23 / 31
7歳
22
しおりを挟む「…………お嬢、さま……すみません。みっともないところを、見せてしまって……。もう、大丈夫ですから。こんなの全然平気ですし、今までもっと痛い目にあってましたから。心配なさらないでください」
弱弱しく言い聞かせる言葉が、私の心に突き刺さる。痛い事が平気なんて――
「そんなの、慣れなくていい!!」
この現状が当たり前なように語る彼に、思わず怒鳴りつけてしまった。
私の大声に驚いたのか俯いていた顔を上げたクイナと視線が合った。
怒りもせず、泣きもしない。いつも通りのクイナの反応が私にはとても悲しく見えた。
「嫌なことをされたら、嫌だって言っていいんだよ! 怒ってもいい、泣いてもいい! これからはやりたいことをやって、私の傍で一緒に……いっぱい、いっぱい幸せになるの。クイナはたくさん幸せになっていいの! だからもう、こんなことを慣れてるなんて……言っちゃだめなんだからぁ……っ」
――ふと私は考えてしまう。クイナにとって今の生活は幸せなんだろうかって。
奴隷商から出された途端に突然私の従者になりなさいと言われて、きっと突然の生活の変化で戸惑ってる時に周りから暴力を受けて。
もしかしたら、購入した私を恨んでいるかもしれない。
一度考えてしまうと今の私はクイナの主として力不足だと思い知らされる。
まだ子供だからという理由だけじゃない。人一人を助ける責任の重さが私自身理解出来ていなかったからだ。
それでも私は、彼を助けたかった。
前世から一目見て大好きだったクイナを、幸せにしたいと願った。
これから起こるかもしれない、ゲーム通りに未来が進んで私を助けて死ぬ人生から。
奴隷として人から冷たい視線を、汚い言葉を、身体と心に傷を与えられて生きている現実から。
彼を襲うかもしれない全ての事柄から、守りたかったのに。
私は彼に守られるのではなく守る存在になりたいと、思ったから。
「……ごめんなさい……っ」
我慢できずに瞳から涙が零れてしまう。
私が泣いてどうするのよ、そんな資格ないのに……!
何度も泣き止めと心に言い聞かせても蛇口の栓が壊れたように瞳から涙が溢れ出てしまう。
突然泣きだした私を見て見かねたクイナが手を差し出し濡れている頬を拭った。
「どうして泣くんだ。お前が泣く必要なんてないだろ?」
涙を止めたい一心で服の事なんて気にせず、早く止めたくて袖で涙を拭く。
「ごめ、ん……すぐ、泣き止む……から……」
「大体、なんでオレにこんなにもしてくれるんだ。オレは、犬の獣人でただの奴隷だ。貴族のお前とは違う。同情で飼い始めたならそこまでしなくても」
「同情じゃない!!」
首を激しく横に振り、クイナの言葉に対して強く反論する。
彼が今までの私を見て同情だって思っても仕方ない、きっと優しかったのも主としてだから。クイナの行動には間違いなんて何もない。
それでも私は、彼の言葉に否定した。
「同情じゃなかったらなんなんだ。従者にする奴隷だったら誰だってよかったはずだろう?」
「誰でもいいわけじゃない! 私は、私はクーがいいの!」
少しでも信じて欲しくて、泥だらけになった彼を強く抱きしめる。
初めて出逢ったあの牢屋の中でのように、強く離さぬように。
「クーが、クーじゃなきゃ……いやだったの……っ。どんな犬獣人でも、奴隷でもやだ……クーだったから、私の従者にしたの。クーを、いっぱい幸せに……したかったからっ……」
「……なんで、そこまで」
私の言葉に狼狽えるクイナに、私は言い聞かせるように笑顔で答えた。
この胸の中に湧き続ける気持ちを、私の行動の原動力を彼に教える為に――。
(そんなの決まってるじゃない……)
「クーの事が、何よりも大好きだからだよ!」
少しでもいい、私の気持ちが彼に届いてくれれば……。
そう願っていると、彼の頭が私の肩に乗ってきた。
まるで顔を隠すようにするその行為がとても愛しくて、いつも私がしてもらってるように小さな手だけど何度も優しく頭を撫でる。
「お前、変わってるよ……」
変わってないもん、クーのことが好きなだけ――と伝えようとしたけど止めた。
じんわりと肩が濡れる感触を感じて、頬に当たっていた柔らかい髪に顔を埋める。クイナからするいい匂いがまるで陽だまりのようで、胸が暖かくなった。
そういえばクイナの言葉遣いがいつもと違ったことに今頃になって気付いた。
普段の丁寧な言葉を使う彼しか知らなかったから、きっといつもは頑張って敬語で話してくれていたんだろう。
【コイガク】をやりつくした私でもゲーム内で口調の変わったクイナを見たことがなかったから、もしかしたらこれが本来のクイナの口調だったのかもしれない。
1
あなたにおすすめの小説
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。
美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。
王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。
教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。
惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。
簡単に裏切る人になんてもう未練はない。
むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。
無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!
カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」
でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。
大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。
今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。
ダーク
「…美味そうだな…」ジュル…
都子「あっ…ありがとうございます!」
(えっ…作った料理の事だよね…)
元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが…
これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。
小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
【完結】転生したら悪役令嬢だった腐女子、推し課金金策してたら無双でざまぁで愛されキャラ?いえいえ私は見守りたいだけですわ
鏑木 うりこ
恋愛
毒親から逃げ出してブラック企業で働いていた私の箱推し乙女ゲーム「トランプる!」超重課金兵だった私はどうやらその世界に転生してしまったらしい。
圧倒的ご褒美かつ感謝なのだが、如何せん推しに課金するお金がない!推しがいるのに課金が出来ないなんてトラ畜(トランプる重課金者の総称)として失格も良い所だわ!
なりふり構わず、我が道を邁進していると……おや?キング達の様子が?……おや?クイーン達も??
「クラブ・クイーン」マリエル・クラブの廃オタク課金生活が始まったのですわ。
*ハイパーご都合主義&ネット用語、オタ用語が飛び交う大変に頭の悪い作品となっております。
*ご照覧いただけたら幸いです。
*深く考えないでいただけるともっと幸いです。
*作者阿呆やな~楽しいだけで書いとるやろ、しょーがねーなーと思っていただけるともっと幸いです。
*あと、なんだろう……怒らないでね……(*‘ω‘ *)えへへ……。
マリエルが腐女子ですが、腐女子っぽい発言はあまりしないようにしています。BLは起こりません(笑)
2022年1月2日から公開して3月16日で本編が終了致しました。長い間たくさん見ていただいて本当にありがとうございました(*‘ω‘ *)
恋愛大賞は35位と健闘させて頂きました!応援、感想、お気に入りなどたくさんありがとうございました!
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる