邪教団の教祖になろう!

うどんり

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二章

12 死ななければOK

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 俺は足にけがを負ったまま、彼らの集落までやってきていた。

「さっきは、ごめんなさいだった」

 俺の横で、ダッタが申し訳なさそうな声を漏らす。

「何がだ?」

「怪我……」

「ああ、毒とか塗っているのでなければ大丈夫だ」

 足は今も痛む。
 だが、足に穴が空いたくらいの怪我で済んだのは幸いだった。
 死んでいないならよし、だ。
 少なくとも生きているなら安心である。

 あとでファイドの軟膏でも塗っておこう。

 それにしても――キアラヴェアラ。ミナナゴの巫女。
 なんでダッタと呼ばれているのかわからないが、本当にいてよかった。

「お前キアラヴェアラって名前だったのか」

 俺を襲った男の一人――たしか、ダバルガといったか――が、ばつが悪そうにダッタに言った。

「てっきりダッタが名前かと思ってたぞ」

「ダッタはあだ名だった! 小さいころからそう呼ばれていたら誰もダッタの本名呼ばなくなった!」

 ……その語尾でダッタか。

「なぜ常に過去形なんだと思ってたが、口癖だったのか」

 俺が言うと、ダッタは答えた。

「ダッタの師匠が言ってた。『今を過去に置いていくほどに素早くなれ。持たざる者が勝るにはそれしかない』って」

「いや、曲解では?」

 たしかに攻撃も判断も異様に早かった。
 しかし言葉も過去形にする必要はないんじゃないか。
 『今を過去に』ってたぶんそういうことじゃないだろ。

「俺は正直お前の本名忘れてた」

 と男のもうひとりが悪びれもせず言った。

 周囲には集落に棲んでいる人間たちが集まっていたようだ。
 ざわざわとしている。

 それに加え、隠れるようにしてこちらを窺う複数の人間たちの気配。

「で、なんで俺は縛られているんだ?」

 俺は手を縛られ、目隠しをされてこの集落まで連れてこられたのだった。

 疑いが解けたんじゃないのか。

 疑問を口にすると、周囲から口々にヤジが飛んできた。

「当たり前だ!」

「まだ信用したわけではないに決まってるだろ!」

「図に乗るな!」

「カスが!」

 散々すぎる。

 しかも蹴られた。

 よろけたところをダッタが支えてくれる。

「乱暴するな! この人はダッタの大事なお客様だった!」

 それは過去形にしないでくれ。

「客っつってもよそ者じゃねえかよ。やっぱ納得いかねえ。久しぶりに手合わせしろ」

「望むところだった」

「俺が勝ったらそいつ殺すからな」

「ダッタが勝ったらエン様を自由にすることだった」

 俺の隣で俺の命運が決められていく。

「おお! いいぞやれやれ!」

「殺せ!」

 周囲はそれで盛り上がる。

 いや、野蛮すぎるだろ。蛮族かよ。畜生。

「酒持ってこい」

「出来上がる前にダッタが勝つだろ」

「まあそうか」

「んだと!?」

 周囲の意見に、対戦相手の男が激昂する。

「今日こそは勝――ブフッ!」

 そしてすぐに勝負は決まった。

 俺の目隠しが解かれると、あごに一撃をくらったらしい男が大の字に倒れていた。

 周囲の者たちはそれを見て笑い、騒ぐ。

 そんな光景に脇目も振らず、ダッタは嬉しそうに俺の拘束を解いていく。

「次は俺だ! 俺がそのよそ者を殺す!」

「俺にやらせろ!」

 お祭り騒ぎのようなにぎやかさだが、俺に対する憎悪は隠しもしなかった。
 やっぱりよそ者は歓迎されないらしい。

 戦争中に敵国の人間が連れてこられるのと同じ感覚か。
 覚悟して来たが、こうも俺を殺したそうだと恐ろしさが先行する。
 リンチされて殺される未来しか見えない。

「何を騒いでいる!」

 俺の手を縛っていた縄がほどかれるのと同時、集落に怒号が響き渡った。

 俺たちがいる集落の入口付近。

 森の方から姿を現したのは、二メートルを超す大男だった。

 筋骨隆々。
 並の大人の二倍も三倍もあろうかと思えるような筋肉のボリューム。
 この世にこんな大男が存在するのかと関心さえする。

 あごひげに覆われたいかつい顔つきと、たてがみのように伸びた黒髪は、大男の迫力をことさらに助長する。

 周囲の目の色が変わった。

「族長!」

「お帰りなさい族長!」

 大男の手には、フレイバグが握られている。

 フレイバグは完全に動きを止めており、頭がまるで握りつぶされているかのようにひしゃげていた。

 なんか、ひしゃげた部分が指の形に見えるんだが、もしかして素手で握りつぶしたのか。

「どこのどいつだ」

 族長と呼ばれた大男は、村にいるはずのないよそ者――俺の姿を認めると、殺気を込めた目で牽制しながら問うた。

 よそ者を入れた愚か者はどこのどいつだ。

 そう村の者たちに訴えていた。

 アギ族は、男女問わず一番強いものを長としている。

 全員が幼少期から戦士として育てられる好戦的なアギ族の中において、最強の男。戦闘力の頂点。

 それがこの男――モルガだ。

 でもフレイバグを素手で握り潰せるなんて聞いてねえ!
 一星宗が門外不出の技術で鋳造したゲセフェン合金製だぞ。
 鉄より丈夫だし錆びにくい。それを素手って、完全に化け物じゃねえか!

「族長、この人はダッタのお客様だった」

 俺が答える前に、ダッタが俺の紹介をする。

 助かるが、頼むからそこは過去形にしないでくれ。
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