邪教団の教祖になろう!

うどんり

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三章

31 一日経って

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 俺は自宅の狭いベッドで目を覚ました。

「…………」

 アルトゥーサに帰って一日経った。

 昨日は正直どこにも行けず、町へ帰ってきたらすぐに家へ全力疾走し、引きこもっていた。
 完全にこの間の二の舞いだ。

 さすがに今は冷静になってきている。
 行動を起こさねば行き詰まるだけだ。
 もっと信者を集め、ミナナゴ教団を興すには外に出るしかない。

 その選択が悪い方に向かうかもしれないという懸念はある。
 しかしそれは考えていても仕方ない。
 なるようになると思うしかない。

「…………」

 布団の中にふにゃふにゃした何かぬくもりを感じ、俺は横を見た。

 ダッタが、隣で寝息を立てていた。

 戦闘力が異常に高い、なぜかよく過去形で言葉を話す、アギ族の少女。
 戦っているときはすこぶる怖いが、寝顔は無防備で、底抜けにあどけなかった。

 なんだかほほえましいが、ほっこりしている場合ではない。
 なんでこいつまだいるの?
 今日こそは問いただしたい。

「おいダッタ」

 俺が肩を揺らすと、ダッタはゆっくりを目を開いて、こちらを見る。

「添い寝したった」

 それは過去形? 何形?

「なぜまだ帰らないんだよ、ダッタ」

「ミナナゴ様に言われたことあった。エンさまがもし落ち込んだなら、一緒に寝て慰めてやれって」

「あのエロ神何考えてるんだ……!」

「だから添い寝した」

「お前が純粋で俺本当によかったと思うよ」

「やっぱりダッタのやったこと違った?」

 自分でも疑問だったらしい。
 ダッタは首を傾げてきたあと、顔を近づけるように迫る。

「違うんなら、エンさまがダッタのこと導いて」

「合ってます! 大丈夫です!」

 町の入口を見張ったり定期的に町中を巡回したりしているフレイバグの目を振り切ってついてきたのが昨日の出来事だ。

 まだ情報が伝わっていなかったのか俺が入るのは平気だったが、第五位階ではないダッタはそうもいかない。
 敵性勢力であるアギ族の特徴を持つ彼女は、人形の法具に拘束される可能性が高かった。

 見回りの目をどう突破するんだと思ったが、隠密も得意だったらしい。
 小さいから人や馬車の陰に隠れることもできる。
 これがモルガとかダバルガとかほかのアギ族の戦士だったら力尽くで押し通っていたところだな。

「というか両親は心配するだろ。週一で手伝うとかでも俺は全然構わないんだから」

「……ダッタは、族長たちのいう精霊なんて信じてなかったから、村の皆からは変な目で見られてた。居心地悪かった。ミナナゴさまから外の話を聞いていて、ずっと外の世界を見たいと思ってた。だから、そばにいさせて」

「…………」

 まるで拒否されたら世界が終わるかのような、すがるような瞳で懇願されると、何も言えなくなる。

 まあ、これもなるようにしかならんか。

「エンさま、足伸ばして」

 ダッタはおもむろに俺の足を伸ばして、自分の方に向くようにして固定した。

「マッサージでもしてくれるのか?」

 言っていると、俺の怪我している足の包帯を取り、その傷に顔を近づけ、

「ダッタ?」

 舌を伸ばして、傷口を舐めようとした。

「って何しようとしてんだ!」

 舐められる寸前、俺はダッタの頭を掴んで止めた。

「こうすると早く治った」

 ダッタはさも当たり前と言った風だ。
 むしろ舐められずに不満げだ。

 いやいやいや、それはおかし――くはないのか。



「動物とか傷口舐めたりするだろ?」

 という、一応医者であるファイドの言葉がよみがえる。

 とある日の、診療所の中だった。
 お茶を飲みながら、ファイドは一星宗の発行した薬学書を読みながら、そんな話をした。

「子どもの頃やったときあったけど、逆に汚いよなあれ」

 俺が言うと、ファイドは首を振った。

「そうとも言い切れない。もしかしたら唾液をつけることがなにか意味があるのかもしれないと思って、自分で実験をしてみた。自分の腕に三つの切り傷をつけて、ひとつは傷口をなめて治療し、ひとつは水で洗うだけに、ひとつはそのまま放置した」

「相変わらず頭いかれたことしてるな」

「結果として、何もしないよりは舐めた方が傷口が早く治ることがわかった。医療の観点から見て『ツバつけときゃ治る』は正しい」

「マジか」

 時と場合によらないかそれ。

「ちなみに僕が調合した、外傷に効く軟膏を塗ったら一番早く治った」

「じゃあそれでいいじゃねえか!」



 そんなある日のファイドとの会話を思い出しつつ、俺は棚に上げていた薬を取り出した。

「傷薬あるから大丈夫だって!」

「じゃあダッタが塗る!」

 すかさずダッタが言った。

 ダッタがつけた傷だからか、責任を感じているのかもしれない。

 傷薬を塗ってもらって、しかるのちに俺は立ち上がった。
 この空間が少しむずがゆかったのもあった。

「外に出るぞダッタ! 俺たちにじっとしている暇はない!」
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