邪教団の教祖になろう!

うどんり

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三章

32 外に出よう

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 俺とダッタは外に出た。

 ダッタには身体を隠すように薄手の外套を着せて、顔を包帯でぐるぐる巻きにした。
 何もしないよりはごまかせるだろう。

 俺はそのままの格好だ。

「外に出て何をする気だった?」

「買い物と、あとエフィと話をする」

「エフィ?」

 目的は、とりあえずエフィに会うことだった。
 彼女から、一星宗の様子を探ろうと思った。
 俺たちが布教活動できる隙が、どこかにあるはずなのだ。

 問題は、騎士が何人来ているかだ。
 それがわかるだけでもありがたい。

 スレムに、脛当て野郎、あとは弓を射ってきたやつらが複数人、それに――《悪霊の小屋》のミラソルをやった、毒手のやつ。
 いや、毒手のやつはまだ一星宗かどうか決まったわけではないが、彼らの情報がほしい。

 エフィならそのへんにいるだろ。たぶん。

 思っていると、道にたむろするシスターの集団を見つけた。

「おっ?」

 あんな大勢でどうしたのだろうか?

 集団には、エフィの姿もあった。
 あと、フレイバグの姿も。
 それに、町の住民の姿もある。

 俺は躊躇して足を止めるが、もはやこうなっては遅かれ早かれ同じだろうと足を踏み出した。

 エフィたちに近づくと、フレイバグたちはこちらを向いた。

「…………」

 それから、フレイバグたちはこちらを向いたまま、とくに何もせずこちらの様子を窺っているようだった。

 よし、即襲われるわけじゃなかった。

 ダッタには、フレイバグの方から襲ってくるとき以外は何もしなくていいと言ってある。
 が、さすがに警戒している様子だ。

「あ、エンさん!」

 胸をなでおろしているうちに、エフィに気づかれた。
 俺は軽く挨拶をする。

「なんの集団なんだ? いつもの水くみじゃないよな」

「今日から町のお掃除週間なんです!」

 エフィは笑顔で答える。

「ああ、そういうボランティアね」

 どうりで、熱心な信者たちも参加していると思った。

「奉仕活動です。エンさんもどうですか? 心が洗われますよ!」

「考えておくよ。金が稼げるんなら」

 言うと、エフィの表情が曇る。

 いや、いかんな。
 一星宗が絡むと、どうも嫌味っぽくなってしまう。

「あー、なんというか、エフィは偉いな。めんどいだろ、こういうの」

「私がやりたくてやっているだけですから」

 エフィは苦笑する。
 気を回していることがばれているかもしれない。

「エンさんって、一星宗が嫌いですよね」

「……まあ、そうかもなぁ、いや、わかんないけどなぁ、どうだろうねえ」

 フレイバグに聞かれないよう、小声でかつ曖昧に答えた。
 どうせエフィはわかっているだろうしな。
 ただこれだけストレートに質問されるのも、久しぶりだ。

 答えを聞くと、エフィは複雑そうにうつむいた。

 やっぱり嫌いだったんだって顔だ。

 というか、お前がそこまで落ち込むことはないだろ。
 どう言えばいいんだよ。

「おい、言っておくけど、べつにエフィが嫌いなわけじゃないからな」

「えっ」

「あ、いや……」

 なんか違う。
 どう言えばいいんだ。

 だがエフィの機嫌は直ったようで、笑顔になっている。

「えへへ……エンさんにそう言ってもらえるのは、とても嬉しいです」

「知らん」

 まともな返事をするんじゃない、恥ずかしくなる。

「そっ、そういえば、聖刻騎士団の人が町に来たそうだが、何人くらい来たんだ?」

 羞恥心を紛らわせるように本題に入る。

「三人ですね」

 とエフィは答えた。

「みなさん強そうですよ」

「三人?」

 想定よりずっと少ないな。
 弓の援護からしてもっと多いと思っていたが。

 そう思わせられていたのか……?
 スレム、脛当て、弓使い、毒使い――少なくとも四人いるわけでもないのか。

 ということは、やはり毒使いは無関係か?

「意外と少ないな」

「騎士様たちは一人で百人分くらい強いらしいので、問題ないそうです」

「人形の法具もいるしな」

 百人分強いとしても、質量は一人分なんだがな。
 フレイバグに噛みつかれそうだから言わないけど。

「なんか変わったことはないか? 教会の雰囲気が怖くなったとか、人形の法具の数が増えたとか、そういう」

「エンさん、どうしたんですか? 急に……」

「いや、なんでもない」

「とくに変わりありませんよ?」

 エフィの知っていることは少なそうだ。

 聖刻騎士団たちの仕事は、たぶんシスターには知らされないだろうな。
 情報は共有していなくても問題ないだろうし。

「エンさん、さっきから気になっているんですが」

「なんだ?」

 エフィは興味深げに、俺の傍らにいるダッタに顔を向けた。

「この子は?」

「キアラのことか?」

「キアラちゃんっていうんですか」

「生き別れの妹だ」

「いっ、いっ、いっ、生き別れの妹!」

 そういう設定にすることにしたのだが、エフィは死にそうなくらいのけぞった。

 ダッタの巻いている包帯については一瞬なにか考えた風ではあったものの、何も言わなかった。

 ダッタはというと、ぎゅっと抱きつくように俺の腕に両手を絡めながらエフィを見上げている。
 一星宗の人間相手だからか警戒してるらしい。
 エフィに戦闘能力がないとわかっているからか、警戒以上のことはしないようだが。

「そうだったんですか。妹いたんですか。知らなかったです」

 エフィは嬉しそうにダッタの背に合わせてかがみながら、ダッタにはじめましてと挨拶をする。

 かがむと彼女の胸――いや原罪が前方に強調され修道服を冒涜的な形にふくらませる。

 そんなことになっていることも知らずに、エフィは警戒を解かないダッタとの距離を詰めようとこころみる。

「か、噛みつきますか?」

「フレイバグじゃないんだから」

 いや、でも噛みつかんばかりに警戒しているな。犬みたいに。

 これは噛み付くかもしれない。

「人見知りなんだ。また会ったら話してくれ。じゃあ、エフィ、奉仕活動がんばれよ」

 早口に言いながら、ダッタが噛み付く前に退散することにする。

「はいっ。さようなら、エンさん、キアラさん」

 ダッタを連れて、足早に離れる。

「エンさま、一星宗と仲良しだった?」

 ダッタは不満げな声を漏らす。

「いや、エフィとよく話すだけだ」

 言いつつシスター集団の横を抜け、街道の角を曲がる。

 ――と、前方に注意を向けていなかった。
 早足で曲がった直後に、そこに立っていた男にぶつかってしまった。

「いたっ」

 拍子にぐらついて尻をついてしまう。

「ああ、すみません」

 と、すぐに男の方から謝って手を差し伸べてくる。

 俺も男の手を取って、

「こちらこそ――」

 立ち上がって言ってから、男と目が合った。

 見知った男で、俺は身体をこわばらせた。

 聖刻騎士団の騎士――スレムがそこにいた。
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