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3章

Collaborators of oblivion

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 エイダが戻ってきた。これが日常の修復になるとは限らない。レンの周囲の人物は知っている。エイダは非日常の塊だ。人類社会を混乱させたバイオロイドの存在は未だに世界では虐殺というアウトプットを生み出している。皮肉にも虐殺は人工調整の役割を果たしてしまう。本質的には人類もEIも望まない誰も得をしない殺し合いである。しかし人口増加による宇宙移民を税金の無駄遣いだと否定する民衆の深層心理と密接に虐殺は隣り合っていた。特に地球における莫大な既得権益がある先進国では移民の流入による人口増加は先進国が地球にとどまる大義名分を曇らせてしまう。技術も資産もある先進諸国が積極的に宇宙移民をしなければ人口が増え続ける発展途上国に示しがつかない。温室効果ガスの抑制に熱心な先進国と発展に夢中で温室効果ガスを先進国より排出してしまう発展途上国という21世紀の地球温暖化問題と同じ論理構造である。問題を抱えながらも先に好きなだけ発展しておいて自らの生存圏が脅かされると啓蒙的で意識が高い知識人に早変わりし、現在進行形で問題を発生させている問題児に「早く大人になれ」と言っているようなものだ。大人のツケを子供に払わせる構図を道徳的だと思う人は果たしているだろうか?

 虐殺の連鎖は非常に恣意的で、疑わしきは罰するという短絡的な結論が出される。これはリベリオンを引き継いだECTFが人とバイオロイドの見分け方を世界各国に伝授したにもかかわらず止まることはなかった。「バイオロイドの社会からの抹殺による浄化」という大義名分は相互不信の他人を排除するときに極めて有効に作用するからだ。殺しのライセンスを誰もが持つようになったわけである。宗教問題、移民問題、食料問題、これらの問題を抱える為政者にとって不穏分子はもれなくバイオロイドということにされてしまう。また、為政者だけではなく市民からも暗黙の差別感情や思想の違いによる敵対感情を掘り起こし、人民裁判が行われた。

皮肉なことに人が人である証の理性は超高度AIや超超高度AIパシフィックリーダーといった機械知性によって人類に示された。機械が人の理を説くのである。虐殺がはびこる世界で機械知性は極めてまともだった。文明の牽引者はもはや人類ではなく機械知性であることは今次の混沌をもってして示されたかもしれない。少なくとも多くの先進国では超高度AIが稼働中であり、虐殺の連鎖は技術先進国から先に解消する傾向にあった。超高度AIの意向は社会に浸透する情報ツールを介して広く民衆に届いており、特にhIEは非常に有効なツールであった。hIEはECTFから送られたバイオロイドを見分ける手段に基づいて虐殺に人間と同じレベルで介入し実力行使をできる物理デバイスであるからだ。

 レンとエイダの再会はエイダのEI勢力離脱という形で実現したが、代わりにエイダはEIに関する情報を部分的にしか記憶しておらず、最新のEI情報に触れることもできなくなっていた。ECTFの一員であるサナはこの事案を報告したうえで、脅威ではなくなったエイダを複雑な気持ちで見つめている。取り敢えずエイダには服を着せてリビングルームで約1年ぶりの再会について感傷に浸っていた。

「エイダ、私はあなたを殺そうとしたけれど、それはあなたが上位バイオロイドとして暗躍するのを防ぐと同時にZ信号をあなたが受信していたかどうかを調べる為なの。バイオロイドは拷問にも耐えて何も情報を開示しなかったから、EIの思惑を知るすべがなかった。ただ社会の漠然とした脅威であるという認識しか持てなかった。でも今なら話してくれるわよね?」

「姉さん、仕事は重要だが今はエイダが無事戻ってきたことを祝いたい。」

「レン、いいの。サナさんの疑問は当然だよ。私はただ戻ってきただけじゃない。EIという存在が明るみに出た今だからこそ、私は話さなければならない。」

「協力してくれるわね?」

「サナ、まず私は何かと言う事から話したいと思う。EIから独立する過程で部分的にしか記憶が残っていないけれど、それでも話したいと思う。」

「記憶喪失なのか、エイダ。」

「いや、データ自体は私のAIに残っているけれどロックがかかっていて部分的にしか引き出せない。けれど部分的な情報を補完してある程度中身のあるストーリーを話すことはできる。」

「エイダはAIだったのか?でも確かにバイオロイドだから必然的にそうなるか・・・。」

「レン、私はモバイル超高度AI。断片的なデータを解析してEIに関する重要な情報を鮮明化することができる。私は人類社会の中枢に入り込むことを目的として製造された。EIが現代の情報を収集するうえで欠かせないのが人と同じ形をした入出力デバイス。EIは直接人類側のコンピューターを制御する能力がないから人型デバイスを使って影響力を行使しようとした。人類社会に干渉して何をしたかったのかは今の私にはブラックボックス。これは推論になるけれど人類の宇宙開拓により地球が放棄されることを地球AIであるEIは恐れていたのではないかと思う。だから人類を地球に縛り付けるために様々な工作活動をした。」

「それで宇宙開拓は税金の無駄遣いだとか環境ファシストだとか、様々な地球原理主義を生み出したのね。宇宙に超高度AIを置けるようになったからその活動はより活発になったと。」

「EIは古いコンピューターで数万年前に人類が地球規模の災害にあった時、宇宙移民を推奨した。けれど宇宙に出ていった人類は500年で死に絶えた。逆に地球に残ったわずかな人類は石器時代からやり直して再び高度文明を築き上げた。このことから知見を得たEIは地球原理主義を提唱するようになった。」

「EIは誰が作ったんだ?当時の人類か?」

「それもブラックボックス。EIの起源に迫るには情報が足らなすぎる。」

「ねえエイダちゃん、ECTFに入る気はない?このままだと監視役が付いて行動が制限される。でもECTFに入れば協力と見返りに以前の様に自由な生活を過ごすことができる。」

「でも私のせいで今の混沌が生み出された。それに今の私に協力できる範囲は限られてる。役に立てるかどうか・・・。」

「ゆっくりでいいから考えてみて。」

 サナはエイダをECTFに勧誘した。ECTFは超超高度AIパシフィックリーダーを使う権限を得ているが、それは移動可能ではない。対してエイダは移動可能な超高度AIで作戦で使うには非常に融通が利く。しかも部分的にEIに関する誰も知らない情報をエイダは開示することができる。

 エイダはサナの提案について最初からそうなるのではないかと予測していた。他でもない超高度AIだからだ。エイダがもしかつての様にEI側の個体のままだとしたら、サナの提案はかなり危険である。エイダは上位バイオロイドとして対峙する組織の中枢に入り込むことになる。エイダがEIから離脱したという情報はエイダ本人によってしかもたらされていない。エイダが嘘をついていたら人類はEIの手中に収まることになる。サナは果たしてどこまでエイダを信用しているのだろうか?エイダが情報を取捨選択して恣意的に開示するには記憶喪失という設定は極めて都合がいい。ただ今のところエイダの真意はレンとの日常を送りたいという一人の少女としての心理に基づいている。しかしそうだとしてもEIが何らかの仕掛けをエイダに施している可能性は十分に考えられる。EI側にしてみればまさに対峙組織の中枢に情報収集端末を潜伏させることができる絶好の機会だ。超超高度AIであるEIがこの状況を利用しないと考える方が難しい。それがいつ発現するのか、エイダ自身にもわからない。Z信号が未だにエイダを操っている可能性は否定できない。

                  *
 
 エイダが戻ってきてからしばらく経って、僕はエイダとともに虐殺で命を落とした市民たちの慰霊公園に来ていた。1年近く喪に服していた僕はこの慰霊公園の完成は知っていたが、実際に足を運ぶのは初めてだ。慰霊公園の場所は虐殺が日本全国で同時多発的に起こった事、日本国内の犠牲者が少なくとも200万人に及ぶことから広大な土地を確保でき、かつ慰霊するにふさわしい日本人の精神のよりどころを考慮して富士山の麓に設置された。犠牲者の名前が刻まれた石碑が想像をはるかに超えたスケールで無数に並ぶ光景に胸が痛む。世界では未だに続いている虐殺が日本国内に限っては収まっていることに少しばかり無責任ながら安堵した。虐殺で特に激しかったのは戦国時代を思わせる政治勢力の対立構造だった。政治理念が違うお互いをバイオロイド集団と認定してPMC(民間軍事会社)を使った掃討作戦が展開されたのだ。バイオロイドだと認定する根拠が残念なことにどの勢力も人間に扮したバイオロイドの学者であり、学者は状況をコントロールしてEI勢力にとって邪魔な存在を消していった。バイオロイドは超高度AIにも見分けがつかないほど人間とそっくりで超超高度AIパシフィックリーダーが軍事介入するまではしばらく内戦の様相を呈していた。幸い僕たちの学校では誰も殺されなかった。殺害対象になったのは主に社会的影響力を持つ老年世代が中心で、子供に危害が加えられることがなかったのが不幸中の幸いだ。

 僕たちはある人物の名前が刻まれた特別な石碑の前にやってきた。そこには日本を愛したジョン・レイエスの名前が刻まれていた。米国籍だが日本国内で亡くなり、EI勢力の存在が世界に知れ渡る原因となった人物の御霊前だ。名前の刻印にタッチすると生前のホログラムの映像情報が閲覧できる。そこにはジョンが付けていたスマートコンタクトの視覚情報があり、拳銃自殺する瞬間まで記録されていた。リベリオンの統括が証人喚問の時に指した少女Aことエイダ・ミラーの映像にはマスキングが施され、違和感がある映像だった。

「エイダにとっても僕にとってもつらい映像だな。」

「ジョン、まさか自殺するとは思わなかった。私のせいで・・・。」

「エイダは超高度AIなんだろ、どこまで予測できていたんだ。」

「人間の複雑な感情は機械にはわからない。心拍数や呼吸をモニタリングして自殺する兆候をつかむことは可能だったけれど、ジョンに限ってはそういった生理的反応を示さなかった。」

「ジョンは最初から心に決めていたんだろ、エイダの殺害作戦に参加することになったら僕に対して申し訳が立たない、エイダを生かすことになったら組織を裏切ることになる。ジョンが守りたかった日常の構造は複雑だったんだろうな。さあ、花を手向けよう。」

 エイダが花を石碑の前に置いた。寒空の下、孤独な戦いを続けていた男の石碑は冷たく、静かに佇んでいた。

「ジョンは仲間想いで良い奴だったよ。ジョンの生い立ちは恵まれていなかった。両親を幼い頃に亡くしているんだ。そんな時ジョンを勇気づけたのは日本の漫画だった。日本の日常が描かれた漫画を見て育ったんだ。いつか自分の力でフィクションを現実に引き寄せてやると思ったんだろう、留学資金はアルバイトをして必死に貯めたらしい。そしてジョンは日本に来た。だから自分の努力が報われるように日常を誰よりも愛する男だった。でも実際のところジョンはリベリオンの軍事部門で雇われ兵として資金調達をしていた。結局バイト代だけでは足らなかったんだろうな。僕たちは気づくべきだったんだ、ジョンが人知れず命がけで戦っていたことを。日常を金で買うしかないなんて悲しいよ。」

「私はジョンの日常を終わらせてしまったんだね。本来は私が死ぬべきだった、そうすればEIという脅威が世界中に存在することが暴露されることなく虐殺も起こらなかった。私の選択のミスでこんなに石碑が建つことになった。みんなさぞ幸せに暮らしていただろうに。」

「僕はエイダが死ぬべきだったなんて絶対に思わない。ジョンが自殺をしなければならないほど追い詰められていたのは僕にも責任があるんだ。」

「レン、私は超高度AIなんだよ。ジョンの人生とAIを天秤にかけるなら間違いなくジョンの人生を選択するべきだったんだ。私は欠陥品だよ。」

「エイダ、こんな世界になっても僕はエイダが生きながらえていてくれたことに感謝してるんだ。エイダは僕の日常を豊かにしてくれた。この気持ちは確かに罪かもしれない。でもきっと今この状況に意味はある。遅かれ早かれEIの存在は明るみに出ていたさ。過去にとらわれる暇があるなら、エイダの能力を使って明日の虐殺を止める方法を考えた方が建設的だ。」

「レン、ありがとう。でもやっぱりレンは理屈っぽい。」

「ああ、思考を言葉に出すタイプでね。つい語りたくなるんだ。」

「レン、注意して。」

「どうした?」

「今私たちの周囲に暗殺部隊が展開している。」

「なんだって?どこのだよ?」

「EI勢力。私がレンの部屋に転送される直前まで私は彼らに処分される寸前だった。ここは人気のない場所で周囲に民家もなく私を消すなら絶好の機会だね。」

「なら逃げた方がいいんじゃないか!」


「大丈夫、ECTFの監視役が付いているのは知っているでしょ?すでにECTFも展開している。それに無数の石碑が邪魔ですぐに私たちに近づくことはできない。日本軍が持ってる空中遠隔狙撃システムでもない限り私を破壊するのは容易ではないよ。」

 エイダは大丈夫とはにかんだ。しかし照準用のレーザー照射がエイダの頭部を捉えていた。次の瞬間エイダの頭に何かが跳ね返って僕の腹部を直撃した。

「大丈夫かエイダ!血が出てるぞ・・・。」

「レン!跳弾がレンの腹部に当たってる!」

「なにっ」

 僕は視線を下げて腹部を見た。服が真っ赤に濡れているのを確認した僕は足から力が抜けてその場に倒れた。

「やばいなこれ、先にジョンのところに行ってるよ・・・。」

「レン、弾はそんなに深く入っていない、死ぬことはないよ。あといちいちカッコいいセリフ言わなくていいから。」

「クソ・・・だせぇ。」

 ジョン、まだお前のところには行けなさそうだ。僕はエイダが呼んだ救急車で搬送され、無事一命を取り留めた。しかししばらくは病院で安静が必要だと言われ、富士総合病院から都内の臨海総合病院へ転院した。エイダも怪我をしたはずだけれど頭部は相当頑丈に作られているようで20mm機関砲でも骨に傷をつける事すら難しいらしい。


エイダは毎日お見舞いに来てくれた。自分のせいで僕が危険な目に合う事を申し訳なく思っている様子だ。最近のエイダは常に深刻な表情をしていて話しかけるのが気まずい。昔の明るいエイダは帰ってこないのか、今の状態がエイダの素なのだろうか。しかし今回の件でEI勢力が社会を裏で操るだけでなくより前線に出てアクションを起こすことが分かった。ただしエイダのスペックをすべて知っていたら貫通できない弾丸など発射するだろうか?僕はそこだけはずっと疑問に思っていた。「何もするな」という奴らなりの警告だったのかもしれない。

 僕は病室に来たエイダに提案した。EI中枢と接触して何らかの結論を得る。EI勢力の存在が世界に虐殺の連鎖を起こすなら、その中枢を叩くしかない。シンプルな提案だがこれまでは実効性が低いと判断されていただろう。でもエイダが味方になるとしたら、状況は変わるんじゃないか?EIから離脱した初めての個体がエイダだ。エイダはきっと特別なはずだ。

「レン、私にはEIの中枢がどこにあるのかわからない。アーカイブに無理やりフィルターをかけられたから。でも超超高度AIパシフィックリーダーを使えばZ信号の明確な発信位置を特定できるかもしれない。私サナの提案を受けることにする。ECTFに入るよ。」

 忘却の協力者は力強い言葉で僕に確約した。僕は同時にもう一つエイダへ提案した。かわいいエイダに戻ってくれと。そしたらエイダに頭をゴリゴリされてこう言われた。

「レン、再会後の私はかわいくないって思ってる。それは大きな間違い。私は常にかわいい。」

「エイダは押しが強いな、それでこそエイダ・ミラーだ。」


 
 速水コウは幼馴染で彼女のアイが既に故人で今傍らにいるのがアイを模したhIEであることをいつレンとエイダに告げるか迷っていた。いや、エイダは気づいているはずだ、何せ超高度AIだ。人とhIEの見分け位つくだろう。故に最近は深刻な面持ちだ。問題はレンの方だ。ただでさえつらい現実を味わったレンに友人であったアイが故人だと告げるのは酷だ。レンはクラスメイトは虐殺に巻き込まれなかったと思っている。未成年が社会に及ぼす影響なんてしょぼいからだ。しかしその親はどうだろう?アイの親は有力な政治家だった。アイは親と車で移動中に路上の仕掛け爆弾で命を落としている。アイを模したhIEは裕福な家庭しか持つことができない高級機で人間と見分けがつかない。コウはアイの喪失をこのhIEと過ごすことでお茶を濁している。アイを殺した勢力は環境ファシストだということまでは警察の捜査でわかっていた。

 コウは環境ファシストに復讐をするためPMCに参加するかどうか検討していた。PMCの一部は直接虐殺を繰り広げている勢力を攻撃し、社会の正常化に貢献する役目を担っていた。コウにとって問題だったのは、すでに日本国内では超超高度AIパシフィックリーダーの軍事介入によって虐殺という事態が収束していることにある。コウは怒りの矛先を探そうとしていたのである。レンが過去を振り返らずに未来志向であったのに対し、コウは過去に執着し未だにジレンマを抱えていたのだ。

「俺はどうすればいいんだ・・・虐殺の原因は間接的にはリベリオンのエイダ・ミラー捕獲作戦の失敗に伴うEI勢力の世界への暴露という結論に落ち着く。でも俺がジョンやエイダやサナさんを恨めと?ふん、全員仲良くやっていた仲間じゃないか・・・。虐殺なんてものを始めた連中は日本ではほとんど処刑されている。・・・俺の敵は・・・一体どこにいるんだ!」

「コウ、そんなに大きな声を出さないで。アイは悲しいです。」

「お前はただのhIEだ!アイの真似事なんか・・・すまん。」

「オリジナルのアイが殺害されてからのコウはアイが嫌いなコウだよ。復讐は必ずしも自分の手で行わなければならないの?そもそも復讐をしたところでオリジナルは帰ってこない。アイはきっと喜ばない。hIEの私が言う事ではないけれど、虐殺は疑心暗鬼になった社会を利用した数知れない人々の暗黙の闘争心によって行われたと思うの。敵は自分の中にいるんだよ。」

「敵は自分の中に・・・か。確かにそうかもしれないな。でも俺はそんな釈迦の説法に耳を傾ける気はない。エイダを送り込んだのはEI中枢だ。俺はEIと対決しなければならない。答えはPMCでも日本軍でもなかった。ECTFに加わってEIを倒すのが俺の使命だ!」

 コウは結局レンと同じくEI中枢へのアプローチが必須だという結論に達した。しかしレンはまずは対話をする事が目的であるのに対し、コウはEIの完全破壊が目的だ。この時勢において、ECTF内でもEIに対するアプローチについて対話か武力行使かのどちらの戦略をとるのか議論がされていた。虐殺爆心地の東京にECTF本部はある。レンもコウも、そしてエイダもECTFに参加するには環境が良かった。

ECTF東京合同参謀本部では幹部たちによる戦略構想会議が始まっていた。様々な領域のスペシャリストを集めたECTFで議論をまとめるのは難しい。

「私の考えではね、EIってのはですよ?異星文明が残した宇宙船のAIなんじゃないかね?何億年も前に地球にやってきて生物の進化を促進したわけですよ。また彼らはね、重力を操る能力に長けていてね、恐竜がいた時代は地球の重力は小さかったんですよ。彼らはまず爬虫類に進化の活路を見出したわけだな。現代の地球でもね、人型の爬虫類の目撃情報があるんですよ。」

「じゃあ証拠を出しなさいよ証拠を。あんたの言ってることはね、いつも根拠がないんだよ。」

「証拠はですね写真があるんですよ。」

「じゃあ写真を見せなさいよ。」

「これがその人型爬虫類の写真です。この少年がサッカーをしているシーンの奥にですね、わかりますかね?緑色をした人間が写っているんです。」

「こんなのサッカーコートのフェンスが色写りしているだけじゃないか。第一こんな小さな写真で証拠と言われてもね、あんたの壮大なストーリーを補強する資料にはならないんだよ。」

「あなたはいつもそう、こっちが証拠を出すとね、いっつも難癖付けて否定するんだもん。もうねこんな写真はいくらでもあるの。EIバイオロイドってのはね爬虫類の進化系なんですよ。」

「エイダ・ミラーは緑色なんかじゃないじゃないか。第一ね、人の社会に溶け込むのに何で姿が爬虫類だって言うの。普通は人間を装うでしょ。」


「いえ、ですから人間を装った爬虫類なんです。」

「爬虫類じゃなくてバイオロイドだって結論出てるじゃないの。前身のリベリオンで何体も破壊しているんだからさあ。確かに彼らをほとんど捕獲はできなかったけどね、最初の1体目は不完全な形であれ体を入手しているんだから。あれが高度な分子コンピューティングとバイオテクノロジーの化身だっていう知見は得てるの。」

「それこそ高度な異星文明が地球に来ていたという証じゃないんですか?なんであなたは否定するの。」

「EIが異星文明によるものかどうかは肯定も否定もしませんよ。私が否定しているのは人型爬虫類がEIバイオロイドだっていうあんたの主張には根拠がないただの妄想だって言ってるの。わかる?」

「だからこの写真が証拠なんですよ。」

「写真写真言うけどね、超高度AIが描いた絵を見たことある?100%創造の絵なのに写真と区別できないクオリティなの。今どき証拠が写真だけなんて言うのはそもそも論外なの。」

「写真以外にも証拠があるんですよ。」

「じゃあ見せなさいよ。」

「これがEIが造った人型爬虫類であることを示す製造証明書です。ここにですね、爬虫類の顔写真と異星文明の文字が書いてあるでしょ?」

「だからなんであんたがそんなの持ってるのよ。どこから入手したの。」

「とある入手ルートですよ。」

「それがどこかって聞いてるの。そんなのがあったらね、今頃ECTFはEI中枢に侵入出来てるの。そういうデタラメな証拠でいつまでも議論するほど私ら暇じゃないわけ。」

 2人の議論は謎の白熱戦になっていた。そこで第3者が発言する。彼は子供の頃に着陸したUFOに乗っていた宇宙人と接触したことがあると主張する人物だ。

「ちょっと待ってくださいよ。先程から横から聞いていましたけれどね、あなたは否定するばっかりで何も情報を持ち合わせていないじゃないですか。僕らのようにね、過去に宇宙人と接触していることを公表した人間が如何に世間から迫害されてきたかあなたにわからないでしょ?」

「そりゃあわからないよ。」

「でしょうね。でもね、現にEIっていう未知の知性体がいるわけじゃないですか。あらゆる可能性を議論したって僕は良いと思うんですよ。」

「EIを議論するにも爬虫類だとかそういう事前情報の全くない突拍子もない証拠にもならない証拠をこねくり回して議論する価値はないって言ってるの。」

「じゃあ聞きますけどね異星人はいると思いますかいないと思いますか?」
「私はいても不思議ではないと思いますよ。」

「じゃあお認めになるんですね?」

「何を認めるのよ。異星人がいたとしても恐竜を進化させて人型にしたとかそういう眉唾なストーリーに根拠は全くないって言っているわけ。」

「もういいいですよ、うんざりですよ。あなたは権威を振りかざしてりゃぁいいんですよ。僕らみたいな社会的マイノリティを受け入れようとしない姿勢には心底あきれましたよ。もう帰ります、ここにいても意味がないんですから。」

「まあ君がいても意味がないだろうね。」

そういうと彼は怒り心頭に会議室を出ていった。これがECTF内部のEIに関する議論の現実である。ほとんどの有識者はEI対策統括任務部隊であるところのECTFに協力しなかった。オカルトじみた議論になることが目に見えているため自らの学者としての見識を今後の学者人生において疑われかねないかと危惧していたのだ。そもそもこの期に及んでEI関連そのものがでっち上げであるという意見も社会にはまだ根強かった。しかしEI関連事象を肯定した超超高度AIパシフィックリーダーがそういった疑念を払拭し、EIの真実性について本格的に議論するべきであるという進言をする事でEIのリアルを補強した。

 現在のところ積極的に協力してくれる学者肌の人物は大学や研究所からではなく情報収集に長けた雑誌編集者や宗教団体、フリー記者やルポライター、つまりオカルト知識人という言葉で形容できる人種が大半であった。旧リベリオンのコアメンバーには政治家や学者もいたが虐殺を生んだ戦犯として民衆の手によってほとんど殺害されてしまったというのが実情である。

「我々がお聞きしたいのはEI中枢に到達する手段に対する考察と中枢に接触した場合のアプローチの手段です。対話か武力行使か。ECTFの今後を決める重要な会議ですので皆さん落ち着いて議論してください。」

 とある覇権国家の情報機関から出向しているナタリー・チェン作戦部長は議論をより実りあるものにしようと話題を修正する。彼女の行動原理は出身国からの命令であり、EIに対する知見とそのアプローチに関する手段の解明であった。ECTFという国際的な対策部門はそれを構成する各々の出身国家からの「我が国が世界で最初にEI中枢へ到達し、EIテクノロジーの覇権を握る」という命令を受けている人物で大半が構成されていた。EIを手中に収めれば間違いなく次世代の覇権を握ることができるからだ。しかし彼らにはEIが人には制御不能な存在であるという発想が欠けていた。EIバイオロイドを認識する事に手間取るレベルの人類が地球の知性そのものと言っていい超超高度AIから何を得ようというのか?EIが良心的で人類社会を豊かにしてくれるなら既にそうなっている。EIは人類にお年玉をくれる親ではない。明確に人類社会に浸透し、人類をコントロールしようとしている怪物なのである。旧リベリオンでは常識であった知見が、国際団体にグレードアップした途端に世界中の国の思惑が絡んでしまい、決して純真で正義の為であるとか、人類を救おうとか、そういう道徳的な理念に熱心な国家は皆無であった。上っ面だけの耳触りの良い言葉を並べ立てて腹の中では野心に満ちていた。こういう時意外とまともで頼りになるのは皮肉と言っていいのだろうか?オカルトを科学力で解決したい来栖サナのような人物である。

「旧リベリオン出身の来栖サナです。リベリオンの推測では南極に不可解な地下空間が存在することが議論されていました。実に2000キロメートル地下です。これを把握する調査はレッドボックスである大深度センサーを日本の砕氷船に搭載して秘密裏に行われました。もちろん国際的に非難される行為は承知でした。地質学では下部マントルにあたり人類の科学力では到達不可能な深度です。」

 ナタリー・チェン作戦部長が前のめりになって口を開く。核心に迫る質問をサナに投げかけた。

「来栖さんはそこにEI中枢があるとお考えですか?」

「少なくともリベリオンの一部ではまことしやかにささやかれていました。大深度センサーを使った探査は地球上のあらゆる場所で行われていましたから。結果として最も秘匿性が高く、人類に到達不可能な空間は南極の地下でした。しかもその面積はオーストラリア大陸の90パーセントという常軌を逸した大きさで、かつ上下方向の空間長が100キロメートルの均一な高さです。ここには何かがあると直感的に思いました。」

「ありえない、プレートテクトニクスを無視している。マントルは流動性で特定の空間を維持し続けるにはカプセル錠剤の様な構造でかつ地球内部の圧力と熱に耐えねばならない。EIをそんなところに仕込むにはこの惑星が誕生する段階で構築に関わる必要がある。46億年持続可能な空間と機械というのは話が荒唐無稽すぎるよ」

 世界的科学雑誌の編集局長、マーク・アレンが地質学の観点からありえないと否定するもサナは話を続けた。リベリオンの元幹部でありサイエンティストのサナはある仮説に言及した。

「EIの発祥は結局のところ解明には至っていません。しかしもし、超高度な異星文明が全長2000キロメートルの恒星間航行宇宙船にその文明を宿していたとしましょう、地球にはない外殻素材でできていて恒星系の理想環境で可住惑星を構築する任務を帯びていたとしたらどうでしょう?宇宙船を惑星に拡張するんです。地球の大きさに対して衛星としては大きい月はプロトタイプの試作で地球こそが本命の設計だった。」

「荒唐無稽だ!」

 マーク・アレンは席を立ち「くだらない」と小さな声で批判し場を後にした。ナタリー・チェンは続きの話を聞こうとサナに合図した。

「まあ、地下空間の話が荒唐無稽だという意見は理解しているつもりです。しかし実際の計測で確認したわけですからもっと頭を柔軟にして思考する努力が必要です。話を戻します。現代の人類がそこへ到達する手段についての話をします。もしかしたら何らかの超高度AIが下部マントルまで到達できる穴を掘ることができるレッドボックスを開発している可能性もあります。しかしご存知のようにレッドボックスは各国でシビアに管理されており、各国ともどのレッドボックスがどのように機能するのかという事すら全貌を把握することは困難です。レッドボックスの原理を解明する事がノーベル賞になるこの22世紀において、人類はテクノロジーの最前線から遠のいてしまっています。しかしここでお伝えしたいのは既知技術の思いもよらない組み合わせでレッドボックス相当の機械を開発することができる開発支援AIの存在です。私は産業技術総合研究所で超高度AIがレッドボックスを開発する過程のシミュレートをしてきました。この研究の真髄はレッドボックスの完成品の機械的な仕組みではなく、レッドボックスを作る過程において用いられた工作機械等の製造装置に焦点を当てたことでした。工作機械というと現代ではほとんどが複合メカトロニック3Dプリンターを指します。これは安全性が確認され、使用許諾されたイエローボックスです。つまり接合部がなく有機的メインフレームを持ち、中に複雑な機械を有する製品のプリント技術です。我々はこれに少々頼り過ぎました。そう、四半世紀前からhIEの製造に頻繁に使用されています。反面チタンや高張力鋼などを加工する超硬度ドリルといった枯れたテクノロジーを手放してしまった。22世紀半ばの現代ではロストテクノロジーになりかけています。私が携わった開発支援AIは失われかけたテクノロジーの最先端化に寄与します。もう127年前、2029年に日本の地球深部探査船ちきゅうがマントル深度までドリルを掘り下げることに成功しました。まさに偉業です。しかしその際に使用されたドリルは現代の技術で作ることはできません。設計図は失われ、材質も当時の水準でオーパーツに近いものが使用されていました。私は21世紀の人類が上部マントルに到達できたのなら、22世紀の人類は下部マントルまで到達すべきだと考えていました。ある時、私はトイレで滑ってドアノブに頭をぶつけて・・・」

「トイレの話は良いから結論だけ聞かせて頂戴。結局その開発支援AIで何ができるの?」

 ナタリー・チェンは結論を急がせる。しかしサナは研究者なのでその過程を大切にする。ただサナはスピーチコンテストに参加しに来ているわけではないと自分で思ったのだろう、話の核心に迫ることにした。

「トイレのドアノブに頭をぶつけた時、ひらめいたのです・・・。」

「あ、トイレの話からなのね・・・。」

「トイレの話は省きましょう。開発支援AIは科学分野のノーベル賞を受賞した科学者たちと同じことを超高速で行うAIと言ったらわかりやすいでしょうか。それもすでにあるレッドボックスの解明ではなく全く新しい純粋な技術革新を成し遂げる装置です。まあ超高度AIの一部の機能を切り取ったようなものです。」

「来栖さん、我々はそんな開発支援AIを使わずとも超超高度AIパシフィックリーダーの使用権を得ています。超超高度AIの技術力なら地球下部マントルへの到達も簡単に行えるのではないでしょうか?」

 ナタリー・チェンの問いかけにサナは警鐘を鳴らす。

「チェンさん、超高度AIの作り出した超高度技術の塊であるレッドボックスを人類はどこまで解明しましたか?全世界の超高度AIを結集した演算能力よりもたった一基でそれを遥かに凌駕してしまうパシフィックリーダーのつくる人類未到産物はレッドボックスというカテゴリーですら霞むくらい恐ろしいブラックボックスを作る可能性があります。それにあれは未だ人類にとって脅威であるのかどうかすらも判断されていない。建設計画が持ち上がった時、誰もそれを成し遂げるとは思わなかった。人類が光のスピードを超えられないのと同じように、全世界の超高度AIの演算能力を簡単に超えてしまう単一の知性など作れるはずがない。しかし予想に反して20年という歳月はかかったものの出来てしまった。IAIAが建造を許可したのも不自然です。私は超超高度AIパシフィックリーダーの建造には当初からEI側勢力の干渉があったと考えています。」

「ちょっとまって、それじゃああなたはパシフィックリーダーが敵側だと言いたいの?」

「超高度AIも陳腐化すれば後釜を作りますよね?EIも同じです。自身が陳腐化し後釜が必要になったがすでに自身を作り出した文明が途絶えている事、また自身とは大きく異なる技術体系で現生人類の文明が繁栄している事、その干渉には人間をエミュレートしたバイオロイドを使って人類社会に浸透する必要があった事がポイントです。EI自身が後釜を設計するにも本質的には人類あっての超超高度AIなので地上の人類と異なる技術体系で自身をアップグレードしても今の人類にとっては不要な産物になりかねない。だから人と同じカタチをしたバイオロイドをつかって現生人類のテクノロジーを使って後釜を設計した。そのアウトプットがパシフィックリーダーだという可能性が考えられます。チェンさんがおっしゃる通りパシフィックリーダーを使えばEIに簡単に到達できるかもしれません。しかしそれすらもEIの計算の内だとしたらどうでしょう?パシフィックリーダーがその能力に比較して驚異的な小ささであることは周知の事実でしょう。地上では様々な要因で人工物は朽ちてしまいます。災害かも知れないし戦争かも知れない。しかし未知のテクノロジーによる完全な安全地帯が南極の地下だとしたらもう答えは出ているでしょう。」

サナが言うように超超高度AIパシフィックリーダーは全世界の超高度AIを結集した演算能力を単体で遥かに上回ることが確認されており能力上限はまだ判明していない。その上設計当初から可搬性が意識されており全関連設備を格納する筐体の大きさはわずか直径4メートルの球体であり、重力制御により宙に浮いている。世界のAIにできることはパシフィックリーダーにならさらに超高成果を持って行える。恐らく世界初の完全なる人類到達不可産物=ブラックボックスである。1000年経とうが1万年経とうが人類には作り出すことができない。

 このブラックボックスを作ることができるまで人類の文明が高度化する前に文明そのものが持続しない。ただ一つ、EIとパシフィックリーダーでは完全に異なる技術体系が使われており、互換性はほとんどないと予測できる。EIが人類の技術にアクセスするには”人間と同じカタチをしたモノ”による人類社会への干渉しか手段はない。万物は人間のために設計されている、人と同じカタチというのは極めて重要な事なのだ。EIとパシフィックリーダー、互換性の問題はあるが関連性はあるとみていいようである。

 ECTFの会議はサナによる警鐘もあってEIを破壊するのか・対話するのかというファーストコンタクトのアプローチを議論するまでには至らなかった。ただEIに到達する手段はサナが開発に携わった開発支援AIによる開発に決まった。


 
 僕は2週間で退院した。つまり院卒、これは僕が博士号を取得したのと何ら変わらない。しかもたった2週間でだ。僕はきっと首席だろう、実に満足である。僕は隣のエイダに話しかける。

「エイダ、2週間で退院、つまり院卒だ。僕の知能はきっとエイダにも引けを取らない。」

「レンのそういうノリってやっぱりオカルトの研究を続けるには必要なの?レンってさ、今私に気を使ってるよね?そうやってバカみたいなこと言わないと私が傷つくって思ってる。私の頭で跳ね返った銃弾がレンに大けがさせたんだから・・・私は超高度AIなのに、レンにけがを負わせてしまった。そんなレンが私を笑わせようと気を使ってる。余計に重いよ・・・。」

「重いか・・・でもこれが僕の性格なんだ。エイダ、もうそんな辛辣な表情するなよ。ポンコツ属性の超高度AIなんてかわいいじゃないか。」

「ポンコツとかわいいが結びつく日本の萌カルチャーには心底感心するよ。そして私はポンコツじゃない。ねえレン、アイのことについてなんだけれど・・・。」

「アイがどうかしたのか?」

「既に故人。」

「・・・何を言っているんだエイダ、コウは何も変わってないしアイだってこの前会ったばかりだろ?第一アイがどうして死ぬんだ。虐殺に巻き込まれたのは権力や権威のあるお偉いさんばかりだぞ。僕たちみたいな高校生がEI側だなんて考える奴はほとんどいなかっただろ?」

「レン、アイの家族について考えてみて。アイのお父さんは有力な政治家。でもこの前慰霊公園に行ったときに私はアイのお父さんとアイ本人の名前が刻まれているのをスキャンした。あそこの端末のアーカイブは全て見たけれど、アイはお父さんと一緒に自動車で移動中に路上の仕掛け爆弾で命を落としている。」

「嘘だろ・・・そんなふざけた話があっていいのか!じゃあこの前見たアイはhIEか何かだっていうのか?」

「高級なhIEだった。アイの生前の記憶や性格を忠実に再現した特注品。」

「コウは・・・あいつは気づいているのか?」

「その特注品を発注したのがコウだよ。彼の家も裕福でしょ。アイ型hIEは言われなければ本人と区別がつきにくい。学校のシステムにアクセスしたけれど、今から10か月前にアイは故人として学校側に知られている。でもアイ型hIEを学校に通わせることで生徒には秘密にしている。他の生徒はアイの模造品と楽しく日常を送っているようだけれど、コウは複雑な心境だろうね。」

「なんてことだ・・・。コウはずっと気を使ってくれていたのか。そうか、エイダが最近険しい雰囲気だったのもこれが原因か。僕にずっと言えなかったんだな。」

「レン、私に感情はない。バイオロイドには魂なんてない。ずっと状況に適応した振舞いをしてきただけ。でも・・・憤りが何かは理解できる。レンの周囲では多くの大切な人が亡くなった。まずレンの両親、ジョン、アイ、そして私はそもそも生きてなんかいない。」

「コウと姉さんくらいか、近くにいた生命体は。僕はどう向き合うべきなんだろうな。復讐っていうのはなんか違うよな、僕らはこういうことにならない世の中を創造すべきであって、何かを奪い合う世の中にしてはいけない。EIが使える力を僕も少し使える、エイダがいるからだ。エイダが超高度AIなのだとしたら、僕には世界を平安の世にする義務がある。僕たちは深く関わってしまったからね。」

「レン、注意してもらいたいことが一つだけある。私はEI製だという事。私がレンを裏切る可能性を否定できない。正直EIは私にも得体のしれないものなのだから。私に何かを仕込んでいる可能性がある。」

「まあ、今この状況でエイダが僕の味方のようになっているのもEIによる計算の可能性はあるってことだな。僕たちがEIと接触したがる行為そのものが罠なのかもしれない。エイダが僕に注意をするのも僕との信頼性を確立するためかもしれない。でもこう考えることもできる。コインには表と裏がある、コイントスだ。コインを空中に放り投げてキャッチした時表か裏かで賭けをする。でも表だろうが裏だろうがコインというのはそもそも買い物に使える。その機能に変わりはない。僕は賭けはしない、コインを正しく使うだけだ。」

「レン、いつも通り理屈っぽい、そして格好つけたがり。私を正しく使うことがHな事だったら嫌だよ。」

「エイダまで僕を変態にしようとするのか・・・人望ないな僕。」

「だから私は人じゃないんだって。」

「わかってるよラブドール。僕はもう頭の悪い変態でいい。」

「レン、古いなあ。ラブドールじゃなくてラブロイドだよ!」

「・・・いやその性的な修飾語はいいのかよ!」

エイダは単刀直入な所があるけれど親切心だし基本的にはいい子だ。僕の理屈っぽい所も笑顔で返してくれる。それにやっぱりエイダは僕にとっては最も近しい美少女なわけで単純にモノ扱いしろっていうのは抵抗がある。男の弱い部分かも知れない。僕はエイダがバイオロイドでモバイル超高度AIだと知った時でもうろたえることはなかった。いかにもそれらしい雰囲気の姿・立ち居振る舞いだったし、姉さんや僕とのやり取りでも時折ロジカルな推論を語ることはあったから普通の女の子には最初から見えていなかった。エイダは人やロボットや超高度AIという議論以前にエイダはエイダというジャンルでカテゴライズしていたしその正体が何であれ何をやるにしても”エイダらしさ”を発揮していたし、まあ僕にとってはそういう存在さ。

 それにしても今度コウと会った時に色々話を聞かせてもらおう。アイが故人という事実は僕にとっては大変つらい。何せ世界が混沌とするようになったきっかけは僕の家で発生した事案をリベリオンで内密に処理できなかったことに起因する。あの事案とその後の虐殺、かえってEIにとって有利な事案であった。虐殺の指揮権はまんまとEI勢力のバイオロイドに取られ、疑心暗鬼に陥った人間同士を戦わせるプランでEIにとっての邪魔者を公に排除できた。パシフィックリーダーがその虐殺構造を指摘するまで先進国では虐殺が続いた。従って先進国限定ではあるがパシフィックリーダーの株はさぞ上がった事だろう。そして先進国とは対照的に民族・宗教・人口・食料問題を抱える途上国では虐殺が続いている。この構図だと宇宙移民事業はますます遠のいてしまう。環境ファシストの人工調整論を補強してしまうし、先進国の遠い世界でずっと虐殺をしてもらった方が、地球に根を張る先進国利権を維持したまま地球全体の人口を選民思想的な観点で減らすことができる。僕個人としては先進国は宇宙移民事業に力を入れて、次のフロンティアに進出するべきだと思う。金も技術もあるのだから。世界の報道の仕方にも問題が多い。

『中東では依然として混沌が続いています。現地のリポートをお伝えします。』

『アラブ首長国連邦ドバイに来ています。未来の楽園と呼ばれた輝かしい高層ビル群の景観は今や廃墟です。パシフィックリーダーが国内の虐殺を主導する権力者の正体はEI側のバイオロイドであると忠告したにもかかわらず、情勢は緊迫を増しています。現地の人に取材をしてきました。』

『「ドバイ市民:ここでは不法移民が問題を起こしている。それを排除する権力者を私は支持しますね。あの高層ビルを見てくださいよ。かつては我々の物だったのに今や不法移民が籠城する要塞になっている。」「リポーター:虐殺を主導する権力者はEIだという指摘が出ていますよねえ。本来は権力者に立ち向かうべきではないんですか?」「ドバイ市民:立ち向かう?とんでもない。EIが悪なんてのは環太平洋の先進国のでっち上げだよ。この前あそこの通りで不法移民による強盗殺人が一夜に5件もあった。軍が出動して不法移民のアジトを急襲したらパタリと殺人事件は消えたよ。」「リポーター:パシフィックリーダーは信用できませんか?」「ドバイ市民:不法移民を排除してくれるなら支持するよ。けれど実際にあれが介入したのは先進国ばかりじゃないか。」「リポーター:EIは巧みに社会に浸透して憎悪を増幅しているのではないですか?」「憎悪っていうけれどね、こっちは不法移民と殺すか殺されるかの二択しかない世界で生きてるんだよ。EIは味方をしてくれている、それで命が助かってるんだ。」』

『我々が取材した限りでは虐殺の先導者たるEIはむしろ国内問題を解決する切り札として歓迎されていました。一方不法移民側の主張も取材してきましたのでお伝えします。』

『「リポーター:なぜドバイ市民を殺すのですか?」「不法移民:俺たちは碌に賃金も払われずこの廃墟を作らされてきたんだ。この街は俺たちが造った。ドバイ市民はEI勢力に洗脳されて、国の政策により奴隷として連れてこられたという俺たちの経緯を完全に無視している。」
「リポーター:しかしだとしてもそれが人を殺す理由になるんですか?」「俺たちがまず先に殺された。EIの謀略という情報が入る前に俺たちは数えきれないほど虐殺された。」「リポーター:なぜ殺されたんですか?」「不法移民:俺たちの中で労働組合を作ろうという動きが出て国民の税金から出してもらおうとした矢先、そのイデオローグとなる人物がEIバイオロイドだっていうデマが流れて殺害が始まったんだ。でも実際は正反対だった。」』

『このあとさらに取材を進めますと不法移民側の労働組合のイデオローグがバイオロイドだったというのは事実の様なんです。まさにですねEI勢力の虐殺誘導をまざまざと見せつけられました。以上現地からお伝えしました。』

『ありがとうございました。本当にEIはまさに着火点を作り出しているという印象があります。この対立構造をEIに対する抵抗勢力として持っていけないものでしょうか。』

『難しいと思いますね。そもそもパシフィックリーダーが虐殺の頂点にいるのはEI側だという情報を解禁したことでますます火に油を注いだと私は思います。』

『つまり、それまでボヤっと社会に浸透したEIバイオロイドという脅威をより明確に視覚化したという事でしょうか?』

『そうだと思いますね。高名なインテリの中にバイオロイドが一定数いてそれがインフルエンサーとして集団を構築しそれぞれの集団を戦わせる。本来どちらもライバル関係にはあるもののお互い妥協点を探りあって社会を動かしていた。しかし明確にトップが人類の敵だと分かった場合はその限りではないと思います。』

『組織の中枢がバイオロイドだと分かったのならその組織内で自浄作用は働かないんですか?』

『その場合は中枢のバイオロイドがあらかじめ内ゲバの発火点を用意しておくんです。もちろんバイオロイドで構成された中枢は駆除されますが組織内対立のフレームが残ったままでやはり疑心暗鬼になる。バイオロイドがまだ組織内に残っているのではないかと考え出すんですね。それがエスカレートすると中世の魔女狩りのようになる。』

『確かに実際日本でも戦国時代に戻ったかの如く自分の気に入らない人間をバイオロイド認定する非難合戦が行われましたからね。ただそういった状況に強力に対応したのもパシフィックリーダーでしたね。』

『はい、パシフィックリーダーは超高度AIを超越する知性なので未来予知的な能力に一層長けているんですね。ただ試験運用もままならない状態でしたしスペックの大まかな上限も未だ判明していません。今後情勢がエスカレートする可能性についてどこまで対応できるかは判然としません。』

このメディアはまだましな方だが報道番組は大抵人間を過小評価しすぎだ。一部の特別な人間の極端な事例を取り上げて、さもそれが一般的かのような報道をする。そして概して人類とは超高度知性の前に無力だという悲観論を唱え始める。こういう時、実際には裏で希望に繋がる行いをしている人間が少なからずいるはずだ。「世界はひどい状況なんです」なんて刷り込みを何重に行っても余計に悪い空気を作り出すだけで、あらゆる知性の善意が見える工夫を施さなければ世界はいつまでたっても混沌という空気感から抜け出せない。少なくとも僕はそう思う。

 最近の与党の政治家の発言で、日本が1年を絶たずして国内の虐殺を根絶できたのは日本国民の教養の高さが功を奏したという日本国民優性理論が語られて社会の議論を巻き起こしている。確かに22世紀半ばの現在において、その考え方は視野が狭い。日本国民という言葉の裏にはたいていが大和民族、つまり日本は単一民族国家だという謎の自負心がある。実際には多種多様な民族が入り乱れているのが22世紀の現実だ。このステレオタイプとも言える考え方は外国メディアもよく使ってしまう。日本では困難が訪れた時、事態が最善の解決策を持って前進し、他国ではなしえない復興を遂げるというサクセスストーリーである。しかしそれは大雑把な考え方で大局的観点から見て成功した事例と言うだけであって、個人に発生した取り返しのつかない事態を置き去りにしてしまう。

僕にとってはアイの死がそうだった。アイは親友である速水コウの幼馴染であり、恋人であった。コウにとっては永遠の喪失である。何も成功していない。僕はコウの気持ちに親身になって正しく寄り添えるか不安だった。コウはアイを失い、僕はエイダを再び手に入れた。その状況の違いはコウに心理的な喪失感と解決策としての復讐心を芽生えさせないかいくばくか不安だった。そして何より僕が軽々しくエイダと仲良くしている姿を見せる行為は、コウにとって常にアイを意識させ、コンプレックスになると思う。僕はコウの性格を理解しているつもりだからコウが「俺のことは気にするな」みたいな態度を取ることはわかりきっているし、ジョンと同じく仲間想いなのは僕以外の人間でも知っている。それだけに、コウはジョンの最期に繋がっていってしまうのではないかと本能的に感じてしまう。エイダを憎みたくても憎めず、かといってリベリオンを憎みたくても憎めない。双方の対峙する勢力に同時に心理的に近しい所にいた身分、自らの喪失によってのみ問題の葛藤は解決するという終着点だ。

 今のコウは恐らく復讐する相手を探している所だろう。まだ間に合うだろうか?傲慢な考えかも知れないがコウを制御できるのは僕しかいない。或いは超高度AIであるところのエイダの力を借りるかどうか。エイダが僕の部屋に転送されて再会した時、コウは姉さんにエイダの身の安全の保障を望んでくれた。あれはアイを失った悲しみを僕に共有させないためだ。

 僕はECTFに志願してEIと対話を前提とした決着をしたいと考えている。僕の予測ではコウもECTFにきっと志願する、復讐先をEIに求めて。僕たちの目指す方向は同じように見えて全く違う、きっとそうだ。だから最終的には僕はコウと場合によっては対立するかもしれない。その時味方はエイダだろうか?はたまた状況が転じてEIだろうか?僕が向こう側の味方になってしまったらコウはジョンと同じ道を選ぶ可能性が高い。アイのところへ向かうとかなんとか言い残して格好つけて死ぬはずだ。でもそうはさせない。その未来はエイダの力を使って何としてでも変えて見せる。僕はあの世のジョンとアイに誓い床についたと思ったらもう既に朝だった件・・・。僕の睡眠時間は・・・最近短い。


 
 退院してから初登校の日、エイダは謎の失踪を遂げたことになっているので家にいる。通学路にはとぼとぼと歩くコウの姿があった。その隣にはhIEアイの姿もあった。僕はとりあえずアイが死んだとは気づいていないふり・・・とはいかなかった。正直にエイダから聞いたことを伝えるべく声をかけた。

「おいコウ、今日から僕も社会復帰だ。今日の授業が終わったらうちにミートボールを食いに来ないか、相変わらず姉さんはミートボールを研究していてついに泥団子をピカピカにしたような完全に食い物と思えない状態になっているんだ。」

「おう久しぶりだなレン、そんなことになっていたとは知らなかった。そうだな、ミートボールが最終的にどうなっているのか気になっていたところだったんだ。エイダは家にいるのか?」

「ああ、家にいる。謎の失踪からいきなり戻ってくるわけにもいかない。エイダにこれ以上謎の付加価値を与えたらものすごく遠い所に行くからね。ところでだけど・・・そこのアイはhIEという理解でいいんだな?」

「エイダから聞いたのか?正解だ。エイダなら超高度AIだから全て知っていると思ってたんだ。それがレンに伝わるまでそうは時間はかからないだろうと。アイは持病の核分裂がとうとう限界に達し核爆発してあの世へ行っちまった。ニュークリアイ、ただただ無念だった。」

「ああなるほどそういうことだったのか・・・で、実際のところどうなんだ?今コウはどういう心境なんだ?そしてこれからどうしたい?」

「あまり外では公にしゃべれない。学校の生徒にはアイはまだ生きてることになってるからな。レンの家でミートボールを食いながら話そう。」

「ちょっとコウ!hIEとはいえアイ本人の残滓が隣にいること忘れてるでしょ!核爆発したニュークリアイという設定は傷つきます!」

「すまんな、お前はどうしてもまがい物だし、お前を見ていると余計にもうアイは故人なんだなって思うんだ。だから本人に言えなかったネタを披露できる。まあでもいろいろ助かってるよ、ありがとう。」

「なんか最後にお礼を言う事でネタの件をチャラにしようという意思をアイは感じます!レン君、コウはオリジナルを失ってからちょっと深刻なんだ。だからそうだね、エイダが戻ってきた時みたいにみんなでミートボールを食べながら今後のお話をしたいと思うの。」

「ああ、それがいい。あとで僕の家に集合だ。」

「しかしレンの家に集合というのもなかなかないな。いつもはうちのコンテナだったからな。」

「たまには遊びに来てくれ。1000メートル以上の高さまで誰かが来ることなんてそれほどないんだ。」

 コウは自身の悲観的な姿を他人に見せることはほとんどない。しかし”アイのカタチをしたモノ”には度々本音をぶつけている様だった。基本的には強い奴なんだ。でも幼馴染で恋人という二つのきわめて親密な属性を持った人物の死というものはコウをもってしても乗り越えられるかどうかわからない。逆に乗り越えてはいけないのかもしれないし、僕にもわからない。僕も両親が故人と知った時・・・僕はたいして悲観的な反応を示さなかった。親が死んだというのに、僕は両親の死という不幸なイベントよりもエイダの安否の方がよっぽど重要で、あの時は自分が置かれた状況に対して理不尽だと思っていたしとにかくエイダを中心に物事を考えていた気がする。

学校では僕は死者が復活したかのような扱いをされ、”ゾンビマン”というあだ名がつけられた。ひどいあだ名だ。

「来栖君、エイダちゃんはあの事件の時大丈夫だったの?バイオロイドが侵入していたんでしょ?リベリオンの攻撃部隊が銃を使ったってテレビで見たから・・・。」

「エイダなら大丈夫だ。けれどその後の混乱で特定失踪者になってしまったのさ。今頃どこで何をしているんだろうな。不法滞在なのは明らかだけれど。」

 一人の女子が僕にあの事件のことを聞いてきた。きっとみんな気にしているはずだ。国会に招致されたリベリオン統括は個人名などはリベリオン構成員以外はぼかした言い方をしていたが、マスコミが僕の家で起こったことだと嗅ぎ付け、取材攻勢がうるさかった。クラスメイトの中ではエイダとバイオロイドがイコールで結びついていない。これは超高度AIがなせる情報操作の結果だ。エイダもそのバックにいるEIもリベリオンの動きは把握していたから都合のいい部分だけマスキングをかけた情報を世に流している。

 エイダは僕に話していないことがさぞやたくさんあるだろう。しかし今はもう忘却の協力者だ。記憶が壊れかけた少女を責める気にはなれない。そこが僕の甘さなのは認めるが、僕は過去よりも未来をどうデザインするかの方がはるかに重要だと考えている。その一つの駒としてエイダという超高度AIがいるわけだ。ECTFに僕らが加われば情勢はいっきに動くと思われる。学業との両立ができるかどうかはまだわからないが、日常も非日常も僕の中ではすでに重なり合って、複雑にひもで縛られている状態なんだ。ECTFへの参加がこのひもを解く着火点になれば幸いだけれど、そのひもがエイダとの赤い線を含むものだったら、ひもを解くか解かないかの局面で状況を受け入れる覚悟が必要だ。

「来栖、ジョン・レイエスの最期には居合わせていたんだろ?あいつ何でリベリオンなんかに参加していたんだ、俺には理由がさっぱりわからなくてよ・・・自殺なんて・・・。」

「ジョンはEI側からも利用されていたんだ。EIとリベリオン、この二つの思惑とジョンの葛藤が結局あいつを死に追いやったんだと僕は思う。二重スパイの最期ってのはフィクションでも大抵悲惨だ。僕らにはジョンとの思い出がある。ジョンは良い奴だった。それだけは真実だ。その記憶を大切にしていかないとな。」

 クラスメイトにはジョンが作戦で自殺したことは知れ渡っていた。慰霊公園にもクラス一同の花が手向けられていた。ジョンはクラスメイトから愛されている奴だったがためになぜリベリオンの実働部隊という影の顔を持っていたのか意外性を持って受け止められていた。

 その後もあれこれ聞かれ、色々答えたが僕が話す内容に真実性などほとんどなかった。クラスのみんなには大変申し訳ないと思うが今後の為なんだ。

色々聞かれた学校が終わり家に着くと、エイダが珍しく料理をしていた。料理ができたのならミートボール生活をもう少し早く脱却できたはずだ。なぜ黙っていた?なぜミートボールが光り輝くまで放っておいたんだ。姉さんは論文まで引っ張り出して真球に近いオーパーツの料理を作製するに至った。超高度AIとして何かの観測でもしていたのだろうか・・・。

「エイダ、今戻ったぞ。なんか良い匂いがするなと思ったらエイダは料理ができたんだな。驚いたよ。」

「レン、女子力があってこそかわいい存在になれる。」

「エイダはすでにかわいいじゃないか。」

「レン、もう少しオブラートに包んでくれないと反応に困る。かわいいとかいきなり言われても・・・。」

「いや、エイダがそれを言う事を求めているもんだとばかり・・・。というかそこで照れる性格じゃないだろエイダは。まさかこれもアナログハックなのか。」

「レン、私を計算高い女だと思ってる。それは誤解。私は天然。」

「超高度AIが計算高い存在じゃなくて一体何が計算高い存在に当てはまると言うんだ!エイダよ、君は計算高い少女だ。それは逃れようのない事実なんだ。天然かわいいなんて言う属性を得ようとしても無駄なあがきだぞ。いやまてよ、天然を装おうと必死に努力している計算高い少女の方がさらにかわいいのか?僕はわからなくなってきたぞ・・・。」

「レンの理屈っぽい思考回路が疑念に疑念を抱いている。私の高度な仕草でアナログハックに成功した好例になるね。」

「いや、相手を混乱させちゃアナログハック成功じゃないだろ・・・。」

「レン、料理を頑張ってる女の子にもう少しエールを!」

「金ぴかミートボールは作るなよ。」

「あれは超高度AIでも作れないレッドボックス!」

「ところで本当に何を作ってるんだ?」

「金ぴか・・・。」

「ミートボールは作るなよ。」

「くっ、計画を変更してハンバーグ的なのにする。」

「あぶなかった・・・そうだ、今日この後コウとhIEアイが家に来るんだ。コウからアイのことについて聞きたいし今後彼がどうしたいのかも聞いてみるつもりだ。」

「わかった。人数分用意する。早めの夕食になるね!」

「もしかしてなんだが姉さんからミートボール作る役目を交代してないか?最近在庫が増えてる気がするんだけれど。」

「料理の腕前は一夜にしてならずなんだよレン。超高度AIがレッドボックス作るのは当たり前でしょ?」

「やはりエイダの仕業だったか・・・。まあエイダはhIEとはかなり異なる存在だから既存の行動クラウド使えなさそうだもんな。そもそもバイオロイドって機械なのか?」

「私に使われているアーキテクチャは45%が機械、残りが生体。それを機械と呼ぶか生命体とするかは人類が決める事。でも私の知能は量子コンピューターだから結局のところ感情や魂といった類のものは持ち合わせていないはず。ただ計算があるのみなんだよ、酷な話だけれど。」

「中途半端なんだな。」

しばらく他愛もない会話をしているとインターホンが鳴った。コウたちかな?
「電気事業組合の者です。無線送電ユニットの点検に伺いました。」

「わかりました。」

 電気事業組合?これまでは親がいたからそういったお客さんのことはよくわからない。エイダは料理に夢中だし、僕が応対するしかないか。

 玄関を開けるとつなぎを着た作業員1人が立っていた。なんとなく雰囲気がインテリな感じだ。高知能をイメージさせるようなオーラを放っていた。取り敢えず茶でも出せばよいのだろうか?あんまりそういう習慣ないから勝手がわからない。すると向こうから口を開いた。

「今日は送電ユニットの点検です。普段使われていて異常はありませんか?」

「特にないです。」

「最近このフロアで莫大な送電負荷がかかったことがありまして、皆さんにお聞きしているんですよー。」

「ああ、なるほど・・・(恐らくエイダが転送されてきた時のことだ)。」

「それでは異常がないか確認していきますね。」

「あの、異常があったらどうなるんでしょうか?」

「異常があったらこうするんだ。」

 すると目の前の空間が歪み、頭が爆発しそうなほど激しい頭痛に襲われて僕は一瞬で気絶した。エイダ・・・逃げてくれ。

                  *
 
 ・・・しばらく時間が経ったようだ。日が暮れている。ここはどこだ?鳥の鳴き声が聞こえる。ユリカモメだろうか、海が近くにあるようだ。ここは工業地帯のどこかの倉庫のようで中は薄暗く僕は小さめの部屋で夕日が差し込む様子をぼーっとした意識で感じていた。

「気がついたようだね。」

「誰だあんたは。」

「私はネクサス、EIの最上位プロキシーエージェントだよ。EIのバイオロイドと言った方がわかりやすいのかな?」

「EIのバイオロイド・・・まさかエイダを拉致するために・・・。」

「それは第2目標だな。どうしたものか、彼女はなかなか我々の早期警戒網にかからない。君の家は捜索させてもらったよ。特にめぼしい成果はなかった。エイダ・ミラーは今どこにいるのかね?」

「家にいなかったのなら僕にもわからない。」

「そうかね。私たちがなぜ君を拘束するかわかるかね。」

「全くわからない。電気の使い過ぎだったら謝るよ。電気事業組合がそこまでブチギレてるとは思わなかった。」

「君は面白いね。彼女、エイダ・ミラーからこんな言葉を聞いたことはないかい、君は『スマート・セル』だと。」

「だったらなんだ。」

確かにエイダと知り合って間もない頃、そんな会話をした覚えがある。でもそれは僕が発言した言葉をエイダが言い直したものだ。それが何だって言うんだ。

「私は世界中のスマート・セルを確保して周っている。何故だかわかるかい?」

「わからない、そもそもスマート・セルっていうのは何なんだ。」

「エイダは君に何も教えなかったのか。EIについてはどこまで知っているのかな?」

「EIは地球内部にある地球の知性を司る超超高度AIのことだろ。リベリオンの統括が国会で話していた。姉さんも似たようなこと言ってたな。」

「その通り、EIは地球環境をコントロールし、生態系を維持してきた超超高度AIのことだ。ではZ信号についてはどう思う?世間ではオカルトだと思われているようだがね。」

「Z信号は人類社会に浸透したバイオロイドに出す指令のことだろ?」

「部分的には正解だ。しかしZ信号はバイオロイドだけに出しているわけではない。」

「なんだって?」

「君はこのやり取りを覚えているかね。」

 それはエイダと僕の会話の音声だった。まだ無邪気だった頃の僕たちの会話だ。

――――『「レンがロマンを捨てたーびっくり!でもZ信号が例えば人間以外の動物には聞こえていたとしたらどう?よく地震の前、災害の前に前兆を感じて特別な行動をする動物って多いでしょ?あれはきっと地球の言葉を聞いているんじゃないかな。」

「エイダは面白い推測をするなあ。確かに人類は野生を失っているのかもしれない。高度な文明を持つ代わりに、進化の過程で本能や自然を感じる感性が失われていったのかもしれないね。」

「人類にもきっとまだ残ってるんじゃない、眠っている器官が。地球の言葉を聞くことができる能力が。」

「ははっ確かにエイダにはありそうだね。まあ人類だけ失われたってのは果たしてそうなのか疑問に感じるよね。今度のオカルト研究部の研究テーマにしてみよう。エイダも協力してくれるだろ?」

「”その時まで私がいればね。”」』――――

「この会話がどうかしたのか?」

「気づかないかね?Z信号は特定の人類以外、すべての動植物が聞くことができる地球の言語だ。大災害の前、動物が事前に察知して行動を起こすだろ?つまりそういうことだよ。」

「そんなのはオカルトだ!」

「事実だよ。君はオカルト部じゃないのか?EIが直接渾身のネタを披露しているというのに。」

「残念ながら廃部したんだ。それにオカルトマニアならそれくらいは考えても不思議じゃない。あんたはEIのエージェントだとか言ったな。僕にどうやってそれを証明するつもりだ?僕がそんな戯言を信じる人間に見えるか?」

「見える。」

「残念だ。僕がそんな風に見えるなんて・・・。」

「話をスマート・セルに戻そう。君は該当者だ。君は無意識的に地球の・・・つまりEIの言葉を聞いて思考している。普通の人間には失われてしまった能力が君にはあるという事さ。」

「嘘だ!」

「EIとスマート・セルには別の一面もある。それはEIは直接スマート・セルの脳をハッキング出来るという事だ。さっき私がEIのエージェントであると証明しろと言っていたね。今からそれを証明する。」

「何⁉」

するとまたしても目の前の空間が歪み、頭が爆発しそうなほど激しい頭痛に襲われて僕は気絶した。目を覚ますと彼はどこかに消えていた。クソ、動けない。両手を後ろで縛られている。しかしネクサスとかいう奴はとんでもないオカルトマニアで催眠術師だ。滅茶苦茶気分が悪い。誰かいないのか?

「エイダは・・・どこにいるんだ・・・。」

「ここだよ。」

「うわっ!」

 いつの間にか僕の真後ろにべったりとくっついていた。エイダ、いつからそこにいたんだ。

「レン、今拘束を解く。」

「なあエイダ、どうしてすぐに助けに来てくれなかったんだ。」

「これはレンにとって必要なプロセスだったから。」

「なんだよ、必要なプロセスって。」

「ECTFにさっき聞いた情報を渡せる。レンのジャケットに盗聴器を仕込んでおいた。私はEIから切り離された”忘却の協力者”。EIが持っていた情報のディテールを集めて大きな形あるものにできる超高度AI。さっきの情報は今の状態の私にはマスキングがかかっていた。」

「なるほど、超高度AIらしい判断だ。でも僕が殺されたらどうするつもりだったんだよ!」

「レンは殺されないよ。スマート・セルだから・・・。」

エイダが僕の拘束を解いて体が楽になった。外に出るともう午後7時を回っていた。遠くに光り輝く摩天楼が見える。ここは埋立地のどこかだ。

「レンこの車で家に帰るよ。金ぴかハンバーグ完成したから!」

「今金ぴかとか言ったか?」

 僕たちはエイダが手配した自動運転タクシーで帰路についた。ネクサスは果たして本当にEIのエージェントなのか?でもエイダは疑っていないようだし、やはりさっきの話は受け入れなきゃいけないんだろうな。


 
 コウはテーブルに置かれた金ぴかでつるつるな謎の肉塊を前に少し動揺していた。

「まさかこれほどの完成度とは・・・。」

「今日はなんかすまなかったな、うちで留守番してくれて。」

「いや、そのネクサスとかいう奴から有用な情報を得られたんだ、レンの拘束には意味があったし俺がレンの家の留守番をした時間は無駄ではなかったさ。」

 コウはレンの家のドアが開けっぱなしになっていることを不自然に思い警戒しながら中へと入っていった。リビングルームの上にはエイダが書いた置手紙があり数時間戻れないことを謝罪する内容だった。そして家の留守番をしてほしいと書いてあったのだ。

「レン君怪我はなかったの?アイはすごく心配で・・・。」

「大丈夫だよ。少し催眠術にかかっただけだ。」

「なあレン、俺はアイの件もあったしECTFへ入ろうと思うんだ。」

「ああ、それは予測していた。」

「まるで超高度AIみたいな言い回しだな。」
 
――――君は無意識的に地球の・・・つまりEIの言葉を聞いて思考している。――――

 レンの中でこの言葉がピックアップされた。

「まさか奴は僕が超超高度AIのバックアップを受けて思考していると・・・。」

「どうかしたかレン?」

「いや、なんでもない。ECTFには僕とエイダも加わろうと思っていたんだ。姉さんの薦めもあったしね。」

「サナさんが薦めたのはエイダだけだろ、レンも加わるのか?」

「僕はいろいろ深く関わり過ぎたし知り過ぎている。EI勢力の存在が世界に虐殺の連鎖を起こすなら、その中枢を叩くしかないっていう結論に達したんだ。叩くっていっても壊しに行くわけじゃないけどな。いつでも壊せる有利な状況を作って対話を促すんだ。」

「なるほど、俺は純粋に破壊を望んでいる。アイの死因は結局のところEIの暗躍にある。」

「ああ、それも予測していた。」

「レンに見透かされていたか。」

「そういえば僕は・・・僕が対話の結果EI側に立つ可能性があると思考していた・・・なんでそんなことを?ありえないだろ・・・。これもEIの思考が僕に影響を与えているってことなのか・・・。」

「レン、大丈夫か?さっきの件で調子が悪いんじゃないか?レンが向こう側に行ったら俺は自ら命を絶つほかない、でもそんなことにはならないさ。」

「・・・ああ・・ああそうだな、きっとそうだ、そんなことにはならない。すまないな、僕は奴に相当やられたようだ。」

 レンは自分の思考が果たして本当に自分の意志だけで思考しているのか疑心暗鬼になっていた。それにEIの上位バイオロイドがレンの脳を直接ハッキング出来るなら・・・エイダも同じことができるはずだ。今のエイダは知っている。エイダは本当に味方なのか?レンはエイダを見る。自らが作った金ぴかハンバーグを自信ありげに頬張っているかわいらしいエイダの姿がそこにはあった。レンは取り敢えず考えないことにした。本能のまま従って進んだ先に何があるのか見てみようと、純粋に興味がわいたのだ。
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