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二章
30 聖刻騎士団は口ゲンカをする
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「スレム、てめえの作戦負けだ。自覚あるか?」
スレムたちが教会に戻ると、スレムに担がれていたアマジスは悪態をついた。
アマジスを下ろしてやると、とたんに胸倉をつかまれた。
両脚に装着していた飛躍の法具は壊れたままだ。
スレムは腕の力だけでぐいとアマジスの方に引き寄せられる。
すぐ眼前に、怒りに震えるアマジスの瞳が見える。
「なぜ退いた! 答えろ!」
「戦いを続けたときの損失は、許容できないほどになると思った。なにより――」
スレムはアマジスの、殺気さえ纏う相貌に臆さず答える。
「あのままだときみは殺されていた」
「…………!」
動揺するアマジス。
「ぼ、僕も同感です」
とイレイルはやや気圧されつつも二人を見据えて言った。
「ただの異端狩りなのに、命を犠牲にする必要はありませんよ」
アマジスは目をそらして舌打ちする。
「そういうことだ」
スレムは冷静にアマジスの手を振りほどいて立ち上がった。
「そもそも、最初から挟み撃ちにでもすりゃよかったんだ」
歯ぎしりしながら、アマジスはぼやく。
「別働隊を警戒して、アギ族は周囲に戦士を配置していた。それに戦力を分散したら敵の主力に前線を突破されていただろう。加えて――」
「予想外の戦力もいましたしね」
スレムの言葉にかぶせるように、イレイルは答える。
スレムはうなずいた。
脳裏によみがえるのは、なぜか辺境の部族と一緒に肩を並べて戦っていた、皇国民と思われる男。
あの男がいなければ、今頃アギ族は制圧できていたはずだった。
男の妙な力と戦況判断のおかげで、人形の法具は想定以上の被害をこうむり、アマジスは法具を破壊され、結果敗走させられた。
あの見えない盾のような、なにか。
「そうだ! 俺の法具をぶっ壊しやがったあの野郎! なんだあの力は! あいつがいなけりゃ勝ててただろ!」
アマジスが座っている椅子の肘掛けを拳で叩いた。
「神聖文字もなかったし神の光も発していなかった。法具以外に、そんなことができる力があるのだろうか。……神の力でないのなら、やはり悪魔の力か?」
スレムは思案する。
見えない盾らしき何かのほかには、あの青年が持っていたのは、白い花だけだ。
知らない種類だが、珍しい花だということはわかる。
もしかしたら禁忌指定されている異端の花なのかもしれない。
しかしなぜ戦いの最中にさえ持っていたのか。それが気がかりではある。
「プロヴィデンス」
聞き慣れない言葉をアマジスは口にする。
「なんだって?」
「プロヴィデンスとか言ってやがったよ。ちらっと聞いた」
「それが相手の妙な術の名称なのか?」
「見えなかったから、何が何なのか正直わからねえ。その単語が、何を指すのかもな。わからねえが、次に奴らに会ったら、俺はそんなの関係なくぶっ殺しにかかるぜ。煮え湯を飲まされたままじゃいられねえからな」
「――神父様はなにか知っていますか?」
スレムは足音がした方向を向いて訊ねた。
ナタロン神父が、帰還した自分たちへ近づいてきていた。
「……プロヴィデンスというのが何を示すのか、ですか?」
ナタロン神父は騎士たちを見回し、
「見当もつきませんが、誰もそれを明確に見なかったというのは少々おかしな話ですね」
それから傷ついた人形の法具たちを見下ろして告げる。
「まあ、究明はあとにしましょう。想定通りにいかないことはよくあります。後日詳しい報告を聞くので、今日はゆっくり休んでください。お疲れさまです、三人とも」
ナタロン神父は冷静そうだった。
うまくいこうといくまいと、どちらでもよかったかのように表情は穏やかだった。
「その人物が何者かはわからないですが、警戒を怠らずにいきましょう。とはいえ、再びアギ族の集落へ戦力を投入するには、しばらくの回復が必要ですね」
スレムはうなずいた。
人形の法具たちはもちろんだったが、アマジスがやられたのは想定外だ。
彼らは、強かった。
「むしろ、そこまで苦戦するなら、アギ族はとりあえず後回しにして、ほかの異端者たちを捕まえたほうが懸命かもしれませんね」
「俺は法具の補充がありゃあ明日にでも皆殺しに行けるがな」
アマジスは怒りで興奮した目をぎらつかせる。
「休息は必要です」
ナタロン神父は少し困ったように眉を顰めると、首を振って否定した。
「……とはいえ、アケアロス神のお告げは待ってくれません」
アケアロス神、という言葉を耳にして、スレムは知らず背筋を伸ばした。
「まさか、次の命が下ったのですか」
「ええ」
神妙な顔で、ナタロン神父はうなずく。
「次なる任務は――『町の清浄化』です。休息ののちに、アルトゥーサ教会の全勢力をもって臨みます」
スレムたちが教会に戻ると、スレムに担がれていたアマジスは悪態をついた。
アマジスを下ろしてやると、とたんに胸倉をつかまれた。
両脚に装着していた飛躍の法具は壊れたままだ。
スレムは腕の力だけでぐいとアマジスの方に引き寄せられる。
すぐ眼前に、怒りに震えるアマジスの瞳が見える。
「なぜ退いた! 答えろ!」
「戦いを続けたときの損失は、許容できないほどになると思った。なにより――」
スレムはアマジスの、殺気さえ纏う相貌に臆さず答える。
「あのままだときみは殺されていた」
「…………!」
動揺するアマジス。
「ぼ、僕も同感です」
とイレイルはやや気圧されつつも二人を見据えて言った。
「ただの異端狩りなのに、命を犠牲にする必要はありませんよ」
アマジスは目をそらして舌打ちする。
「そういうことだ」
スレムは冷静にアマジスの手を振りほどいて立ち上がった。
「そもそも、最初から挟み撃ちにでもすりゃよかったんだ」
歯ぎしりしながら、アマジスはぼやく。
「別働隊を警戒して、アギ族は周囲に戦士を配置していた。それに戦力を分散したら敵の主力に前線を突破されていただろう。加えて――」
「予想外の戦力もいましたしね」
スレムの言葉にかぶせるように、イレイルは答える。
スレムはうなずいた。
脳裏によみがえるのは、なぜか辺境の部族と一緒に肩を並べて戦っていた、皇国民と思われる男。
あの男がいなければ、今頃アギ族は制圧できていたはずだった。
男の妙な力と戦況判断のおかげで、人形の法具は想定以上の被害をこうむり、アマジスは法具を破壊され、結果敗走させられた。
あの見えない盾のような、なにか。
「そうだ! 俺の法具をぶっ壊しやがったあの野郎! なんだあの力は! あいつがいなけりゃ勝ててただろ!」
アマジスが座っている椅子の肘掛けを拳で叩いた。
「神聖文字もなかったし神の光も発していなかった。法具以外に、そんなことができる力があるのだろうか。……神の力でないのなら、やはり悪魔の力か?」
スレムは思案する。
見えない盾らしき何かのほかには、あの青年が持っていたのは、白い花だけだ。
知らない種類だが、珍しい花だということはわかる。
もしかしたら禁忌指定されている異端の花なのかもしれない。
しかしなぜ戦いの最中にさえ持っていたのか。それが気がかりではある。
「プロヴィデンス」
聞き慣れない言葉をアマジスは口にする。
「なんだって?」
「プロヴィデンスとか言ってやがったよ。ちらっと聞いた」
「それが相手の妙な術の名称なのか?」
「見えなかったから、何が何なのか正直わからねえ。その単語が、何を指すのかもな。わからねえが、次に奴らに会ったら、俺はそんなの関係なくぶっ殺しにかかるぜ。煮え湯を飲まされたままじゃいられねえからな」
「――神父様はなにか知っていますか?」
スレムは足音がした方向を向いて訊ねた。
ナタロン神父が、帰還した自分たちへ近づいてきていた。
「……プロヴィデンスというのが何を示すのか、ですか?」
ナタロン神父は騎士たちを見回し、
「見当もつきませんが、誰もそれを明確に見なかったというのは少々おかしな話ですね」
それから傷ついた人形の法具たちを見下ろして告げる。
「まあ、究明はあとにしましょう。想定通りにいかないことはよくあります。後日詳しい報告を聞くので、今日はゆっくり休んでください。お疲れさまです、三人とも」
ナタロン神父は冷静そうだった。
うまくいこうといくまいと、どちらでもよかったかのように表情は穏やかだった。
「その人物が何者かはわからないですが、警戒を怠らずにいきましょう。とはいえ、再びアギ族の集落へ戦力を投入するには、しばらくの回復が必要ですね」
スレムはうなずいた。
人形の法具たちはもちろんだったが、アマジスがやられたのは想定外だ。
彼らは、強かった。
「むしろ、そこまで苦戦するなら、アギ族はとりあえず後回しにして、ほかの異端者たちを捕まえたほうが懸命かもしれませんね」
「俺は法具の補充がありゃあ明日にでも皆殺しに行けるがな」
アマジスは怒りで興奮した目をぎらつかせる。
「休息は必要です」
ナタロン神父は少し困ったように眉を顰めると、首を振って否定した。
「……とはいえ、アケアロス神のお告げは待ってくれません」
アケアロス神、という言葉を耳にして、スレムは知らず背筋を伸ばした。
「まさか、次の命が下ったのですか」
「ええ」
神妙な顔で、ナタロン神父はうなずく。
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