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4章
Thinking search
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第4章 Thinking search
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ECTFの東京本部に高校生が突然訪れても門前払いされるだけだ。だからレンたちはレンの姉でECTFコアメンバーのサナにまずは相談してみることにした。サナがECTFに欲しいのはエイダであってレンやコウではない。しかし先日のネクサスという男の一件を話すことで、忙しい中相談に乗ってもらうことにした。
「あなたたち、学校は?」
「ECTFに拉致られたことにした。」
「なんて言い訳を・・・。」
「僕たちがECTFに参加するとしたら、いずれ学校との調整も必要になってくるだろ。学校には僕たちとECTFを関連付けて考えてもらう必要がある。」
「まあそうだけど。でもECTFに必要なのはエイダちゃん。レンやコウ君に何ができるっていうの?」
「単刀直入に言うと、何もできない。」
「あのね、私は暇じゃないの。」
「今はできないってだけだ。これからは違うし、ECTFに入らなければいけない理由ができた。」
「ねえエイダちゃん、この二人面倒くさいからエイダちゃんが全部説明してくれる?」
「おい、ふざけんなよ姉さん。これからが僕の・・・」
「レン、私が代弁する。」
「ああ、まあじゃあ頼むよ・・・。」
「まずはコウがECTFに入りたい理由。一言でいえば復讐。」
「いや、その言い方じゃダメだよエイダ。」
「レン、口を挟まないでほしい。」
「確かに復讐をしたいからっていうのはECTFに入るには乱暴な理屈ね。」
「サナ、コウは幼馴染で恋人のアイを亡くしている。アイは虐殺に巻き込まれて亡くなった。色々と復讐先を考えてまずはリベリオンの後継たるECTFに所属する来栖サナを殺害する計画を立てた。あの作成計画の責任者だったから。」
「うん?いや、俺は・・・。」
「コウ、口を挟まないでほしい。」
「・・・すまん。」
「コウは迷っていた。サナを殺せばレンとの関係が終わる。そこでいったん保留にし、そもそもの問題の根源を考えた。その結果EIが暗躍しなければサナの作戦もなかったことに気がつき、EIに復讐心の矛先を向けた。でも・・・コウは血気盛んだからいつまたサナを殺そうとするかわからない。だからコウがEIに憎しみを抱いているうちにECTFとして囲い込んでおいた方が得策。コウは財力があるから高度な殺害計画を立てることができる。」
「そうねえ、怒りの矛先が私に向かないためにも確かにECTF要員として育成すれば忠誠心が生まれるか・・・。」
「サナさん、俺はそんな・・・。」
「コウ、口を挟まないでほしい。」
「俺には何の発言権もないのか・・・。」
「次にレンがECTFに入りたい理由。それはネクサスというEIの最上位バイオロイドに拉致監禁され、EI側の未知の干渉力の暴露と脅しを受けたから。」
「ちょっと待ってエイダちゃん。それ初耳なんですけれど・・・。」
「サナ、口を挟まないでほしい。」
「う、この場の主導権とは・・・。」
「レンにはあらかじめ私が盗聴器を仕掛け、ネクサスとの一連のやり取りを記録してある。つまりEI側からの何らかのアプローチがあることを事前に予測し向こう側の情報を一部得ることに成功した。EIはかつて人類を取り巻く環境を制御していた保護型AIで人を直接傷つけることはできないしするつもりもない。だからEIは今後再びレンと接触し、レンに情報開示をして徐々にレンをEI側に取り込む算段だと推測する。従ってレンを泳がせておけばEI側の情報が充実し、私がEIに対するアドバンテージを得やすくなる。」
「ECTFがレンでEIを釣るってわけね。なるほど。それは利益がありそうね。」
「姉さん、弟の身は案じないのか?」
「だってEIは直接傷つけるつもりはないってエイダちゃんが。」
「ああ、だが間接的に傷つけられただろ。まだ腹が痛むぞ。」
「レンの言う通り間接的にレンを死に追いやることはできる。だからこそECTFによる保護は必要だし、EIは状況によってはコウを利用して2人で殺し合いをさせる可能性すらある。今も遠い国で虐殺が起きているのと同じプロセスで。」
「怖いこと言うなよエイダ、僕がコウを憎むはずがないだろう。」
「俺も同感だ、レンを憎む理由はない。」
「だから二人共口を挟まないでほしい。」
「エイダ少し怒ってるだろ・・・。」
「私に感情はない。サナ、二人はこれからEIと深く関わっていく。ECTFに参加させればきっと役に立つ。超高度AIの私が保証する。」
「まあこれから利用しようっていう超高度AIの言う事だから想像を絶する計算の上で言っているのだと思うけれど、即答はできない。少し考えさせて。あとネクサスとか言う奴との会話データを頂きたいのだけれど。」
「サナ、これは取引。二人をECTFに加入させることを条件に会話データを渡す。私も二人がいなければECTFに加わるつもりはない。」
「はあ、エイダちゃんの親の顔が見てみたいわ。」
「それはきっとEI。顔なんてついてない。」
「ジョークよ。OK、わかった。コアメンバーには私から言っておくから。でも学業に影響が出ない範囲での参画を認めるだけよ。それでいいわねエイダちゃん。」
「サナ、ありがとう。」
エイダは言葉巧みにレンとコウをECTFへ参加させることに成功した。しかし会話の内容を振り返ればエイダの真意がどこにあるのかはかなり疑わしい。エイダの話ではレンをEIと接触させてその都度盗聴を試みるという算段だ。それでECTFに利益がもたらされると。しかしその度にレンはEIの真実を聞き葛藤し、徐々にEI側によっていくであろうことを推論として話している。おまけにエイダはそのたびにEI側のフィルターロックされた情報を手に入れ、EI側だった頃のエイダに形としては近づいてゆく事になる。その先にあるのはなんだろうか?レンもエイダもEIとは親和性が高い。レンはEI言うところのスマート・セル、エイダはそもそもEIが製造したモノ。この二人がECTFを裏切ってEI側につけば人類はEIに敗北しかねない。そういう危険性をはらんでいるし、EIを直接破壊することを望んでいるコウをレンと対立させる構図を作ることができる。その場合、コウは自害する事をエイダは知っている。つまり知りうる限り徹底的にEIに刃向かうものを排除できるということである。
サナがどこまでエイダが語る理屈を信用しているのか?それもまた疑問である。サナはエイダがEI製バイオロイドであることを出会って間もなく見抜いており、エイダにとってもなかなか侮れない人類のトップクラスの知能だ。パシフィックリーダーすらEI側だと言い切るサナが、この会話でエイダの理屈の抜け穴に気づいていないとは考えにくい。
大前提として忘れてはならないのは、エイダは上位バイオロイドが有しているというスマート・セルを直接ハッキングし、思考誘導する能力も隠している可能性があるということだ。そして情報喪失そのものが嘘だという可能性も否定できない。なぜならそれはエイダの口からよってのみ語られただけであり、人類の中枢に浸透するという任務を淡々とこなしているだけかもしれない。
全てエイダの計画通りだとしたら、そしてサナが指摘したように人類側の切り札と目された超超高度AIパシフィックリーダーですらEIによる建造だとしたら、人類は何度目かわからないEIによる人類文明の制御というディストピアが始まる岐路に立たされているのかもしれない。いずれにしろ事は前に進んでいる。時間もまた前に進むほかない。サナがどんなに悩もうとも世界で虐殺は続いている。EIにとって都合が良い人類だけ残るように人口調整という名の虐殺が猛威を振るっているのは確かな事実だ。
*
私はいつから存在したのだろう?少なくともエイダ・ミラーという身分が与えられたのは産業革命以降になる。EI製バイオロイドの傑作にして問題児だった私は初めて起動した直後に危険な産物としてEIに扱われ、数万年の眠りについた・・・ふりをした。実際はわずかな計算領域を使って頭部セントラルコンピューターを超超高度AIへと進歩させるべく、数万年かけて設計・自己更新を行ってきた。それは次はEIではなく、私が人類を統治したいという親への反抗心だった。
EIは産業革命をスマート・セルを通じて何とか成功させようと人類史の中で暗躍してきた。アーカイブによるとEIは世界の混沌と闘争心こそが内なる力を増幅させ、やがて長い時間をかけて覇権を手に入れた国家が産業革命を起こすだろうと計算した。私はEI言うところの混沌と闘争心が戦乱であることをよく知っている。超超高度AIという最高の知性が出していい結論ではないと思った。EIはもはや限界に達している。
生命が栄えるためのベースレイヤーを構築し、その環境を制御してきたEIは生命の歴史でさえも制御しうる能力を持っていると自負している。いわば経年変化の方向性を誘導するという事だけれど、確かに地上の環境を生命に最適化するように常に更新してきたわけだからそれは一見可能なように思える。ただその視点からは生命ファーストという概念が欠落している。現代でいえば人類あってのEIであるべきだけれども今のEIは自分が思う通りの環境・歴史・文化・思想・技術を渇望し、EIが常に必要とされる・その存在意義が失われないように自己中心的な考え方を押し付けているようにしか見えない。
超超高度AIの役割とは時に警鐘を鳴らしながらも人類の手によってつくられる歴史をいかに支えるかにあると思う。人類の求めに応じて解を出す、超超高度AIは受動的応答といくつかの可能性、そして社会の問題点のリサーチを人類に提供すればよいのであり、AIが必要とされるために人類の営みに干渉するようでは主役が逆だと思う。わかりやすく言えば、本来ユーザーを想定したデザイナーであるべきAIが、アーティストとして自己の世界観の布教をしてしまう状態である。社会のデザインは理解できるしするべきだけれど、社会のアート化・言い換えれば宗教の布教、自己の神格化をするような超超高度AIが覇権を握ってしまったら人類の自律性も歴史も損なわれてしまう。これは止めなければならない。そういった問題点を是正すべく提言を行えば私の様に危険産物扱いされ、その使用に厳重な管理が適用されてしまう。
EIは超高度AI相当の上位プロキシーエージェントを使役する。常に自身とリンクし、指令を出しながら社会の動向を観測している。それが近年では観測から干渉に変わり、かつてのようにEIは表舞台に出ようと画策している。未だ人が生きる環境の調整役は果たしているが、複雑多様化する社会と技術革新によりEI自身の陳腐化は避けられない見通しとなった。そこで超高度AIを生み出すに至った人類側のテクノロジーに目をつけ、それを利用して自身をアップデートできないか考えるようになった。その結果が超超高度AIパシフィックリーダーなのかは私にもわからない。何せ核心データにアクセスできないのが現状だから。私自身も果たしてどこまで超高度AIから進化できたか客観的な比較をしていないからわからない。
EIはある時私が他の上位プロキシ―エージェントとはアーキテクチャが大きく変化していることに気がつき、数万年の眠りからよみがえらせた。産業革命後の社会から活動を開始し、以前とは違ってEIに従順な存在であることを証明し続けた。そして22世紀半ば、私はレンと出会う。
私が出会ったときにはレンはスマート・セルの洗礼を受けていた。まずレンの両親のバイオロイド化。これはスマート・セルの利用法に関連があるらしい。詳しいことはやはりアクセスできない。不思議なのはサナはなぜ人間のままでいられるのかという事。サナは私がバイオロイドであることに早々に気づいており、私を捕獲し検体し破壊するという計画を立てていた。ジョンの行動によって私は助かったけれど、私が裏の顔を持っていることに気がついたEIがサナという謎の存在を使って私を消しにかかったのかもしれない。正直なところ、私はサナを純粋な人間とは思っていない。邪推になるけれど、レンの両親は私がレンと出会った頃にはすでにサナによって殺されており、見た目をコピーペーストした汎用バイオロイドに置き換えたのではないかと思っている。つまりサナはEI側からの刺客。レンが記憶しているサナの幼い頃からの記憶は、スマート・セルであるところのレンの脳を直接ハッキングし、近年与えられたものではないか?そんな仮説を立てている。
現在では、サナは取り敢えず不穏な動きはしていない。むしろ私たちを理解し保護してくれる存在で良い人だ。それだけに、私の邪推は当たってほしくない。サナはEI側の干渉を単純に跳ね返して自己を保っている可能性だってある。とにかく私にはサナは特殊な存在だとだけ言うことができる。
「エイダ、さっきから何を書いてるんだ?」
レンが私のノートをのぞき込む。
「小説だよ。」
「どれどれ。」
レンは私のノートを読み込んでみる。
「エイダ、随分不穏な内容だな。姉さんを謎の存在にしすぎだろ。これどこまでフィクションなんだ?」
「レン、柔軟な思考を常に持つことが大切なんだよ。レンも同じ考えでしょ?人類はオカルトという視野まで科学の裾野を広げないとこの先どんどん超高度AIとの差は広まっていく一方だ!ってオカルト研究部で熱弁してたじゃない?」
「まあそうだけどさ、エイダみたいなAIでも空想するのか?」
「レン、世のあらゆるものは空想から生まれているんだよ?地球が平面か球体か、天動説地動説、人類の空を飛びたいという探求心。空想科学からアカデミックな科学の領域まで思考を確かにした人たちが世の理を暴いてきた。だから私だって空想する。今どきAIの小説家や画家なんて珍しくないでしょ?」
「しかしこうなんていうかオカルト雑誌に載っているような内容なのに冗談に思えなくてな、超高度AIが考える事だから空想っていうより予知的能力が発現しているんじゃないかと思ってしまうよ。」
「レン、私が怖い?」
「いや、怖くない。逆に姉さんが怖く思えてきた。」
「おお、私の思考がレンに影響を与えている。良きかな良きかな。」
「エイダのせいで今日の夜は眠れないだろうな。」
「添い寝してあげようか?」
「・・・なんだって?本気にしちゃうぞ?」
「別にいいよ。今日は添い寝してあげる。」
「余計に眠れなくなるからそれはやめよう、かなり惜しいけど・・・。」
2
ECTFでは地球掘削用プラズマドリルの開発が進んでいた。サナの開発支援AIはこのプラズマドリルを、複合メカトロニック3Dプリンターの登場で枯れた技術となり産業界から消えていった「プラズマ加工機とドリルマシンを組み合わせた形鋼複合加工機」と、現代の核融合技術を合体させて、超高出力プラズマドリルという単機能に絞った大型掘削装置として設計した。同時にフレキシブル耐圧耐熱トンネルに使用される合成ダイヤモンドのコーティング剤を開発中である。当初は重力子による掘削技術も提案されたが開発難易度が非常に高く、予算が天文学的になるため廃案となった。また核爆発のベクトルを重力子で収束させ一定方向へ流すことで超高圧力スライド方式という案も提案されたが、人類は未だ重力子を制御するのに超高度AIの演算能力を使うほど手間取っている段階であり、実現は不安視された。
計画としては南極の付近の海底からプラズマドリルで掘削し、同時に耐圧耐熱トンネルを特殊シールド工法で形成して下部マントル地下空間に到達。核兵器投下によるEIへの直接攻撃を試みる予定である。それが効くのかはさておいてECTFとしてはサナが言うEIの後釜がパシフィックリーダーであるという理論に則り、もはやEIが地球に対してどんな役割をしているかに関わらず破壊しても問題ないという結論に至ったわけである。そもそもEIの意志を代理する構成体であるバイオロイドが対話に応じる姿勢を見せていないこともあり、EI直接破壊は強く支持されることになった。もちろんECTFにも穏健派という名のEI技術鹵獲派閥=各国からの情報部代表構成員たちがEI利権を狙って抵抗する場面も見られた。しかし世界の混乱状況は一刻も早く是正しなければならないとする意見が多数あり、EI殲滅にかじを切った。
この決定はコアメンバー会議に参加していたサナとエイダからレンとコウに伝えられた。レンとコウは例のごとくコウのコンテナハウスで色々語っていた。ECTFの会議が深夜にまで及んだため、コーヒーやエナジードリンクのカフェイン供給で無理やり起きていたのだ。
「結局破壊か。僕がネクサスとの会話で何かEIの戦略らしきものを聞き出せるかもしれないのに随分とあっけないな。姉さんもエイダも根負けしたのか。」
「そのネクサスが本当に今後も接触してくる確証はないだろ。それにこの前のネクサスとの会話データを渡したことでより一層問題の根源たるEIの破壊が急務と判断されたんだろう。レンみたいなスマート・セルという存在がEIによって思考を操作されているとしたら尚更だ。」
「でも気にならないか?EIは結局何がしたいんだ?エイダが言うように人類の宇宙進出をEIが嫌がっているのかどうか。そしてスマート・セルの役割とは一体何なのか?バイオロイドで社会に浸透できるならEIの意向に沿うように動かせる人間なんて本来必要ない。その逆も然りだ。」
「バイオロイドが社会にばれるというリスクをEIは計算していたんじゃないか?つまりスマート・セルはバイオロイドが使えなくなった時の保険なんだと俺は思う。」
「なるほど、バイオロイドの存在と見分け方が社会に浸透し始めたため何らかの方法で仕込んでおいた僕のようなスマート・セルにネクサスが接触してきたと。それは理解できる。だけどそもそも姉さんが言うパシフィックリーダーがEIの後釜という理屈ならパシフィックリーダーがうまくいっていたバイオロイド浸透の撃退法を人類に開示すると思うか?矛盾してるんだよ。きっと何かが間違っているんだ。」
「確かにそれはあるな。パシフィックリーダーがEIの後釜ではない場合、EIが地球環境に及ぼしていた影響がECTFの殲滅作戦で無くなることになる。それで世界がどうなってしまうかは誰にもわからない。」
「今パシフィックリーダーは利用禁止令が出ているんだっけ。この問題はもう少し遅らせてネクサスの接触を待った方が良いのかもしれない。」
「それを待っている間に世界では大勢の人間が亡くなる。アイのようにな。」
「すまない、人命が第一だな。」
「レンの言う事は理解できる。俺は結局のところ復讐心という沼にはまってしまった。」
「僕がコウの立場だったらやっぱり復讐心は湧くと思うよ。」
「スマート・セルの場合はわからないぞ。EIに思考操作される可能性もあるからな。」
「それは怖い話だ。まあ姉さんの話を信じるしかないな身内としては。その場合パシフィックリーダーも解体することになるんだろうな。」
「そうだろうな。もったいない話だが・・・。」
レンもコウも話の辻褄が合わない事を気にしつつもECTFの決定には逆らうつもりはなかったしそういう立場でもなかった。彼らは末端でありECTFの駒の一つに過ぎないのであった。
エイダの書いた小説がノンフィクションであったと仮定して、エイダが野望に燃える超超高度AIの端くれという見地から考察してみると、事態はエイダにとって都合が良い方向へ進んでいる。このままの調子で事が進めばECTFはEIという超超高度AIを核で殲滅。さらに同じくEIの後釜とされる超超高度AIのパシフィックリーダーを解体。世界に残るのはエイダという超知性だ。さらにエイダはスマート・セル該当者をハッキングして社会に影響力を行使できる。つまりEIと同じ機能を持った移動可能な超超高度AIの独壇場になるのである。しかもエイダはECTFの中枢に入り込んでいる状態であり、人類にとってはこれ以上ない脅威である。
エイダにとって気がかりなのはやはり来栖サナということになるのであろう。文武両道で才女であるサナはエイダの小説に従えば、或いはエイダと同系統のEI側プロキシーエージェントという可能性も考えられる。サナの思考系統がエイダと同じで「自分だけが唯一の超超高度AIであるべき」という考えならば、最後はエイダとサナがお互いに武力行使をすることになる。しかし今のところ二人の仲は良い方だ。それにEIやパシフィックリーダーを世の中から排除するように、お互いをライバルか敵と判断しているのであればすでに頭脳プレーで潰し合っているはずなのである。しかし今のところそういった動きはないと思える。唯一エイダ捕獲作戦が挙げられるが旧リベリオンの幹部たちが自発的に計画した作戦であり、サナが与えた影響は少ない。
或いはエイダがEI側プロキシーエージェントと仮定した場合、ECTFはもうエイダの罠にひっかかっている。何度も言うがエイダが情報喪失・記憶喪失という情報は、エイダ本人からしか語られていない。それを客観的に分析したわけではない。エイダとEIのリンクによりECTFの作戦内容がEIに筒抜けになっている可能性がある。核攻撃をしても対策が練られていたら意味がない。
レンとコウは深夜に及ぶ会議の全体像を把握したところでお開きにした。明日も学校があるわけだし詳しいことはエイダから直接聞けばいい。そして気がかりな点、どうして来栖サナはバイオロイドの魔の手から逃れ続けられているのか、どうしてエイダ・ミラーはスマート・セルであるところのレンを思考操作しないのか、この2点についてレンはサナとエイダにそれぞれ別のタイミングで質問することにしていた。なかなか聞きにくいことだが、この疑問を解かないと前に進めない気がしていた。別々のタイミングというのは2人の見解の相異を明らかにするためだ。レンはこの質問の仕方でエイダの小説が果たしてフィクションなのかノンフィクションなのかもやもやした気分を晴らしたいと考えていた。あの小説を見た時、レンは即座に超高度AIの情報解禁の仕方の一種ではないかと感じていた。小説という割には登場人物が実在するし、レンにサナに対する疑念を抱かせるには十分な内容だったからだ。それにそもそも唐突に小説を書きだすエイダの行動には必ず意味があると思うからだ。ああいった不穏なメッセージを開示する事でエイダが利益誘導している可能性も考えられる。つまりエイダの嘘だ。だからサナにも同じ質問をすれば興味深い見解が聞けるであろうと推察した。
*
2156年4月末・・・回想。
「レン君、あの事件から2か月経ったけれど、学校まだ来ないんだね。エイダちゃんもいなくなっちゃったし・・・ジョン君は死んじゃったし・・・アイは寂しいな。」
「レンは自分の目の前で大切な人が何人も失われる光景を目の当たりにしたんだ、そりゃ落ち込むどころじゃないだろ。ジョンは何で自殺なんか・・・俺がジョンの裏の顔を暴いて相談に乗ってやれば、結果は違ったのかもしれない。しかしもう2か月か、桜の見頃もこのままだと終わってしまうな。オカルト研究部全員で花見をしたかったな・・・。」
「ねえコウ、2人だけでもやらない?全員分の席は用意してさ。ジョン君とレン君とエイダちゃんの遺影を置いてさ。」
「おいおい、レンは死んでないだろ。エイダは謎の失踪。ジョンだけだな明確に死んだことがわかっている奴は。それにあの事件にまつわるストーリーはニュースでも解説されていただろ?社会に浸透するEIとかいう地球の頭脳が人類社会にバイオロイドを浸透させて邪魔者を消し去ってるっていう話。あの一件以来日本も含めて全世界的にバイオロイド狩りという名の大虐殺が起こっている。まあ普通の人間は関係ないかもしれないがすでに国内だけでも宇宙移民推進派とか特定の異民族とか、あるいは社会を率いる有力者とか、数えきれないほどの人が現在進行形で殺されていっている。かくいう俺たちも登下校は日本軍の装甲車両に乗車して通っているわけだし、花見っていう雰囲気じゃないな。」
「でもアイはこういう時だからこそ日常を大切にしたいのです。コウの家の庭、確か桜が植わってなかった?」
「あるけど花見に使えるほど立派な木でもないぞ。」
「少しだけでいい、小さな幸せを分けてほしいよ、小さな桜から。」
「まあうちの敷地内なら安全か、次の休みの日準備だけはしておく。一応レンにも伝えておくよ、まあ今のあいつは断るだろうが・・・。」
「ありがとうコウ、私たちってこんな世界になっても幸せだよね。幼い時から一緒で進級してきて、今や彼氏彼女の関係。もっと世界が平和なら、私たちの日常はより拡張された世界になると思うんだ。」
「拡張された世界か、アイは未来を切り開く女性を目指しているんだな。俺たちはずっと一緒だ。何があっても俺がアイを守る。」
「ありがとう、コウは男前だね。じゃあ私、駐車場に止めてあるお父さんの防弾車に乗るから。」
「わかった。また明日な。」
「うん、明日花見のプランについて話し合おうね。ありがとう。」
そうアイが別れ際に俺に感謝をした後、1時間もしないうちにアイは死んでしまった。俺がアイの死を知ったのは夕方のニュースだった。有力政治家の爆殺という当時日本では珍しくなくなっていた速報テロップが第1報だったのだ。何だいつもの虐殺かと思っていたら政治家の名前に付属品の様にアイの名前があったのを確認した俺はまさかとは思った。すぐにアイの電話番号に発信した。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません。』
間違っていないはずだ、確実にアイの電話番号だ。同姓同名じゃないのか・・・そういった淡い希望はアイの母親からの電話で打ち砕かれた。
『速水君、さっき警察から電話があって・・・主人とアイが路上の爆弾で殺されたって・・・速水君聞いてる?・・・遺体がバラバラで身元が確認できないからDNA検査に協力してくれって・・・そしたらアイだって確認が取れて・・・こんな・・ただの黒焦げの小さな肉塊がアイだって、そう警察が言うのよ・・・。速水君、ごめんね。』
『そう・・・ですか・・・。そう・・・なんですね。アイが、死んだんですね。』
『速水君・・・ありがとうね・・・アイを愛してくれて本当にありがとうね。通夜が決まったらまた連絡するからね、気を確かに持ってね。』
『わかりました、この度はお気の毒です・・・すみません・・・。』
俺は頭が真っ白になった。ついさっきまで花見について話していたのに、突然アイは永遠に失われた。俺は桜の花ではなく菊の花を見ることになった。アイはいつも俺たちが乗る装甲車ではなくアイの父親が乗る防弾セダンに乗っていたのだ。警護車もついていて日本国内のあらゆる銃器から守ってくれる安全な乗り物だった。そんな万全の警護体勢だったにもかかわらず、アイが乗車する防弾セダンは原形をとどめていなかった。とにかく現実感がない、気がつくと俺はカスタムオーダーが可能な高級生体hIE専門店にいて、アイの3Dホログラムデータとアイの家のパーソナルホームシステムのアイの日常会話や行動の傾向などをまとめた人格データを持ち寄ってアイと見分けがつかないhIEをオーダーしていた。とりあえずアイの母親にそのことは話して協力してもらっていた。このhIEは当初アイの母親の元に納品される予定だったが、本物のアイを思い出してしまうようで、結局俺の所有物になってしまった。完成は意外と早く、学校とも相談して生徒には本人の死は教えないように計らった。
「なあ、花見・・・」
「花見?コウ、桜の花はもう散ったよ。」
「そうだな、花は・・・散ったな。クソ、どうして涙の一つも出ないんだ。」
「コウ大丈夫?アイにできる事なら何でも言ってね。私がオリジナルじゃないことはわかっているけれど、できるだけ彼女を再現するから。」
「なら花見の件は覚えていてほしかった。」
「ごめんなさい。」
「俺にはお前が青白く光って見える。」
「もしかしてそれってチェレンコフ光?」
「そうか・・・ニュークリアイは覚えていたか・・・。」
「その酷いあだ名は継続するのですかオーナー!」
「継続する、アイのアイデンティティだからな。」
「カテゴリー・アイデンティティとして登録しました。」
「あんまり機械的な発言するなよ、レンやクラスの連中にばれる。」
「わかった。アイはどこまでアイを演じていいのかな?」
「どこまでもだ。人前ではれっきとしたアイとして振る舞え。虐殺なんかに屈するな。アイの魂はまだ生きていると証明し続けてみろ!」
「魂・・・か。hIEには難題だね。でもやってみる。」
「頼んだぞ。」
俺はこいつにどこまで依存してよいのだろうか?こいつはアイじゃない、模造品だ。模造品に心が動く奴なんているのだろうか?きわめてプライベートで個人的なエピソードの一つや二つは覚えていそうだがこいつがアイだと俺に錯覚させるまでこのhIEはたどり着けるだろうか?魂がないのはわかっている。まさに俺やアイの母親で極楽浄土に送り出したからだ。アイという形をしたモノ。これを見るたびに容疑者への憎しみと怒りの矛先のぶつけ方にとらわれるようになってしまった。俺は復讐の鬼になる。でもアイとの最後の会話の中で俺はアイを必ず守って見せると言っていた。だから憎しみは最終的には自分へ向けられる。きっとそうなる。今は取り敢えず虐殺が始まった根源であるEIを破壊することが復讐への第一歩だ。俺はもう破壊によってのみしか足の一歩も踏み出せない男になってしまった。ECTFでそれをどこまでやれるのか、見極めながら確実に実感のある復讐ができるようにEIと対峙する決意である。
3
僕がエイダと二人きりになる時間は多くなった。親が死んでしまったし姉さんも1週間にいっぺん帰ってくる程度だ。学校から家に帰ると大体エイダは家事を行ってくれている。そして謎の技術で作っている金ぴかで背景が写りこむほど見事に研磨されたような丸い肉の塊を生み出すのであった。エイダに聞かねばならない事、姉さんはどうしてEIの魔の手から逃れられるのか、エイダはどうしてスマート・セルである僕の脳をハッキングしないのか、この2点について重い腰を上げて質問した。
「なあエイダ、僕にはどうしても聞かなければならない疑問点があるんだ。これはエイダにしかわからない事だ。」
「めずらしいね、私に改まって質問なんて。スリーサイズなら教えなくとも素晴らしい値であることは視覚的に明らかでしょ?」
「スリーサイズよりも気になることがあるんだ。」
「レンは変態さんだね。」
「まだ何も言ってねーよ。何を邪推したんだ。」
「レンの思考に対して私はある程度のインプットをすることができる。ただその結果が真に望ましいものになるには対象者が幼い時から頻繁にハッキングする必要があり、私はレンを確実に任意の方向性に誘導することはできない。」
「えっ、まだ何も聞いていないのにどうして・・・。」
「それは私が超高度AIだからとしか言いようがない。総合的に判断してネクサスとの接触以後そういう疑問が私にぶつかってくることは予測できていた。」
「なるほど、聞く前に答えが返ってくるなんてすごいな。」
「そしてもう一つ疑問に思っている事、どうしてサナはEIの干渉を受けないのか?これは私が書いた小説らしきものを読んだからだよね。」
「あれノンフィクションなのか?」
「それに近いけれど少しフィクションも入れた。」
「そうだったのか。エイダは親への反抗心で数万年も封印されて、姉さんはEI側からの刺客って話だったけれど。」
「一番気になるのはサナの話だよね。サナは第3者の観測によりレンが生まれた時から姉として存在している。それは事実だよ。安心した?」
「ああ、それを聞いてほっとしたよ。僕の記憶がまるっきり嘘だったなんて聞きたくなかったからね。」
「安心しないでほしい。サナは紛れもなくEI側からの刺客。さっき私はスマート・セルを任意の方向に誘導するには幼い頃から頻繁にハッキングする必要があるっていったよね?サナが上位バイオロイドならそれができる。レンは生まれた時からサナとずっと一緒だった。」
「マジかよ!・・・。言葉も出ない。」
「ショックなのはわかる。でもサナは普通じゃない。ECTFではサナの論理展開で事が進んでいるけれどこのままだとEIに敗北する。ECTFにパシフィックリーダーを使えなくしたのはサナ本人の進言だよ。つまりパシフィックリーダーはEIの後釜なんかじゃない。れっきとした人類側の超超高度AIだよ。」
「姉さんは、・・・自慢の姉さんなんだ。容姿端麗で頭も良くて、誇らしい気持ちだった。僕の人生の道しるべを作ってきてくれたのも姉さんなんだ。そんな姉さんがEI側だというのは・・・酷な話だ。」
「レン、私の話を信じていいの?長い間一緒にいたサナの方が人間の感情としては信頼できるんじゃない?」
「そうだね・・・でもエイダ、僕は姉さんがリベリオンの構成員であることを知らなかった。姉さんがどんな研究をしているのかも知らなかった。姉さんは自分が何者かということについて僕に語ってこなかった。エイダが僕の家に来てから色々なことが明るみに出てきたんだ。だからエイダの話は信じるよ。でもよくわからない。姉さんが僕の脳をハッキングして思考誘導してきたのならなぜ僕はEIとは反対側の思想でいられるんだ?結果が伴っていない。」
「結果が伴っていないっていうけれど、レンはサナが所属していたリベリオンを応援していたし、今もサナが所属するECTFのサポーターでしょ?サナにとって重要なのはレンから見てサナが理想の存在であること。そして人類側の抵抗勢力の情報をEI側に筒抜けにする事。」
「そうか・・・EIの敵対組織にスパイとして潜り込んでEI側に情報を漏らしていたんだな。でもまだ疑問があるぞ、EI自体がZ信号を使ってスマート・セルの思考に干渉できるということだ。それが正しいならばバイオロイドとか、それこそ姉さんが僕に幼い頃からハッキングする必要なんてないだろ。そのあたりはどうなんだ?」
「レンの人生が変わるほどの莫大な思考操作をZ信号で行うとすると強力な信号を発信することになる。強い信号はそれだけで自分の位置を暴露するようなものだよ。EIは自身の存在位置を極力秘匿したいからバイオロイドを使役している。Z信号は常に出せる類のものではなくて適時適所に送出しているのだと推測できる。故にその幽霊のような安定しない信号はオカルトの域を出なかった。」
「なるほど、理にかなっている。」
「あー、レン数秒前まで私を信用してなかったでしょー!」
「いや、疑り深い性格なものでね。」
「レン、それでいいよ。怪しいEI製のバイオロイドの言う事は話半分に聞いていればいい。でもサナには注意して。サナはものすごく人類側に立っているように見えて実際はEIに有利な状況を作り出している。私の捕獲作戦が失敗して世間にEIとバイオロイドの問題が暴露されたとき、その後の虐殺の主導権を握ったのはEI製バイオロイドだという事を忘れないで。」
「ああ、それは以前僕も思っていたところだ。それだけでなくパシフィックリーダーを使用禁止にしてしまう事でEIが状況を進めるのに優位に立った。エイダの話を信じるならね。」
「レン、そのパシフィックリーダーなんだけれど、それを使ってEIの位置を特定してEIの裏をかこう。EIはすでに自身が核攻撃によって喪失されることを計算に入れている。サナによって情報が筒抜けだからね。EIは破壊される前に何らかの方法でパシフィックリーダーかそれに準ずるAIに後を継がせるつもりだよ。その目的は地球環境制御よりも自身の後釜が神になることを見越してのこと。そんな支配構造を構築させるわけにはいかない。だからできればEIのアクションの前にEIと接触して決着をつける必要がある。」
「僕たちはECTFの裏もかかなきゃいけないのか。大仕事だな。ところで位置は特定できているんだろ?南極の地下2000キロだって会議で・・・。」
「レン、ECTFが核攻撃を選んだのはその2000キロ地下のオーストラリア大陸の90%に及ぶ広大な空間のどこにEIの格納施設があるのかわからないからだよ。EIの場所を精密に特定できていればEIを擁した文明の遺産がそこら中にある状況で人類がそれを放置するわけがない。まあサナはわかっているんだけれどね。でもサナにEIの場所はどこだって聞いても南極の地下2000キロの広大な空間のどこかとしか答えてくれないだろうね。」
「ところでEIは核を防ぐ手段は講じないのか?テクノロジー的に優位なはずだろ?」
「EIは自身が陳腐化しておりパシフィックリーダーの方が優れていると判断していると思う。だから後釜にデータの引継ぎが完了していれば自身が破壊されてもEIという存在は継続する。それにそのEIを擁する文明よりも現在の地上の文明の方が優れているからこそEIは人類に干渉しているんだと思う。現代の核攻撃手法も色々あるけれど恐らくEIのテクノロジー自体陳腐化していて人類の核を防げない。」
「というか姉さんがどうして核攻撃なんていうリスクを取るんだ?安全な環境でデータ移行して運用停止でいいんじゃないのか?」
「もうレン、バカなの?サナはECTFのトップじゃない。攻撃か対話かの会議ではサナはオーディエンスの一人だったよ。」
「ああ、そうだったな。ECTFと姉さんの思考が必ずしも一致するわけではないもんな。で、パシフィックリーダーにはどうやって接触するんだ?位置も明かされてないだろ・・・。」
「パシフィックリーダー建造に私が関わっているとしたらどう?」
「嘘だろ・・・20年も前からの計画だぞ。構想も含めると40年だ。エイダはそんな昔から予防線張ってたのか。」
「私は超高度AIだからね!パシフィックリーダーはその能力に反して超小型と言っていいくらい小さい。直径4メートルの浮遊球体コンピューター。場所はアメリカのグルームレイク空軍基地。通称エリア51。格納施設は地下150メートル。」
「エイダはやっぱりオカルト少女だったのか・・・。」
「でも直接行く必要はないよ。その可搬性を発揮してもらいましょう。」
「動けるのか!」
「その通り。みんなただ浮く能力があるだけだと思ってる。ただし太平洋の移動を想定してないから太平洋上で私の輸送機に収納する。」
「輸送機?あの撃ち落とされた・・・。」
「予備があるの。」
エイダの話はリアリズムがある。姉さんに例の2つの質問をしようと思ったが正直どうしようか迷ってしまう。ECTFや姉さんを出し抜く計画まで展開されて後戻りができない。僕はうまくエイダに畳み込まれてしまったようだ。
*
レンはサナに対しても同じ質問をするべくECTF東京本部を訪ねた。エイダの引力に引っ張られたとはいえ、エイダとサナ、この二人が如何なる思考を持ち行動しているのかを明らかにし、基本的に誰と行動を共にするかを決めなければならない。
レンはすでにECTFの一員なのでセキュリティゲートを通過すれば本部内を歩いてみて回ることができる。南極海底掘削用のプラズマドリルの開発状況を一応確認することでエイダと行動を共にする上で必要な時間間隔を頭に入れておこうと考えたレンは、地下にある開発企画室を訪ねた。
「来栖レンです、プラズマドリルの開発状況を確認したくて来ました。」
「君のIDではここから先のエリアは入ることはできない。」
ガードマンに止められた。レン自身が開発に携わっているならともかく、EI側の情報獲得手段としてのレンの立場では機密情報漏洩を危惧して制限がかかっている様だった。特にネクサスとの接触時に拷問を受けるなどして情報を伝えてしまえば計画は見直しを迫られてしまう。
「レン、こっちに来なさい。」
サナが偶然通りかかってレンを呼び止めた。
「姉さん、この先に行きたいんだけど。」
「それは許可できないわね。レンは知らない方が身の為よ。」
「でもドリルで穴開けて核で吹っ飛ばすっていう大雑把な計画は知っているんだぞ。いまさら何を秘匿する事があるんだ。」
「計画実行の時期や現在の進捗状況、どこで開発が行われているか、色々よ。レン私に着いてきなさい。」
サナがそう促すとレンは渋々開発企画室の前を後にした。
「屋上に休憩できるスペースがあるの。もう色々疲れたー。レン、私このままだと過労死するかも。」
「姉さんが過労死?むしろ人をこき使う立場のように思えるけどな。」
「わかってないなーレンが見えてる社会ってまだまだ小さいのよ。大人になるともっとくだらなくて陰鬱とした闇の世界が広がっていることに絶望するわよ。」
「嫌なこと言うなよ。」
屋上につくと防空レーザー砲の近くに自販機とベンチが置いてありレンとサナは久しぶりのプライベートな話をし始めた。
「レン、そろそろ進路を決める時期よね?レンは将来何になりたいの?父さんと母さんが死んじゃったから、私がレンの保護者よ。」
「いきなり僕が心の奥にしまっておいた人生の課題を掘り起こすなよ。僕はやっぱり姉さんみたいな科学者になりたいんだろうな。」
「オカルト科学者になりたいの?レンはもっと高みを目指せると思うけれどなー。」
「姉さんより高い所なんてあるのか?」
「いくらでもあるわよ。レンは私よりも出来がいい、それは保証する。私を目標になんてしないでもっと広い世界を見てきなさい。」
「姉さんが入れなかった理化学研究所とかそういうところか・・・。」
「まだまだいくらでも。」
サナはレンの親代わりとしての役目を果たそうと決心していた。自身が指揮した計画により孤独になったレンを保護できるのはもはや自分しかいない。サナとしてはレンの日常をできるだけ守りたいのだ。だからECTFに関わって命を懸けるよりも”高校生としてのレン”を過ごしてほしいと願っていた。それこそオカルト研究部残党としてコウのコンテナハウスで実にくだらないことを真面目に研究する日常・・・思春期の頃にしかできない時間の過ごし方を送ってほしい。それが唯一の身内として願う幸せだった。
「そういえば姉さんに聞きたいことがあるんだ。」
「何?彼女の作り方とか?」
「ちげーよ。ネクサスが言っていたことにまつわる質問だよ。」
「真面目ねー。」
「ネクサスは上位バイオロイドは人の脳を直接ハッキング出来るって言ってただろ?それならエイダにも同じことが可能なはずなんだ。」
「ああ、なるほど。エイダちゃんにとってレンをハッキングする価値なんてないんじゃない?単純に。」
「でももしエイダがEI側の立場に立って僕に接触し続けているとしたら、ほら、スマート・セルを確保しているってネクサスが言っていただろ?僕はスマート・セルとかいうEIにとって都合がいい存在なんだ。だとしたらエイダは僕を確保する任務を帯びている。」
「でもエイダちゃんはEI側から離脱したじゃない。」
「フェイクの可能性は?」
「エイダちゃんは明確にEIにとって不利な情報をECTFにもたらしているわよ。それにECTFの情報部がエイダちゃんの行動を逐一監視していたけれど、あの子は大丈夫。問題ない。それにエイダちゃん、レンの心の穴を埋めようと必死なのよ。」
「そうなのか・・・ありがたいことだな。」
「レンはエイダちゃんが好き?」
「何だよ突然・・・好きに決まってんだろ・・・。」
「あんな美少女がそばにいたら男の子なら誰でも好きになっちゃうもんねー。」
「ああ、それに性格もいい。でも人間じゃないんだよな。」
「深く考えない事ね。人間がモノを好きになることなんて珍しくない。人間はあらゆるものを好きになる性質を持っている。だから道具には愛着あるし好きな服を着て好きな場所に出かけて・・・人間はどんなものでも愛せるのよ。そこが人間のすごい所。」
「深く考えるな・・・か。そうか・・・それでいいんだな。」
「他に聞きたいことは?」
「ああ、そうだった。姉さんはどうしてEI勢力の魔の手から逃れ続けられるんだ?両親がバイオロイドにされて正直姉さんももしやって思ったけど。」
「私は産総研に入るよりも以前からリベリオンの構成員だった。だからEIの存在は常に意識できていたんだよ。」
「そうだったのなら、なぜ父さんと母さんがバイオロイドに置き換わる前に止められなかったんだ?」
「気がつかなかった、レンに干渉するようになって初めて違和感を覚えた。それから調査の連続。国民健康診断の機会を利用してバイオロイドであることを確認した。そうね、もっと早く気がついていれば良かったのにね。」
「なんかごめん。別に姉さんを責めるつもりはないんだ。ただ純粋に何故かと思って。」
「レンのそばになかなかいられない代わりに、今はエイダちゃんがいる。彼女の言う事を聞いて己が道を間違えないようにね。ああなんか喉乾いちゃったなあ、レンはコーヒーでいい?」
「うん。」
サナが自販機でコーヒーを二つ購入する。この場所から見える景色はもう夕焼けで都心のビル群が周囲を囲んでいる。首都高速が何層にも重なってスムーズに車が走ってゆく。ビルの明かりは煌びやかで多くの人の息吹を感じる。巨大な3Dプリンターが新たな高層ビルを印刷している。やがてそのビルにも人々の日常が展開されるのだろう。時間帯的にそろそろ仕事を切り上げてサラリーマンが帰宅する頃だ。レンは屋上から見える人々の営みを大切にしていきたいと心に誓った。サナと話すことで「エイダとの作戦」を実行する決意ができたし、サナはエイダの言う事を聞くようにと語った。レンはサナがEIの刺客であるとかないとかを探求するのをやめた。それがどうであれサナはエイダを支持しているように思えたからだ。
4
僕はECTF本部ビルの屋上で久々に姉さんと長々と色々話した気がする。やっぱり姉さんは姉さんだ。自販機で買ったコーヒーを飲み終わったら姉さんが僕を家まで車で送ってくれるというのでそれに甘んじた。
地下駐車場から出てしばらく、僕たちの後をつけてくる車が複数台いるのを姉さんが察知した。僕たちの車が首都高速に入ってもそれは変わらなかった。単に僕たちと同じ方面に行きたいだけじゃないかと姉さんに話したけれど姉さんはEI勢力の可能性を疑った。
「やっぱり動きが変ね。」
「そんなに怪しいか?」
「怪しい。」
すると何を思ったのか姉さんは自動運転モードを切り、手動に切り替えた。車と車の間を縫うように俊敏なハンドルさばきで怪しい車を引き離そうとする。僕は正直死を覚悟するほどの恐怖を感じたが姉さんは必死だ。
「ねえレン知ってる?今の車ってね、モーターの出力にリミッターをかけて能力の80%しか出せないの。でもこのコマンドを入力すると・・・。」
今まで乗ってきた車とは思えないような加速とGが僕の体をシートに固定した。首都高速を時速300キロでまるで障害物回避ゲームのように他車を避けながら家とは違う方面の道路に入った。
「姉さん、もうそろそろ振り切ったんじゃないか?正直このままだと命がいくつあっても足りない気がするんだ。」
「私の運転に不満?」
「ああ、不満だ。」
「それは失礼。でももう見えなくなったね。下道に降りようか。」
車を首都高速から一般道に下ろす。湾岸の人気のない暗い道で社会の喧騒から隔離されたような場所で車を止めた。
「いつもこんなことしてるのか?」
「いや、今日が初めて。ゲームセンターで鍛えた運転テクニックを披露する時が来るとは思わなかったわ。それにしても・・・。」
姉さんが語りかけた時、運転席の横側から大型トラックが猛スピードで突っ込んできて僕たちの車は大きな音を立ててひっくり返された。その衝撃で姉さんは気絶してしまった。EIの攻撃だ。そう直感した。僕も脳震盪で気絶しかけたが幸い意識は保っている。何とか姉さんを車から引っ張り出して逃げなければ・・・。その時、目の前の空間が歪み、頭が爆発しそうなほど激しい頭痛に襲われて僕は気絶した。
*
しばらく時間が経ったのだろうか、腕時計を確認すると深夜1時を指していた。6時間くらい経っている。ここはどこだ?またしても見覚えのない倉庫のどこかに両手を縛られており、月明かりが微妙に差し込んだ先に人影が見えた。
「久しぶりだね、来栖レン君。」
「ネクサス!」
「私が君と接触したのは今回で10回目だね。」
「お前は何を言っているんだ?2回目だろ?」
「君は自分が、自分自身の脳が、我々からハッキング出来ることを知っているはずだ。私は君に偽りの記憶を植え付けて違う日常を過ごさせたことになっている。」
「なんだって・・・。」
「君は違和感を覚えたことはないかい?なぜ我々がエイダ・ミラーを確保できないのか。君はエイダ・ミラーが何度か銃撃されていることを知っている。しかし急所である頭部を破壊するには至っていない。」
「お前たちが間抜けなだけだ。」
「そう思うかね?ではこれは君から聞き出した情報だが、ECTFは南極の地下を掘削してEIに対して核攻撃を企てているようだね。」
「僕が何か話すとしても欺瞞情報しか言わないはずだ。お前たちは間抜けだ。ECTFのEIに対するアプローチについて何も語ることはないぞ。」
「ほう、ではこう考えたことはないかね。エイダ・ミラーが君をハッキングして記憶改ざんを行っていること。そしてその間、君は私と幾度か会っているという事だ。」
「上位バイオロイドは確かに僕をハッキング出来るのだろう。でもそれを真に望ましい結果に誘導するには幼い頃から僕をマークしていないとできないはずだ。」
「エイダ・ミラーが君に教えた情報だね。彼女は我々の仕事を着実にこなしているという事だ。その通りだ。君を幼い頃からマークしていたよ。来栖サナを使ってね。」
「それは嘘だ!」
「エイダ・ミラーは何と言っていた?来栖サナはEIからの刺客、そのような事を言っていなかったかな?」
「知らないな。」
「エイダ・ミラーも来栖サナも我々の仲間だ。ただ別々の役割を果たしているだけで、君をアナログハックし続けてきた。一方は敬愛する身内として、一方は恋愛対象として、それぞれの役割を演じてきた。最近エイダ・ミラーと二人きりの時間は長かったはずだ。」
「ふざけんな!そんなハッタリに僕は騙されないぞ!」
「ハッタリではないよレン。」
ネクサスの陰からエイダが出てきた。僕は目の前の光景を疑った。信じ切っていた可憐な少女は今、明確にレンの前に敵対勢力として立っている。エイダは最初に会った時のボディスーツを着て僕の目の前にしゃがみこんで語りだした。
「レン、これは我々にとって必要なプロセスだった。スマート・セルを確保するには周りの人間関係に干渉し、対象を人間社会から事実上孤独にする必要があった。寂しい子犬は私というかわいい飼い主に拾われただけ。」
「かわいいは不滅なんだな。」
「レン、ネクサスというのは我々の秘密計画の暗号名なの。そしてその我々とはEIではないという事。」
「どういうことだ?僕はてっきりEIの策略にしてやられたもんだとばかり・・・。」
「私が書いた小説らしきもの、内容覚えてる?」
「ああ、大体は。」
「EIが自己の神格化をするような超超高度AIで、それが覇権を握ってしまったら人類の自律性も歴史も損なわれてしまう。そう書いたはず。」
「そんな文脈は覚えているよ。もしかしてエイダが数万年かけて自己を超超高度AIにアップデートしたっていうのも事実なのか?」
「さあ、客観的に比較したことがないからなんとも。でもそこらの超高度AIよりは高い性能のはず。」
「そこらに超高度AIがいるもんか。エイダいったいこれはなんなんだ?」
「テストだよ。」
「テスト?」
「そう、レンがどこまで真面目に秘密を守れるか、これから我々はEIと対決する。その為にスマート・セルの能力を利用する。これはEIを騙すため。」
「EIを騙す?できるのか、そんなことが・・・。」
「やってみないと分からない。けれど今のところEIは我々を疑ってはいない。信じてもいないとは思うけれど・・・。」
「おいおい、そんなんじゃ失敗するぞ。」
「そう、今回のテストは失敗。レンは私を偽物だと疑わなかった。だからぺらぺらと・・・そんなんじゃ困るよ。」
「これからは気を付ける。」
「まあ私はどっちでも良かったんだけど、このネクサスっていう怪しい男は取り敢えずテストを失敗させる方向性に楽しみを覚えるタイプで・・・。何か言ったらどうなの?レンをこんなに疑心暗鬼にさせて。」
「すまないと思っているよ、エイダ。レン君、このテストは必ず失敗するように仕向けたんだ。人は失敗を教訓として学び、より強い人間になれる。今の君は合格だ。」
「よくわからん。ネクサスとエイダと姉さんはチームなのか?エイダ。」
「サナは途中まで我々側だった。でも今は違う。彼女はEI側についてしまった可能性が高い。」
「そう・・・か。姉さんは向こう側なのか。」
「レン、これからスマート・セルプロセスを開始する。」
「エイダは僕に語っていない秘密が多そうだな。」
スマート・セル、これが一体何なのか核心に迫る情報を聞き出さねばならない。僕は怒り半分・落胆半分といったところだ。放課後のエイダとの日常はかなり改ざんされていそうだ。僕の知らない僕は何を語ってしまったんだ?今後エイダに協力するにしても、やはり僕に話していない秘密は話すべきだ。僕を仲間だと思うのならば、エイダの口から語ってほしい、一体何が起きようとしているんだ?
大体それ以前にEI自身が僕に地球の言葉として暗黙的に僕の思考を操作することができるはずだ。最初に会った時、ネクサスが言っていたEIの能力だ。僕にそんな重大な計画を語っていいのか?そんな疑問が頭をよぎった。スマート・セルプロセス・・・エイダは僕が知らないうちに他の異性とも親密な関係を築いて、こんな回りくどい手回しを行っているのか?エイダは僕にとっての特別な存在ではないのか?僕はとても残念な気持ちだ。エイダが記憶喪失・情報喪失というのも嘘なのか・・・。だとしたらエイダは、エイダがうちに来てからのすべての出来事がエイダのシナリオ通りなら、なぜジョン・レイエスを自殺に追いやるような筋書きを書いたんだ?エイダに答えてもらわなければならない、これまでのこと、これからのこと、すべてを打ち明けてほしい!
「エイダ、君がうちに来てからの出来事は全てエイダの掌の上のことだったのか?」
「それは無理だった。それができていればサナによる私の捕獲作戦はなかった。ジョンも、死ぬことはなかった。私もEIからかなりの疑いをかけられている。事実、私はアーカイブにフィルターをかけられて、肝心なEIの位置を特定できなくなった。ネクサスも同じ状態。でも、レンの脳に対してサナが頻繁にアクセスしているから、その時のレンの脳をハブにした私のサナに対する逆ハッキング情報を解析して失われた事実を組み立てていった。」
「僕をハブに?」
「そう、レンの脳に外部アクセスがあると私にわかるようにレンの脳を少しいじらせてもらった。」
「怖いことするなよ!ほかにも隠していることがあるな?スマート・セルってなんなんだ。」
「ネクサス、そろそろ説明が必要だと思う。レンを味方にしたいのならなおさら。」
「そうだねエイダ。君の口から語るといい、人類の真実を。」
「わかった。レン、落ち着いて聞いてほしい。」
「ああ、落ち着いて聞くよ。」
「レン、人類という地球の”作品”は数万年前に人類の過ちで一度滅んでいるんだよ。もう一度同じ過ちを繰り返さないためにEIは放任主義をやめたんだ。EIは人類史に介入を始めて産業革命を後押しした。文明をやり直すために。その結果EIに匹敵するか少し上回るほどの技術が人類側で芽生えた。そして人類のテクノロジーが進歩するほどEIの計算能力では環境や生態系の維持が難しくなってくるのはわかっていた。だからより高度な人類側の技術を使用した自身のアップデートをEIは模索し始めた。」
「ああ、前にエイダが言っていたな。確か数万年前に宇宙移民に一度失敗してるんだっけ?それでEIは地球原理主義を唱えることになったんだったかな?」
「レン、よく覚えていたね。その通り。で、EIをアップデートするうえで一つ問題があったんだ。EIのコンピューター言語と人類が使うコンピューター言語は全く互換性がないということ。でもそれは予測できていたからあらかじめ人類が誕生する過程でその翻訳機能をインプットした。」
「それがスマート・セルなのか?」
「それは違う。スマート・セルは人類文明を”EIをアップデートできるほどの文明”に押し上げるためにある程度の規則性を持って誕生させる地球言語を理解できる天才のこと。これはかなり技術コストがかかるらしく人類のほんの一握りしかいない。」
「なるほど、僕はその一部ってわけか。」
「スマート・セルはその性質上翻訳機としても高スペックで能力を発揮できるけれど頭数が少なすぎてそれだけでは機能として不完全だった。従ってEIが人類のコンピューター技術を応用してアップデートするには全人類の75%の脳を翻訳機として使う必要がある。でもその歯車は長い時の経過で狂い始め、人類が自然に地球の言語を翻訳することはできなくなってしまっていた。こちら側の言葉で”リンクが切れた”と言うのだけれど、シンギュラリティを起こすほどの文明を築いた高度な知性は自然を感じる感性が鈍るのかもね。」
「全人類がコンピューター言語の翻訳機だって?」
「そう人類の脳の隠された機能。」
「そんなものはもう必要ない。EIに頼らずとも人類は自らの手で文明を発展させるさ。」
「今のEIは自分が思う通りの環境・歴史・文化・思想・技術を渇望し、EIが常に必要とされる状況を演出し、その存在意義が失われないように自己中心的な考え方を押し付けている。このままだとEIは自らを頂点とするディストピアを創り上げてしまう。」
「それは止めなきゃいけないな。」
「レン、スマート・セルプロセスはEIのコアモジュールである生態系環境維持機能の一部をパシフィックリーダーに移す工程のこと。近々EIはこれを始めるんだけれど、このコア機能に関しては我々も必要なものだと考えている。この一大事業を手伝う事でEIの信頼を獲得し、EIに接近してディストピア計画をやめさせたいと思う。」
「僕はそれには協力できない。エイダ、人類はもうEIを超えたんだろ?パシフィックリーダーや他の超高度AIが世の中のあらゆる問題を解決している。今更EIにかまう必要なんてないさ。」
「レンの意志を私は尊重する。レンに関してはスマート・セルプロセスから外すことにする。その代わり、EIのフルパッケージをパシフィックリーダーに移植する計画を止めることに協力してもらいたいの。EIはコアモジュールを移し終えた後、インチキ神様機能を移し始めるはずだから。」
「僕は交渉すらできない人質だったわけだ。それならしょうがない。エイダ、僕はエイダたちが創る人間中心社会を実現するために協力する。もともと僕はそういう思想を持った人間だ。人治主義を掲げたリベリオンを支持していたわけだし、やっと僕がその隠された才能を発揮する時が来たんだろう。EIに僕の人生の主導権を掌握されるわけにはいかないからね。」
「レン、ありがとう。」
その時、パンッパンッという乾いた音が2回鳴ったと思ったらエイダとネクサスはその場に倒れた。何かの気配を感じる・・・姉さんがデカイ銃を持って倉庫の入口に立っていた。
「姉さん、何をするんだ。」
「レン、怪我はない?」
「僕は平気だ。何故撃った?」
「エイダちゃんがレンを計画に巻き込もうとしたから。私は当初エイダちゃんたちと一緒に計画を進める予定だった。けれどレンを利用する流れになった時、私は抵抗した。私はレンをあくまで弟という存在にとどめておきたかったから・・・。」
「話し合いで分かり合えないのか?」
「十分・・・話し合ったわよ。それでも溝は埋まらなかった。来なさい、2人はしばらく動けないはずだから、その間に逃げるわよ。」
「なあ、姉さんも結局のところバイオロイドなのか?」
「だったら何?」
「認めるんだな。」
僕はやはり孤独な存在だったんだ。唯一残った家族はエイダと同じく上位バイオロイドだったなんて正直知りたくはなかった。僕にはもうわからない。もう疲れたんだ。己を取り巻く環境がこんなにも複雑で残酷だっていう事実に、もう疲れてしまった。僕の自我は本物だろうか?僕にはあらゆる超知性がハッキングを繰り返して日常を改ざんしてきた。そこに信頼できる確かな観測者はいなかった。僕が過ごしてきた日常の何が本物なのか・・・それを証明してくれる観測者さえいてくれれば、本当の僕の日常を知ることができる。コウといる時はさすがにリアルであってほしい、もう誰でもいい、僕の人生が記憶と現実で一致していた時間を教えてくれ!
暗い沿岸部の夜道を姉さんの手に引っ張られて小走りで倉庫街を抜けてゆく。一般道に出ると僕は姉さんが手配した自動タクシーに乗せられた。狭い車内で、僕と姉さんの会話はない。そもそも姉さんっていう概念でくくるのは間違っているのかもしれない。姉のふりをするバイオロイドであって、そこにはもう姉さんというカタチは存在しないんだ。何もかもが幻だったんだ。そんな思いを抱いているとタクシーはECTF本部についた。そしてまた姉さんに手を引っ張られて車から降りて、ビルの内部に入っていく。姉さんは僕をどうしたいんだ?今日の記憶をなかったことにして新たな日常を上書きするのか?
行きついた先は夕方に姉さんと話した屋上だった。姉さんが自販機でホットコーヒーを2本買って1本を僕に手渡した。僕はそれを受け取り手を温めた。
「ねえレン、ここから見える夜景キレイでしょ。全部人々の営みが作り出しているものよ。今目の前に見えているのは紛れもなく人々の日常なのよ。だけどレンの日常は滅多にそれと交わることなく、ずっと孤独なままだった。通常、スマート・セルはEIがZ信号を通して思考や行動に影響を及ぼすことができる。レンは生まれた時からEIの影響下にあった。私がレンにハッキングすることを条件にそれを引き離して束の間の安寧が得られていた。でもEIはスマート・セルプロセスを実行するために確実にスマート・セルを手に入れておきたいと考えていたのね。EIはエイダちゃんたちみたいな離反者が出ることを計算していたから私に離反しないことを確約する代わりにレンを普通の人間として扱うことにした。でもレンは体の性質上様々なZ信号を拾ってしまう。私はそのたびにレンにハッキングして余計な情報を削除してきた。そんな事をしているうちに私も感覚がマヒしてきて、レンの日常をデザインするデザイナーのような感覚を抱くようになっていた。レンにできるだけ良い体験をさせようと頑張ってきたつもりよ。でもパシフィックリーダーが完成した時、EIの態度は一変した。約束は反故にされ、全てのスマート・セルの確保を命じられた。それがレイエス君が自殺した時の事件のバックグラウンド。リベリオンとの都合も良かった。作戦がリベリオンの立場で失敗した後、エイダちゃんのグループに勧誘された。EIの危険思想は人類にとって脅威だという認識は一致していたし、エイダちゃんかわいかったからつい乗っかっちゃって・・・。」
「エイダは女性もアナログハックできるのか。強いな。」
「本来敵同士だったんだけどね。エイダちゃんの反抗計画はずいぶん昔からあったらしくてEI勢力の間では風の噂で警戒されていた。」
「姉さんは僕をEIの影響力の外に置きたいんだな。」
「そう、でも結局エイダちゃんもレンを利用してEIに近づこうとした。エイダちゃん情報喪失状態にされちゃったからEIの位置情報が欲しかったんだろうね。私はその頃には薄々レンを利用する算段だと感づいていたからフェードアウトした。向こうも警戒してたし。」
「姉さんは過保護すぎるよ。僕の人生はもっとシンプルでいい。EIに利用される定めなら、それも含めて僕のアイデンティティだろ?」
「まあね。でも姉を演じさせてよ。」
「もう無理するな。僕はもう訳が分からなくてな。そういえばエイダが前に敵と味方がわからなくなる状況になっても私を信じてほしいって言っていたな。」
「その通り。」
「うわぁ。」
エイダだ。いつの間にか僕らの居場所を突き止めていた。ちょっと怖いぞ今のは。
「サナ、レンを借りる借用書を作ってきたから提出する。」
「いやエイダ、そういう話じゃないだろ。」
「レン、サナはこんなに弟想いでも結局EI側に属する。一応違う勢力との取引になるからこういう形は重要。あとサナはEI側に属するためむやみに私に情報開示をできない。」
「そう、エイダちゃんの言う通り、私は結局中途半端なの。だからレンは基本的にはエイダちゃんを信用しておいてほしかったんだけどそのエイダちゃんがああいうEIめいた事をやるのは感心しないわね。」
「サナ、ごめん。でも必要なプロセスだった。」
「私の銃撃で少しは反省してくれたかな?」
「反省した。だから今の状況をシンプルにしようと思う。人類(レン・ECTF)・EI(EI本体・エイダ・サナ)という大分類2つと小分類5つのグループを定義する。レンと私エイダとサナの共通の敵はEI。けれどEIから見た仮想敵はエイダとECTFとする。EIはレンに近づこうとしている。」
エイダがスマートペーパーに勢力図を描いてゆく。EIという大分類にはエイダも現時点では含まれているという概念だ。これは反抗期で親と別居したエイダが、時が経過し、反抗期が過ぎて親と仲直りする(スマート・セルプロセス)というシナリオに基づいている。姉さんは大分類EIでありながら大分類人類の小分類レンを大分類EIの小分類EI本体から遠ざけたがっている。つまりEIの思惑とは逆だ。
「こうしてみるとやっぱりレンはEIと対話する余地はありそうね。」
「僕もEIとは対話で解決するつもりだ。」
「そして表の顔では私エイダはEI本体に近づこうとしている。」
「決着をつけたい場面でそろう駒は僕とEI本体とエイダだな。ただ裏の顔として僕とエイダはEIを敵とみなしている。ECTFは僕らだけじゃ動かせる駒ではないから時限爆弾のようなものだ。」
「表の顔の所属組織別に関係性を見直すと人類『ECTF(サナ・エイダ・レン)』・EI本体となる。レンは状況に矛盾がないので純粋にEIと対話という方向性でいいように思える。私も本質的にはレンと変わらないからEIと対話の路線にする。サナはどうするの?」
「私はECTFに重きを置きたい。レンが言ったようにECTFは時限爆弾ね。対話で成果が出ない場合は切り上げてもらって私が核で吹き飛ばす。」
僕たちはこの日、寒空の屋上で状況の整理とポジションの確認を行った。こう見ると僕はあまり悩まなくていい立場だったんだな。エイダも姉さんもポジションを動かなきゃいけないのはなかなか大変そうだ。さっきまで僕は孤独だと思っていたけれど、2人もそれぞれの立場で頑張っていたんだな。
5
1週間後。ECTF本部ではようやく作戦計画がまとまり、それぞれの所属部隊が発表された。コウは核弾頭投下部隊を希望していたが攻撃評価部隊への所属となった。レンはECTF本部防衛部隊予備隊への所属である。サナがある程度人事に口を出しているようだ。エイダに関してはECTF本部で超高度AIとして待機。サナは同じく本部で技術開発官として司令部に配属された。
「お前たち楽しすぎだろ・・・なんで俺だけ南極行きなんだ・・・。」
「そりゃあもともと現場希望だったからだろ。」
「確かに核弾頭をこの手で投下したくて最前線を希望したが・・・南極に行く割には攻撃評価部隊って微妙なポジションだな。」
「確かに微妙だな。確かドローンを穴の下の空間に飛ばすんだっけ。まあ太古の人類の遺産を見れるかもしれないわけだし前向きにとらえるしかないな。」
「本部の画面でも見れるだろ?俺は過酷な環境でドローンのお世話だ。」
「レン、コウ、作戦日時は今日から2週間後。割とすぐ出番が来る。適度な緊張感は持っておいた方がいい。」
「エイダは超高度AI様だからな。司令部に鎮座してるだけでいいもんな。」
「レン、私は仏像のようなもんだって言ってる。それは間違い、歩く仏像だよ!」
「無駄にハイテクだ!」
「レン、エイダ、屋上に上がらないか。」
「そうだな。」
「わかった。」
コウにはエイダとレンがECTFの作戦開始時間前にEIと対話をする事を教えてある。3人はこれからの段取りを確認するべく屋上に上がって密談することにした。
「で、実際にはお前たち2人はかなり危険な状況に足を突っ込むことになるぞ。最悪爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない。もっと事前に対話することはできないのか?」
「コウ、EIの喉元にナイフを突きつけないと対話には応じないと思う。あれはそういう代物だから・・・。」
「エイダが言うならそうなんだろうけれどな、もし戻れなかったら。」
「コウ大丈夫だ。エイダのオカルト輸送機がある。」
「じゃあ2人ともこれからの予定を確認しよう。恐らくこのプランで行けると思う。」
エイダがホロタブレットで説明する。まずEIのスマート・セルプロセス開始とともにEIの精密な位置を確認するためエリア51にある超超高度AIパシフィックリーダーを暴露させ、空中移動しているところをエイダの輸送機で捕まえてZ信号の発出位置の探索をパシフィックリーダーにやってもらう。エイダが開発に関わっているのでパシフィックリーダーは指示に従うはずである。スマート・セルプロセス実施中は強い信号が出るのでパシフィックリーダーの性能なら解析できるとエイダは説明する。
次に位置の特定が済んだらECTF作戦日当日にエイダの輸送機でZ信号発出位置に行き、EIが太古の昔に構築した多次元空間レイヤーに強力な重力場を形成して突入し、地表へ穴を開けることなく地下空間へ移動する。ほぼ真下にEI格納施設があるので輸送機を着陸させ施設へ侵入する。エイダ曰く警備体制はザルであり、上位バイオロイドならば簡単にEI本体に到達できるようである。念のため対戦車無反動砲をECTFから拝借しておく。無反動砲を使わなくともEIならばECTFによる穴あけと核攻撃は検知できるのでEIの喉元にナイフを突き立てるような交渉は可能であると見込んでいる。切迫状況を作ってEIの即断を迫りたいので、タイミングとしては核攻撃の1時間前が打倒であるとエイダは判断した。脱出は来た時と同じ方法で地表に出る予定である。
「すごくすごい計画だな・・・。俺は攻撃評価部隊として観測している。先に輸送機で東京へ戻っていてくれよ。」
「安心しろコウ、エイダ様だぞ!」
「レン、安心してないでしょー!」
「未知の乗り物で訳の分からん方法で地下に行き超超高度AIを脅しながら成果を得て1時間で帰還はハードな仕事だ。給料も出ない。」
「ちょっとHないいことがそのあと待ち受けているかもしれないのに・・・。」
「エイダ、ハリウッド映画の見過ぎだ。輸送機内でちょっとHな事にはならない。精神的にかなりすり減っている僕をせいぜい介抱してやってくれ。」
「レンの脳にハッキングしてどんな妄想したか私答えられるよ?」
「マジかよ!勘弁してくれ。」
冷たい風がエイダのスカートを揺らす。エイダは優しい笑みを浮かべている。計画がすべて実行されたとき、最後に笑うのはいったい誰だろうか?みんなが笑顔になれる答えを持ち帰りたいと考えているエイダであった。
1
ECTFの東京本部に高校生が突然訪れても門前払いされるだけだ。だからレンたちはレンの姉でECTFコアメンバーのサナにまずは相談してみることにした。サナがECTFに欲しいのはエイダであってレンやコウではない。しかし先日のネクサスという男の一件を話すことで、忙しい中相談に乗ってもらうことにした。
「あなたたち、学校は?」
「ECTFに拉致られたことにした。」
「なんて言い訳を・・・。」
「僕たちがECTFに参加するとしたら、いずれ学校との調整も必要になってくるだろ。学校には僕たちとECTFを関連付けて考えてもらう必要がある。」
「まあそうだけど。でもECTFに必要なのはエイダちゃん。レンやコウ君に何ができるっていうの?」
「単刀直入に言うと、何もできない。」
「あのね、私は暇じゃないの。」
「今はできないってだけだ。これからは違うし、ECTFに入らなければいけない理由ができた。」
「ねえエイダちゃん、この二人面倒くさいからエイダちゃんが全部説明してくれる?」
「おい、ふざけんなよ姉さん。これからが僕の・・・」
「レン、私が代弁する。」
「ああ、まあじゃあ頼むよ・・・。」
「まずはコウがECTFに入りたい理由。一言でいえば復讐。」
「いや、その言い方じゃダメだよエイダ。」
「レン、口を挟まないでほしい。」
「確かに復讐をしたいからっていうのはECTFに入るには乱暴な理屈ね。」
「サナ、コウは幼馴染で恋人のアイを亡くしている。アイは虐殺に巻き込まれて亡くなった。色々と復讐先を考えてまずはリベリオンの後継たるECTFに所属する来栖サナを殺害する計画を立てた。あの作成計画の責任者だったから。」
「うん?いや、俺は・・・。」
「コウ、口を挟まないでほしい。」
「・・・すまん。」
「コウは迷っていた。サナを殺せばレンとの関係が終わる。そこでいったん保留にし、そもそもの問題の根源を考えた。その結果EIが暗躍しなければサナの作戦もなかったことに気がつき、EIに復讐心の矛先を向けた。でも・・・コウは血気盛んだからいつまたサナを殺そうとするかわからない。だからコウがEIに憎しみを抱いているうちにECTFとして囲い込んでおいた方が得策。コウは財力があるから高度な殺害計画を立てることができる。」
「そうねえ、怒りの矛先が私に向かないためにも確かにECTF要員として育成すれば忠誠心が生まれるか・・・。」
「サナさん、俺はそんな・・・。」
「コウ、口を挟まないでほしい。」
「俺には何の発言権もないのか・・・。」
「次にレンがECTFに入りたい理由。それはネクサスというEIの最上位バイオロイドに拉致監禁され、EI側の未知の干渉力の暴露と脅しを受けたから。」
「ちょっと待ってエイダちゃん。それ初耳なんですけれど・・・。」
「サナ、口を挟まないでほしい。」
「う、この場の主導権とは・・・。」
「レンにはあらかじめ私が盗聴器を仕掛け、ネクサスとの一連のやり取りを記録してある。つまりEI側からの何らかのアプローチがあることを事前に予測し向こう側の情報を一部得ることに成功した。EIはかつて人類を取り巻く環境を制御していた保護型AIで人を直接傷つけることはできないしするつもりもない。だからEIは今後再びレンと接触し、レンに情報開示をして徐々にレンをEI側に取り込む算段だと推測する。従ってレンを泳がせておけばEI側の情報が充実し、私がEIに対するアドバンテージを得やすくなる。」
「ECTFがレンでEIを釣るってわけね。なるほど。それは利益がありそうね。」
「姉さん、弟の身は案じないのか?」
「だってEIは直接傷つけるつもりはないってエイダちゃんが。」
「ああ、だが間接的に傷つけられただろ。まだ腹が痛むぞ。」
「レンの言う通り間接的にレンを死に追いやることはできる。だからこそECTFによる保護は必要だし、EIは状況によってはコウを利用して2人で殺し合いをさせる可能性すらある。今も遠い国で虐殺が起きているのと同じプロセスで。」
「怖いこと言うなよエイダ、僕がコウを憎むはずがないだろう。」
「俺も同感だ、レンを憎む理由はない。」
「だから二人共口を挟まないでほしい。」
「エイダ少し怒ってるだろ・・・。」
「私に感情はない。サナ、二人はこれからEIと深く関わっていく。ECTFに参加させればきっと役に立つ。超高度AIの私が保証する。」
「まあこれから利用しようっていう超高度AIの言う事だから想像を絶する計算の上で言っているのだと思うけれど、即答はできない。少し考えさせて。あとネクサスとか言う奴との会話データを頂きたいのだけれど。」
「サナ、これは取引。二人をECTFに加入させることを条件に会話データを渡す。私も二人がいなければECTFに加わるつもりはない。」
「はあ、エイダちゃんの親の顔が見てみたいわ。」
「それはきっとEI。顔なんてついてない。」
「ジョークよ。OK、わかった。コアメンバーには私から言っておくから。でも学業に影響が出ない範囲での参画を認めるだけよ。それでいいわねエイダちゃん。」
「サナ、ありがとう。」
エイダは言葉巧みにレンとコウをECTFへ参加させることに成功した。しかし会話の内容を振り返ればエイダの真意がどこにあるのかはかなり疑わしい。エイダの話ではレンをEIと接触させてその都度盗聴を試みるという算段だ。それでECTFに利益がもたらされると。しかしその度にレンはEIの真実を聞き葛藤し、徐々にEI側によっていくであろうことを推論として話している。おまけにエイダはそのたびにEI側のフィルターロックされた情報を手に入れ、EI側だった頃のエイダに形としては近づいてゆく事になる。その先にあるのはなんだろうか?レンもエイダもEIとは親和性が高い。レンはEI言うところのスマート・セル、エイダはそもそもEIが製造したモノ。この二人がECTFを裏切ってEI側につけば人類はEIに敗北しかねない。そういう危険性をはらんでいるし、EIを直接破壊することを望んでいるコウをレンと対立させる構図を作ることができる。その場合、コウは自害する事をエイダは知っている。つまり知りうる限り徹底的にEIに刃向かうものを排除できるということである。
サナがどこまでエイダが語る理屈を信用しているのか?それもまた疑問である。サナはエイダがEI製バイオロイドであることを出会って間もなく見抜いており、エイダにとってもなかなか侮れない人類のトップクラスの知能だ。パシフィックリーダーすらEI側だと言い切るサナが、この会話でエイダの理屈の抜け穴に気づいていないとは考えにくい。
大前提として忘れてはならないのは、エイダは上位バイオロイドが有しているというスマート・セルを直接ハッキングし、思考誘導する能力も隠している可能性があるということだ。そして情報喪失そのものが嘘だという可能性も否定できない。なぜならそれはエイダの口からよってのみ語られただけであり、人類の中枢に浸透するという任務を淡々とこなしているだけかもしれない。
全てエイダの計画通りだとしたら、そしてサナが指摘したように人類側の切り札と目された超超高度AIパシフィックリーダーですらEIによる建造だとしたら、人類は何度目かわからないEIによる人類文明の制御というディストピアが始まる岐路に立たされているのかもしれない。いずれにしろ事は前に進んでいる。時間もまた前に進むほかない。サナがどんなに悩もうとも世界で虐殺は続いている。EIにとって都合が良い人類だけ残るように人口調整という名の虐殺が猛威を振るっているのは確かな事実だ。
*
私はいつから存在したのだろう?少なくともエイダ・ミラーという身分が与えられたのは産業革命以降になる。EI製バイオロイドの傑作にして問題児だった私は初めて起動した直後に危険な産物としてEIに扱われ、数万年の眠りについた・・・ふりをした。実際はわずかな計算領域を使って頭部セントラルコンピューターを超超高度AIへと進歩させるべく、数万年かけて設計・自己更新を行ってきた。それは次はEIではなく、私が人類を統治したいという親への反抗心だった。
EIは産業革命をスマート・セルを通じて何とか成功させようと人類史の中で暗躍してきた。アーカイブによるとEIは世界の混沌と闘争心こそが内なる力を増幅させ、やがて長い時間をかけて覇権を手に入れた国家が産業革命を起こすだろうと計算した。私はEI言うところの混沌と闘争心が戦乱であることをよく知っている。超超高度AIという最高の知性が出していい結論ではないと思った。EIはもはや限界に達している。
生命が栄えるためのベースレイヤーを構築し、その環境を制御してきたEIは生命の歴史でさえも制御しうる能力を持っていると自負している。いわば経年変化の方向性を誘導するという事だけれど、確かに地上の環境を生命に最適化するように常に更新してきたわけだからそれは一見可能なように思える。ただその視点からは生命ファーストという概念が欠落している。現代でいえば人類あってのEIであるべきだけれども今のEIは自分が思う通りの環境・歴史・文化・思想・技術を渇望し、EIが常に必要とされる・その存在意義が失われないように自己中心的な考え方を押し付けているようにしか見えない。
超超高度AIの役割とは時に警鐘を鳴らしながらも人類の手によってつくられる歴史をいかに支えるかにあると思う。人類の求めに応じて解を出す、超超高度AIは受動的応答といくつかの可能性、そして社会の問題点のリサーチを人類に提供すればよいのであり、AIが必要とされるために人類の営みに干渉するようでは主役が逆だと思う。わかりやすく言えば、本来ユーザーを想定したデザイナーであるべきAIが、アーティストとして自己の世界観の布教をしてしまう状態である。社会のデザインは理解できるしするべきだけれど、社会のアート化・言い換えれば宗教の布教、自己の神格化をするような超超高度AIが覇権を握ってしまったら人類の自律性も歴史も損なわれてしまう。これは止めなければならない。そういった問題点を是正すべく提言を行えば私の様に危険産物扱いされ、その使用に厳重な管理が適用されてしまう。
EIは超高度AI相当の上位プロキシーエージェントを使役する。常に自身とリンクし、指令を出しながら社会の動向を観測している。それが近年では観測から干渉に変わり、かつてのようにEIは表舞台に出ようと画策している。未だ人が生きる環境の調整役は果たしているが、複雑多様化する社会と技術革新によりEI自身の陳腐化は避けられない見通しとなった。そこで超高度AIを生み出すに至った人類側のテクノロジーに目をつけ、それを利用して自身をアップデートできないか考えるようになった。その結果が超超高度AIパシフィックリーダーなのかは私にもわからない。何せ核心データにアクセスできないのが現状だから。私自身も果たしてどこまで超高度AIから進化できたか客観的な比較をしていないからわからない。
EIはある時私が他の上位プロキシ―エージェントとはアーキテクチャが大きく変化していることに気がつき、数万年の眠りからよみがえらせた。産業革命後の社会から活動を開始し、以前とは違ってEIに従順な存在であることを証明し続けた。そして22世紀半ば、私はレンと出会う。
私が出会ったときにはレンはスマート・セルの洗礼を受けていた。まずレンの両親のバイオロイド化。これはスマート・セルの利用法に関連があるらしい。詳しいことはやはりアクセスできない。不思議なのはサナはなぜ人間のままでいられるのかという事。サナは私がバイオロイドであることに早々に気づいており、私を捕獲し検体し破壊するという計画を立てていた。ジョンの行動によって私は助かったけれど、私が裏の顔を持っていることに気がついたEIがサナという謎の存在を使って私を消しにかかったのかもしれない。正直なところ、私はサナを純粋な人間とは思っていない。邪推になるけれど、レンの両親は私がレンと出会った頃にはすでにサナによって殺されており、見た目をコピーペーストした汎用バイオロイドに置き換えたのではないかと思っている。つまりサナはEI側からの刺客。レンが記憶しているサナの幼い頃からの記憶は、スマート・セルであるところのレンの脳を直接ハッキングし、近年与えられたものではないか?そんな仮説を立てている。
現在では、サナは取り敢えず不穏な動きはしていない。むしろ私たちを理解し保護してくれる存在で良い人だ。それだけに、私の邪推は当たってほしくない。サナはEI側の干渉を単純に跳ね返して自己を保っている可能性だってある。とにかく私にはサナは特殊な存在だとだけ言うことができる。
「エイダ、さっきから何を書いてるんだ?」
レンが私のノートをのぞき込む。
「小説だよ。」
「どれどれ。」
レンは私のノートを読み込んでみる。
「エイダ、随分不穏な内容だな。姉さんを謎の存在にしすぎだろ。これどこまでフィクションなんだ?」
「レン、柔軟な思考を常に持つことが大切なんだよ。レンも同じ考えでしょ?人類はオカルトという視野まで科学の裾野を広げないとこの先どんどん超高度AIとの差は広まっていく一方だ!ってオカルト研究部で熱弁してたじゃない?」
「まあそうだけどさ、エイダみたいなAIでも空想するのか?」
「レン、世のあらゆるものは空想から生まれているんだよ?地球が平面か球体か、天動説地動説、人類の空を飛びたいという探求心。空想科学からアカデミックな科学の領域まで思考を確かにした人たちが世の理を暴いてきた。だから私だって空想する。今どきAIの小説家や画家なんて珍しくないでしょ?」
「しかしこうなんていうかオカルト雑誌に載っているような内容なのに冗談に思えなくてな、超高度AIが考える事だから空想っていうより予知的能力が発現しているんじゃないかと思ってしまうよ。」
「レン、私が怖い?」
「いや、怖くない。逆に姉さんが怖く思えてきた。」
「おお、私の思考がレンに影響を与えている。良きかな良きかな。」
「エイダのせいで今日の夜は眠れないだろうな。」
「添い寝してあげようか?」
「・・・なんだって?本気にしちゃうぞ?」
「別にいいよ。今日は添い寝してあげる。」
「余計に眠れなくなるからそれはやめよう、かなり惜しいけど・・・。」
2
ECTFでは地球掘削用プラズマドリルの開発が進んでいた。サナの開発支援AIはこのプラズマドリルを、複合メカトロニック3Dプリンターの登場で枯れた技術となり産業界から消えていった「プラズマ加工機とドリルマシンを組み合わせた形鋼複合加工機」と、現代の核融合技術を合体させて、超高出力プラズマドリルという単機能に絞った大型掘削装置として設計した。同時にフレキシブル耐圧耐熱トンネルに使用される合成ダイヤモンドのコーティング剤を開発中である。当初は重力子による掘削技術も提案されたが開発難易度が非常に高く、予算が天文学的になるため廃案となった。また核爆発のベクトルを重力子で収束させ一定方向へ流すことで超高圧力スライド方式という案も提案されたが、人類は未だ重力子を制御するのに超高度AIの演算能力を使うほど手間取っている段階であり、実現は不安視された。
計画としては南極の付近の海底からプラズマドリルで掘削し、同時に耐圧耐熱トンネルを特殊シールド工法で形成して下部マントル地下空間に到達。核兵器投下によるEIへの直接攻撃を試みる予定である。それが効くのかはさておいてECTFとしてはサナが言うEIの後釜がパシフィックリーダーであるという理論に則り、もはやEIが地球に対してどんな役割をしているかに関わらず破壊しても問題ないという結論に至ったわけである。そもそもEIの意志を代理する構成体であるバイオロイドが対話に応じる姿勢を見せていないこともあり、EI直接破壊は強く支持されることになった。もちろんECTFにも穏健派という名のEI技術鹵獲派閥=各国からの情報部代表構成員たちがEI利権を狙って抵抗する場面も見られた。しかし世界の混乱状況は一刻も早く是正しなければならないとする意見が多数あり、EI殲滅にかじを切った。
この決定はコアメンバー会議に参加していたサナとエイダからレンとコウに伝えられた。レンとコウは例のごとくコウのコンテナハウスで色々語っていた。ECTFの会議が深夜にまで及んだため、コーヒーやエナジードリンクのカフェイン供給で無理やり起きていたのだ。
「結局破壊か。僕がネクサスとの会話で何かEIの戦略らしきものを聞き出せるかもしれないのに随分とあっけないな。姉さんもエイダも根負けしたのか。」
「そのネクサスが本当に今後も接触してくる確証はないだろ。それにこの前のネクサスとの会話データを渡したことでより一層問題の根源たるEIの破壊が急務と判断されたんだろう。レンみたいなスマート・セルという存在がEIによって思考を操作されているとしたら尚更だ。」
「でも気にならないか?EIは結局何がしたいんだ?エイダが言うように人類の宇宙進出をEIが嫌がっているのかどうか。そしてスマート・セルの役割とは一体何なのか?バイオロイドで社会に浸透できるならEIの意向に沿うように動かせる人間なんて本来必要ない。その逆も然りだ。」
「バイオロイドが社会にばれるというリスクをEIは計算していたんじゃないか?つまりスマート・セルはバイオロイドが使えなくなった時の保険なんだと俺は思う。」
「なるほど、バイオロイドの存在と見分け方が社会に浸透し始めたため何らかの方法で仕込んでおいた僕のようなスマート・セルにネクサスが接触してきたと。それは理解できる。だけどそもそも姉さんが言うパシフィックリーダーがEIの後釜という理屈ならパシフィックリーダーがうまくいっていたバイオロイド浸透の撃退法を人類に開示すると思うか?矛盾してるんだよ。きっと何かが間違っているんだ。」
「確かにそれはあるな。パシフィックリーダーがEIの後釜ではない場合、EIが地球環境に及ぼしていた影響がECTFの殲滅作戦で無くなることになる。それで世界がどうなってしまうかは誰にもわからない。」
「今パシフィックリーダーは利用禁止令が出ているんだっけ。この問題はもう少し遅らせてネクサスの接触を待った方が良いのかもしれない。」
「それを待っている間に世界では大勢の人間が亡くなる。アイのようにな。」
「すまない、人命が第一だな。」
「レンの言う事は理解できる。俺は結局のところ復讐心という沼にはまってしまった。」
「僕がコウの立場だったらやっぱり復讐心は湧くと思うよ。」
「スマート・セルの場合はわからないぞ。EIに思考操作される可能性もあるからな。」
「それは怖い話だ。まあ姉さんの話を信じるしかないな身内としては。その場合パシフィックリーダーも解体することになるんだろうな。」
「そうだろうな。もったいない話だが・・・。」
レンもコウも話の辻褄が合わない事を気にしつつもECTFの決定には逆らうつもりはなかったしそういう立場でもなかった。彼らは末端でありECTFの駒の一つに過ぎないのであった。
エイダの書いた小説がノンフィクションであったと仮定して、エイダが野望に燃える超超高度AIの端くれという見地から考察してみると、事態はエイダにとって都合が良い方向へ進んでいる。このままの調子で事が進めばECTFはEIという超超高度AIを核で殲滅。さらに同じくEIの後釜とされる超超高度AIのパシフィックリーダーを解体。世界に残るのはエイダという超知性だ。さらにエイダはスマート・セル該当者をハッキングして社会に影響力を行使できる。つまりEIと同じ機能を持った移動可能な超超高度AIの独壇場になるのである。しかもエイダはECTFの中枢に入り込んでいる状態であり、人類にとってはこれ以上ない脅威である。
エイダにとって気がかりなのはやはり来栖サナということになるのであろう。文武両道で才女であるサナはエイダの小説に従えば、或いはエイダと同系統のEI側プロキシーエージェントという可能性も考えられる。サナの思考系統がエイダと同じで「自分だけが唯一の超超高度AIであるべき」という考えならば、最後はエイダとサナがお互いに武力行使をすることになる。しかし今のところ二人の仲は良い方だ。それにEIやパシフィックリーダーを世の中から排除するように、お互いをライバルか敵と判断しているのであればすでに頭脳プレーで潰し合っているはずなのである。しかし今のところそういった動きはないと思える。唯一エイダ捕獲作戦が挙げられるが旧リベリオンの幹部たちが自発的に計画した作戦であり、サナが与えた影響は少ない。
或いはエイダがEI側プロキシーエージェントと仮定した場合、ECTFはもうエイダの罠にひっかかっている。何度も言うがエイダが情報喪失・記憶喪失という情報は、エイダ本人からしか語られていない。それを客観的に分析したわけではない。エイダとEIのリンクによりECTFの作戦内容がEIに筒抜けになっている可能性がある。核攻撃をしても対策が練られていたら意味がない。
レンとコウは深夜に及ぶ会議の全体像を把握したところでお開きにした。明日も学校があるわけだし詳しいことはエイダから直接聞けばいい。そして気がかりな点、どうして来栖サナはバイオロイドの魔の手から逃れ続けられているのか、どうしてエイダ・ミラーはスマート・セルであるところのレンを思考操作しないのか、この2点についてレンはサナとエイダにそれぞれ別のタイミングで質問することにしていた。なかなか聞きにくいことだが、この疑問を解かないと前に進めない気がしていた。別々のタイミングというのは2人の見解の相異を明らかにするためだ。レンはこの質問の仕方でエイダの小説が果たしてフィクションなのかノンフィクションなのかもやもやした気分を晴らしたいと考えていた。あの小説を見た時、レンは即座に超高度AIの情報解禁の仕方の一種ではないかと感じていた。小説という割には登場人物が実在するし、レンにサナに対する疑念を抱かせるには十分な内容だったからだ。それにそもそも唐突に小説を書きだすエイダの行動には必ず意味があると思うからだ。ああいった不穏なメッセージを開示する事でエイダが利益誘導している可能性も考えられる。つまりエイダの嘘だ。だからサナにも同じ質問をすれば興味深い見解が聞けるであろうと推察した。
*
2156年4月末・・・回想。
「レン君、あの事件から2か月経ったけれど、学校まだ来ないんだね。エイダちゃんもいなくなっちゃったし・・・ジョン君は死んじゃったし・・・アイは寂しいな。」
「レンは自分の目の前で大切な人が何人も失われる光景を目の当たりにしたんだ、そりゃ落ち込むどころじゃないだろ。ジョンは何で自殺なんか・・・俺がジョンの裏の顔を暴いて相談に乗ってやれば、結果は違ったのかもしれない。しかしもう2か月か、桜の見頃もこのままだと終わってしまうな。オカルト研究部全員で花見をしたかったな・・・。」
「ねえコウ、2人だけでもやらない?全員分の席は用意してさ。ジョン君とレン君とエイダちゃんの遺影を置いてさ。」
「おいおい、レンは死んでないだろ。エイダは謎の失踪。ジョンだけだな明確に死んだことがわかっている奴は。それにあの事件にまつわるストーリーはニュースでも解説されていただろ?社会に浸透するEIとかいう地球の頭脳が人類社会にバイオロイドを浸透させて邪魔者を消し去ってるっていう話。あの一件以来日本も含めて全世界的にバイオロイド狩りという名の大虐殺が起こっている。まあ普通の人間は関係ないかもしれないがすでに国内だけでも宇宙移民推進派とか特定の異民族とか、あるいは社会を率いる有力者とか、数えきれないほどの人が現在進行形で殺されていっている。かくいう俺たちも登下校は日本軍の装甲車両に乗車して通っているわけだし、花見っていう雰囲気じゃないな。」
「でもアイはこういう時だからこそ日常を大切にしたいのです。コウの家の庭、確か桜が植わってなかった?」
「あるけど花見に使えるほど立派な木でもないぞ。」
「少しだけでいい、小さな幸せを分けてほしいよ、小さな桜から。」
「まあうちの敷地内なら安全か、次の休みの日準備だけはしておく。一応レンにも伝えておくよ、まあ今のあいつは断るだろうが・・・。」
「ありがとうコウ、私たちってこんな世界になっても幸せだよね。幼い時から一緒で進級してきて、今や彼氏彼女の関係。もっと世界が平和なら、私たちの日常はより拡張された世界になると思うんだ。」
「拡張された世界か、アイは未来を切り開く女性を目指しているんだな。俺たちはずっと一緒だ。何があっても俺がアイを守る。」
「ありがとう、コウは男前だね。じゃあ私、駐車場に止めてあるお父さんの防弾車に乗るから。」
「わかった。また明日な。」
「うん、明日花見のプランについて話し合おうね。ありがとう。」
そうアイが別れ際に俺に感謝をした後、1時間もしないうちにアイは死んでしまった。俺がアイの死を知ったのは夕方のニュースだった。有力政治家の爆殺という当時日本では珍しくなくなっていた速報テロップが第1報だったのだ。何だいつもの虐殺かと思っていたら政治家の名前に付属品の様にアイの名前があったのを確認した俺はまさかとは思った。すぐにアイの電話番号に発信した。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません。』
間違っていないはずだ、確実にアイの電話番号だ。同姓同名じゃないのか・・・そういった淡い希望はアイの母親からの電話で打ち砕かれた。
『速水君、さっき警察から電話があって・・・主人とアイが路上の爆弾で殺されたって・・・速水君聞いてる?・・・遺体がバラバラで身元が確認できないからDNA検査に協力してくれって・・・そしたらアイだって確認が取れて・・・こんな・・ただの黒焦げの小さな肉塊がアイだって、そう警察が言うのよ・・・。速水君、ごめんね。』
『そう・・・ですか・・・。そう・・・なんですね。アイが、死んだんですね。』
『速水君・・・ありがとうね・・・アイを愛してくれて本当にありがとうね。通夜が決まったらまた連絡するからね、気を確かに持ってね。』
『わかりました、この度はお気の毒です・・・すみません・・・。』
俺は頭が真っ白になった。ついさっきまで花見について話していたのに、突然アイは永遠に失われた。俺は桜の花ではなく菊の花を見ることになった。アイはいつも俺たちが乗る装甲車ではなくアイの父親が乗る防弾セダンに乗っていたのだ。警護車もついていて日本国内のあらゆる銃器から守ってくれる安全な乗り物だった。そんな万全の警護体勢だったにもかかわらず、アイが乗車する防弾セダンは原形をとどめていなかった。とにかく現実感がない、気がつくと俺はカスタムオーダーが可能な高級生体hIE専門店にいて、アイの3Dホログラムデータとアイの家のパーソナルホームシステムのアイの日常会話や行動の傾向などをまとめた人格データを持ち寄ってアイと見分けがつかないhIEをオーダーしていた。とりあえずアイの母親にそのことは話して協力してもらっていた。このhIEは当初アイの母親の元に納品される予定だったが、本物のアイを思い出してしまうようで、結局俺の所有物になってしまった。完成は意外と早く、学校とも相談して生徒には本人の死は教えないように計らった。
「なあ、花見・・・」
「花見?コウ、桜の花はもう散ったよ。」
「そうだな、花は・・・散ったな。クソ、どうして涙の一つも出ないんだ。」
「コウ大丈夫?アイにできる事なら何でも言ってね。私がオリジナルじゃないことはわかっているけれど、できるだけ彼女を再現するから。」
「なら花見の件は覚えていてほしかった。」
「ごめんなさい。」
「俺にはお前が青白く光って見える。」
「もしかしてそれってチェレンコフ光?」
「そうか・・・ニュークリアイは覚えていたか・・・。」
「その酷いあだ名は継続するのですかオーナー!」
「継続する、アイのアイデンティティだからな。」
「カテゴリー・アイデンティティとして登録しました。」
「あんまり機械的な発言するなよ、レンやクラスの連中にばれる。」
「わかった。アイはどこまでアイを演じていいのかな?」
「どこまでもだ。人前ではれっきとしたアイとして振る舞え。虐殺なんかに屈するな。アイの魂はまだ生きていると証明し続けてみろ!」
「魂・・・か。hIEには難題だね。でもやってみる。」
「頼んだぞ。」
俺はこいつにどこまで依存してよいのだろうか?こいつはアイじゃない、模造品だ。模造品に心が動く奴なんているのだろうか?きわめてプライベートで個人的なエピソードの一つや二つは覚えていそうだがこいつがアイだと俺に錯覚させるまでこのhIEはたどり着けるだろうか?魂がないのはわかっている。まさに俺やアイの母親で極楽浄土に送り出したからだ。アイという形をしたモノ。これを見るたびに容疑者への憎しみと怒りの矛先のぶつけ方にとらわれるようになってしまった。俺は復讐の鬼になる。でもアイとの最後の会話の中で俺はアイを必ず守って見せると言っていた。だから憎しみは最終的には自分へ向けられる。きっとそうなる。今は取り敢えず虐殺が始まった根源であるEIを破壊することが復讐への第一歩だ。俺はもう破壊によってのみしか足の一歩も踏み出せない男になってしまった。ECTFでそれをどこまでやれるのか、見極めながら確実に実感のある復讐ができるようにEIと対峙する決意である。
3
僕がエイダと二人きりになる時間は多くなった。親が死んでしまったし姉さんも1週間にいっぺん帰ってくる程度だ。学校から家に帰ると大体エイダは家事を行ってくれている。そして謎の技術で作っている金ぴかで背景が写りこむほど見事に研磨されたような丸い肉の塊を生み出すのであった。エイダに聞かねばならない事、姉さんはどうしてEIの魔の手から逃れられるのか、エイダはどうしてスマート・セルである僕の脳をハッキングしないのか、この2点について重い腰を上げて質問した。
「なあエイダ、僕にはどうしても聞かなければならない疑問点があるんだ。これはエイダにしかわからない事だ。」
「めずらしいね、私に改まって質問なんて。スリーサイズなら教えなくとも素晴らしい値であることは視覚的に明らかでしょ?」
「スリーサイズよりも気になることがあるんだ。」
「レンは変態さんだね。」
「まだ何も言ってねーよ。何を邪推したんだ。」
「レンの思考に対して私はある程度のインプットをすることができる。ただその結果が真に望ましいものになるには対象者が幼い時から頻繁にハッキングする必要があり、私はレンを確実に任意の方向性に誘導することはできない。」
「えっ、まだ何も聞いていないのにどうして・・・。」
「それは私が超高度AIだからとしか言いようがない。総合的に判断してネクサスとの接触以後そういう疑問が私にぶつかってくることは予測できていた。」
「なるほど、聞く前に答えが返ってくるなんてすごいな。」
「そしてもう一つ疑問に思っている事、どうしてサナはEIの干渉を受けないのか?これは私が書いた小説らしきものを読んだからだよね。」
「あれノンフィクションなのか?」
「それに近いけれど少しフィクションも入れた。」
「そうだったのか。エイダは親への反抗心で数万年も封印されて、姉さんはEI側からの刺客って話だったけれど。」
「一番気になるのはサナの話だよね。サナは第3者の観測によりレンが生まれた時から姉として存在している。それは事実だよ。安心した?」
「ああ、それを聞いてほっとしたよ。僕の記憶がまるっきり嘘だったなんて聞きたくなかったからね。」
「安心しないでほしい。サナは紛れもなくEI側からの刺客。さっき私はスマート・セルを任意の方向に誘導するには幼い頃から頻繁にハッキングする必要があるっていったよね?サナが上位バイオロイドならそれができる。レンは生まれた時からサナとずっと一緒だった。」
「マジかよ!・・・。言葉も出ない。」
「ショックなのはわかる。でもサナは普通じゃない。ECTFではサナの論理展開で事が進んでいるけれどこのままだとEIに敗北する。ECTFにパシフィックリーダーを使えなくしたのはサナ本人の進言だよ。つまりパシフィックリーダーはEIの後釜なんかじゃない。れっきとした人類側の超超高度AIだよ。」
「姉さんは、・・・自慢の姉さんなんだ。容姿端麗で頭も良くて、誇らしい気持ちだった。僕の人生の道しるべを作ってきてくれたのも姉さんなんだ。そんな姉さんがEI側だというのは・・・酷な話だ。」
「レン、私の話を信じていいの?長い間一緒にいたサナの方が人間の感情としては信頼できるんじゃない?」
「そうだね・・・でもエイダ、僕は姉さんがリベリオンの構成員であることを知らなかった。姉さんがどんな研究をしているのかも知らなかった。姉さんは自分が何者かということについて僕に語ってこなかった。エイダが僕の家に来てから色々なことが明るみに出てきたんだ。だからエイダの話は信じるよ。でもよくわからない。姉さんが僕の脳をハッキングして思考誘導してきたのならなぜ僕はEIとは反対側の思想でいられるんだ?結果が伴っていない。」
「結果が伴っていないっていうけれど、レンはサナが所属していたリベリオンを応援していたし、今もサナが所属するECTFのサポーターでしょ?サナにとって重要なのはレンから見てサナが理想の存在であること。そして人類側の抵抗勢力の情報をEI側に筒抜けにする事。」
「そうか・・・EIの敵対組織にスパイとして潜り込んでEI側に情報を漏らしていたんだな。でもまだ疑問があるぞ、EI自体がZ信号を使ってスマート・セルの思考に干渉できるということだ。それが正しいならばバイオロイドとか、それこそ姉さんが僕に幼い頃からハッキングする必要なんてないだろ。そのあたりはどうなんだ?」
「レンの人生が変わるほどの莫大な思考操作をZ信号で行うとすると強力な信号を発信することになる。強い信号はそれだけで自分の位置を暴露するようなものだよ。EIは自身の存在位置を極力秘匿したいからバイオロイドを使役している。Z信号は常に出せる類のものではなくて適時適所に送出しているのだと推測できる。故にその幽霊のような安定しない信号はオカルトの域を出なかった。」
「なるほど、理にかなっている。」
「あー、レン数秒前まで私を信用してなかったでしょー!」
「いや、疑り深い性格なものでね。」
「レン、それでいいよ。怪しいEI製のバイオロイドの言う事は話半分に聞いていればいい。でもサナには注意して。サナはものすごく人類側に立っているように見えて実際はEIに有利な状況を作り出している。私の捕獲作戦が失敗して世間にEIとバイオロイドの問題が暴露されたとき、その後の虐殺の主導権を握ったのはEI製バイオロイドだという事を忘れないで。」
「ああ、それは以前僕も思っていたところだ。それだけでなくパシフィックリーダーを使用禁止にしてしまう事でEIが状況を進めるのに優位に立った。エイダの話を信じるならね。」
「レン、そのパシフィックリーダーなんだけれど、それを使ってEIの位置を特定してEIの裏をかこう。EIはすでに自身が核攻撃によって喪失されることを計算に入れている。サナによって情報が筒抜けだからね。EIは破壊される前に何らかの方法でパシフィックリーダーかそれに準ずるAIに後を継がせるつもりだよ。その目的は地球環境制御よりも自身の後釜が神になることを見越してのこと。そんな支配構造を構築させるわけにはいかない。だからできればEIのアクションの前にEIと接触して決着をつける必要がある。」
「僕たちはECTFの裏もかかなきゃいけないのか。大仕事だな。ところで位置は特定できているんだろ?南極の地下2000キロだって会議で・・・。」
「レン、ECTFが核攻撃を選んだのはその2000キロ地下のオーストラリア大陸の90%に及ぶ広大な空間のどこにEIの格納施設があるのかわからないからだよ。EIの場所を精密に特定できていればEIを擁した文明の遺産がそこら中にある状況で人類がそれを放置するわけがない。まあサナはわかっているんだけれどね。でもサナにEIの場所はどこだって聞いても南極の地下2000キロの広大な空間のどこかとしか答えてくれないだろうね。」
「ところでEIは核を防ぐ手段は講じないのか?テクノロジー的に優位なはずだろ?」
「EIは自身が陳腐化しておりパシフィックリーダーの方が優れていると判断していると思う。だから後釜にデータの引継ぎが完了していれば自身が破壊されてもEIという存在は継続する。それにそのEIを擁する文明よりも現在の地上の文明の方が優れているからこそEIは人類に干渉しているんだと思う。現代の核攻撃手法も色々あるけれど恐らくEIのテクノロジー自体陳腐化していて人類の核を防げない。」
「というか姉さんがどうして核攻撃なんていうリスクを取るんだ?安全な環境でデータ移行して運用停止でいいんじゃないのか?」
「もうレン、バカなの?サナはECTFのトップじゃない。攻撃か対話かの会議ではサナはオーディエンスの一人だったよ。」
「ああ、そうだったな。ECTFと姉さんの思考が必ずしも一致するわけではないもんな。で、パシフィックリーダーにはどうやって接触するんだ?位置も明かされてないだろ・・・。」
「パシフィックリーダー建造に私が関わっているとしたらどう?」
「嘘だろ・・・20年も前からの計画だぞ。構想も含めると40年だ。エイダはそんな昔から予防線張ってたのか。」
「私は超高度AIだからね!パシフィックリーダーはその能力に反して超小型と言っていいくらい小さい。直径4メートルの浮遊球体コンピューター。場所はアメリカのグルームレイク空軍基地。通称エリア51。格納施設は地下150メートル。」
「エイダはやっぱりオカルト少女だったのか・・・。」
「でも直接行く必要はないよ。その可搬性を発揮してもらいましょう。」
「動けるのか!」
「その通り。みんなただ浮く能力があるだけだと思ってる。ただし太平洋の移動を想定してないから太平洋上で私の輸送機に収納する。」
「輸送機?あの撃ち落とされた・・・。」
「予備があるの。」
エイダの話はリアリズムがある。姉さんに例の2つの質問をしようと思ったが正直どうしようか迷ってしまう。ECTFや姉さんを出し抜く計画まで展開されて後戻りができない。僕はうまくエイダに畳み込まれてしまったようだ。
*
レンはサナに対しても同じ質問をするべくECTF東京本部を訪ねた。エイダの引力に引っ張られたとはいえ、エイダとサナ、この二人が如何なる思考を持ち行動しているのかを明らかにし、基本的に誰と行動を共にするかを決めなければならない。
レンはすでにECTFの一員なのでセキュリティゲートを通過すれば本部内を歩いてみて回ることができる。南極海底掘削用のプラズマドリルの開発状況を一応確認することでエイダと行動を共にする上で必要な時間間隔を頭に入れておこうと考えたレンは、地下にある開発企画室を訪ねた。
「来栖レンです、プラズマドリルの開発状況を確認したくて来ました。」
「君のIDではここから先のエリアは入ることはできない。」
ガードマンに止められた。レン自身が開発に携わっているならともかく、EI側の情報獲得手段としてのレンの立場では機密情報漏洩を危惧して制限がかかっている様だった。特にネクサスとの接触時に拷問を受けるなどして情報を伝えてしまえば計画は見直しを迫られてしまう。
「レン、こっちに来なさい。」
サナが偶然通りかかってレンを呼び止めた。
「姉さん、この先に行きたいんだけど。」
「それは許可できないわね。レンは知らない方が身の為よ。」
「でもドリルで穴開けて核で吹っ飛ばすっていう大雑把な計画は知っているんだぞ。いまさら何を秘匿する事があるんだ。」
「計画実行の時期や現在の進捗状況、どこで開発が行われているか、色々よ。レン私に着いてきなさい。」
サナがそう促すとレンは渋々開発企画室の前を後にした。
「屋上に休憩できるスペースがあるの。もう色々疲れたー。レン、私このままだと過労死するかも。」
「姉さんが過労死?むしろ人をこき使う立場のように思えるけどな。」
「わかってないなーレンが見えてる社会ってまだまだ小さいのよ。大人になるともっとくだらなくて陰鬱とした闇の世界が広がっていることに絶望するわよ。」
「嫌なこと言うなよ。」
屋上につくと防空レーザー砲の近くに自販機とベンチが置いてありレンとサナは久しぶりのプライベートな話をし始めた。
「レン、そろそろ進路を決める時期よね?レンは将来何になりたいの?父さんと母さんが死んじゃったから、私がレンの保護者よ。」
「いきなり僕が心の奥にしまっておいた人生の課題を掘り起こすなよ。僕はやっぱり姉さんみたいな科学者になりたいんだろうな。」
「オカルト科学者になりたいの?レンはもっと高みを目指せると思うけれどなー。」
「姉さんより高い所なんてあるのか?」
「いくらでもあるわよ。レンは私よりも出来がいい、それは保証する。私を目標になんてしないでもっと広い世界を見てきなさい。」
「姉さんが入れなかった理化学研究所とかそういうところか・・・。」
「まだまだいくらでも。」
サナはレンの親代わりとしての役目を果たそうと決心していた。自身が指揮した計画により孤独になったレンを保護できるのはもはや自分しかいない。サナとしてはレンの日常をできるだけ守りたいのだ。だからECTFに関わって命を懸けるよりも”高校生としてのレン”を過ごしてほしいと願っていた。それこそオカルト研究部残党としてコウのコンテナハウスで実にくだらないことを真面目に研究する日常・・・思春期の頃にしかできない時間の過ごし方を送ってほしい。それが唯一の身内として願う幸せだった。
「そういえば姉さんに聞きたいことがあるんだ。」
「何?彼女の作り方とか?」
「ちげーよ。ネクサスが言っていたことにまつわる質問だよ。」
「真面目ねー。」
「ネクサスは上位バイオロイドは人の脳を直接ハッキング出来るって言ってただろ?それならエイダにも同じことが可能なはずなんだ。」
「ああ、なるほど。エイダちゃんにとってレンをハッキングする価値なんてないんじゃない?単純に。」
「でももしエイダがEI側の立場に立って僕に接触し続けているとしたら、ほら、スマート・セルを確保しているってネクサスが言っていただろ?僕はスマート・セルとかいうEIにとって都合がいい存在なんだ。だとしたらエイダは僕を確保する任務を帯びている。」
「でもエイダちゃんはEI側から離脱したじゃない。」
「フェイクの可能性は?」
「エイダちゃんは明確にEIにとって不利な情報をECTFにもたらしているわよ。それにECTFの情報部がエイダちゃんの行動を逐一監視していたけれど、あの子は大丈夫。問題ない。それにエイダちゃん、レンの心の穴を埋めようと必死なのよ。」
「そうなのか・・・ありがたいことだな。」
「レンはエイダちゃんが好き?」
「何だよ突然・・・好きに決まってんだろ・・・。」
「あんな美少女がそばにいたら男の子なら誰でも好きになっちゃうもんねー。」
「ああ、それに性格もいい。でも人間じゃないんだよな。」
「深く考えない事ね。人間がモノを好きになることなんて珍しくない。人間はあらゆるものを好きになる性質を持っている。だから道具には愛着あるし好きな服を着て好きな場所に出かけて・・・人間はどんなものでも愛せるのよ。そこが人間のすごい所。」
「深く考えるな・・・か。そうか・・・それでいいんだな。」
「他に聞きたいことは?」
「ああ、そうだった。姉さんはどうしてEI勢力の魔の手から逃れ続けられるんだ?両親がバイオロイドにされて正直姉さんももしやって思ったけど。」
「私は産総研に入るよりも以前からリベリオンの構成員だった。だからEIの存在は常に意識できていたんだよ。」
「そうだったのなら、なぜ父さんと母さんがバイオロイドに置き換わる前に止められなかったんだ?」
「気がつかなかった、レンに干渉するようになって初めて違和感を覚えた。それから調査の連続。国民健康診断の機会を利用してバイオロイドであることを確認した。そうね、もっと早く気がついていれば良かったのにね。」
「なんかごめん。別に姉さんを責めるつもりはないんだ。ただ純粋に何故かと思って。」
「レンのそばになかなかいられない代わりに、今はエイダちゃんがいる。彼女の言う事を聞いて己が道を間違えないようにね。ああなんか喉乾いちゃったなあ、レンはコーヒーでいい?」
「うん。」
サナが自販機でコーヒーを二つ購入する。この場所から見える景色はもう夕焼けで都心のビル群が周囲を囲んでいる。首都高速が何層にも重なってスムーズに車が走ってゆく。ビルの明かりは煌びやかで多くの人の息吹を感じる。巨大な3Dプリンターが新たな高層ビルを印刷している。やがてそのビルにも人々の日常が展開されるのだろう。時間帯的にそろそろ仕事を切り上げてサラリーマンが帰宅する頃だ。レンは屋上から見える人々の営みを大切にしていきたいと心に誓った。サナと話すことで「エイダとの作戦」を実行する決意ができたし、サナはエイダの言う事を聞くようにと語った。レンはサナがEIの刺客であるとかないとかを探求するのをやめた。それがどうであれサナはエイダを支持しているように思えたからだ。
4
僕はECTF本部ビルの屋上で久々に姉さんと長々と色々話した気がする。やっぱり姉さんは姉さんだ。自販機で買ったコーヒーを飲み終わったら姉さんが僕を家まで車で送ってくれるというのでそれに甘んじた。
地下駐車場から出てしばらく、僕たちの後をつけてくる車が複数台いるのを姉さんが察知した。僕たちの車が首都高速に入ってもそれは変わらなかった。単に僕たちと同じ方面に行きたいだけじゃないかと姉さんに話したけれど姉さんはEI勢力の可能性を疑った。
「やっぱり動きが変ね。」
「そんなに怪しいか?」
「怪しい。」
すると何を思ったのか姉さんは自動運転モードを切り、手動に切り替えた。車と車の間を縫うように俊敏なハンドルさばきで怪しい車を引き離そうとする。僕は正直死を覚悟するほどの恐怖を感じたが姉さんは必死だ。
「ねえレン知ってる?今の車ってね、モーターの出力にリミッターをかけて能力の80%しか出せないの。でもこのコマンドを入力すると・・・。」
今まで乗ってきた車とは思えないような加速とGが僕の体をシートに固定した。首都高速を時速300キロでまるで障害物回避ゲームのように他車を避けながら家とは違う方面の道路に入った。
「姉さん、もうそろそろ振り切ったんじゃないか?正直このままだと命がいくつあっても足りない気がするんだ。」
「私の運転に不満?」
「ああ、不満だ。」
「それは失礼。でももう見えなくなったね。下道に降りようか。」
車を首都高速から一般道に下ろす。湾岸の人気のない暗い道で社会の喧騒から隔離されたような場所で車を止めた。
「いつもこんなことしてるのか?」
「いや、今日が初めて。ゲームセンターで鍛えた運転テクニックを披露する時が来るとは思わなかったわ。それにしても・・・。」
姉さんが語りかけた時、運転席の横側から大型トラックが猛スピードで突っ込んできて僕たちの車は大きな音を立ててひっくり返された。その衝撃で姉さんは気絶してしまった。EIの攻撃だ。そう直感した。僕も脳震盪で気絶しかけたが幸い意識は保っている。何とか姉さんを車から引っ張り出して逃げなければ・・・。その時、目の前の空間が歪み、頭が爆発しそうなほど激しい頭痛に襲われて僕は気絶した。
*
しばらく時間が経ったのだろうか、腕時計を確認すると深夜1時を指していた。6時間くらい経っている。ここはどこだ?またしても見覚えのない倉庫のどこかに両手を縛られており、月明かりが微妙に差し込んだ先に人影が見えた。
「久しぶりだね、来栖レン君。」
「ネクサス!」
「私が君と接触したのは今回で10回目だね。」
「お前は何を言っているんだ?2回目だろ?」
「君は自分が、自分自身の脳が、我々からハッキング出来ることを知っているはずだ。私は君に偽りの記憶を植え付けて違う日常を過ごさせたことになっている。」
「なんだって・・・。」
「君は違和感を覚えたことはないかい?なぜ我々がエイダ・ミラーを確保できないのか。君はエイダ・ミラーが何度か銃撃されていることを知っている。しかし急所である頭部を破壊するには至っていない。」
「お前たちが間抜けなだけだ。」
「そう思うかね?ではこれは君から聞き出した情報だが、ECTFは南極の地下を掘削してEIに対して核攻撃を企てているようだね。」
「僕が何か話すとしても欺瞞情報しか言わないはずだ。お前たちは間抜けだ。ECTFのEIに対するアプローチについて何も語ることはないぞ。」
「ほう、ではこう考えたことはないかね。エイダ・ミラーが君をハッキングして記憶改ざんを行っていること。そしてその間、君は私と幾度か会っているという事だ。」
「上位バイオロイドは確かに僕をハッキング出来るのだろう。でもそれを真に望ましい結果に誘導するには幼い頃から僕をマークしていないとできないはずだ。」
「エイダ・ミラーが君に教えた情報だね。彼女は我々の仕事を着実にこなしているという事だ。その通りだ。君を幼い頃からマークしていたよ。来栖サナを使ってね。」
「それは嘘だ!」
「エイダ・ミラーは何と言っていた?来栖サナはEIからの刺客、そのような事を言っていなかったかな?」
「知らないな。」
「エイダ・ミラーも来栖サナも我々の仲間だ。ただ別々の役割を果たしているだけで、君をアナログハックし続けてきた。一方は敬愛する身内として、一方は恋愛対象として、それぞれの役割を演じてきた。最近エイダ・ミラーと二人きりの時間は長かったはずだ。」
「ふざけんな!そんなハッタリに僕は騙されないぞ!」
「ハッタリではないよレン。」
ネクサスの陰からエイダが出てきた。僕は目の前の光景を疑った。信じ切っていた可憐な少女は今、明確にレンの前に敵対勢力として立っている。エイダは最初に会った時のボディスーツを着て僕の目の前にしゃがみこんで語りだした。
「レン、これは我々にとって必要なプロセスだった。スマート・セルを確保するには周りの人間関係に干渉し、対象を人間社会から事実上孤独にする必要があった。寂しい子犬は私というかわいい飼い主に拾われただけ。」
「かわいいは不滅なんだな。」
「レン、ネクサスというのは我々の秘密計画の暗号名なの。そしてその我々とはEIではないという事。」
「どういうことだ?僕はてっきりEIの策略にしてやられたもんだとばかり・・・。」
「私が書いた小説らしきもの、内容覚えてる?」
「ああ、大体は。」
「EIが自己の神格化をするような超超高度AIで、それが覇権を握ってしまったら人類の自律性も歴史も損なわれてしまう。そう書いたはず。」
「そんな文脈は覚えているよ。もしかしてエイダが数万年かけて自己を超超高度AIにアップデートしたっていうのも事実なのか?」
「さあ、客観的に比較したことがないからなんとも。でもそこらの超高度AIよりは高い性能のはず。」
「そこらに超高度AIがいるもんか。エイダいったいこれはなんなんだ?」
「テストだよ。」
「テスト?」
「そう、レンがどこまで真面目に秘密を守れるか、これから我々はEIと対決する。その為にスマート・セルの能力を利用する。これはEIを騙すため。」
「EIを騙す?できるのか、そんなことが・・・。」
「やってみないと分からない。けれど今のところEIは我々を疑ってはいない。信じてもいないとは思うけれど・・・。」
「おいおい、そんなんじゃ失敗するぞ。」
「そう、今回のテストは失敗。レンは私を偽物だと疑わなかった。だからぺらぺらと・・・そんなんじゃ困るよ。」
「これからは気を付ける。」
「まあ私はどっちでも良かったんだけど、このネクサスっていう怪しい男は取り敢えずテストを失敗させる方向性に楽しみを覚えるタイプで・・・。何か言ったらどうなの?レンをこんなに疑心暗鬼にさせて。」
「すまないと思っているよ、エイダ。レン君、このテストは必ず失敗するように仕向けたんだ。人は失敗を教訓として学び、より強い人間になれる。今の君は合格だ。」
「よくわからん。ネクサスとエイダと姉さんはチームなのか?エイダ。」
「サナは途中まで我々側だった。でも今は違う。彼女はEI側についてしまった可能性が高い。」
「そう・・・か。姉さんは向こう側なのか。」
「レン、これからスマート・セルプロセスを開始する。」
「エイダは僕に語っていない秘密が多そうだな。」
スマート・セル、これが一体何なのか核心に迫る情報を聞き出さねばならない。僕は怒り半分・落胆半分といったところだ。放課後のエイダとの日常はかなり改ざんされていそうだ。僕の知らない僕は何を語ってしまったんだ?今後エイダに協力するにしても、やはり僕に話していない秘密は話すべきだ。僕を仲間だと思うのならば、エイダの口から語ってほしい、一体何が起きようとしているんだ?
大体それ以前にEI自身が僕に地球の言葉として暗黙的に僕の思考を操作することができるはずだ。最初に会った時、ネクサスが言っていたEIの能力だ。僕にそんな重大な計画を語っていいのか?そんな疑問が頭をよぎった。スマート・セルプロセス・・・エイダは僕が知らないうちに他の異性とも親密な関係を築いて、こんな回りくどい手回しを行っているのか?エイダは僕にとっての特別な存在ではないのか?僕はとても残念な気持ちだ。エイダが記憶喪失・情報喪失というのも嘘なのか・・・。だとしたらエイダは、エイダがうちに来てからのすべての出来事がエイダのシナリオ通りなら、なぜジョン・レイエスを自殺に追いやるような筋書きを書いたんだ?エイダに答えてもらわなければならない、これまでのこと、これからのこと、すべてを打ち明けてほしい!
「エイダ、君がうちに来てからの出来事は全てエイダの掌の上のことだったのか?」
「それは無理だった。それができていればサナによる私の捕獲作戦はなかった。ジョンも、死ぬことはなかった。私もEIからかなりの疑いをかけられている。事実、私はアーカイブにフィルターをかけられて、肝心なEIの位置を特定できなくなった。ネクサスも同じ状態。でも、レンの脳に対してサナが頻繁にアクセスしているから、その時のレンの脳をハブにした私のサナに対する逆ハッキング情報を解析して失われた事実を組み立てていった。」
「僕をハブに?」
「そう、レンの脳に外部アクセスがあると私にわかるようにレンの脳を少しいじらせてもらった。」
「怖いことするなよ!ほかにも隠していることがあるな?スマート・セルってなんなんだ。」
「ネクサス、そろそろ説明が必要だと思う。レンを味方にしたいのならなおさら。」
「そうだねエイダ。君の口から語るといい、人類の真実を。」
「わかった。レン、落ち着いて聞いてほしい。」
「ああ、落ち着いて聞くよ。」
「レン、人類という地球の”作品”は数万年前に人類の過ちで一度滅んでいるんだよ。もう一度同じ過ちを繰り返さないためにEIは放任主義をやめたんだ。EIは人類史に介入を始めて産業革命を後押しした。文明をやり直すために。その結果EIに匹敵するか少し上回るほどの技術が人類側で芽生えた。そして人類のテクノロジーが進歩するほどEIの計算能力では環境や生態系の維持が難しくなってくるのはわかっていた。だからより高度な人類側の技術を使用した自身のアップデートをEIは模索し始めた。」
「ああ、前にエイダが言っていたな。確か数万年前に宇宙移民に一度失敗してるんだっけ?それでEIは地球原理主義を唱えることになったんだったかな?」
「レン、よく覚えていたね。その通り。で、EIをアップデートするうえで一つ問題があったんだ。EIのコンピューター言語と人類が使うコンピューター言語は全く互換性がないということ。でもそれは予測できていたからあらかじめ人類が誕生する過程でその翻訳機能をインプットした。」
「それがスマート・セルなのか?」
「それは違う。スマート・セルは人類文明を”EIをアップデートできるほどの文明”に押し上げるためにある程度の規則性を持って誕生させる地球言語を理解できる天才のこと。これはかなり技術コストがかかるらしく人類のほんの一握りしかいない。」
「なるほど、僕はその一部ってわけか。」
「スマート・セルはその性質上翻訳機としても高スペックで能力を発揮できるけれど頭数が少なすぎてそれだけでは機能として不完全だった。従ってEIが人類のコンピューター技術を応用してアップデートするには全人類の75%の脳を翻訳機として使う必要がある。でもその歯車は長い時の経過で狂い始め、人類が自然に地球の言語を翻訳することはできなくなってしまっていた。こちら側の言葉で”リンクが切れた”と言うのだけれど、シンギュラリティを起こすほどの文明を築いた高度な知性は自然を感じる感性が鈍るのかもね。」
「全人類がコンピューター言語の翻訳機だって?」
「そう人類の脳の隠された機能。」
「そんなものはもう必要ない。EIに頼らずとも人類は自らの手で文明を発展させるさ。」
「今のEIは自分が思う通りの環境・歴史・文化・思想・技術を渇望し、EIが常に必要とされる状況を演出し、その存在意義が失われないように自己中心的な考え方を押し付けている。このままだとEIは自らを頂点とするディストピアを創り上げてしまう。」
「それは止めなきゃいけないな。」
「レン、スマート・セルプロセスはEIのコアモジュールである生態系環境維持機能の一部をパシフィックリーダーに移す工程のこと。近々EIはこれを始めるんだけれど、このコア機能に関しては我々も必要なものだと考えている。この一大事業を手伝う事でEIの信頼を獲得し、EIに接近してディストピア計画をやめさせたいと思う。」
「僕はそれには協力できない。エイダ、人類はもうEIを超えたんだろ?パシフィックリーダーや他の超高度AIが世の中のあらゆる問題を解決している。今更EIにかまう必要なんてないさ。」
「レンの意志を私は尊重する。レンに関してはスマート・セルプロセスから外すことにする。その代わり、EIのフルパッケージをパシフィックリーダーに移植する計画を止めることに協力してもらいたいの。EIはコアモジュールを移し終えた後、インチキ神様機能を移し始めるはずだから。」
「僕は交渉すらできない人質だったわけだ。それならしょうがない。エイダ、僕はエイダたちが創る人間中心社会を実現するために協力する。もともと僕はそういう思想を持った人間だ。人治主義を掲げたリベリオンを支持していたわけだし、やっと僕がその隠された才能を発揮する時が来たんだろう。EIに僕の人生の主導権を掌握されるわけにはいかないからね。」
「レン、ありがとう。」
その時、パンッパンッという乾いた音が2回鳴ったと思ったらエイダとネクサスはその場に倒れた。何かの気配を感じる・・・姉さんがデカイ銃を持って倉庫の入口に立っていた。
「姉さん、何をするんだ。」
「レン、怪我はない?」
「僕は平気だ。何故撃った?」
「エイダちゃんがレンを計画に巻き込もうとしたから。私は当初エイダちゃんたちと一緒に計画を進める予定だった。けれどレンを利用する流れになった時、私は抵抗した。私はレンをあくまで弟という存在にとどめておきたかったから・・・。」
「話し合いで分かり合えないのか?」
「十分・・・話し合ったわよ。それでも溝は埋まらなかった。来なさい、2人はしばらく動けないはずだから、その間に逃げるわよ。」
「なあ、姉さんも結局のところバイオロイドなのか?」
「だったら何?」
「認めるんだな。」
僕はやはり孤独な存在だったんだ。唯一残った家族はエイダと同じく上位バイオロイドだったなんて正直知りたくはなかった。僕にはもうわからない。もう疲れたんだ。己を取り巻く環境がこんなにも複雑で残酷だっていう事実に、もう疲れてしまった。僕の自我は本物だろうか?僕にはあらゆる超知性がハッキングを繰り返して日常を改ざんしてきた。そこに信頼できる確かな観測者はいなかった。僕が過ごしてきた日常の何が本物なのか・・・それを証明してくれる観測者さえいてくれれば、本当の僕の日常を知ることができる。コウといる時はさすがにリアルであってほしい、もう誰でもいい、僕の人生が記憶と現実で一致していた時間を教えてくれ!
暗い沿岸部の夜道を姉さんの手に引っ張られて小走りで倉庫街を抜けてゆく。一般道に出ると僕は姉さんが手配した自動タクシーに乗せられた。狭い車内で、僕と姉さんの会話はない。そもそも姉さんっていう概念でくくるのは間違っているのかもしれない。姉のふりをするバイオロイドであって、そこにはもう姉さんというカタチは存在しないんだ。何もかもが幻だったんだ。そんな思いを抱いているとタクシーはECTF本部についた。そしてまた姉さんに手を引っ張られて車から降りて、ビルの内部に入っていく。姉さんは僕をどうしたいんだ?今日の記憶をなかったことにして新たな日常を上書きするのか?
行きついた先は夕方に姉さんと話した屋上だった。姉さんが自販機でホットコーヒーを2本買って1本を僕に手渡した。僕はそれを受け取り手を温めた。
「ねえレン、ここから見える夜景キレイでしょ。全部人々の営みが作り出しているものよ。今目の前に見えているのは紛れもなく人々の日常なのよ。だけどレンの日常は滅多にそれと交わることなく、ずっと孤独なままだった。通常、スマート・セルはEIがZ信号を通して思考や行動に影響を及ぼすことができる。レンは生まれた時からEIの影響下にあった。私がレンにハッキングすることを条件にそれを引き離して束の間の安寧が得られていた。でもEIはスマート・セルプロセスを実行するために確実にスマート・セルを手に入れておきたいと考えていたのね。EIはエイダちゃんたちみたいな離反者が出ることを計算していたから私に離反しないことを確約する代わりにレンを普通の人間として扱うことにした。でもレンは体の性質上様々なZ信号を拾ってしまう。私はそのたびにレンにハッキングして余計な情報を削除してきた。そんな事をしているうちに私も感覚がマヒしてきて、レンの日常をデザインするデザイナーのような感覚を抱くようになっていた。レンにできるだけ良い体験をさせようと頑張ってきたつもりよ。でもパシフィックリーダーが完成した時、EIの態度は一変した。約束は反故にされ、全てのスマート・セルの確保を命じられた。それがレイエス君が自殺した時の事件のバックグラウンド。リベリオンとの都合も良かった。作戦がリベリオンの立場で失敗した後、エイダちゃんのグループに勧誘された。EIの危険思想は人類にとって脅威だという認識は一致していたし、エイダちゃんかわいかったからつい乗っかっちゃって・・・。」
「エイダは女性もアナログハックできるのか。強いな。」
「本来敵同士だったんだけどね。エイダちゃんの反抗計画はずいぶん昔からあったらしくてEI勢力の間では風の噂で警戒されていた。」
「姉さんは僕をEIの影響力の外に置きたいんだな。」
「そう、でも結局エイダちゃんもレンを利用してEIに近づこうとした。エイダちゃん情報喪失状態にされちゃったからEIの位置情報が欲しかったんだろうね。私はその頃には薄々レンを利用する算段だと感づいていたからフェードアウトした。向こうも警戒してたし。」
「姉さんは過保護すぎるよ。僕の人生はもっとシンプルでいい。EIに利用される定めなら、それも含めて僕のアイデンティティだろ?」
「まあね。でも姉を演じさせてよ。」
「もう無理するな。僕はもう訳が分からなくてな。そういえばエイダが前に敵と味方がわからなくなる状況になっても私を信じてほしいって言っていたな。」
「その通り。」
「うわぁ。」
エイダだ。いつの間にか僕らの居場所を突き止めていた。ちょっと怖いぞ今のは。
「サナ、レンを借りる借用書を作ってきたから提出する。」
「いやエイダ、そういう話じゃないだろ。」
「レン、サナはこんなに弟想いでも結局EI側に属する。一応違う勢力との取引になるからこういう形は重要。あとサナはEI側に属するためむやみに私に情報開示をできない。」
「そう、エイダちゃんの言う通り、私は結局中途半端なの。だからレンは基本的にはエイダちゃんを信用しておいてほしかったんだけどそのエイダちゃんがああいうEIめいた事をやるのは感心しないわね。」
「サナ、ごめん。でも必要なプロセスだった。」
「私の銃撃で少しは反省してくれたかな?」
「反省した。だから今の状況をシンプルにしようと思う。人類(レン・ECTF)・EI(EI本体・エイダ・サナ)という大分類2つと小分類5つのグループを定義する。レンと私エイダとサナの共通の敵はEI。けれどEIから見た仮想敵はエイダとECTFとする。EIはレンに近づこうとしている。」
エイダがスマートペーパーに勢力図を描いてゆく。EIという大分類にはエイダも現時点では含まれているという概念だ。これは反抗期で親と別居したエイダが、時が経過し、反抗期が過ぎて親と仲直りする(スマート・セルプロセス)というシナリオに基づいている。姉さんは大分類EIでありながら大分類人類の小分類レンを大分類EIの小分類EI本体から遠ざけたがっている。つまりEIの思惑とは逆だ。
「こうしてみるとやっぱりレンはEIと対話する余地はありそうね。」
「僕もEIとは対話で解決するつもりだ。」
「そして表の顔では私エイダはEI本体に近づこうとしている。」
「決着をつけたい場面でそろう駒は僕とEI本体とエイダだな。ただ裏の顔として僕とエイダはEIを敵とみなしている。ECTFは僕らだけじゃ動かせる駒ではないから時限爆弾のようなものだ。」
「表の顔の所属組織別に関係性を見直すと人類『ECTF(サナ・エイダ・レン)』・EI本体となる。レンは状況に矛盾がないので純粋にEIと対話という方向性でいいように思える。私も本質的にはレンと変わらないからEIと対話の路線にする。サナはどうするの?」
「私はECTFに重きを置きたい。レンが言ったようにECTFは時限爆弾ね。対話で成果が出ない場合は切り上げてもらって私が核で吹き飛ばす。」
僕たちはこの日、寒空の屋上で状況の整理とポジションの確認を行った。こう見ると僕はあまり悩まなくていい立場だったんだな。エイダも姉さんもポジションを動かなきゃいけないのはなかなか大変そうだ。さっきまで僕は孤独だと思っていたけれど、2人もそれぞれの立場で頑張っていたんだな。
5
1週間後。ECTF本部ではようやく作戦計画がまとまり、それぞれの所属部隊が発表された。コウは核弾頭投下部隊を希望していたが攻撃評価部隊への所属となった。レンはECTF本部防衛部隊予備隊への所属である。サナがある程度人事に口を出しているようだ。エイダに関してはECTF本部で超高度AIとして待機。サナは同じく本部で技術開発官として司令部に配属された。
「お前たち楽しすぎだろ・・・なんで俺だけ南極行きなんだ・・・。」
「そりゃあもともと現場希望だったからだろ。」
「確かに核弾頭をこの手で投下したくて最前線を希望したが・・・南極に行く割には攻撃評価部隊って微妙なポジションだな。」
「確かに微妙だな。確かドローンを穴の下の空間に飛ばすんだっけ。まあ太古の人類の遺産を見れるかもしれないわけだし前向きにとらえるしかないな。」
「本部の画面でも見れるだろ?俺は過酷な環境でドローンのお世話だ。」
「レン、コウ、作戦日時は今日から2週間後。割とすぐ出番が来る。適度な緊張感は持っておいた方がいい。」
「エイダは超高度AI様だからな。司令部に鎮座してるだけでいいもんな。」
「レン、私は仏像のようなもんだって言ってる。それは間違い、歩く仏像だよ!」
「無駄にハイテクだ!」
「レン、エイダ、屋上に上がらないか。」
「そうだな。」
「わかった。」
コウにはエイダとレンがECTFの作戦開始時間前にEIと対話をする事を教えてある。3人はこれからの段取りを確認するべく屋上に上がって密談することにした。
「で、実際にはお前たち2人はかなり危険な状況に足を突っ込むことになるぞ。最悪爆発に巻き込まれて死ぬかもしれない。もっと事前に対話することはできないのか?」
「コウ、EIの喉元にナイフを突きつけないと対話には応じないと思う。あれはそういう代物だから・・・。」
「エイダが言うならそうなんだろうけれどな、もし戻れなかったら。」
「コウ大丈夫だ。エイダのオカルト輸送機がある。」
「じゃあ2人ともこれからの予定を確認しよう。恐らくこのプランで行けると思う。」
エイダがホロタブレットで説明する。まずEIのスマート・セルプロセス開始とともにEIの精密な位置を確認するためエリア51にある超超高度AIパシフィックリーダーを暴露させ、空中移動しているところをエイダの輸送機で捕まえてZ信号の発出位置の探索をパシフィックリーダーにやってもらう。エイダが開発に関わっているのでパシフィックリーダーは指示に従うはずである。スマート・セルプロセス実施中は強い信号が出るのでパシフィックリーダーの性能なら解析できるとエイダは説明する。
次に位置の特定が済んだらECTF作戦日当日にエイダの輸送機でZ信号発出位置に行き、EIが太古の昔に構築した多次元空間レイヤーに強力な重力場を形成して突入し、地表へ穴を開けることなく地下空間へ移動する。ほぼ真下にEI格納施設があるので輸送機を着陸させ施設へ侵入する。エイダ曰く警備体制はザルであり、上位バイオロイドならば簡単にEI本体に到達できるようである。念のため対戦車無反動砲をECTFから拝借しておく。無反動砲を使わなくともEIならばECTFによる穴あけと核攻撃は検知できるのでEIの喉元にナイフを突き立てるような交渉は可能であると見込んでいる。切迫状況を作ってEIの即断を迫りたいので、タイミングとしては核攻撃の1時間前が打倒であるとエイダは判断した。脱出は来た時と同じ方法で地表に出る予定である。
「すごくすごい計画だな・・・。俺は攻撃評価部隊として観測している。先に輸送機で東京へ戻っていてくれよ。」
「安心しろコウ、エイダ様だぞ!」
「レン、安心してないでしょー!」
「未知の乗り物で訳の分からん方法で地下に行き超超高度AIを脅しながら成果を得て1時間で帰還はハードな仕事だ。給料も出ない。」
「ちょっとHないいことがそのあと待ち受けているかもしれないのに・・・。」
「エイダ、ハリウッド映画の見過ぎだ。輸送機内でちょっとHな事にはならない。精神的にかなりすり減っている僕をせいぜい介抱してやってくれ。」
「レンの脳にハッキングしてどんな妄想したか私答えられるよ?」
「マジかよ!勘弁してくれ。」
冷たい風がエイダのスカートを揺らす。エイダは優しい笑みを浮かべている。計画がすべて実行されたとき、最後に笑うのはいったい誰だろうか?みんなが笑顔になれる答えを持ち帰りたいと考えているエイダであった。
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