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7歳
01
しおりを挟む人には物心が付く時期があるというけれど、私という存在にとってその時とは七歳の話である。
ただし、物心がついたというよりは思い出したと言った方が正しいだろう。
貴方はきっと、最高の恋に出逢う――。
『私』が人生最後にやっていたゲーム【恋する君と希望の学園】通称【コイガク】のキャッチコピーだ。
私と言っても今生きている私ではなくて、過去――前世の『私』の話だ。
「どうして……っ」
大量のティッシュを涙と鼻水で汚しながら、手に持っているスマートフォンの画面を涙目で見つめ続ける。
そこには一枚のイラストと、その場面が描かれたテキストが映っていた。
赤い血の中に倒れる一人の青年のイラスト。そしてテキストは一人の命が消えたという一文。
前世の私――皆瀬鈴は仕事を終えて、毎日寝る時間まで【コイガク】を遊んでいた。
インドア派の私は昔からゲームが好きで、中でも乙女ゲームで遊ぶ事が何より大好きだった。
素敵な男性とのめくるめく恋愛を二次元で味わう。
恋人いない歴と年齢が同じだった私にとって、それは身も心も疲れ切っている現状を癒す唯一の楽しみとなっていた。
なかでも【コイガク】はあるキャラクターを一目見て惚れてしまい、絶対に配信日からすぐに遊ぼうと決めたほどにハマっていた。
そのキャラクターこそ、今まさに私が見ている画面の中で、命を落とした彼だった。
【恋する君と希望の学園】
主人公のモニカ・ユニオンがエスペランサ学園に入学し、攻略対象の男性陣と出会い、学園生活を過ごし悪役令嬢からの虐げにもめげず恋を叶えていく物語。
色々な乙女ゲームを遊んでいた私も、最初にこのゲームはよくある乙女ゲームだな、と思っていた。
けれど、その思いは一枚の絵を見てすぐに消えた。
白い髪に赤い瞳。獣人なのか髪色と同じ犬の獣耳と尻尾がついた、執事服を着ている一人の男性。
そこに書かれていた名前は、クイナ。
私の、このゲームをやるきっかけになった推しキャラである。
しかし、彼は攻略対象ではなくて……ヒロインを虐げる悪役令嬢の唯一の味方となる存在だった。
――リリアンヌ・グラシア侯爵令嬢。
ふわふわとした金色の髪を持ち、大きな紫色の瞳を持つ美しき令嬢。
攻略対象の一人であるシンパティーア王国第二王子、エドガルド・シンパティーア殿下の婚約者であり、このゲームの悪役令嬢だ。
リリアンヌはモニカが入学後自分の愛する婚約者や攻略対象者と仲良くする彼女に嫉妬し、引き離そうとヒロインの身を危険に晒す悪逆を行う。
だからこそ、どのルートに至ってもハッピーエンドの度にリリアンヌは破滅の運命を迎える。
そんなリリアンヌに仕えるのが私の推しキャラであるクイナだった。
決して攻略対象の王子たちのようにモニカに心を奪われない、ただ主であるリリアンヌの為だけに存在する従者。
しかし、その運命は悪役令嬢と同じく、悲しいものだった。
【コイガク】が配信され早三か月。
推しへの愛が強すぎて呼び方もいつの間にか尊さが限界突破し、クー様と様付けするようになっていた。
「辛い仕事もクー様の活躍を見て元気が出る! リリアンヌと一緒にいるクー様素敵!」と仕事に追われる自分を励ましながら、辛い現実を忘れるようにゲームへ没頭していく。
でもそんなに世の中は甘くなくて、ゲームの中でも辛い現実が襲ったのは最初の攻略がもうすぐ終わるころだった。
――クイナが処刑されようとするリリアンヌを逃がそうとして、逆に捕らえられて殺されるシーン。
初めて見た時は、茫然とした。そして悲しくて涙が止まらなかった。
違うキャラを攻略しても、終盤に差し掛かると彼は主人公を助ける仲間の罠にかかり亡くなった。
次も、また次も……。私の大好きなクイナは、どのルートでも死ぬ運命を迎える。
忠実な従者はその命を懸けて主を助けようとするが、その願いは叶わない。
そして今日、私は残っていた最後の攻略対象者のルートを遊び、クイナが死んでしまうシーンを見て涙した。
ゲームはハッピーエンドを迎えたのに、気持ちはバッドエンド。
推しがずっと死ぬゲームなんて、疲れ切った身体と心には痛すぎるほどのダメージだった。
「無理……。もう、やだ」
泣き続けた私は目を真っ赤に腫らして、朝を迎える。
一度だけでも生きている未来があれば、とゲームをやり続けてきたけど結局全てのルートは主人公モニカと攻略対象の王子達の幸せを見るだけで、悪であるリリアンヌとクイナには厳しい物語だった。
「せめてさ、クイナも国外追放させてくれたっていいじゃん……。リリアンヌと一緒にさ……鬼かよ運営」
愚痴愚痴と呟きつつ、感想を公式のメールフォームを通じて送る。
せめて彼の生きる道を一つでも作ってほしかった。
更に欲張ってリリアンヌと共に幸せに暮らせるルートを課金でもいいので作ってください、と主張するようにメールに文章を打った。
「朝日が眩しいわー。徹夜しちゃったけど、仕事には行かなきゃだもんな……。風呂入ろっと」
推しキャラの葬式があるのでお休みします、という言い訳は悲しいけど通じない。
急いで出勤準備をしなきゃ会社の始業に間に合わない。少しでもむくんだ顔をすっきりさせる為に暖かい風呂に入ってさっぱりしようと勢いよく着ていたパジャマを脱いだ。
――『私』の記憶はここで止まっている。
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