邪教団の教祖になろう!

うどんり

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三章

33 無事に再会してしまった俺ら

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 や、やべえええ……。

 いるとは思わなかった。

 リヤカーに、落ちていたゴミやら紙くずやら布くずやらガラスくずやら石やらきれいに整頓されて積まれているのだが、なんでお掃除ボランティアに参加してんのこいつ……。

 年齢は俺と変わらないだろうか。背は俺より少し高い。
 鎧を着ていないからか、鍛え抜かれているであろう精悍な肉付きが服の上からでもよくわかる。

 さっきぶつかってわかったが、バランスを崩したのは俺だけで、スレムの方は微動だにしなかった。
 それだけ体幹も鍛えているのだろう。
 細くて長い銀髪を後ろで縛っていて、顔も整っているのだが、今は怪訝そうに俺を見ている。

「すいません騎士さま。ではこれで」

 やおらスレムの手を離した俺は深々と頭を下げつつ、さっさと逃げ――

「何をしている?」

 立ち去る前に肩を掴まれた。

 それはこっちのセリフだ!

「……騎士さまこそ何を?」

「町のお掃除週間だ。ゴミを拾ったり石をどけたりして道をきれいにしたりしている。神がお告げになられたのだ。『町を清浄化せよ』と」

 暇だな! お告げじゃないだろそれ絶対。

「きみは第五位階だな」

 不躾に言われて、固まった。

「なのにアギ族と手を組んでいた。なぜだ? 手を取り合う必要がない」

 だめだ。完全にバレている。

「捕まって、無理やり戦わせられていたんだ。命からがら逃げてきた」

 開き直って堂々と言い放つ。

「見ろ、足も怪我してる。拷問に遭っていた」

「そうだったのか……本当にそうなら大変だったな」

「ああ、そうなんだ」

 そうだ。

 俺が敵かどうか、こいつらは迷っているはずだ。
 だから、まだフレイバグに襲うよう命令していないのだ。

 捕まえるべきか、襲わせるべきか、泳がせるべきか、昨日の今日でまだ決めかねている。
 だからこそ俺は今、顔を隠さずとも大手を振って歩けている。

 そこに付け入る隙はあるはずだ。

「ではきみの使っていた力は何だ? 法具ではないようだが」

「法具は第三位階以上じゃないと持てないだろ」

「それはそうだが」

「なにか勘違いをしているようだが、俺はそんな力知らないぞ。幻でも見たんじゃないか?」

 冷や汗を流しながら答える。

 だんだんとフレイバグも集まってきた。

 命綱なしで崖の綱渡りをしている感覚になる。
 言葉の選択を誤ったら死ぬ。

「幻? そんな――」

 スレムは、半信半疑の様子だ。
 これなら、言いくるめられるかもしれない。

「一星宗が採取を禁止している野草に、幻覚症状を引き起こすものがあるだろ? ミナモフタバ草の根とか、乾燥させてフレーク状にしたカゲウツリの花とか」

 畑仕事の傍らファイドの頼みでずっと薬草集めをしていた俺は、野草方面にそれなりに明るい。

 何の植物が採取を禁止されていて、どういう植物が幻覚症状を引き起こすのかも説明できるし、具体的にそれっぽいことも言える。抜かりはない。

「ああ、それは、たしかにあるが」

「アギ族の作戦だったみたいだぞ。幻覚で相手を混乱させ、反撃するんだ。お前ら、自分たちが風下から攻めていたことに気づかなかったのか?」

「風――吹いていただろうか……?」

「じゃあ訊くが、あの脛当て野郎はどうやってやられたのか明確に見たのか?」

「いや、なにか透明なものだったから、明確には……」

「じゃあお前の主張ははっきりといえないわけだ。俺には、アギ族の持っていた武器でやられたように見えた。はっきりとな」

「では、プロヴィデンスというのはなんだ? 悪魔の力か?」

「俺も訊きたいんだがなんだそれは。聞いたことないぞ」

 うおお、怖え。そんなこと言ってたのか俺。
 必死で全然気づかなかった。

「…………」

 スレムは考えあぐねている様子だ。確信が持てない。しかしそれだけで十分。

「では、そこの少女は?」

「生き別れの妹だ」

 ダッタについては、嘘八百でゴリ押すしかない。

「生き別れの、妹……」

「アギ族の集落で再会したから、一緒に逃げてきたんだ」

「その顔に巻いている包帯は?」

「アギ族にやられたんだ。やつら、俺の目の前で生きたまま妹の顔を焼きやがった。ひどい火傷になってしまった。ほかにも、ここじゃ言えないようなひどいことをたくさんされた」

 口惜しそうに言うと、スレムは目を皿にした。

「なんと……」

「待った。アギ族、敵は一息で殺すからそんなことしな――」

 正しく説明しようとするダッタの口を俺はすかさず押さえた。

「妹ではあるのだが、残念だが証明するものが何もない。だから、お前がもし俺の妹を敵性のある第六位階だと判断するのなら、今ここでこいつを刺し殺せ」

 俺は採取用のナイフを出して柄の方をスレムに向けた。
 あの脛当て野郎がいたら間違いなく刺しているだろうが、こいつはそういうタイプではなさそうだ。
 考えてから真面目な結論を出すタイプだ。

 だから、とにかく勢いでゴリ押しする!

「いや、ちょっと待て。それはいくらなんでも……」

 よしっ、ひるんだ。

「一星宗にやられたのなら、何もいえない。泣き寝入りするしかないんだ。さっさとやれ」

「それは……」

「殺せないなら、もうこの話はいいだろ。俺たちはたくさんつらい経験をしたんだ。もう思い出したくないし、一星宗の有効になるような情報も持っていない。俺たちのことは放っておいてほしい。というか――」

 さっさとナイフをしまいながら、俺は話を逸らす。

「俺からも訊きたい。なぜ共和国の奴が聖刻騎士団なんてやっている? いや、むしろ、どうやってなったんだ?」

 ごまかしではあったが、これは本心からの疑問だった。

 俺の幼いころの友達だったレーニャは、敵国であるツァール共和国から連れてこられた奴隷だった。
 共和国では、銀色の髪をした人間が多い。
 そして皇国では、珍しい髪色だ。

 第六位階は第三位階である聖刻騎士団にはなれない。せいぜい第五位階までだ。
 教会に多大な献金をして媚を売るか、教会の雑用を行う下男や下女になってはじめて第五位階へ格上げされる。
 そして、それ以上には決してなれない。

 ツァール共和国は海を隔てた島国で、皇国は幾度もそこに兵を送っている。
 共和国から皇国に連れてこられる人間は、そのほとんどが戦の戦利品――つまり奴隷だ。

「たまに訊かれるよ。奴隷の身分で騎士になれるのか、と。しかし私は共和国民じゃない。皇国民だ」

「生まれも育ちもって意味か?」

「生まれはわからない。赤ん坊の頃に皇国の神父様に拾われたからな。だが、育ちは間違いなく皇国だ。神父さまは捨て子だった私に大変よくしてくださった。命の恩人だ」

 皇国民だったのか。紛らわしい。

 腑に落ちはしたので、このへんで話を切り上げよう。

「よかったな」

 俺は短く言うと、踵を返した。

「まだだ」

 だがしかし、すかさずスレムに肩を掴まれる。
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