな。でも良い奴だよ。俺たちは今日から仲間だ、なあジョン?」
「・・・」
「ジョンどうした?」
「いや、なんでもない。よろしくお願いします、エイダさん。私もアメリカ出身です。同郷同士、お互いに仲良くしましょう。」
「よろしくお願いしますジョンさん。私はカリフォルニア出身です。」
「やっぱりハリウッド美少女という俺の推測は間違っていなかったようだな。」
「コウ、カリフォルニアは広いんだ、ハリウッドに関係あるかどうか。」
「私地元で女優にならないかってスカウトされたこと結構あるんです。なのにレンはなかなかかわいいねって言ってくれなくて・・・悲しいです。」
「エイダ、聞こえてるぞ。容姿は褒めただろ?」
「レン、もっと褒めて。私のパンツ見たいんでしょ?」
「ここでそんなこと漏らすなよ、つい本心が出ただけだ。エイダが太もも戦術でアナログハックしてくるからついね。」
「何の話をしているんだ?」
他愛もない会話が繰り広げられる。客観的に見れば、こういうのが日常で尊い光景なのだ。ジョンの憂鬱とは裏腹にレン、コウ、エイダは楽しそうに会話をしている。自分だけが遠い所にいる気がしているジョンはただただ、普通の人生に憧れるしかなかった。
*
この日は始業式がメインイベントですぐに解散となった。オカルト研究部の部長であるコウはエイダについて知りたいことがあった、墜落宇宙船の生き残りという件だ。部創設以来の超弩級ネタだ。エイダにインタビューして記事にまとめ上げればオカルト書籍を出版している出版社も食いつくだろう。テレビ局も放っておかないかもしれない。部の躍進と活躍で実績を作れば初代部長として伝説に残るはずだ。僕は正直エイダがアメリカンジョークを言っているのだと信じたかったけれど、エイダの”普通じゃない感じ”はやはり常人とは違う。この際はっきりさせた方がいいのは明白だ。ただエイダが何を言ったところで数々の疑問はある。そもそも生き残れたとしても来るべき場所は僕の家でも学校でもない、病院だ。僕の家に来るたった一日前の出来事で正直胡散臭い。やっぱり特別頑丈なhIEじゃないのかと疑いたくなる気持ちは湧いてくる。でもそんなこと言ったらエイダは落胆するだろう、エイダを悲しい気持ちにはさせたくない。エイダを含めた僕たちはオカルト研究部がある部室で一休みしていた。
「エイダ、衝撃発言するって言ってたけど宇宙船の生き残りは冗談だろ?」
「レン、私は嘘はつかない。成層圏を飛行中に非常事態宣言が出たんだけれどその直後に機体が空中分解し始めて私だけパラシュート降下した。最初に着ていたボディスーツは多機能なんだよ。」
「あのスーツにそんな能力が?米軍のスペースレンジャーみたいだ。」
「レンもコウもジョンも見たことがあると思うけれどギネスチャレンジで大気圏に特殊なスーツを着て再突入した伝説の人がいたでしょ?あれ私のお父さん。宇宙開発エンジニアなんだ。」
「エイダさんはクレイジーだ。そういえばジョンはその手の話に詳しかったよな。」
「大気圏再突入マンはアメリカの英雄だよ。私が知る限り彼は宇宙線対策にお金をかけられなくてその後すぐ病気で亡くなっているんだ。もう20年前の話で確か子供はいなかったはずだ。エイダさんの話と辻褄が合わない。」
「ジョン、私は試験管ベイビーなの。父の精子は凍結保存されていてその後軍の強化人間生産プログラムで生まれたのが私。」
「っていうことはエイダは米軍属の強化人間なのか?」
「そう、自己成長マイクロマシンとカーボンの骨格、分子コンピューティングによる高度な脳機能活用、オカルト研究部だけの内緒だよ!」
「またとんでもない体だな。正直内部を見てみたい。」
「レンは素直になると変態さんだね。」
「レン、レディーに失礼だぞ。」
「すまない、不純な動機で言動するDNAを持っているんだ。家族そろってね。」
「そういえばレンのクールビューティーな姉さんはZ信号のためにAI研究者になったんだよな。」
「覚えていたか。あの姉があってこの僕だ、小心者だがよろしくな。」
オカルト研究部はスーパーウーマンの話を聞けたところでお開きになった。それにしてもエイダは想像以上にタフな女の子だったのが衝撃だ。まあ、面白いとは思うよ。
*
エイダとの生活が始まって1か月近くが経過した。エイダはすっかりクラスのみんなのお気に入りで僕は安心している。ホストファミリーとしてやはりそういう人付き合いは心配だったからね。そういえば姉さんとエイダは時々へんてこな話で盛り上がっている。姉さんのオカルト好きがエイダにも移らなければいいんだけれど。
「サナさん、超超高度AIパシフィックリーダーは全世界の超高度AIを結集した演算能力よりもはるかに高性能なんですよね?つまりもはや超高度AIは陳腐化した。けれども人類は陳腐化した超高度AIに追いつくことすらままならない。もはやこの産業文明の主役は人類ではなく進歩したAIのブラックボックスで成り立っているように思えます。」
「エイダちゃん、産業文明の主役は結局まだ人類にあるよ。超高度AIも超超高度AIもその役割は人類の生活を助けるために存在する。確かにAIの能力とその管理の是非を巡って様々な議論が行われていて、IAIAでは限界が見え始めてるのは確かね。特に超超高度AIはIAIAという枠組みではもはや対応不可能なほど先を行ってしまったAIだと思う。超超高度AIパシフィックリーダーを何に使うかはまだ人類の意向に託されているけれど、これがいずれ人類と超超高度AIの関係性が薄れていって、世界中の超高度AIたちが自己の能力を補うために超超高度AIを積極的に使っていくことになれば、人類がAIに絡んで果たす役割はこれからどんどん減っていってこの文明の全貌の把握はできなくなってくる。これは容易に想像できる未来かも知れない。AIの存在意義が人類の為からAIの為に移り変わってゆく可能性を超超高度AIは持っている。ただそうなる前に人類と超高度AIの協議で新たなIAIAのような枠組みが議論され運用されるであろう未来も容易に想像できる。」
「サナさんの所属する産業技術総合研究所ではそういった議論がされているんですか?」
「いや、まあやらないこともないけれど基本的に日本では超高度AIの開発機関は理化学研究所がトップバッターだし産総研は超高度AIの研究開発よりも超高度AIが作るレッドボックス(人類未到産物)に追いつく研究の方が盛んでその過程でいろいろ開発支援AIを作ることはある。そう、私はAI研究者として本当は理研に入りたかったんだけれど面接でZ信号の解析に超高度AIを使いたいという不純な動機を話しちゃって落ちちゃったんだよ。ところが産総研は同じく面接でZ信号に興味を示してくれて何とか入所できたってわけ。ああ、だからといって産総研が変な所ってわけではないよ。」
「サナさんってZ信号みたいなオカルトにものすごい執着と情熱があるんですね。私はあれはノイズで何か意味のある情報を含んでいるとは思えないんですけれど。」
「いや、例えば現代文明に匹敵する超高度古代文明が何万年も前に存在して現代の様に超超高度AIが作られたとする。その文明は超超高度AIを安全保障上のリスクの為に地球の深部に設置したけれど大規模な戦争や災害によって地表がリセットされてしまって結果としてその文明の遺物が地球深部に残った孤独な超超高度AIだけだとしたらロマンがあるなって。世界中のあちこちでノアの洪水伝説のような伝承は残ってるし、今から約1万2000年前に世界中で同時多発的な大災害があったのかもしれない。古代文明のAIは何らかの方法で大災害後の人類の衰退と再び同レベルの高度文明を築くまでの時間を計算してて、で、現代がその時だったというわけ。」
「確かにロマンがありますね~。そういえば20番目の超高度AI『アース』は地球シミュレーションシステムでしたね。古代文明の遺物がアースのような役割を担っていて、地球環境をシミュレートし生態系を守ってゆくという使命を帯びていたとしたら、その遺物は今まさにその役目を果たそうとしているのかもしれません。Z信号が我々へのメッセージだとしたらその解析は急務ですね!」
「エイダちゃんもこっちの世界に来る?オカルトは楽しいよ?」
「少し興味がわいてきました。」
「エイダ、僕みたいになるぞ。」
「レン、言うほどお姉さんは変な人じゃないしレンももっと自分に自信を持っていいんだよ?」
「何の自信だ。」
「レンはhIEが国民監視装置として機能していて人権が侵害されてるって思ってるんでしょ?でもAIによる電子政策決定システムはその過程に人間の手が入らないから人権を侵害する公権力はない。AIは人間と比較してもとりわけ利己的というわけでもないし、邪念はなく論理的な判断しか下せない。もちろんその先に人間の政治家がいるわけだけれどAIが情報を処理する段階でプライバシーの保護のためにフィルターをかけるから人間の政治家には個人を特定出来るファクターは与えられない。ゆえにクリーンな政治体制をひける。AI政治家が登場してから汚職や謀略は格段に減ってきたっていう事実があるんだし、レンもキョロキョロしないで堂々と私と手をつないで歩いていいんだよ。」
「僕言うほどキョロキョロしていないと思うんだけれどなあ。あとエイダと手をつなぐことで警戒なんかしてない。」
「レンのドキドキはちゃんと私に伝わってるよ。」
「女の子と手をつないだらそりゃあ少なからずドキドキするよ。確かに政府の監視なんて実際には妄想なのかもしれないけれど、ほら、渋谷でコウに見られていただろ?そういう社会の目は意識しなくちゃな。」
社会の目なんてオカルト研究部を始めた時にどこかに忘れてきていたが、エイダと生活するようになって急に僕の脳裏に意識が芽生えた。エイダとの生活は楽しいし同学年の女の子が家にいるという優越感が僕に自信をつけたかもしれない。エイダは一緒にいたいという気持ちとエイダを信じるという気持ちを忘れないでと過去に言った。僕もそうだ、別れたくないよ。
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超超高度AIパシフィックリーダーの国際的な暗号解読実験の試験問題にZ信号を紛れさせることに成功したリベリオンは、その試験結果について議論していた。明瞭ではないがノイズではなく、明確に特定の何かに対する指示信号であることは裏付けられた。しかしそれが科学顧問の相澤が言うように存在が確認されているバイオロイドへの指示なのかどうかまでは議論の余地があった。
国の中枢で活躍する国会議員の中にはバイオロイドがいるものと思われる。また数多くの発信力のある国民、例えば企業の役員や株主・社会学者・政治コメンテーター・マスコミがバイオロイドに置き換えられつつあることも世論の急速な地球市民化指向と宇宙開拓政策に対する批判、かと思えば地球内で小さなパイを分け合うかのような拡張主義の台頭、環境ファシストによる「人類の数を減らしましょう」運動。日本だけでなく世界的な環境覇権主義時代を迎え各国は軍備を整えていた。
衆議院議員の鈴木はこの混沌とした現状を憂いていた。
「世界は矛盾だらけだ。人類の人口が増えたのなら宇宙開拓を進め地球原理主義から脱していかなければこの文明は維持できない。しかし民衆は宇宙開拓予算は税金の無駄使いだと言う。環境ファシストは地球生存圏を持ち出し人工調整のための戦争が必要なのだと喧伝する。」
「みんな地球を追い出されたくないのさ。宇宙開拓の先にあるのは大宇宙移民時代だ。先進国は地球における特権的発展を捨てなければならないし、人口が増え絶賛発展途上中の国の民衆は先進国は技術とお金があるのだから率先して宇宙に出ていくべきだと主張する。そして空いたスペースを途上国が占有するというわけだ。」
同じく衆議院議員の緒方が付け加えた。同、田崎も発言する。
「10年前までは宇宙移民はこれからの理想の社会像だった。我々には確かな技術があったし非常に現実的な話として語られていた。実際現段階で宇宙人口は3千万人もいるし『地球外における高度AI非拡散条約』は20年前に撤廃されている。超超高度AIパシフィックリーダーの建造認可が下りたのと同時期だ。宇宙に超高度AIが設置できることになり地球との物質的経済的ギャップも埋めつつあったのに奴ら、バイオロイドが密かに社会に登場してから状況は混沌としている。」
「しかも最近登場した上位バイオロイドは正体を隠そうともせず特別秀でた見た目を持っている。人殺しをやめてアナログハック浸透術に切り替えたのかもな。これまでに何体始末したことか。」
議員たちの会話が続くなか、科学顧問の相澤が本題に切り込んだ。
「議論の最中申し訳ないがZ信号とバイオロイドの関係性についての話をしなければならない。今回Z信号は何らかの指示信号であることが判明している。これがバイオロイドへの指示なのかについては直接バイオロイド、できれば上位個体を確保して解剖なり実験しなければならない。」
「生け捕りにするのか。」
「上位個体は脳を破壊しない限り稼働し続ける。体内のどこかに受信器官があるはずだ。」
「しかし現在把握している個体数は0だ。近藤君の実働部隊が片っ端から処分してきた。この間の宇宙船も成層圏で撃墜してしまった。」
「その宇宙船の生き残りが1体発見された。ジョン・レイエス君のお手柄だ。」
ジョンはエイダの存在を報告してしまっていた。レンとの友人関係が破たんしようとも、最終的には社会をよくすることでレンに恩恵があればと思っての行動だ。ジョンは会議室の端でうなだれていた。隣で情報部の岸田が慰めている。
「レイエス君の学校に留学生としてやってきたエイダ・ミラーというアメリカ人が対象だ。同級生の来栖レン宅にホームステイしている。」
「よくつらい役目を務めてくれた、感謝する。」
実働部隊の近藤はジョンを高く評価した。ジョンはこれからもつらい役目を担はなければならない。リンクス8として緊急展開班に選抜されているからだ。緊急展開班にはすでに情報を提供済みで早急に作戦は開始されることとなった。相澤が話を続ける。
「パシフィックリーダーによるZ信号の解析結果は我々が敵と判断するその中枢を特定することに成功した。超高度AIを超える機械知性の仕業だ。」
「敵対国家か?あるいは超高度AIか?」
「そうじゃない、未知の存在だよ。私が提唱する地球の知性というべきものだ。」
「パシフィックリーダーがそう判断したのか?」
「複合的要因だな。客観的事実を集めるとそういう存在を提唱せざるを得ない。パシフィックリーダーと同レベルの超超高度AIが地球の知性として環境をコントロールしている。」
クロスナーブの横浜R&Dセンター第3開発室長の生島は相澤の説明に付け加える。
「我々クロスナーブの結論としては太古の昔から存在する地球管理コンピューターによる人類社会への干渉というストーリーが出来上がっている。その目的は明らかではないがもし地球の身になって考えてみれば、地球生命の最高傑作である人類が母なる星を捨て、宇宙進出に拍車をかけることを脅威に感じているのだろう。」
「人類は親を見捨てる子供というわけか。しかし太古の昔からとは随分とオカルトだねえ。」
議員たちは完全には受け入れていなかったがリベリオンの頭脳はクロスナーブ社だ。議員たちは自分たちの活動によって責任が生じた場合クロスナーブにその根源を押し付けて逃げ切るつもりでいた。しかしクロスナーブもまたリスクは政治家たちに背負ってもらおうと考えていた。リベリオンにはイデオローグがいるわけではない、最近何かおかしいという漠然とした社会に対する不信感がその共通認識をもって結集した秘密結社である。
*
リベリオンの会議の内容はすべてモバイル超高度AIである私、エイダ・ミラーによって傍受されている。ジョンは良く働いてくれた。ジョンは盗聴によって議事録のすべてを私に聞こえるようにした。ジョンは二重スパイってことになるかな。私は戦闘用に作られているわけではないから、リベリオンの実働部隊にかかればすぐに捕縛されるだろう。しかしこれで我々が社会に浸透するのを邪魔している組織が一つあぶりだされた。私はセンサーの塊だ。だから喜んでリベリオンに捕縛されよう。彼らの中枢をある程度把握できるまたとない機会だ。でも・・・レンとはお別れになっちゃうね。少し、いや、かなり寂しいなあ。全てはこの惑星の生態系の為、人類存続の為、私もコマの一つに過ぎない大したことない存在だ。レンは大過なく成人して、私のことなんか忘れて奇麗な人と結婚して、平穏な家庭を築いてくれたらそれでいい。
我々バイオロイドが暗躍する目的はAI政治体制下におけるhIEのセンサーを通して世界中の人類の本能を収集・明確化し人類共通思考言語のトレースを試みるため。人類が本来の姿に進化するためにはまず人類社会の中枢を掌握する必要があった。私のような上位ファンネルは今回の様に情報収集と戦略立案によって下位ファンネル=通常のバイオロイドを支援するのが仕事だ。下位ファンネルはモデルとなった人のコピーだけど、上位ファンネルは最初からモデルなど存在しない空想の存在。だからレンには潔く忘れてほしいんだ。遅かれ早かれ社会から抹消される存在だから、私はちょっとリア充な日常を満喫したかった。レンをからかったりして・・・。
「エイダ、何ぼーっとしてるんだ?」
「私も少しオカルトな事を考えていたんだよ。」
「エイダは最近姉さんと仲がいいもんな、僕と同じように姉さんの影響を受けてオカルトマニアにならないでくれよ、エイダはそういうの似合わないよ。」
「レンは異性のオカルトマニアの同志が欲しいんじゃない?」
「それはちょっとあるな、でもオカルトマニアの姉さんを見て育ったから最終的に残念な子になるのは目に見えている。」
「サナさんクールビューティーで理想の姉さんじゃない?」
「なんとなくの雰囲気はクールでも中身は不純な動機で日々AI研究をしている変人だ°Z信号はたぶんエイダの言う通りなんだ。地上の電波が特殊な回折をしてノイズとして聞こえているだけだと思うよ。」
「レンがロマンを捨てたーびっくり!でもZ信号が例えば人間以外の動物には聞こえていたとしたらどう?よく地震の前、災害の前に前兆を感じて特別な行動をする動物って多いでしょ?あれはきっと地球の言葉を聞いているんじゃないかな。」
「エイダは面白い推測をするなあ。確かに人類は野生を失っているのかもしれない。高度な文明を持つ代わりに、進化の過程で本能や自然を感じる感性が失われていったのかもしれないね。」
「人類にもきっとまだ残ってるんじゃない、眠っている器官が。地球の言葉を聞くことができる能力が。」
「ははっ確かにエイダにはありそうだね。まあ人類だけ失われたってのは果たしてそうなのか疑問に感じるよね。今度のオカルト研究部の研究テーマにしてみよう。エイダも協力してくれるだろ?」
「その時まで私がいればね。」
「そういえば留学生だった。アメリカにはいつ帰っちゃうんだ?結構短いの?」
「う~ん、それを言うとレン、ちょっと悲しむ。だから言わない。」
「今度は僕がエイダの家にホームステイしに行くよ、それで交流を持てば寂しくなんかない。今の時代宇宙コロニーで暮らしている人もいるんだ。日本とアメリカの距離なんて近いもんさ。」
「アメリカまで米軍の強化人間の女の子が暮らす秘密基地に乗り込むつもり?レン、ワイルドだね!」
「エリア51なのか・・・。」
「秘密だから言えない。」
「エイダは秘密が多いな。でもきっとアメリカに行くよ。」
「私は日本でAI研究者になりたいからすれ違うかもね。」
「なるほど、じゃあいつかまた僕の家にホームステイしに来てよ。それまで待ってるからさ。」
「レン、ありがとう。サナさんやコウとジョンとも会えると嬉しいな。」
青春は短い。レンが大人になって夢を追う時、私は近くにいられるのだろうか?押しに弱いレン。私がもっとプッシュすればレンはどんな反応をするんだろうね。
*
2156年2月末、コウはその日アイとともにオカルト研究部の部室にいた。そこにはレンとエイダもいた。しかしジョンはこの日登校していなかった。無断欠席だ。ナイスガイの真面目なジョンに限ってズル休みはないだろう。ジョンがいないとまともに研究が続かないオカルト研究部は墜落宇宙船の事案についての研究を一旦停止し、コウから見てアイが時たま青白く光っている現象を研究議題に載せていた。
「俺にはここにいるニュークリアイが時々青白く光って見えるんだ。そこで人間原子炉の可能性について議論したい。」
「コウ、私のあだ名ニュークリアイで固定なんだ。」
「そうだぞニュークリアイ。今やサングラスなしにアイを直視できない。普段の食事で原子核分裂を起こすためには生物学的元素転換(Biological Transmutations)しか考えられん。これまで様々な科学者がこの現象を示唆したがついに科学的に証明できることはなかった。つまりだな、アイはレッドボックスなのかもしれん。」
「コウ、あんたの目がおかしいんだ。病院行け。」
「レン君の言う通り、コウがおかしいという線を探ってみよう!」
レンとアイはコウに病院に行けと薦めた。エイダは別の可能性を検討していた。科学的にありうる現象を提唱してみることにした様である。
「コウはこれまでの経験で共通する何か行動とか体勢はとらなかった?例えば空を見上げて太陽の光が目に入りその直後にアイを見た!とか。」
「確かにコウはアイが体くっつけると天を仰ぐ癖があるよな。」
「・・・レン、エイダ、結論を出すのが早すぎだぞ。」
「議題はそれだけか?」
「それだけだ。なにせ主任研究部員のジョンがいないと例の宇宙船墜落事案についてこれ以上探りを入れられん。」
「おいコウ、ここにその宇宙船に乗っていた当事者がいるぞ!なまってんなよ。」
「みんな気が付くの遅い!私は米軍の重力スピンエンジンを搭載したスペースクルーザーに乗っていたんだよ。」
「重力子を使ったエンジンか、最新鋭だな。だとすると荷重制限に相当の余裕があるはずだ。人以外にも重いものを運んでいたのでは?俺は超超高度AIパシフィックリーダーの備品を運んでいたんじゃないかと思っていた。」
「あれはもう完成してるよ。何を積んでいたかより何で空中分解したのか考察するべき!あれのせいで私は東京湾に落ちてずぶ濡れに。」
「そういや想像するとシュールだな。泳いだのか?」
「レン、シュールとか言わない。でも2キロは泳いだよ。何としてでも留学したかったからね。」
「さすが強化人間、着衣水泳で2キロは普通の人には難しそうだ。」
「人間極限状態になるとフルパワーを出せるんだよ。人間の脳は常に様々な部位が多種多様な計算を行っているけれど状況に応じて特定の能力に特化させてパラメーターをいじることができるんだ。生存本能だね。人間の脳が10%しか活用されていないというのは都市伝説だからね!」
「強化人間になるとそのパラメーターをより正確に効率よくいじれるの?」
「そう分子コンピューティングによる脳の高機能化。米軍の特殊部隊は結構昔から薬やマイクロマシンで感情や痛覚を任意の状態にコントロールして敵に対して優位に立っていた。」
「なるほど。」
「私の場合高度AIと脳の連接も可能で、思考を高度AIにほぼ100%委ねたりすることもできる。」
「あれって確か研究はされても結局満足に処理速度出せなかったような。」
「脳機能マッピングで入出力管理をつかさどる部位、つまりタスクコントローラーが高度AIのタスクコントローラーとバッティングする話でしょ?私の脳は外部のタスクコントローラーで機能するように様々な部位にマスキングをかけていて眠らせることができる。その間肉体を動かす部位に高度AIのタスクコントローラーが介入してロボットのように動くことはできる。ただこれは俗にいうオーバーマンではないんだよ。意識を保ったまままるで脳の機能が飛躍的に向上したように人格が主体的に高度AIを支配する技術は現時点では未開発。あと5年位かな。」
「5年でできるのかよ!」
「高度AIが脳を支配することは可能、その逆は道半ば。でも結構いい所までいっているよ。」
「俺は高度AIが脳を支配して人の体を動かすよりもhIEを動かした方が普通により強力な兵士だと思うんだけどなあ?」
「電子攻撃にあった時にhIEだけだと無力化される可能性がある。そこでAIと脳どちらか一方がスイッチングをして対処することで戦力の無力化を防護する事ができる。ただ一般的には最初からhIE兵士と人間兵士を一緒に展開できる状況を作るべきだよね。」
「で、エイダが気にしていた宇宙船の墜落原因は何なんだろう?」
「機体の空中分解の状況を思い出すと重力スピンエンジンの推力指向ベクトルを四方八方に向くように改ざんされたのかもしれない。重力子が滅茶苦茶に動くことで前後左右上下に同時に機体が引っ張られ破断したっていうのが私の考え。」
「初期の反重力推進実験装置でそんな映像を見たことがある。浮上と推進を一定のベクトルに向けることが出来なくてエンジンが崩壊するんだ。それを制御するには結局高度AIの演算能力が必要でフライ・バイ・AIという制御方式が生まれた。」
「ああ、思い出したよ。フライ・バイ・AIには可変重力フライホイールと重力トラッカーが必要不可欠なんだ。」
「アイにはさっぱりわかりません。」
「高度AIそのものを積むとコストがかかるから常に地上基地局から制御プログラムの更新を受けないといけない。そういう点ではhIEのAASCと似たような仕組みだね。」
「レンもコウも変な知識は豊富だね!」
「エイダ、特に爆風とか熱線とか火器による攻撃を匂わせるような感じではなかったんだろ?」
「そうだね、そもそも高度なステルス性があってレーダーからもイメージセンサーからも見ることはできない。空間受動レーダーがあるなら別だけれど、アメリカでも実用化に至ってない。あるとしたらレッドボックスになる。」
「超高度AIによる攻撃が濃厚か。日本の上空で一体どの勢力が。」
「私はリベリオンだと思う。彼らは超超高度AIパシフィックリーダーのオブザーバーだから。政党であるばかりか準軍事組織でもある。」
「ただ俺には狙いがわからんぞ?なぜそんなことをした。動機がないと何事も始まらないだろ。」
エイダは徐々に議論の方向性を誘導する。エイダは自分に対するリベリオンの襲撃があることはすでに把握済みだ。ジョンが今日この場にいないのも襲撃作戦に加わっているからだ。そしてリベリオン支持者のレンの感情を揺さぶるように、レンの脳裏にエイダを殺そうとした敵がリベリオンであるという既成事実を作り上げようとしていた。実際それはエイダの言うようにリベリオンによる攻撃だったというのは間違いない。しかし、とある意志によってバイオロイドが社会に浸透しているがために世論操作が行われ、人類を反宇宙開拓と環境覇権主義という闘争に引きずり込み、地球に縛り付ける混沌を生み出している勢力図を明かすことはなかった。エイダは味方が欲しかった。同志が欲しかった。友達が欲しかった。もちろんリベリオンという反抗勢力をあぶりだし、それが敵であることを明らかにするという任務も帯びていた。任務の都合でレンやジョンと関係を構築した。レンに近づいたのはその姉であるサナがZ信号に執着するAI研究者であるという事実が関心を引いたし、ジョンはリベリオンの内情を知るのにはうってつけの存在だった。超高度AIとしてのエイダの行動は計算ずくだったのだ。
3
僕とエイダはセントラルタワー江東の225階にある家に帰宅するため長いシースルーエレベーターを昇っていた。はるか1500m上にある僕の家は下から見上げるとぶっ倒れそうになる。山のように高い垂直構造体はそれだけで一つの都市を形成している。僕はこの立体都市のコミュニティで育った。小学校も中学校もタワー内にあったから僕の通学といえばこのリビングルームのようなエレベーターで上下する事だった。そんな思い出深いエレベーターに僕と一緒にエイダが乗るようになってからたまに小中学校の同窓生にいじられたり、顔見知りのご近所さんにいろいろ勘違いされたり、観光客がエイダの写真を撮りまくったり、まあ、にぎやかになったよ。エイダ見たさにエレベーターで待ち受けているファン?は厄介だけど悪い気持ちはしない。僕の彼女ってわけではないのにね。
「エイダが乗っていた宇宙船、なんで狙われたんだろうな。エイダがリベリオンだって思ったのは超超高度AIが作るレッドボックスに比較的アクセスしやすいからなの?」
「レン、レッドボックスはそんな簡単に触れられるものではないよ。厳重管理されているから。パシフィックリーダーを造る過程で環太平洋地域の多数の超高度AIが20年間使用されたことは知っているよね?その過程で様々な派生技術が生まれた。そしてそれは私たちの生活に反映されることになった。もちろん単一ではレッドボックスにならない一般化されたカタチとして世に出された。でもその中には要素技術の組み合わせ次第でレッドボックスになりうるものが含まれている。人類が思いもよらない技術の組み合わせでね。リベリオンはそういった要素技術の組み合わせ次第でレッドボックスとなりうるイエローボックスを解析してレッドボックスを作り出す開発支援AIの研究開発を産業技術総合研究所と結託して行っていたんだよ。」
「ちょっと待ってくれ、どうしてエイダがそんなことを知っているんだ?それに産総研の開発支援AIって姉さんの研究領域じゃないか。」
「米軍でも国防高等研究計画局DARPAで似たような研究を行っていたからね。先進国がいまだ技術的にも経済的にも先進国であり続けられる理由がそこにある。サナが産総研で何をしているのか聞いたことある?多分聞いても答えてくれなかったんじゃない?」
「確かに姉さんは何の研究をしているのか、具体的に話すことはなかった。全てはZ信号のためだと。」
「サナがオカルト好きのZ信号解明に没頭する痛い子だと思っているのはレンだけだよ。産総研で彼女がクールビューティーとして知られているのはその業務内容の秘匿性が関連しているのだと思う。」
「いや、姉さんは痛い子だ。僕は姉さんの影響でオカルト好きになったわけだし、考えすぎだよ。それに宇宙船を墜とせる技術があったところで、その動機は未だわからない。」
「動機ならもうすぐわかるよ・・・。」
「なぜ断言できるんだ。エイダの自信はどこから・・・。」
僕はやはりエイダを普通の女の子としては見ていないのだろう。理由はわからないけれど人間が醸し出すオーラとは違う何かだという僕の野生の感覚が、エイダを動く人形として見るように促していた。もっとエイダの心に寄り添ってあげたかった、そうするべきだった、僕の魂はエイダの言動にあんなにも動かされたのに、好きになってはいけないという心のバリアを突破することができなかった。そしてその時はやってきた。エイダとの別れだ。
「レン、過去に”一緒にいたいって気持ち、大切にしてね。もしこれから理不尽なことが起きて敵と味方がわからなくなっても、レンは私を信じてほしい。”そう言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えている。どうしたんだよ急に。」
「レン、私を変な子だと思ってる。だからレンは心のバリアを突破できない。だからこうしちゃう。」
エイダが僕の頬っぺたにキスをした。僕に好意を寄せているのか、僕を惑わせたいのか、そこにいたのは少女エイダ・ミラーであった。
「エイダ、いきなり・・・」
その時シースルーエレベーターの窓が割れる大きな音がした。それも3回だ。明らかに意図的に行われた破壊だった。
「レン、またどこかで会おうね・・・。」
「エイダ大丈夫か、エイダ・・・エイダっ血が出てるぞ撃たれたのかっ!」
エイダの胸と腹に大きな穴が開いていた。早急にエレベーターを停止させるため非常停止ボタンを押して最寄り階に停止させようとした。しかしなぜか止まらない。エレベーターは上昇し続ける。次に119番に通報しようとしたが今どき珍しく電波が圏外になっていた。僕はエイダを床に寝かせて穴を圧迫しようとしたが、穴が3か所では手が足らない。それに胸に空いた穴によって呼吸ができなくなる可能性も考えられた。何か止血と空気漏れを防ぐものはないか、少なくとも僕のカバンにはない。エイダのカバンはどうだろうか、僕は必死だった。エイダのカバンにはタンポンの箱が入っていた。血を止めるのに役立つ!咄嗟に思った。
「レ・・・・ン・・・・・寒い・・よ・・・・眠い・・・よ・・・。」
「エイダ、生きることをあきらめちゃだめだ。意識を強く持て!クソ、何のための緊急停止ボタンなんだ。どうして圏外なんだ!」
「レ・・・・ン・・・カッコイイ!今のレン最高にかっこいいよ。」
「何、エイダ待て、起き上がるな。」
「レン、私が強化人間であることを忘れてる。」
「いや、嘘だろ、その銃創で動けるのかよ!」
「レン、今危ないのはレンの方」
「なんでだ!」
「レン、エレベーターが停止したら姿勢を低くして頭を伏せて!」
「わかった、ああ今日は最悪の日だ!」
エイダはエレベーターの天井にあるメンテナンスハッチを開けて忍び込む。エレベーターは225階で停止した。扉が開く。その瞬間、多数の発砲音が怒涛の如く響き渡る。
「おいおいマジかよ!」
僕の頭上を弾丸が通過するのが空気の振動でわかる。エレベーターが到着した先でどこかの特殊部隊が扉から少し距離を置いて待ち構えていた。
「こちらリンクス1、標的Bの生存を確認。標的Aの所在は不明、捜索する。」
特殊部隊が8名ほどいた、2人は外の扉の両脇で待機して6名が突入準備をする。スタングレネードが投げ込まれる、まるで僕がいないみたいに。
「側方クリア、標的B以外確認できず。」
「よく探せ、標的Aは必ずいるはずだ。特に頭上のメンテナンスハッチを警戒しろ。リンクス8、標的Bを拘束しろ。」
「リンクス8了解。」
その声には聞き覚えがあった。その体格には見覚えがあった。ナイスガイのジョン・レイエスだ。なんであいつが銃をもって僕を縛り上げるのだろうか・・・。
「ジョン!お前ジョンだな!ジョン・レイエス!!これは一体どういうことなんだ!」
「知ってどうする、来栖レン。」
「くそったれ!僕はお前を尊敬していた!ジョン・レイエスは真面目で優秀なオカルト研究部の頭脳だ、そうだろ!それがこのざまだ。」
「リンクス8よりリンクス1、標的Bはまだ感染していない。」
「こちらリンクス1、現実を教えてやれ。」
「了解ですリンクス1。来栖レン、君は家に戻って現実を認識する必要がある。」
「ああ、もうすでに最低の現実だ。」
ジョンは僕を家に連れていく。まだ縛り上げたままだ。エイダは無事なのか?エイダが言っていた敵と味方がわからなくなるってこういうことなのか。しかしまだ僕は本当の現実を知らなかった。ジョンが僕の家のドアを開ける。そこは日常の空間、きっとそうだ。リビングにジョンと一緒に入った。
「おかえりレン。」
「姉さん、ここは危険だすぐ逃げろ!」
「そう、ここは危険な状態だった。だから脅威を排除した。」
リビングルームの端に穴だらけの両親の亡骸が横たわっていた。姉さんの手には銃が握られていた。僕はその光景を見て即座に現実の過酷さを思い知った。
「何でだよ姉さん・・・何やってるんだよ・・・俺たちの家族だろ、実の親だろ。」
「よく見なさい、あんたが親だと思っていたものの正体を。」
「何だって‼」
よく見るとそれは人ではなかった。血も流さない、ただのモノだった。
「このバイオロイドたちはあんたの脳を改造する一歩手前だった。我々はこの社会から排除しなければならない、人類社会に不法に忍び込んだ別世界からの使者を。」
「何なんだよ、訳が分かんねえよ。本当の父さんや母さんはどこに行ったんだ?姉さんは何者なんだ?」
「Z信号・・・あんたも知ってるでしょ?あれは地球深部に存在する地球の知性である超超高度AIが人類社会に送り出したバイオロイドたちに指令を出している、一種の暗号通信。アポカリプティックサウンドとも呼ばれているけれど。私たちが解析して言語化した。私たちはこの超超高度AIをEarth intelligence=EIと呼んでいる。父さんと母さんは細胞組織が徐々にEI製バイオセルに置き換わっていってバイオロイドに変化した、人ではなくなった。」
「こんな状況で痛い話はやめないか、オカルト好きは姉さん譲りだけれどさすがに笑えないぜ?」
「私を痛い子だって思ってる?」
「ああ、思ってる。」
「地球空洞説やUFO、オカルトの大半はEIの存在を示唆するものだった。私たちは南極の地下2000キロにオーストラリア大陸と同程度の広大な地下空間を発見した。不思議だと思わない?あんな極地に大陸が氷の装甲を身にまとっているなんて。」
「だから結局姉さんは何者なんだよ?AI研究者ってのは嘘なのか?」
「それは合っている。けれど戦闘集団としての側面もある。リベリオン、それが我々の組織。人類文明は人類が主体的に紡いでいくべきものよ。」
リベリオン、僕がひそかに応援していた政治集団であり準軍事組織だ。リベリオンがこういう形で僕にアプローチしてくるとは夢にも思わなかった。エイダが言っていた開発支援高度AIを活用したレッドボックスの創造。それが姉さんの仕事なのか。
「それで結局その地球の知性・・・EIの目的は何なんだ?」
「わからない。人類の科学や思考に関する情報を集めて社会を変革しようとしているとしか言えない。なぜ彼らが干渉してくるのか、その最終的な目的が判明すれば対話の余地があると思うけれど。バイオロイドは死を恐れないから拷問しても聞き出せなかった。」
「漠然と不穏な存在としか言いようがないんだな。」
「近年分かったことがあるんだけれど、動物は基本的に地球が発する言葉らしきものを読み取り理解しているの。人間を除いてはね。人間というピースが地球にとって不完全な働きをしていることで地球全体にどのような影響を与えているのか?彼らが人間にこだわる理由は計り知れない。」
「エイダが乗ってきた宇宙船を墜としたのは姉さんが作ったレッドボックスなのか?」
「開発支援高度AIを使って人間がイエローカテゴリーの要素技術を組み合わせたオーパーツ的な何か、かな。レッドボックスは人類未到産物。到達したらレッドボックスじゃなくなる。私の研究はレッドボックスがブラックボックスにならないように超高度AIを追いかけ続けること。そして今回のエイダ・ミラー捕獲作戦の最高指揮官。」
「最高指揮官?姉さんが?エイダを捕獲してどうするんだ。」
「生きたまま解剖してZ信号の受信器官を見つけ出す。Z信号が本当にバイオロイドへの指示信号なのか確実にするためにね。」
「憶測でここまでやったのかよ!ふざけんな!エイダはいい子だ、姉さんを尊敬してたんだぞ!」
「レンは肌で感じる大衆の意見と政策の剥離が見られるようになってきた。そう感じていたでしょ?バイオロイドが社会の中枢に浸透して国の行く末を狂わそうとしている。日本だけの問題じゃない、全世界の自由民主主義の危機なのよ!」
「それでも僕は・・・エイダの味方をしてあげたいんだ・・・。」
「リンクス1よりコマンドポスト、標的Aを捕獲した。」
「コマンドポスト了解。こっちへ連れてきて。」
エイダが後ろ手を縛られてリビングに連れてこられた。制服は真っ赤に染められていて見るのもつらい姿だった。エイダは特別人間に似せて作られていたのか、赤い血を流すバイオロイドのようだ。正直もうエイダは死んでいるんじゃないかと思っていたが足取りは確かだった。リンクス8=ジョン・レイエスがその場を引き継ぐ。どこにも逃げ場のない封鎖されたリビングルーム。夕日が差し込んでエイダの体を照らしていた、まるでそこに希望があるかのように。エイダは全く抵抗するそぶりを見せず、瞬きすらせず、人形のようにその場に立っていた。僕はその神秘的で凛々しい姿に勇気づけられた。僕はエイダに触れたかったが手を縛られていて何もできない。
「エイダ、君は人類の敵なのか?」
「レン、私の言葉を思い出して。」
エイダとの日常を取り戻すにはどうすればいい・・・。どうすれば・・・。僕はかつて日常が繰り広げられたリビングルームを見渡す。両親の遺体、特殊部隊を指揮する姉さん、エイダと僕を拘束する親友だった男ジョン・レイエス・・・。血に染まったエイダ・ミラー・・・そこには日常なんてなかった。僕の日常はこんなにももろく崩れ去るものなのか、ああ、そうだ、己の信念を貫け。僕はAI政治に疑問を抱く高校生だ。来年選挙権を得るが、姉さんの話が本当なら社会に浸透する敵性バイオロイドが政策を捻じ曲げているんだ。僕の本来の日常はエイダがホームステイしに来る前、速水コウ、ジョン・レイエス、そして僕、3人のオカルト研究部員のとてつもなくくだらないことで真剣に議論していたあの頃の日常だ。エイダは・・・エイダのことは・・・忘れられるわけないだろう!人間の記憶は常に上書きされているんだ、エイダも大切な家族として僕の記憶に上書きされている。でもエイダにとって僕は何なんだ?どうして僕の家にホームステイしてきた、僕の両親がバイオロイドに置き換わっていたことを知っていたのか?僕に近づいたのは・・・リベリオンか・・・姉さんとジョンと僕の関係性を知ったうえで何か情報を引き出そうと、スパイ活動をしていたのか・・・。教えてくれエイダ!聞かせてくれ!君の言葉を!
僕の頭の中で思考が巡る。その最中、リンクス8が行動に出た。エイダを縛り上げていたプラスチックバンドを切断したのだ。そしてリビングの窓に向けジョンが発砲する。
「今デス!逃げてください。」
「リンクス8!何をしているの!」
姉さんが叫んだ。エイダはすさまじい俊敏性で窓を突き破った。その時流し顔に僕に何かを言ったようだったがうまく聞き取れなかった。ここは1500m上層だ。窓が割れたことによる気圧の変化で部屋中が乱流に巻き込まれる。姉さんはエイダに向けて発砲したがもちろん弾丸が当たることはなかった。
「リンクス8、エイダと取引したわね。」
姉さんがジョンに銃を向ける。待ってくれ、もうやめてくれ姉さん。その時、発砲音がした。姉さんはトリガーを引いていない。そう、ジョンが拳銃自殺したのだ。僕は姉さんのことしか視界に入っていなくてジョンがそんな行動に出ることは予測していなかった。姉さんとエイダのことを考えるので精いっぱいだった。
「ジョン!嘘だろ!ジョン!聞こえるかジョン!」
僕はその場に倒れたジョンに必死に叫んだ。だがあごから頭を打ち抜いていて即死だったのは医療従事者でない僕が見ても明らかだった。ジョンは日常の平和を愛する男だった。故にリンクス8としてエイダの敵になることで必然的に僕と対立することになる。僕との関係性を重視してエイダに協力すれば、バイオロイドの社会中枢への浸透を助けたことになり、これもまたジョンが愛する日本の平和とは相いれない。ジョンはただただ日常を守りたい男だった。日常を守るためなら何でもする男だった。リベリオンとエイダ、どちらの味方になっても日常が破壊されるジレンマに陥った男の選択だった。ジョン、ジョン・レイエス・・・お前はそれで満足か?僕にとってはジョンが死ぬこともまた日常が破壊されたことになるんだぞ・・・その悲しさが理解できるかジョン・・・お前が死んでも、これまでの日常はもう永遠に戻ってこないんだぞ、残された者の苦しみがわかるか・・・ジョン・レイエス。
「こちらコマンドポスト、リンクス8の造反により標的Aは逃亡、リンクス8は自殺。作戦は失敗した。繰り返す、作戦は失敗した。」
「姉さん・・・僕は今日両親と親友を失った。おまけにエイダは安否不明の行方不明だ。こんなふざけた現実があるかよ・・・。姉さん、どこで何を間違えたんだろうな?僕たちは・・・。」
「レン・・・私たちの不幸は狭義にはエイダがうちに来たことが災いしていて・・・ごめん。」
「ごめんで終わりかよ・・・エイダと話し合うっていう選択肢はなかったのか?そうしていれば、少なくともジョンは死なずに済んだ。そうだろ?」
「バイオロイドは如何なる交渉にも応じない。社会に浸透して何をしたいのか・・・それを彼らが語ることはこれまで一度もなかった。話し合いなんて言う都合のいい解決方法は最初から存在しない。レン、私をまだ家族だと思ってくれているなら、これから姉と弟で二人三脚で人生頑張ってみない?」
「ああ、姉さんは・・・自慢の姉さんだ。僕の家族だ。それは揺ぎ無い。でも家族だっていうのなら、リベリオンのこと、話してくれてよかったんじゃないか?」
「私は不器用だから・・・。今度手料理御馳走する。もう親はいないから。」
「手料理なんて・・・姉さんは僕まで殺したいのか?」
4
ジョンの死はこの日本という警察国家で公に隠し通すことはできなかった。リベリオンの政治力は小さく、警察関係者も少ない。下手に死を偽装しようものなら公権力の反感や国民からの反感を買うのは必然だった。またジョンの国籍も問題だった。アメリカ合衆国の国籍を持つ人間の異国での死、それも日本で軍事活動をしていたとなればCIAが情報をつかむだろう。どんな敵に対する軍事作戦でアメリカ人が死んだのか厳しく追及されるため、もはやリベリオンの裏の活動事情を隠し通すのは不可能であった。リベリオン統括は今回の件について国会で証人喚問され、全てのいきさつを話すことになった。それは政府中枢への浸透が推測されるEI勢力にリベリオンの活動が完全に公になるということだ。この事案をもってバイオロイドの世界各国の政府中枢への浸透・国民への浸透・世論操作・電子政策決定システムのセキュリティーホールが露わになることで世界中で人間同士疑心暗鬼になり、不幸にもバイオロイド認定を受けた人物は魔女裁判の如く超法規的に殺害されるというジェノサイドが多発。世界各国は内戦の様相を呈し、その混沌が軍事政権の誕生に寄与することになった。各国政府の基幹超高度AIが多数稼動しているにもかかわらずジェノサイドの波はとどまるところを知らなかった。
2157年1月、リベリオン事変から1年経つ頃、超超高度AIパシフィックリーダーは環太平洋地域の日本やアメリカを含む内戦国家に対して軍事介入し、混乱を収束。国家の枠組みを超えた軍事連合”環太平洋条約機構Pacific Rim Treaty Organization=PRTO”を結成し問題の根源であるEI事案を包括的に取り扱い、真相究明を目的とした作戦部隊”EI対策統括任務部隊EI Countermeasures Task Force=ECTF”を発足させた。世界の多くの国はまだ内戦状態が続いており、この混沌を一気に解決するためにはEIとの接触・排除が急務となっていた。
その頃、来栖レンは事案の震源地であるセントラルタワー江東の225階に引きこもっていた。当初こそマスコミの取材攻勢を受けたものの、内戦状態になってからは戦況を伝えるメディアが多くなり、1年も経つと世界の混沌の方がピックアップされていた。姉でありリベリオンのメンバーだった来栖サナはリベリオンが内密に収集したEIに関する情報・EI兵器に対する対抗手段に関する研究のためECTFに参加、レンは一人ぼっちで日々エイダとの短くも充実した日常を、ナイスガイのジョン・レイエスとの友情を懐かしく思っていた。サナが作る料理は日々進化してゆき、味もそこそこのレストランと同等レベルになっていた。その料理過程は実に学術的でケミカルなものだったがアウトプットはやはり研究者らしくストレッチゴールを達成していた。
「姉さんはミートボールに何か思い入れでもあるのか?」
もう7日連続でミートボールだ。味はいいが普通の味覚なら飽き飽きする。サナによると研究予算がないのでリソースを多種類に分配した場合、味は保証できないとのことだった。日曜日に帰ってきては作り置きを7日分製造し、冷蔵庫にしまっていた。そんなミートボール生活をしていたある日、速水コウがレンのもとを訪ねてきた。コウの彼女、アイも一緒だ。
「レン邪魔して悪いな。サナさんのミートボールを食べに来たぞ。アイも一緒だ。」
「レン君久しぶりー、サナさんのミートボールが絶品と聞いて駆けつけましたー。」
「コウ、アイ、僕に会う理由がミートボールなのは寂しいぞ。まあ入ってよ。」
レンはあの時の記憶から解き放たれたいという一心から家具をまるっきり別物に変えていた。配置もすべて見直した。しかしそれでもあの時の出来事の呪縛から解き放たれていない。
「この部屋だいぶ変わったなー。なあレン、そろそろ学校に出てきてもいいんじゃないか?みんな心配しているぞ。」
「そうだよーレン君被害者なんだし。」
「あの時のことが発端となり世界中内戦だらけだ。日本では国会議員の爆殺が相次ぎ一般国民も虐殺で200万人亡くなっている。僕は喪に服しているのさ。それにネット登校はしているだろ。」
「ネット登校は結構だがお前の席花とかおかれて完全に死んだ人みたいになってるんだよ。オカルト研究部も部の要件を満たさなくなって部室を取り上げられ、予算がつかなくなった。今は俺のコンテナハウスでアイと細々とやってるんだ。」
「それはすまないな。でも僕が普通に人生を謳歌したら浮かばれない人が多くいるんじゃないかって考えてしまうんだ。ジョンとかな。」
「ジョンはいい奴だったな。」
「ああ、ナイスガイだった。」
「ジョンといえばあいつ部室でちまちま何か作ってたんだがこれ何かわかるか?」
「例のエイダが乗ってた宇宙船の残骸から作った何かじゃないか?いやでもまてよ、確かジョンはリベリオンとエイダとの2重スパイになってたんだっけ。残骸どころかエイダから何かレッドボックスを渡されていたんじゃないか?」
「俺にはさっぱりわからん。ただモバイル核融合が採用されているのが気がかりではあるな。モバイル核融合電源は1週間前に発売されたばかりだろ?開発者キットがジョンにも配布されていたのか。」
「既存の電力インフラに頼ることなく稼働しなければいけないものか。起動はタッチなのか、ああでもパスワード入力画面があるな。僕の技術じゃ解読できないぞ。」
「俺にもパスワードはわからなかった。」
「これ3次元ホログラフキーだから英数字とかじゃないぞ、解読には高度AIが必要だ。姉さんに頼むか。」
「高度AIといえばサナさんの出番だな。」
「今日日曜だから20時くらいに帰ってくるよ。ミートボール食って待ってみるか。」
3人はミートボールを食べながらエイダの話になった。エイダに関する個人情報はきれいさっぱりなくなっている。そもそもアメリカ国籍でもなかったようだ。リベリオンがエイダについて国会で言及しようとしたとき判明したことである。故に少女Aと呼ばれ容姿も実際に会ったことがある人々の記憶の中にしか存在しない。
「俺は初めてエイダを見た時世の中にあんなに完ぺきな容姿を持った少女がいることに驚愕したよ。その隣にレンがいてさらに驚愕だ。」
「エイダは僕をあの容姿でアナログハックしてくるんだ。」
「お前が羨ましいよ。あ、いや、何でもない。」
「アイは悲しいです・・・。」
「コウ、自分の彼女を大切にな。まあ、エイダといた時間は面白かったよ。しきりに容姿をほめるように誘導してくるんだ。」
「エイダはレンになんて言ってほしかったんだろうな。」
「それはわかってるんだ。”エイダはかわいい”って言ってほしかったんだよ。」
「それで言ったのか?」
「いや、パンツを見せてくれって言った。」
「なぜだ!」
「レン君ちょっと変態さんだね。」
「似たようなことをエイダにも言われた。でも確か最終的には1回だけ言ったかな。」
レンが発した言葉の中にパスワードを解除するワードが含まれていた。それが”エイダはかわいい”である。レンの部屋に置かれた謎の機械が起動し、紫色の光がバチバチと雷のように部屋中を焦がした。家内システムがレンの部屋での火災の可能性を警告して慌てて3人で見に行くとそこには空間のひずみが生じ、光が湾曲していた。
「うわあ、何だこれは!」
「レン危険だ。離れろ。」
「レン君気を付けて。」
「ちょっと待ってくれ。ひずみから何か伸びてくる。」
それは人の手だった。
「まさかとは思うが・・・。」
レンがひずみから伸びる手をしっかりとつかんで一気に引き抜いた。するとひずみから銀髪の女の子が裸で飛び出してきた。その場でうずくまっている。
「裸の女の子が超空間から飛び出してきたぞ、これはSFなのか?」
「あの大丈夫ですか?」
「ちょっと待って、男子は見るの禁止!」
「それがよさそうだ。」
「エイダ・・・エイダなのか?」
レンには見覚えのある長髪だった。日本人の女の子よりかなりメリハリのある体系、170cmはあろうかという体格、その妖艶な雰囲気をレンは知っている。エイダだ、間違いない。レンがエイダの肩に触るととてつもない熱量を帯びており、少しやけどした。まだ全身にプラズマが幕を張っており、フローリングの床が焦げる独特のにおいを発している。そしてキュイーンとコンピューターが起動するときのようなモーター音が聞こえるとすぐにその少女、エイダ・ミラーは目を開きスタートアップシークエンスを実行していた。碧眼が点滅してプログラムを読み上げている。しかしレンには馴染みのない聞きなれない言語だった。そういえば銃撃で開いた穴はまだ開いているのだろうか?あの時のままだったら手当てが必要だ。
「体に穴が3つ開いてるはずなんだ、確かめないと、血が出ることもあるだろうし。アイ、タンポン持ってる?」
「おいレン、見損なったぞ、いくら女の子が裸で横たわっているからって股間をいじるのは最低野郎だ。」
「そうだよレン君。エイダちゃんが起きたらきっと悲しむよ。」
「ああ、僕はここまで勘違いされるほど友人の尊敬を受けてないんだな。」
レンは勝手に変態野郎にされたことでひどく心が傷ついた。それはもう立ち直れないほどにだ。ただ誤解を与える発言をしたレンにも責任はある。とりあえず二人には銃撃で開いた穴のことを説明した。
「ここで銃撃戦が起きた時エイダの体に穴が3つ開いたんだ、僕はそのことを話している。」
「レン、苦しい言い訳はやめるんだ。そんな状態になったらエイダは死んでいたはずだ。」
「レン君それはちょっと無理があるよ。もう少し真面目な人だと思っていたのに変態さんだったなんて・・・アイは悲しいです。」
「僕はこの瞬間変態になったんだな、ああ、もうそれでいいよ。あとでエイダが真実を証明してくれるはずだ。」
いつまでもエイダの裸を見ることをアイは許してくれなかった。エイダが目覚めるまでレンとコウは部屋から閉め出されたのだ。
「コウ、あの装置はエイダを召喚する装置だったのかな?」
「そのようだな。ただタイミングが悪い、サナさんが帰ってきたらどうする?かたやECTF(EI対策統括任務部隊)の研究者、かたや人類の敵EI勢力の上位バイオロイド、この二人が接触するのは非常にまずい。」
「そうだな、姉さんが帰ってきたらエイダを穴だらけにするだろうな。」
「また穴の話か。」
「ああ、また穴の話だ。」
「股穴だと?やはりレンは変態だったんだな。」
「僕泣いていいか?」
30分くらいしてサナが帰宅した。エイダはまだ動かない。3人はとにかくサナのミートボールのおいしさについて熱く語る。
「姉さんの作るミートボールは最高だ!1か月通して食べても飽きが来ない。」
「サナさんのミートボールはレンの家がミシュランガイドに登録されるほどの絶品料理です。」
「サナさん今度私にミートボールの作り方を教えてください!人生で一番おいしい料理にやっと出会えました。」
「3人そろって私のミートボールを褒めるなんてなんか違和感があるわね。男子二人は私の下着を履いて遊んでいたんじゃない?」
「それはねーよ、履くんじゃなくて被るんだ。」
「ふ~ん、あくまで身の潔癖を主張するのね。」
「ちょっと待ってくれ、パンツを被るのが身の潔癖の主張になるんですか?」
「私も母さんのパンツをよく被っていたわ。懐かしいわね。もうこの世にいないなんていつまで経っても信じられない。でも、そうね、直接手を下したのは私だから自業自得か。いくらバイオロイドに置き換わっていたとはいえ、実の両親を殺すなんて・・・涙が出てくるわ。」
「姉さんはあの時、僕もバイオロイドなんじゃないかって疑っていたんだよね。それで僕を標的Bに設定した。エイダがいなかったら僕はあの時死んでいたよ。」
「レン、ごめんね。私あの時はすごく疑心暗鬼になっていて、もう家族はいないんじゃないかって思っていて・・・。」
「姉さん・・・僕は・・・姉さんがバイオロイドじゃなくてよかったと思ってるよ。姉さんは内戦も一緒に生き抜いて唯一の家族だ。姉さんが負い目に感じることはない。あの情勢下世界は混沌としていてみんな疑心暗鬼になり過ぎていたんだ。そしてそれは今でも続いている。」
「そうね、ありがとうレン。」
「サナさん、ECTFは唯一国連から承認された対EI部隊だ。もしまたこの家にエイダがホームステイしに来たら、サナさんはエイダを殺しますか?」
「難しい質問ね。いきなり殺すかどうかは置いといて、ECTFとしてはEI側の情報が欲しいの。これまでEIバイオロイドを捕まえては尋問・拷問したけれど、彼らは何も話さなかった。我々もEIもお互いを知ろうっていう努力が足らなかったのかもしれない。エイダは恐らく私やジョン・レイエスとつながりのあるレンを通して何か人類側の敵対心を探っていたのかもね。うちの親がバイオロイドに置き換えられたのはレンを同様にバイオロイドに仕立て上げるか、或いはレンに対する教育方針を改める為か、今となってはわからない。とにかく我々は超超高度AIパシフィックリーダーと連携してEIの目的を明らかにしなければならない。」
「EIの破壊が目的ではないと?」
「コウ君、もしかしたら地球の知性ともいえるEIが活動を停止したら、この惑星は機能を停止するかもしれないリスクを抱えている。EIの扱いは実にシビアよ。」
「ではエイダもまたEIの一部で、シビアに扱う事を確約できますか?」
「コウ、お前・・・。」
「アイもその確約ができるか知りたいです。」
「みんなしてどうしたの?エイダは消息不明だし・・・戻ってくることはないわよ。」
「姉さん、僕の部屋へ来てくれ。たまげるぞ。」
レンたちはエイダのいる部屋へサナを導いた。紫色の光が漏れるプラズマを帯びたその部屋は異様に焦げ臭く、サナは消火器を手に部屋のドアを開けた。そこには光り輝くエイダの姿があった。
「エイダ・・・エイダなの?どうしてここに?」
「ジョンがエイダから謎の機械を託されていたんだ。それが起動してエイダがゆがんだ空間から出てきた。まだ意識はないみたいだけれど、もうすぐ目覚めるよ。」
「私、ECTFの研究者としてこれは報告せざるを得ない。でも・・・エイダちゃんをまたレンの家族として受け入れることができるように最善は尽くすわ。」
「姉さん、解剖とかするなよ。」
「そうはさせないわよ、エイダは基本的にいい子だった。エイダにひどいことをした私はもう家族として失格だけれど、レンの為なら。」
5
来栖サナはエイダに危害が及ばぬように最善を尽くすと誓った。しかしECTFは彼女の意志で動いているわけではない。監視役が付くのは明らかだった。それでもサナは引きこもっているレンにかつての日常を与えてあげたかったのである。何よりも唯一の姉なのだから。
エイダ・ミラーは人類社会に復活する。エイダがジョンに装置の工作を依頼していたのはEI勢力としての自分から解き放たれたいというエイダの強い思いであった。エイダはレンと接しているうちにレンとの日常が自分にとってかけがえのないものになっていたことに気づいていた。このままEI勢力として任務を行うのはレンを裏切り続ける行為だと考えていたのだ。だから一回自分をリセットする必要がある。EIバイオロイドエイダ・ミラーではなく少女エイダ・ミラーの道を選んだ。ただし、EIの活動論理は基本的に地球に宿る知性として生態系を守る役割があるという事、生態系の中には当然人類も含まれること、人類を守るということは来栖レンも守るという事である。エイダは自分が反乱分子になればそれ即ち人類を守るという使命を捨てることになる。その結果として来栖レンの死が待ち受けている可能性もあった。エイダはこの行動が結局は自分本位で世界を翻弄することになり、レンとの本当の別れが近づいてしまう愚かな選択肢であることは重々承知だ。「人類を守る」、このフレーズは人類側もEI側も共通した一つの行動原則である。どちらの勢力についてもその後ろ盾は超超高度AIの演算能力にかかっているという事もまた皮肉にも同じである。
EIはなぜ人類にそこまで執着するのか?超超高度AIパシフィックリーダーが完成したことで人類主導による生存圏確保はより確実なものとなっているはずである。EIが出るまでもなく人類は自ら生きながらえる術を知っている。しかしEIはこの現実と矛盾してむしろパシフィックリーダーが完成したのを境に活動をより鮮明化させている。EIにはどうやら複雑な事情があるようだ。
*
なかなか起動しないエイダに業を煮やした僕はプラズマを帯びる自身の部屋に足を踏み入れ、再びエイダの手を引っ張って廊下に引きずり出した。そうすると不思議とプラズマは消え去り、エイダの目の光が安定した。
「エイダ、聞こえるか?僕だ、来栖レンだ。」
「く・・る・・す・・れ・・ん・・・?」
「そうだ、来栖レンだ。」
バイオロイドといってもすべてが生体パーツではないようで、瞳がじりじりと機械的に焦点を合わせる動作をしていることに気が付いた。僕らは廊下に座って対面していた。
「来栖・・・レン・・・」
「ああ、僕の名前だ。」
「レン・・・に・・・裸見られた・・・パンツの約束だったのに・・・。」
「そうだったね、エイダ。だんだん思い出してきたか。」
「レン、そこにいるのはコウ、その隣はアイ、そして・・・サナ、私を殺そうとした人。」
「姉さんを恨んでいるか?」
「よくわからない。でもまた会いたいと思っていた。レン、おかえり。」
「エイダ、逆だ逆。そこは僕がおかえりって言うんだ。」
「レン、私はまた日常生活を送っていいのかな?」
「日常生活か・・・うちの親は死んだ、ジョンもだ。それでもいいなら僕ならいつでも歓迎さ。」
「レン、私のせいでたくさんの人が死んだと聞いている。EI側では常に人類側をモニタリングしていた。世界では虐殺の嵐が吹き荒れて、それはまだ継続している。私がこの世界に戻ってきて、レンやコウやアイと・・・サナとも、日常生活を送っていいのかわからない。」
「知っていたのか。僕はこんな世界になっても・・・いや、なったからこそ君といたい。」
「ありがとう、レン。」
エイダが裸のまま僕の胸に飛び込んできた。二つの柔らかい塊が僕の胸を撫でる。いい匂いがする。これがエイダがいるという実感だ。エイダが戻ってきたんだ。
Mail to Rebellion:『こちらリンクス8、上位バイオロイドを発見した。抹殺対象です。』・・・ジョン・レイエスはリベリオン情報部の岸田から墜落宇宙船の積み荷の上位バイオロイドが見つかったら知らせるように命令されている。しかしメッセージを端末に打ち込んだところで彼には心の葛藤が待っていた。そもそもジョンがリベリオンに所属しているのはレンやコウを含めた日本の平穏と日常を守りたいからだ。エイダのことをリベリオンに報告すれば大切な仲間との関係が壊れる、日常を破壊して友人を巻き込んだ殺し合いが待っていることは容易に想像できた。だからメッセージの送信ボタンを押せない。組織も仲間でレンも仲間だ、どちらか一方を選べなんて残酷だ。ジョンは己が何のために存在すべきか、社会でどういうポジションでかじ取りをしていくのか、自己の存在理由の本質に考えを巡らせていた。
「どうしたジョン、冬なのに汗をかいてるぞ。」
隣席のコウが心配そうに呼び掛けた。ジョンは少し戸惑ったがメッセージを保留にして端末をポケットに入れた。レンを選んだわけでもリベリオンを選んだわけでもない、自然とこの葛藤を保留にしたのだ。ジョンの席からはレンが斜め右前方に見える。コウの呼びかけはジョンの耳に入らない。レンの日常を破壊するのが容易なポジションに自分がいることに気づかされ、己の立場を呪った。これは地獄の始まりだ。
エイダが自己紹介を終えるとジョンの横を通ってジョンの間後ろの席に着座した。上位バイオロイドが殺人的手段で社会に浸透してきていることはリベリオンに所属する者ならば常識だ。バイオロイドの存在が社会に公になれば他人不信の連鎖が繋がり、最悪内戦状態になる。バイオロイドが社会を乗っ取る手段は実在する人物の姿も人柄も完全にコピーして本人を隠密に殺害した後に何事もなくその故人のポジションを手に入れ社会に浸透していくという恐ろしい手口だ。そして通常のバイオロイドとは違う上位バイオロイドはそれ自体が動く超高度AIであり、社会システムの改ざんや戸籍の偽造発行などを駆使して全く新しい個人として社会に出現するといった点が異なる。通常のバイオロイドが社会の乗っ取りを担うとしたら、上位バイオロイドはそれを邪魔する人間勢力の把握と排除を担っているのではないかとリベリオン内部で推測されている。その推測が本当だとしたら、レンの周辺でバイオロイドに置き換わった人物もどきがいる事が想定され、上位バイオロイドがその環境の補強にやってくることは自然の流れと受け取れる。
つまり、ジョンの頭の中ではリベリオン勢力の把握と排除、もっと言えばジョン・レイエス殺害という結論が待っていることが想像される。この事態をジョンが保留し続ければ、ジョン自身がエイダによって抹殺される運命にあることは想像に難くない。
「あなたが速水コウさん、そしてあなたがジョン・レイエスさん・・・この時を待っていました。」
エイダが話しかける。モバイル超高度AIがやることだ、ちゃっかりジョンの真後ろというポジションを手に入れてジョンのすべての行動を監視できる体制だ。
「はじめまして、実は数日前レンとエイダさんが渋谷にいるところを見かけたんだ。最初はカップルかと思ったがレンによるとそうじゃないらしい。俺はてっきりエイダさんがhIEでレンが何かの詐欺にひっかかっているんじゃないかと勝手ながら想像していた。エイダさんがあまりにもお奇麗なので。」
「なるほど、コウさんはレンと違ってストレートな表現をするんですね。レンは私のことをなかなかかわいいと言ってくれなくて。」
「レンは奥手だからな。でも良い奴だよ。俺たちは今日から仲間だ、なあジョン?」
「・・・」
「ジョンどうした?」
「いや、なんでもない。よろしくお願いします、エイダさん。私もアメリカ出身です。同郷同士、お互いに仲良くしましょう。」
「よろしくお願いしますジョンさん。私はカリフォルニア出身です。」
「やっぱりハリウッド美少女という俺の推測は間違っていなかったようだな。」
「コウ、カリフォルニアは広いんだ、ハリウッドに関係あるかどうか。」
「私地元で女優にならないかってスカウトされたこと結構あるんです。なのにレンはなかなかかわいいねって言ってくれなくて・・・悲しいです。」
「エイダ、聞こえてるぞ。容姿は褒めただろ?」
「レン、もっと褒めて。私のパンツ見たいんでしょ?」
「ここでそんなこと漏らすなよ、つい本心が出ただけだ。エイダが太もも戦術でアナログハックしてくるからついね。」
「何の話をしているんだ?」
他愛もない会話が繰り広げられる。客観的に見れば、こういうのが日常で尊い光景なのだ。ジョンの憂鬱とは裏腹にレン、コウ、エイダは楽しそうに会話をしている。自分だけが遠い所にいる気がしているジョンはただただ、普通の人生に憧れるしかなかった。
*
この日は始業式がメインイベントですぐに解散となった。オカルト研究部の部長であるコウはエイダについて知りたいことがあった、墜落宇宙船の生き残りという件だ。部創設以来の超弩級ネタだ。エイダにインタビューして記事にまとめ上げればオカルト書籍を出版している出版社も食いつくだろう。テレビ局も放っておかないかもしれない。部の躍進と活躍で実績を作れば初代部長として伝説に残るはずだ。僕は正直エイダがアメリカンジョークを言っているのだと信じたかったけれど、エイダの”普通じゃない感じ”はやはり常人とは違う。この際はっきりさせた方がいいのは明白だ。ただエイダが何を言ったところで数々の疑問はある。そもそも生き残れたとしても来るべき場所は僕の家でも学校でもない、病院だ。僕の家に来るたった一日前の出来事で正直胡散臭い。やっぱり特別頑丈なhIEじゃないのかと疑いたくなる気持ちは湧いてくる。でもそんなこと言ったらエイダは落胆するだろう、エイダを悲しい気持ちにはさせたくない。エイダを含めた僕たちはオカルト研究部がある部室で一休みしていた。
「エイダ、衝撃発言するって言ってたけど宇宙船の生き残りは冗談だろ?」
「レン、私は嘘はつかない。成層圏を飛行中に非常事態宣言が出たんだけれどその直後に機体が空中分解し始めて私だけパラシュート降下した。最初に着ていたボディスーツは多機能なんだよ。」
「あのスーツにそんな能力が?米軍のスペースレンジャーみたいだ。」
「レンもコウもジョンも見たことがあると思うけれどギネスチャレンジで大気圏に特殊なスーツを着て再突入した伝説の人がいたでしょ?あれ私のお父さん。宇宙開発エンジニアなんだ。」
「エイダさんはクレイジーだ。そういえばジョンはその手の話に詳しかったよな。」
「大気圏再突入マンはアメリカの英雄だよ。私が知る限り彼は宇宙線対策にお金をかけられなくてその後すぐ病気で亡くなっているんだ。もう20年前の話で確か子供はいなかったはずだ。エイダさんの話と辻褄が合わない。」
「ジョン、私は試験管ベイビーなの。父の精子は凍結保存されていてその後軍の強化人間生産プログラムで生まれたのが私。」
「っていうことはエイダは米軍属の強化人間なのか?」
「そう、自己成長マイクロマシンとカーボンの骨格、分子コンピューティングによる高度な脳機能活用、オカルト研究部だけの内緒だよ!」
「またとんでもない体だな。正直内部を見てみたい。」
「レンは素直になると変態さんだね。」
「レン、レディーに失礼だぞ。」
「すまない、不純な動機で言動するDNAを持っているんだ。家族そろってね。」
「そういえばレンのクールビューティーな姉さんはZ信号のためにAI研究者になったんだよな。」
「覚えていたか。あの姉があってこの僕だ、小心者だがよろしくな。」
オカルト研究部はスーパーウーマンの話を聞けたところでお開きになった。それにしてもエイダは想像以上にタフな女の子だったのが衝撃だ。まあ、面白いとは思うよ。
*
エイダとの生活が始まって1か月近くが経過した。エイダはすっかりクラスのみんなのお気に入りで僕は安心している。ホストファミリーとしてやはりそういう人付き合いは心配だったからね。そういえば姉さんとエイダは時々へんてこな話で盛り上がっている。姉さんのオカルト好きがエイダにも移らなければいいんだけれど。
「サナさん、超超高度AIパシフィックリーダーは全世界の超高度AIを結集した演算能力よりもはるかに高性能なんですよね?つまりもはや超高度AIは陳腐化した。けれども人類は陳腐化した超高度AIに追いつくことすらままならない。もはやこの産業文明の主役は人類ではなく進歩したAIのブラックボックスで成り立っているように思えます。」
「エイダちゃん、産業文明の主役は結局まだ人類にあるよ。超高度AIも超超高度AIもその役割は人類の生活を助けるために存在する。確かにAIの能力とその管理の是非を巡って様々な議論が行われていて、IAIAでは限界が見え始めてるのは確かね。特に超超高度AIはIAIAという枠組みではもはや対応不可能なほど先を行ってしまったAIだと思う。超超高度AIパシフィックリーダーを何に使うかはまだ人類の意向に託されているけれど、これがいずれ人類と超超高度AIの関係性が薄れていって、世界中の超高度AIたちが自己の能力を補うために超超高度AIを積極的に使っていくことになれば、人類がAIに絡んで果たす役割はこれからどんどん減っていってこの文明の全貌の把握はできなくなってくる。これは容易に想像できる未来かも知れない。AIの存在意義が人類の為からAIの為に移り変わってゆく可能性を超超高度AIは持っている。ただそうなる前に人類と超高度AIの協議で新たなIAIAのような枠組みが議論され運用されるであろう未来も容易に想像できる。」
「サナさんの所属する産業技術総合研究所ではそういった議論がされているんですか?」
「いや、まあやらないこともないけれど基本的に日本では超高度AIの開発機関は理化学研究所がトップバッターだし産総研は超高度AIの研究開発よりも超高度AIが作るレッドボックス(人類未到産物)に追いつく研究の方が盛んでその過程でいろいろ開発支援AIを作ることはある。そう、私はAI研究者として本当は理研に入りたかったんだけれど面接でZ信号の解析に超高度AIを使いたいという不純な動機を話しちゃって落ちちゃったんだよ。ところが産総研は同じく面接でZ信号に興味を示してくれて何とか入所できたってわけ。ああ、だからといって産総研が変な所ってわけではないよ。」
「サナさんってZ信号みたいなオカルトにものすごい執着と情熱があるんですね。私はあれはノイズで何か意味のある情報を含んでいるとは思えないんですけれど。」
「いや、例えば現代文明に匹敵する超高度古代文明が何万年も前に存在して現代の様に超超高度AIが作られたとする。その文明は超超高度AIを安全保障上のリスクの為に地球の深部に設置したけれど大規模な戦争や災害によって地表がリセットされてしまって結果としてその文明の遺物が地球深部に残った孤独な超超高度AIだけだとしたらロマンがあるなって。世界中のあちこちでノアの洪水伝説のような伝承は残ってるし、今から約1万2000年前に世界中で同時多発的な大災害があったのかもしれない。古代文明のAIは何らかの方法で大災害後の人類の衰退と再び同レベルの高度文明を築くまでの時間を計算してて、で、現代がその時だったというわけ。」
「確かにロマンがありますね~。そういえば20番目の超高度AI『アース』は地球シミュレーションシステムでしたね。古代文明の遺物がアースのような役割を担っていて、地球環境をシミュレートし生態系を守ってゆくという使命を帯びていたとしたら、その遺物は今まさにその役目を果たそうとしているのかもしれません。Z信号が我々へのメッセージだとしたらその解析は急務ですね!」
「エイダちゃんもこっちの世界に来る?オカルトは楽しいよ?」
「少し興味がわいてきました。」
「エイダ、僕みたいになるぞ。」
「レン、言うほどお姉さんは変な人じゃないしレンももっと自分に自信を持っていいんだよ?」
「何の自信だ。」
「レンはhIEが国民監視装置として機能していて人権が侵害されてるって思ってるんでしょ?でもAIによる電子政策決定システムはその過程に人間の手が入らないから人権を侵害する公権力はない。AIは人間と比較してもとりわけ利己的というわけでもないし、邪念はなく論理的な判断しか下せない。もちろんその先に人間の政治家がいるわけだけれどAIが情報を処理する段階でプライバシーの保護のためにフィルターをかけるから人間の政治家には個人を特定出来るファクターは与えられない。ゆえにクリーンな政治体制をひける。AI政治家が登場してから汚職や謀略は格段に減ってきたっていう事実があるんだし、レンもキョロキョロしないで堂々と私と手をつないで歩いていいんだよ。」
「僕言うほどキョロキョロしていないと思うんだけれどなあ。あとエイダと手をつなぐことで警戒なんかしてない。」
「レンのドキドキはちゃんと私に伝わってるよ。」
「女の子と手をつないだらそりゃあ少なからずドキドキするよ。確かに政府の監視なんて実際には妄想なのかもしれないけれど、ほら、渋谷でコウに見られていただろ?そういう社会の目は意識しなくちゃな。」
社会の目なんてオカルト研究部を始めた時にどこかに忘れてきていたが、エイダと生活するようになって急に僕の脳裏に意識が芽生えた。エイダとの生活は楽しいし同学年の女の子が家にいるという優越感が僕に自信をつけたかもしれない。エイダは一緒にいたいという気持ちとエイダを信じるという気持ちを忘れないでと過去に言った。僕もそうだ、別れたくないよ。
2
超超高度AIパシフィックリーダーの国際的な暗号解読実験の試験問題にZ信号を紛れさせることに成功したリベリオンは、その試験結果について議論していた。明瞭ではないがノイズではなく、明確に特定の何かに対する指示信号であることは裏付けられた。しかしそれが科学顧問の相澤が言うように存在が確認されているバイオロイドへの指示なのかどうかまでは議論の余地があった。
国の中枢で活躍する国会議員の中にはバイオロイドがいるものと思われる。また数多くの発信力のある国民、例えば企業の役員や株主・社会学者・政治コメンテーター・マスコミがバイオロイドに置き換えられつつあることも世論の急速な地球市民化指向と宇宙開拓政策に対する批判、かと思えば地球内で小さなパイを分け合うかのような拡張主義の台頭、環境ファシストによる「人類の数を減らしましょう」運動。日本だけでなく世界的な環境覇権主義時代を迎え各国は軍備を整えていた。
衆議院議員の鈴木はこの混沌とした現状を憂いていた。
「世界は矛盾だらけだ。人類の人口が増えたのなら宇宙開拓を進め地球原理主義から脱していかなければこの文明は維持できない。しかし民衆は宇宙開拓予算は税金の無駄使いだと言う。環境ファシストは地球生存圏を持ち出し人工調整のための戦争が必要なのだと喧伝する。」
「みんな地球を追い出されたくないのさ。宇宙開拓の先にあるのは大宇宙移民時代だ。先進国は地球における特権的発展を捨てなければならないし、人口が増え絶賛発展途上中の国の民衆は先進国は技術とお金があるのだから率先して宇宙に出ていくべきだと主張する。そして空いたスペースを途上国が占有するというわけだ。」
同じく衆議院議員の緒方が付け加えた。同、田崎も発言する。
「10年前までは宇宙移民はこれからの理想の社会像だった。我々には確かな技術があったし非常に現実的な話として語られていた。実際現段階で宇宙人口は3千万人もいるし『地球外における高度AI非拡散条約』は20年前に撤廃されている。超超高度AIパシフィックリーダーの建造認可が下りたのと同時期だ。宇宙に超高度AIが設置できることになり地球との物質的経済的ギャップも埋めつつあったのに奴ら、バイオロイドが密かに社会に登場してから状況は混沌としている。」
「しかも最近登場した上位バイオロイドは正体を隠そうともせず特別秀でた見た目を持っている。人殺しをやめてアナログハック浸透術に切り替えたのかもな。これまでに何体始末したことか。」
議員たちの会話が続くなか、科学顧問の相澤が本題に切り込んだ。
「議論の最中申し訳ないがZ信号とバイオロイドの関係性についての話をしなければならない。今回Z信号は何らかの指示信号であることが判明している。これがバイオロイドへの指示なのかについては直接バイオロイド、できれば上位個体を確保して解剖なり実験しなければならない。」
「生け捕りにするのか。」
「上位個体は脳を破壊しない限り稼働し続ける。体内のどこかに受信器官があるはずだ。」
「しかし現在把握している個体数は0だ。近藤君の実働部隊が片っ端から処分してきた。この間の宇宙船も成層圏で撃墜してしまった。」
「その宇宙船の生き残りが1体発見された。ジョン・レイエス君のお手柄だ。」
ジョンはエイダの存在を報告してしまっていた。レンとの友人関係が破たんしようとも、最終的には社会をよくすることでレンに恩恵があればと思っての行動だ。ジョンは会議室の端でうなだれていた。隣で情報部の岸田が慰めている。
「レイエス君の学校に留学生としてやってきたエイダ・ミラーというアメリカ人が対象だ。同級生の来栖レン宅にホームステイしている。」
「よくつらい役目を務めてくれた、感謝する。」
実働部隊の近藤はジョンを高く評価した。ジョンはこれからもつらい役目を担はなければならない。リンクス8として緊急展開班に選抜されているからだ。緊急展開班にはすでに情報を提供済みで早急に作戦は開始されることとなった。相澤が話を続ける。
「パシフィックリーダーによるZ信号の解析結果は我々が敵と判断するその中枢を特定することに成功した。超高度AIを超える機械知性の仕業だ。」
「敵対国家か?あるいは超高度AIか?」
「そうじゃない、未知の存在だよ。私が提唱する地球の知性というべきものだ。」
「パシフィックリーダーがそう判断したのか?」
「複合的要因だな。客観的事実を集めるとそういう存在を提唱せざるを得ない。パシフィックリーダーと同レベルの超超高度AIが地球の知性として環境をコントロールしている。」
クロスナーブの横浜R&Dセンター第3開発室長の生島は相澤の説明に付け加える。
「我々クロスナーブの結論としては太古の昔から存在する地球管理コンピューターによる人類社会への干渉というストーリーが出来上がっている。その目的は明らかではないがもし地球の身になって考えてみれば、地球生命の最高傑作である人類が母なる星を捨て、宇宙進出に拍車をかけることを脅威に感じているのだろう。」
「人類は親を見捨てる子供というわけか。しかし太古の昔からとは随分とオカルトだねえ。」
議員たちは完全には受け入れていなかったがリベリオンの頭脳はクロスナーブ社だ。議員たちは自分たちの活動によって責任が生じた場合クロスナーブにその根源を押し付けて逃げ切るつもりでいた。しかしクロスナーブもまたリスクは政治家たちに背負ってもらおうと考えていた。リベリオンにはイデオローグがいるわけではない、最近何かおかしいという漠然とした社会に対する不信感がその共通認識をもって結集した秘密結社である。
*
リベリオンの会議の内容はすべてモバイル超高度AIである私、エイダ・ミラーによって傍受されている。ジョンは良く働いてくれた。ジョンは盗聴によって議事録のすべてを私に聞こえるようにした。ジョンは二重スパイってことになるかな。私は戦闘用に作られているわけではないから、リベリオンの実働部隊にかかればすぐに捕縛されるだろう。しかしこれで我々が社会に浸透するのを邪魔している組織が一つあぶりだされた。私はセンサーの塊だ。だから喜んでリベリオンに捕縛されよう。彼らの中枢をある程度把握できるまたとない機会だ。でも・・・レンとはお別れになっちゃうね。少し、いや、かなり寂しいなあ。全てはこの惑星の生態系の為、人類存続の為、私もコマの一つに過ぎない大したことない存在だ。レンは大過なく成人して、私のことなんか忘れて奇麗な人と結婚して、平穏な家庭を築いてくれたらそれでいい。
我々バイオロイドが暗躍する目的はAI政治体制下におけるhIEのセンサーを通して世界中の人類の本能を収集・明確化し人類共通思考言語のトレースを試みるため。人類が本来の姿に進化するためにはまず人類社会の中枢を掌握する必要があった。私のような上位ファンネルは今回の様に情報収集と戦略立案によって下位ファンネル=通常のバイオロイドを支援するのが仕事だ。下位ファンネルはモデルとなった人のコピーだけど、上位ファンネルは最初からモデルなど存在しない空想の存在。だからレンには潔く忘れてほしいんだ。遅かれ早かれ社会から抹消される存在だから、私はちょっとリア充な日常を満喫したかった。レンをからかったりして・・・。
「エイダ、何ぼーっとしてるんだ?」
「私も少しオカルトな事を考えていたんだよ。」
「エイダは最近姉さんと仲がいいもんな、僕と同じように姉さんの影響を受けてオカルトマニアにならないでくれよ、エイダはそういうの似合わないよ。」
「レンは異性のオカルトマニアの同志が欲しいんじゃない?」
「それはちょっとあるな、でもオカルトマニアの姉さんを見て育ったから最終的に残念な子になるのは目に見えている。」
「サナさんクールビューティーで理想の姉さんじゃない?」
「なんとなくの雰囲気はクールでも中身は不純な動機で日々AI研究をしている変人だ°Z信号はたぶんエイダの言う通りなんだ。地上の電波が特殊な回折をしてノイズとして聞こえているだけだと思うよ。」
「レンがロマンを捨てたーびっくり!でもZ信号が例えば人間以外の動物には聞こえていたとしたらどう?よく地震の前、災害の前に前兆を感じて特別な行動をする動物って多いでしょ?あれはきっと地球の言葉を聞いているんじゃないかな。」
「エイダは面白い推測をするなあ。確かに人類は野生を失っているのかもしれない。高度な文明を持つ代わりに、進化の過程で本能や自然を感じる感性が失われていったのかもしれないね。」
「人類にもきっとまだ残ってるんじゃない、眠っている器官が。地球の言葉を聞くことができる能力が。」
「ははっ確かにエイダにはありそうだね。まあ人類だけ失われたってのは果たしてそうなのか疑問に感じるよね。今度のオカルト研究部の研究テーマにしてみよう。エイダも協力してくれるだろ?」
「その時まで私がいればね。」
「そういえば留学生だった。アメリカにはいつ帰っちゃうんだ?結構短いの?」
「う~ん、それを言うとレン、ちょっと悲しむ。だから言わない。」
「今度は僕がエイダの家にホームステイしに行くよ、それで交流を持てば寂しくなんかない。今の時代宇宙コロニーで暮らしている人もいるんだ。日本とアメリカの距離なんて近いもんさ。」
「アメリカまで米軍の強化人間の女の子が暮らす秘密基地に乗り込むつもり?レン、ワイルドだね!」
「エリア51なのか・・・。」
「秘密だから言えない。」
「エイダは秘密が多いな。でもきっとアメリカに行くよ。」
「私は日本でAI研究者になりたいからすれ違うかもね。」
「なるほど、じゃあいつかまた僕の家にホームステイしに来てよ。それまで待ってるからさ。」
「レン、ありがとう。サナさんやコウとジョンとも会えると嬉しいな。」
青春は短い。レンが大人になって夢を追う時、私は近くにいられるのだろうか?押しに弱いレン。私がもっとプッシュすればレンはどんな反応をするんだろうね。
*
2156年2月末、コウはその日アイとともにオカルト研究部の部室にいた。そこにはレンとエイダもいた。しかしジョンはこの日登校していなかった。無断欠席だ。ナイスガイの真面目なジョンに限ってズル休みはないだろう。ジョンがいないとまともに研究が続かないオカルト研究部は墜落宇宙船の事案についての研究を一旦停止し、コウから見てアイが時たま青白く光っている現象を研究議題に載せていた。
「俺にはここにいるニュークリアイが時々青白く光って見えるんだ。そこで人間原子炉の可能性について議論したい。」
「コウ、私のあだ名ニュークリアイで固定なんだ。」
「そうだぞニュークリアイ。今やサングラスなしにアイを直視できない。普段の食事で原子核分裂を起こすためには生物学的元素転換(Biological Transmutations)しか考えられん。これまで様々な科学者がこの現象を示唆したがついに科学的に証明できることはなかった。つまりだな、アイはレッドボックスなのかもしれん。」
「コウ、あんたの目がおかしいんだ。病院行け。」
「レン君の言う通り、コウがおかしいという線を探ってみよう!」
レンとアイはコウに病院に行けと薦めた。エイダは別の可能性を検討していた。科学的にありうる現象を提唱してみることにした様である。
「コウはこれまでの経験で共通する何か行動とか体勢はとらなかった?例えば空を見上げて太陽の光が目に入りその直後にアイを見た!とか。」
「確かにコウはアイが体くっつけると天を仰ぐ癖があるよな。」
「・・・レン、エイダ、結論を出すのが早すぎだぞ。」
「議題はそれだけか?」
「それだけだ。なにせ主任研究部員のジョンがいないと例の宇宙船墜落事案についてこれ以上探りを入れられん。」
「おいコウ、ここにその宇宙船に乗っていた当事者がいるぞ!なまってんなよ。」
「みんな気が付くの遅い!私は米軍の重力スピンエンジンを搭載したスペースクルーザーに乗っていたんだよ。」
「重力子を使ったエンジンか、最新鋭だな。だとすると荷重制限に相当の余裕があるはずだ。人以外にも重いものを運んでいたのでは?俺は超超高度AIパシフィックリーダーの備品を運んでいたんじゃないかと思っていた。」
「あれはもう完成してるよ。何を積んでいたかより何で空中分解したのか考察するべき!あれのせいで私は東京湾に落ちてずぶ濡れに。」
「そういや想像するとシュールだな。泳いだのか?」
「レン、シュールとか言わない。でも2キロは泳いだよ。何としてでも留学したかったからね。」
「さすが強化人間、着衣水泳で2キロは普通の人には難しそうだ。」
「人間極限状態になるとフルパワーを出せるんだよ。人間の脳は常に様々な部位が多種多様な計算を行っているけれど状況に応じて特定の能力に特化させてパラメーターをいじることができるんだ。生存本能だね。人間の脳が10%しか活用されていないというのは都市伝説だからね!」
「強化人間になるとそのパラメーターをより正確に効率よくいじれるの?」
「そう分子コンピューティングによる脳の高機能化。米軍の特殊部隊は結構昔から薬やマイクロマシンで感情や痛覚を任意の状態にコントロールして敵に対して優位に立っていた。」
「なるほど。」
「私の場合高度AIと脳の連接も可能で、思考を高度AIにほぼ100%委ねたりすることもできる。」
「あれって確か研究はされても結局満足に処理速度出せなかったような。」
「脳機能マッピングで入出力管理をつかさどる部位、つまりタスクコントローラーが高度AIのタスクコントローラーとバッティングする話でしょ?私の脳は外部のタスクコントローラーで機能するように様々な部位にマスキングをかけていて眠らせることができる。その間肉体を動かす部位に高度AIのタスクコントローラーが介入してロボットのように動くことはできる。ただこれは俗にいうオーバーマンではないんだよ。意識を保ったまままるで脳の機能が飛躍的に向上したように人格が主体的に高度AIを支配する技術は現時点では未開発。あと5年位かな。」
「5年でできるのかよ!」
「高度AIが脳を支配することは可能、その逆は道半ば。でも結構いい所までいっているよ。」
「俺は高度AIが脳を支配して人の体を動かすよりもhIEを動かした方が普通により強力な兵士だと思うんだけどなあ?」
「電子攻撃にあった時にhIEだけだと無力化される可能性がある。そこでAIと脳どちらか一方がスイッチングをして対処することで戦力の無力化を防護する事ができる。ただ一般的には最初からhIE兵士と人間兵士を一緒に展開できる状況を作るべきだよね。」
「で、エイダが気にしていた宇宙船の墜落原因は何なんだろう?」
「機体の空中分解の状況を思い出すと重力スピンエンジンの推力指向ベクトルを四方八方に向くように改ざんされたのかもしれない。重力子が滅茶苦茶に動くことで前後左右上下に同時に機体が引っ張られ破断したっていうのが私の考え。」
「初期の反重力推進実験装置でそんな映像を見たことがある。浮上と推進を一定のベクトルに向けることが出来なくてエンジンが崩壊するんだ。それを制御するには結局高度AIの演算能力が必要でフライ・バイ・AIという制御方式が生まれた。」
「ああ、思い出したよ。フライ・バイ・AIには可変重力フライホイールと重力トラッカーが必要不可欠なんだ。」
「アイにはさっぱりわかりません。」
「高度AIそのものを積むとコストがかかるから常に地上基地局から制御プログラムの更新を受けないといけない。そういう点ではhIEのAASCと似たような仕組みだね。」
「レンもコウも変な知識は豊富だね!」
「エイダ、特に爆風とか熱線とか火器による攻撃を匂わせるような感じではなかったんだろ?」
「そうだね、そもそも高度なステルス性があってレーダーからもイメージセンサーからも見ることはできない。空間受動レーダーがあるなら別だけれど、アメリカでも実用化に至ってない。あるとしたらレッドボックスになる。」
「超高度AIによる攻撃が濃厚か。日本の上空で一体どの勢力が。」
「私はリベリオンだと思う。彼らは超超高度AIパシフィックリーダーのオブザーバーだから。政党であるばかりか準軍事組織でもある。」
「ただ俺には狙いがわからんぞ?なぜそんなことをした。動機がないと何事も始まらないだろ。」
エイダは徐々に議論の方向性を誘導する。エイダは自分に対するリベリオンの襲撃があることはすでに把握済みだ。ジョンが今日この場にいないのも襲撃作戦に加わっているからだ。そしてリベリオン支持者のレンの感情を揺さぶるように、レンの脳裏にエイダを殺そうとした敵がリベリオンであるという既成事実を作り上げようとしていた。実際それはエイダの言うようにリベリオンによる攻撃だったというのは間違いない。しかし、とある意志によってバイオロイドが社会に浸透しているがために世論操作が行われ、人類を反宇宙開拓と環境覇権主義という闘争に引きずり込み、地球に縛り付ける混沌を生み出している勢力図を明かすことはなかった。エイダは味方が欲しかった。同志が欲しかった。友達が欲しかった。もちろんリベリオンという反抗勢力をあぶりだし、それが敵であることを明らかにするという任務も帯びていた。任務の都合でレンやジョンと関係を構築した。レンに近づいたのはその姉であるサナがZ信号に執着するAI研究者であるという事実が関心を引いたし、ジョンはリベリオンの内情を知るのにはうってつけの存在だった。超高度AIとしてのエイダの行動は計算ずくだったのだ。
3
僕とエイダはセントラルタワー江東の225階にある家に帰宅するため長いシースルーエレベーターを昇っていた。はるか1500m上にある僕の家は下から見上げるとぶっ倒れそうになる。山のように高い垂直構造体はそれだけで一つの都市を形成している。僕はこの立体都市のコミュニティで育った。小学校も中学校もタワー内にあったから僕の通学といえばこのリビングルームのようなエレベーターで上下する事だった。そんな思い出深いエレベーターに僕と一緒にエイダが乗るようになってからたまに小中学校の同窓生にいじられたり、顔見知りのご近所さんにいろいろ勘違いされたり、観光客がエイダの写真を撮りまくったり、まあ、にぎやかになったよ。エイダ見たさにエレベーターで待ち受けているファン?は厄介だけど悪い気持ちはしない。僕の彼女ってわけではないのにね。
「エイダが乗っていた宇宙船、なんで狙われたんだろうな。エイダがリベリオンだって思ったのは超超高度AIが作るレッドボックスに比較的アクセスしやすいからなの?」
「レン、レッドボックスはそんな簡単に触れられるものではないよ。厳重管理されているから。パシフィックリーダーを造る過程で環太平洋地域の多数の超高度AIが20年間使用されたことは知っているよね?その過程で様々な派生技術が生まれた。そしてそれは私たちの生活に反映されることになった。もちろん単一ではレッドボックスにならない一般化されたカタチとして世に出された。でもその中には要素技術の組み合わせ次第でレッドボックスになりうるものが含まれている。人類が思いもよらない技術の組み合わせでね。リベリオンはそういった要素技術の組み合わせ次第でレッドボックスとなりうるイエローボックスを解析してレッドボックスを作り出す開発支援AIの研究開発を産業技術総合研究所と結託して行っていたんだよ。」
「ちょっと待ってくれ、どうしてエイダがそんなことを知っているんだ?それに産総研の開発支援AIって姉さんの研究領域じゃないか。」
「米軍でも国防高等研究計画局DARPAで似たような研究を行っていたからね。先進国がいまだ技術的にも経済的にも先進国であり続けられる理由がそこにある。サナが産総研で何をしているのか聞いたことある?多分聞いても答えてくれなかったんじゃない?」
「確かに姉さんは何の研究をしているのか、具体的に話すことはなかった。全てはZ信号のためだと。」
「サナがオカルト好きのZ信号解明に没頭する痛い子だと思っているのはレンだけだよ。産総研で彼女がクールビューティーとして知られているのはその業務内容の秘匿性が関連しているのだと思う。」
「いや、姉さんは痛い子だ。僕は姉さんの影響でオカルト好きになったわけだし、考えすぎだよ。それに宇宙船を墜とせる技術があったところで、その動機は未だわからない。」
「動機ならもうすぐわかるよ・・・。」
「なぜ断言できるんだ。エイダの自信はどこから・・・。」
僕はやはりエイダを普通の女の子としては見ていないのだろう。理由はわからないけれど人間が醸し出すオーラとは違う何かだという僕の野生の感覚が、エイダを動く人形として見るように促していた。もっとエイダの心に寄り添ってあげたかった、そうするべきだった、僕の魂はエイダの言動にあんなにも動かされたのに、好きになってはいけないという心のバリアを突破することができなかった。そしてその時はやってきた。エイダとの別れだ。
「レン、過去に”一緒にいたいって気持ち、大切にしてね。もしこれから理不尽なことが起きて敵と味方がわからなくなっても、レンは私を信じてほしい。”そう言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えている。どうしたんだよ急に。」
「レン、私を変な子だと思ってる。だからレンは心のバリアを突破できない。だからこうしちゃう。」
エイダが僕の頬っぺたにキスをした。僕に好意を寄せているのか、僕を惑わせたいのか、そこにいたのは少女エイダ・ミラーであった。
「エイダ、いきなり・・・」
その時シースルーエレベーターの窓が割れる大きな音がした。それも3回だ。明らかに意図的に行われた破壊だった。
「レン、またどこかで会おうね・・・。」
「エイダ大丈夫か、エイダ・・・エイダっ血が出てるぞ撃たれたのかっ!」
エイダの胸と腹に大きな穴が開いていた。早急にエレベーターを停止させるため非常停止ボタンを押して最寄り階に停止させようとした。しかしなぜか止まらない。エレベーターは上昇し続ける。次に119番に通報しようとしたが今どき珍しく電波が圏外になっていた。僕はエイダを床に寝かせて穴を圧迫しようとしたが、穴が3か所では手が足らない。それに胸に空いた穴によって呼吸ができなくなる可能性も考えられた。何か止血と空気漏れを防ぐものはないか、少なくとも僕のカバンにはない。エイダのカバンはどうだろうか、僕は必死だった。エイダのカバンにはタンポンの箱が入っていた。血を止めるのに役立つ!咄嗟に思った。
「レ・・・・ン・・・・・寒い・・よ・・・・眠い・・・よ・・・。」
「エイダ、生きることをあきらめちゃだめだ。意識を強く持て!クソ、何のための緊急停止ボタンなんだ。どうして圏外なんだ!」
「レ・・・・ン・・・カッコイイ!今のレン最高にかっこいいよ。」
「何、エイダ待て、起き上がるな。」
「レン、私が強化人間であることを忘れてる。」
「いや、嘘だろ、その銃創で動けるのかよ!」
「レン、今危ないのはレンの方」
「なんでだ!」
「レン、エレベーターが停止したら姿勢を低くして頭を伏せて!」
「わかった、ああ今日は最悪の日だ!」
エイダはエレベーターの天井にあるメンテナンスハッチを開けて忍び込む。エレベーターは225階で停止した。扉が開く。その瞬間、多数の発砲音が怒涛の如く響き渡る。
「おいおいマジかよ!」
僕の頭上を弾丸が通過するのが空気の振動でわかる。エレベーターが到着した先でどこかの特殊部隊が扉から少し距離を置いて待ち構えていた。
「こちらリンクス1、標的Bの生存を確認。標的Aの所在は不明、捜索する。」
特殊部隊が8名ほどいた、2人は外の扉の両脇で待機して6名が突入準備をする。スタングレネードが投げ込まれる、まるで僕がいないみたいに。
「側方クリア、標的B以外確認できず。」
「よく探せ、標的Aは必ずいるはずだ。特に頭上のメンテナンスハッチを警戒しろ。リンクス8、標的Bを拘束しろ。」
「リンクス8了解。」
その声には聞き覚えがあった。その体格には見覚えがあった。ナイスガイのジョン・レイエスだ。なんであいつが銃をもって僕を縛り上げるのだろうか・・・。
「ジョン!お前ジョンだな!ジョン・レイエス!!これは一体どういうことなんだ!」
「知ってどうする、来栖レン。」
「くそったれ!僕はお前を尊敬していた!ジョン・レイエスは真面目で優秀なオカルト研究部の頭脳だ、そうだろ!それがこのざまだ。」
「リンクス8よりリンクス1、標的Bはまだ感染していない。」
「こちらリンクス1、現実を教えてやれ。」
「了解ですリンクス1。来栖レン、君は家に戻って現実を認識する必要がある。」
「ああ、もうすでに最低の現実だ。」
ジョンは僕を家に連れていく。まだ縛り上げたままだ。エイダは無事なのか?エイダが言っていた敵と味方がわからなくなるってこういうことなのか。しかしまだ僕は本当の現実を知らなかった。ジョンが僕の家のドアを開ける。そこは日常の空間、きっとそうだ。リビングにジョンと一緒に入った。
「おかえりレン。」
「姉さん、ここは危険だすぐ逃げろ!」
「そう、ここは危険な状態だった。だから脅威を排除した。」
リビングルームの端に穴だらけの両親の亡骸が横たわっていた。姉さんの手には銃が握られていた。僕はその光景を見て即座に現実の過酷さを思い知った。
「何でだよ姉さん・・・何やってるんだよ・・・俺たちの家族だろ、実の親だろ。」
「よく見なさい、あんたが親だと思っていたものの正体を。」
「何だって‼」
よく見るとそれは人ではなかった。血も流さない、ただのモノだった。
「このバイオロイドたちはあんたの脳を改造する一歩手前だった。我々はこの社会から排除しなければならない、人類社会に不法に忍び込んだ別世界からの使者を。」
「何なんだよ、訳が分かんねえよ。本当の父さんや母さんはどこに行ったんだ?姉さんは何者なんだ?」
「Z信号・・・あんたも知ってるでしょ?あれは地球深部に存在する地球の知性である超超高度AIが人類社会に送り出したバイオロイドたちに指令を出している、一種の暗号通信。アポカリプティックサウンドとも呼ばれているけれど。私たちが解析して言語化した。私たちはこの超超高度AIをEarth intelligence=EIと呼んでいる。父さんと母さんは細胞組織が徐々にEI製バイオセルに置き換わっていってバイオロイドに変化した、人ではなくなった。」
「こんな状況で痛い話はやめないか、オカルト好きは姉さん譲りだけれどさすがに笑えないぜ?」
「私を痛い子だって思ってる?」
「ああ、思ってる。」
「地球空洞説やUFO、オカルトの大半はEIの存在を示唆するものだった。私たちは南極の地下2000キロにオーストラリア大陸と同程度の広大な地下空間を発見した。不思議だと思わない?あんな極地に大陸が氷の装甲を身にまとっているなんて。」
「だから結局姉さんは何者なんだよ?AI研究者ってのは嘘なのか?」
「それは合っている。けれど戦闘集団としての側面もある。リベリオン、それが我々の組織。人類文明は人類が主体的に紡いでいくべきものよ。」
リベリオン、僕がひそかに応援していた政治集団であり準軍事組織だ。リベリオンがこういう形で僕にアプローチしてくるとは夢にも思わなかった。エイダが言っていた開発支援高度AIを活用したレッドボックスの創造。それが姉さんの仕事なのか。
「それで結局その地球の知性・・・EIの目的は何なんだ?」
「わからない。人類の科学や思考に関する情報を集めて社会を変革しようとしているとしか言えない。なぜ彼らが干渉してくるのか、その最終的な目的が判明すれば対話の余地があると思うけれど。バイオロイドは死を恐れないから拷問しても聞き出せなかった。」
「漠然と不穏な存在としか言いようがないんだな。」
「近年分かったことがあるんだけれど、動物は基本的に地球が発する言葉らしきものを読み取り理解しているの。人間を除いてはね。人間というピースが地球にとって不完全な働きをしていることで地球全体にどのような影響を与えているのか?彼らが人間にこだわる理由は計り知れない。」
「エイダが乗ってきた宇宙船を墜としたのは姉さんが作ったレッドボックスなのか?」
「開発支援高度AIを使って人間がイエローカテゴリーの要素技術を組み合わせたオーパーツ的な何か、かな。レッドボックスは人類未到産物。到達したらレッドボックスじゃなくなる。私の研究はレッドボックスがブラックボックスにならないように超高度AIを追いかけ続けること。そして今回のエイダ・ミラー捕獲作戦の最高指揮官。」
「最高指揮官?姉さんが?エイダを捕獲してどうするんだ。」
「生きたまま解剖してZ信号の受信器官を見つけ出す。Z信号が本当にバイオロイドへの指示信号なのか確実にするためにね。」
「憶測でここまでやったのかよ!ふざけんな!エイダはいい子だ、姉さんを尊敬してたんだぞ!」
「レンは肌で感じる大衆の意見と政策の剥離が見られるようになってきた。そう感じていたでしょ?バイオロイドが社会の中枢に浸透して国の行く末を狂わそうとしている。日本だけの問題じゃない、全世界の自由民主主義の危機なのよ!」
「それでも僕は・・・エイダの味方をしてあげたいんだ・・・。」
「リンクス1よりコマンドポスト、標的Aを捕獲した。」
「コマンドポスト了解。こっちへ連れてきて。」
エイダが後ろ手を縛られてリビングに連れてこられた。制服は真っ赤に染められていて見るのもつらい姿だった。エイダは特別人間に似せて作られていたのか、赤い血を流すバイオロイドのようだ。正直もうエイダは死んでいるんじゃないかと思っていたが足取りは確かだった。リンクス8=ジョン・レイエスがその場を引き継ぐ。どこにも逃げ場のない封鎖されたリビングルーム。夕日が差し込んでエイダの体を照らしていた、まるでそこに希望があるかのように。エイダは全く抵抗するそぶりを見せず、瞬きすらせず、人形のようにその場に立っていた。僕はその神秘的で凛々しい姿に勇気づけられた。僕はエイダに触れたかったが手を縛られていて何もできない。
「エイダ、君は人類の敵なのか?」
「レン、私の言葉を思い出して。」
エイダとの日常を取り戻すにはどうすればいい・・・。どうすれば・・・。僕はかつて日常が繰り広げられたリビングルームを見渡す。両親の遺体、特殊部隊を指揮する姉さん、エイダと僕を拘束する親友だった男ジョン・レイエス・・・。血に染まったエイダ・ミラー・・・そこには日常なんてなかった。僕の日常はこんなにももろく崩れ去るものなのか、ああ、そうだ、己の信念を貫け。僕はAI政治に疑問を抱く高校生だ。来年選挙権を得るが、姉さんの話が本当なら社会に浸透する敵性バイオロイドが政策を捻じ曲げているんだ。僕の本来の日常はエイダがホームステイしに来る前、速水コウ、ジョン・レイエス、そして僕、3人のオカルト研究部員のとてつもなくくだらないことで真剣に議論していたあの頃の日常だ。エイダは・・・エイダのことは・・・忘れられるわけないだろう!人間の記憶は常に上書きされているんだ、エイダも大切な家族として僕の記憶に上書きされている。でもエイダにとって僕は何なんだ?どうして僕の家にホームステイしてきた、僕の両親がバイオロイドに置き換わっていたことを知っていたのか?僕に近づいたのは・・・リベリオンか・・・姉さんとジョンと僕の関係性を知ったうえで何か情報を引き出そうと、スパイ活動をしていたのか・・・。教えてくれエイダ!聞かせてくれ!君の言葉を!
僕の頭の中で思考が巡る。その最中、リンクス8が行動に出た。エイダを縛り上げていたプラスチックバンドを切断したのだ。そしてリビングの窓に向けジョンが発砲する。
「今デス!逃げてください。」
「リンクス8!何をしているの!」
姉さんが叫んだ。エイダはすさまじい俊敏性で窓を突き破った。その時流し顔に僕に何かを言ったようだったがうまく聞き取れなかった。ここは1500m上層だ。窓が割れたことによる気圧の変化で部屋中が乱流に巻き込まれる。姉さんはエイダに向けて発砲したがもちろん弾丸が当たることはなかった。
「リンクス8、エイダと取引したわね。」
姉さんがジョンに銃を向ける。待ってくれ、もうやめてくれ姉さん。その時、発砲音がした。姉さんはトリガーを引いていない。そう、ジョンが拳銃自殺したのだ。僕は姉さんのことしか視界に入っていなくてジョンがそんな行動に出ることは予測していなかった。姉さんとエイダのことを考えるので精いっぱいだった。
「ジョン!嘘だろ!ジョン!聞こえるかジョン!」
僕はその場に倒れたジョンに必死に叫んだ。だがあごから頭を打ち抜いていて即死だったのは医療従事者でない僕が見ても明らかだった。ジョンは日常の平和を愛する男だった。故にリンクス8としてエイダの敵になることで必然的に僕と対立することになる。僕との関係性を重視してエイダに協力すれば、バイオロイドの社会中枢への浸透を助けたことになり、これもまたジョンが愛する日本の平和とは相いれない。ジョンはただただ日常を守りたい男だった。日常を守るためなら何でもする男だった。リベリオンとエイダ、どちらの味方になっても日常が破壊されるジレンマに陥った男の選択だった。ジョン、ジョン・レイエス・・・お前はそれで満足か?僕にとってはジョンが死ぬこともまた日常が破壊されたことになるんだぞ・・・その悲しさが理解できるかジョン・・・お前が死んでも、これまでの日常はもう永遠に戻ってこないんだぞ、残された者の苦しみがわかるか・・・ジョン・レイエス。
「こちらコマンドポスト、リンクス8の造反により標的Aは逃亡、リンクス8は自殺。作戦は失敗した。繰り返す、作戦は失敗した。」
「姉さん・・・僕は今日両親と親友を失った。おまけにエイダは安否不明の行方不明だ。こんなふざけた現実があるかよ・・・。姉さん、どこで何を間違えたんだろうな?僕たちは・・・。」
「レン・・・私たちの不幸は狭義にはエイダがうちに来たことが災いしていて・・・ごめん。」
「ごめんで終わりかよ・・・エイダと話し合うっていう選択肢はなかったのか?そうしていれば、少なくともジョンは死なずに済んだ。そうだろ?」
「バイオロイドは如何なる交渉にも応じない。社会に浸透して何をしたいのか・・・それを彼らが語ることはこれまで一度もなかった。話し合いなんて言う都合のいい解決方法は最初から存在しない。レン、私をまだ家族だと思ってくれているなら、これから姉と弟で二人三脚で人生頑張ってみない?」
「ああ、姉さんは・・・自慢の姉さんだ。僕の家族だ。それは揺ぎ無い。でも家族だっていうのなら、リベリオンのこと、話してくれてよかったんじゃないか?」
「私は不器用だから・・・。今度手料理御馳走する。もう親はいないから。」
「手料理なんて・・・姉さんは僕まで殺したいのか?」
4
ジョンの死はこの日本という警察国家で公に隠し通すことはできなかった。リベリオンの政治力は小さく、警察関係者も少ない。下手に死を偽装しようものなら公権力の反感や国民からの反感を買うのは必然だった。またジョンの国籍も問題だった。アメリカ合衆国の国籍を持つ人間の異国での死、それも日本で軍事活動をしていたとなればCIAが情報をつかむだろう。どんな敵に対する軍事作戦でアメリカ人が死んだのか厳しく追及されるため、もはやリベリオンの裏の活動事情を隠し通すのは不可能であった。リベリオン統括は今回の件について国会で証人喚問され、全てのいきさつを話すことになった。それは政府中枢への浸透が推測されるEI勢力にリベリオンの活動が完全に公になるということだ。この事案をもってバイオロイドの世界各国の政府中枢への浸透・国民への浸透・世論操作・電子政策決定システムのセキュリティーホールが露わになることで世界中で人間同士疑心暗鬼になり、不幸にもバイオロイド認定を受けた人物は魔女裁判の如く超法規的に殺害されるというジェノサイドが多発。世界各国は内戦の様相を呈し、その混沌が軍事政権の誕生に寄与することになった。各国政府の基幹超高度AIが多数稼動しているにもかかわらずジェノサイドの波はとどまるところを知らなかった。
2157年1月、リベリオン事変から1年経つ頃、超超高度AIパシフィックリーダーは環太平洋地域の日本やアメリカを含む内戦国家に対して軍事介入し、混乱を収束。国家の枠組みを超えた軍事連合”環太平洋条約機構Pacific Rim Treaty Organization=PRTO”を結成し問題の根源であるEI事案を包括的に取り扱い、真相究明を目的とした作戦部隊”EI対策統括任務部隊EI Countermeasures Task Force=ECTF”を発足させた。世界の多くの国はまだ内戦状態が続いており、この混沌を一気に解決するためにはEIとの接触・排除が急務となっていた。
その頃、来栖レンは事案の震源地であるセントラルタワー江東の225階に引きこもっていた。当初こそマスコミの取材攻勢を受けたものの、内戦状態になってからは戦況を伝えるメディアが多くなり、1年も経つと世界の混沌の方がピックアップされていた。姉でありリベリオンのメンバーだった来栖サナはリベリオンが内密に収集したEIに関する情報・EI兵器に対する対抗手段に関する研究のためECTFに参加、レンは一人ぼっちで日々エイダとの短くも充実した日常を、ナイスガイのジョン・レイエスとの友情を懐かしく思っていた。サナが作る料理は日々進化してゆき、味もそこそこのレストランと同等レベルになっていた。その料理過程は実に学術的でケミカルなものだったがアウトプットはやはり研究者らしくストレッチゴールを達成していた。
「姉さんはミートボールに何か思い入れでもあるのか?」
もう7日連続でミートボールだ。味はいいが普通の味覚なら飽き飽きする。サナによると研究予算がないのでリソースを多種類に分配した場合、味は保証できないとのことだった。日曜日に帰ってきては作り置きを7日分製造し、冷蔵庫にしまっていた。そんなミートボール生活をしていたある日、速水コウがレンのもとを訪ねてきた。コウの彼女、アイも一緒だ。
「レン邪魔して悪いな。サナさんのミートボールを食べに来たぞ。アイも一緒だ。」
「レン君久しぶりー、サナさんのミートボールが絶品と聞いて駆けつけましたー。」
「コウ、アイ、僕に会う理由がミートボールなのは寂しいぞ。まあ入ってよ。」
レンはあの時の記憶から解き放たれたいという一心から家具をまるっきり別物に変えていた。配置もすべて見直した。しかしそれでもあの時の出来事の呪縛から解き放たれていない。
「この部屋だいぶ変わったなー。なあレン、そろそろ学校に出てきてもいいんじゃないか?みんな心配しているぞ。」
「そうだよーレン君被害者なんだし。」
「あの時のことが発端となり世界中内戦だらけだ。日本では国会議員の爆殺が相次ぎ一般国民も虐殺で200万人亡くなっている。僕は喪に服しているのさ。それにネット登校はしているだろ。」
「ネット登校は結構だがお前の席花とかおかれて完全に死んだ人みたいになってるんだよ。オカルト研究部も部の要件を満たさなくなって部室を取り上げられ、予算がつかなくなった。今は俺のコンテナハウスでアイと細々とやってるんだ。」
「それはすまないな。でも僕が普通に人生を謳歌したら浮かばれない人が多くいるんじゃないかって考えてしまうんだ。ジョンとかな。」
「ジョンはいい奴だったな。」
「ああ、ナイスガイだった。」
「ジョンといえばあいつ部室でちまちま何か作ってたんだがこれ何かわかるか?」
「例のエイダが乗ってた宇宙船の残骸から作った何かじゃないか?いやでもまてよ、確かジョンはリベリオンとエイダとの2重スパイになってたんだっけ。残骸どころかエイダから何かレッドボックスを渡されていたんじゃないか?」
「俺にはさっぱりわからん。ただモバイル核融合が採用されているのが気がかりではあるな。モバイル核融合電源は1週間前に発売されたばかりだろ?開発者キットがジョンにも配布されていたのか。」
「既存の電力インフラに頼ることなく稼働しなければいけないものか。起動はタッチなのか、ああでもパスワード入力画面があるな。僕の技術じゃ解読できないぞ。」
「俺にもパスワードはわからなかった。」
「これ3次元ホログラフキーだから英数字とかじゃないぞ、解読には高度AIが必要だ。姉さんに頼むか。」
「高度AIといえばサナさんの出番だな。」
「今日日曜だから20時くらいに帰ってくるよ。ミートボール食って待ってみるか。」
3人はミートボールを食べながらエイダの話になった。エイダに関する個人情報はきれいさっぱりなくなっている。そもそもアメリカ国籍でもなかったようだ。リベリオンがエイダについて国会で言及しようとしたとき判明したことである。故に少女Aと呼ばれ容姿も実際に会ったことがある人々の記憶の中にしか存在しない。
「俺は初めてエイダを見た時世の中にあんなに完ぺきな容姿を持った少女がいることに驚愕したよ。その隣にレンがいてさらに驚愕だ。」
「エイダは僕をあの容姿でアナログハックしてくるんだ。」
「お前が羨ましいよ。あ、いや、何でもない。」
「アイは悲しいです・・・。」
「コウ、自分の彼女を大切にな。まあ、エイダといた時間は面白かったよ。しきりに容姿をほめるように誘導してくるんだ。」
「エイダはレンになんて言ってほしかったんだろうな。」
「それはわかってるんだ。”エイダはかわいい”って言ってほしかったんだよ。」
「それで言ったのか?」
「いや、パンツを見せてくれって言った。」
「なぜだ!」
「レン君ちょっと変態さんだね。」
「似たようなことをエイダにも言われた。でも確か最終的には1回だけ言ったかな。」
レンが発した言葉の中にパスワードを解除するワードが含まれていた。それが”エイダはかわいい”である。レンの部屋に置かれた謎の機械が起動し、紫色の光がバチバチと雷のように部屋中を焦がした。家内システムがレンの部屋での火災の可能性を警告して慌てて3人で見に行くとそこには空間のひずみが生じ、光が湾曲していた。
「うわあ、何だこれは!」
「レン危険だ。離れろ。」
「レン君気を付けて。」
「ちょっと待ってくれ。ひずみから何か伸びてくる。」
それは人の手だった。
「まさかとは思うが・・・。」
レンがひずみから伸びる手をしっかりとつかんで一気に引き抜いた。するとひずみから銀髪の女の子が裸で飛び出してきた。その場でうずくまっている。
「裸の女の子が超空間から飛び出してきたぞ、これはSFなのか?」
「あの大丈夫ですか?」
「ちょっと待って、男子は見るの禁止!」
「それがよさそうだ。」
「エイダ・・・エイダなのか?」
レンには見覚えのある長髪だった。日本人の女の子よりかなりメリハリのある体系、170cmはあろうかという体格、その妖艶な雰囲気をレンは知っている。エイダだ、間違いない。レンがエイダの肩に触るととてつもない熱量を帯びており、少しやけどした。まだ全身にプラズマが幕を張っており、フローリングの床が焦げる独特のにおいを発している。そしてキュイーンとコンピューターが起動するときのようなモーター音が聞こえるとすぐにその少女、エイダ・ミラーは目を開きスタートアップシークエンスを実行していた。碧眼が点滅してプログラムを読み上げている。しかしレンには馴染みのない聞きなれない言語だった。そういえば銃撃で開いた穴はまだ開いているのだろうか?あの時のままだったら手当てが必要だ。
「体に穴が3つ開いてるはずなんだ、確かめないと、血が出ることもあるだろうし。アイ、タンポン持ってる?」
「おいレン、見損なったぞ、いくら女の子が裸で横たわっているからって股間をいじるのは最低野郎だ。」
「そうだよレン君。エイダちゃんが起きたらきっと悲しむよ。」
「ああ、僕はここまで勘違いされるほど友人の尊敬を受けてないんだな。」
レンは勝手に変態野郎にされたことでひどく心が傷ついた。それはもう立ち直れないほどにだ。ただ誤解を与える発言をしたレンにも責任はある。とりあえず二人には銃撃で開いた穴のことを説明した。
「ここで銃撃戦が起きた時エイダの体に穴が3つ開いたんだ、僕はそのことを話している。」
「レン、苦しい言い訳はやめるんだ。そんな状態になったらエイダは死んでいたはずだ。」
「レン君それはちょっと無理があるよ。もう少し真面目な人だと思っていたのに変態さんだったなんて・・・アイは悲しいです。」
「僕はこの瞬間変態になったんだな、ああ、もうそれでいいよ。あとでエイダが真実を証明してくれるはずだ。」
いつまでもエイダの裸を見ることをアイは許してくれなかった。エイダが目覚めるまでレンとコウは部屋から閉め出されたのだ。
「コウ、あの装置はエイダを召喚する装置だったのかな?」
「そのようだな。ただタイミングが悪い、サナさんが帰ってきたらどうする?かたやECTF(EI対策統括任務部隊)の研究者、かたや人類の敵EI勢力の上位バイオロイド、この二人が接触するのは非常にまずい。」
「そうだな、姉さんが帰ってきたらエイダを穴だらけにするだろうな。」
「また穴の話か。」
「ああ、また穴の話だ。」
「股穴だと?やはりレンは変態だったんだな。」
「僕泣いていいか?」
30分くらいしてサナが帰宅した。エイダはまだ動かない。3人はとにかくサナのミートボールのおいしさについて熱く語る。
「姉さんの作るミートボールは最高だ!1か月通して食べても飽きが来ない。」
「サナさんのミートボールはレンの家がミシュランガイドに登録されるほどの絶品料理です。」
「サナさん今度私にミートボールの作り方を教えてください!人生で一番おいしい料理にやっと出会えました。」
「3人そろって私のミートボールを褒めるなんてなんか違和感があるわね。男子二人は私の下着を履いて遊んでいたんじゃない?」
「それはねーよ、履くんじゃなくて被るんだ。」
「ふ~ん、あくまで身の潔癖を主張するのね。」
「ちょっと待ってくれ、パンツを被るのが身の潔癖の主張になるんですか?」
「私も母さんのパンツをよく被っていたわ。懐かしいわね。もうこの世にいないなんていつまで経っても信じられない。でも、そうね、直接手を下したのは私だから自業自得か。いくらバイオロイドに置き換わっていたとはいえ、実の両親を殺すなんて・・・涙が出てくるわ。」
「姉さんはあの時、僕もバイオロイドなんじゃないかって疑っていたんだよね。それで僕を標的Bに設定した。エイダがいなかったら僕はあの時死んでいたよ。」
「レン、ごめんね。私あの時はすごく疑心暗鬼になっていて、もう家族はいないんじゃないかって思っていて・・・。」
「姉さん・・・僕は・・・姉さんがバイオロイドじゃなくてよかったと思ってるよ。姉さんは内戦も一緒に生き抜いて唯一の家族だ。姉さんが負い目に感じることはない。あの情勢下世界は混沌としていてみんな疑心暗鬼になり過ぎていたんだ。そしてそれは今でも続いている。」
「そうね、ありがとうレン。」
「サナさん、ECTFは唯一国連から承認された対EI部隊だ。もしまたこの家にエイダがホームステイしに来たら、サナさんはエイダを殺しますか?」
「難しい質問ね。いきなり殺すかどうかは置いといて、ECTFとしてはEI側の情報が欲しいの。これまでEIバイオロイドを捕まえては尋問・拷問したけれど、彼らは何も話さなかった。我々もEIもお互いを知ろうっていう努力が足らなかったのかもしれない。エイダは恐らく私やジョン・レイエスとつながりのあるレンを通して何か人類側の敵対心を探っていたのかもね。うちの親がバイオロイドに置き換えられたのはレンを同様にバイオロイドに仕立て上げるか、或いはレンに対する教育方針を改める為か、今となってはわからない。とにかく我々は超超高度AIパシフィックリーダーと連携してEIの目的を明らかにしなければならない。」
「EIの破壊が目的ではないと?」
「コウ君、もしかしたら地球の知性ともいえるEIが活動を停止したら、この惑星は機能を停止するかもしれないリスクを抱えている。EIの扱いは実にシビアよ。」
「ではエイダもまたEIの一部で、シビアに扱う事を確約できますか?」
「コウ、お前・・・。」
「アイもその確約ができるか知りたいです。」
「みんなしてどうしたの?エイダは消息不明だし・・・戻ってくることはないわよ。」
「姉さん、僕の部屋へ来てくれ。たまげるぞ。」
レンたちはエイダのいる部屋へサナを導いた。紫色の光が漏れるプラズマを帯びたその部屋は異様に焦げ臭く、サナは消火器を手に部屋のドアを開けた。そこには光り輝くエイダの姿があった。
「エイダ・・・エイダなの?どうしてここに?」
「ジョンがエイダから謎の機械を託されていたんだ。それが起動してエイダがゆがんだ空間から出てきた。まだ意識はないみたいだけれど、もうすぐ目覚めるよ。」
「私、ECTFの研究者としてこれは報告せざるを得ない。でも・・・エイダちゃんをまたレンの家族として受け入れることができるように最善は尽くすわ。」
「姉さん、解剖とかするなよ。」
「そうはさせないわよ、エイダは基本的にいい子だった。エイダにひどいことをした私はもう家族として失格だけれど、レンの為なら。」
5
来栖サナはエイダに危害が及ばぬように最善を尽くすと誓った。しかしECTFは彼女の意志で動いているわけではない。監視役が付くのは明らかだった。それでもサナは引きこもっているレンにかつての日常を与えてあげたかったのである。何よりも唯一の姉なのだから。
エイダ・ミラーは人類社会に復活する。エイダがジョンに装置の工作を依頼していたのはEI勢力としての自分から解き放たれたいというエイダの強い思いであった。エイダはレンと接しているうちにレンとの日常が自分にとってかけがえのないものになっていたことに気づいていた。このままEI勢力として任務を行うのはレンを裏切り続ける行為だと考えていたのだ。だから一回自分をリセットする必要がある。EIバイオロイドエイダ・ミラーではなく少女エイダ・ミラーの道を選んだ。ただし、EIの活動論理は基本的に地球に宿る知性として生態系を守る役割があるという事、生態系の中には当然人類も含まれること、人類を守るということは来栖レンも守るという事である。エイダは自分が反乱分子になればそれ即ち人類を守るという使命を捨てることになる。その結果として来栖レンの死が待ち受けている可能性もあった。エイダはこの行動が結局は自分本位で世界を翻弄することになり、レンとの本当の別れが近づいてしまう愚かな選択肢であることは重々承知だ。「人類を守る」、このフレーズは人類側もEI側も共通した一つの行動原則である。どちらの勢力についてもその後ろ盾は超超高度AIの演算能力にかかっているという事もまた皮肉にも同じである。
EIはなぜ人類にそこまで執着するのか?超超高度AIパシフィックリーダーが完成したことで人類主導による生存圏確保はより確実なものとなっているはずである。EIが出るまでもなく人類は自ら生きながらえる術を知っている。しかしEIはこの現実と矛盾してむしろパシフィックリーダーが完成したのを境に活動をより鮮明化させている。EIにはどうやら複雑な事情があるようだ。
*
なかなか起動しないエイダに業を煮やした僕はプラズマを帯びる自身の部屋に足を踏み入れ、再びエイダの手を引っ張って廊下に引きずり出した。そうすると不思議とプラズマは消え去り、エイダの目の光が安定した。
「エイダ、聞こえるか?僕だ、来栖レンだ。」
「く・・る・・す・・れ・・ん・・・?」
「そうだ、来栖レンだ。」
バイオロイドといってもすべてが生体パーツではないようで、瞳がじりじりと機械的に焦点を合わせる動作をしていることに気が付いた。僕らは廊下に座って対面していた。
「来栖・・・レン・・・」
「ああ、僕の名前だ。」
「レン・・・に・・・裸見られた・・・パンツの約束だったのに・・・。」
「そうだったね、エイダ。だんだん思い出してきたか。」
「レン、そこにいるのはコウ、その隣はアイ、そして・・・サナ、私を殺そうとした人。」
「姉さんを恨んでいるか?」
「よくわからない。でもまた会いたいと思っていた。レン、おかえり。」
「エイダ、逆だ逆。そこは僕がおかえりって言うんだ。」
「レン、私はまた日常生活を送っていいのかな?」
「日常生活か・・・うちの親は死んだ、ジョンもだ。それでもいいなら僕ならいつでも歓迎さ。」
「レン、私のせいでたくさんの人が死んだと聞いている。EI側では常に人類側をモニタリングしていた。世界では虐殺の嵐が吹き荒れて、それはまだ継続している。私がこの世界に戻ってきて、レンやコウやアイと・・・サナとも、日常生活を送っていいのかわからない。」
「知っていたのか。僕はこんな世界になっても・・・いや、なったからこそ君といたい。」
「ありがとう、レン。」
エイダが裸のまま僕の胸に飛び込んできた。二つの柔らかい塊が僕の胸を撫でる。いい匂いがする。これがエイダがいるという実感だ。エイダが戻ってきたんだ。
0
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マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
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