邪教団の教祖になろう!

うどんり

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三章

48 『神聖奥義書』

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 窓の近くから敵の灯りを確認する。

 おそらく聖刻騎士団だ。
 会ったことはないが、予想していた弓使いだ。
 少し小高い丘のようになっている豪邸の茂みから、法具の光のようなものが確認できた。
 まさか一人で矢の雨を降らせていたとは思わなかったが。

 このタイミングで、灯りをつけた。
 それが何を意味するかは、明かりをつけてまで何をしようとしているかは、想像に難くない。
 自分の位置を敵に知らせるリスクをとってまでやりたいことは。

「全員逃げろ! 火矢が来る! 家が燃えるぞ!」

 皆に避難を呼びかけるが、直後、火矢をつがえた射手の騎士が倒れ伏した。

「なんだ? いや、誰かが射手を倒し――?」

 白いケープの少年だった。
 そいつが跳躍したかと思うと、背中から細い剣を数本出現させて突っ込んでくる。

 一息で地上から三階のここまで跳んできた。

 ほとんどのものが、この部屋から出る。残っているのは――

「ニクネーヴィン、お前もだ。早く逃げろ。何か、来る!」

「わ、私は……!」

「うろたえている場合か!」

 もたもたしているうちに、窓ガラスを壁ごとぶち破って、白いケープの少年が突っ込んできた。

 金髪の、十六、七歳ほどの少年だった。

 顔立ちは整っているし表情は柔らかいが、なにか、人間離れした綺麗さもはらんでいた。

「誰だ、お前……!」

 一歩下がって訊くと、少年は愉快そうに首を傾げた。

「さて誰でしょう?」

「味方か?」

「聖刻騎士団の一人を倒したからって味方だと判断しようとしているの?」

「殺したのか?」

「まだ生きてるんじゃない? 今の時点では」

 味方ではないのか。
 少なくとも、ここで助っ人がやってきてくれる根拠はない。

「きみが亡失の神ミナナゴの眷属だね?」

「!」

 事情を把握されているらしい。

「……知らないな。なんだそれ」

 何者だ、こいつ。

 少なくとも味方だと断定はできない。
 もう少し探りを入れたい。

 俺が知らないフリをすると、少年はため息交じりに肩をすくめた。

「ま、べつにいいんだけどさ。どんなプロヴィデンス? 見せてよ」

「――お前も」

「そう。創造の神アケアロスの眷属」

「!」

 アケアロスの眷属。

 プロヴィデンスの所持者。

 一星宗の中心。

 それが、この目の前の無害そうな少年だっていうのか!?

 なんでこんな辺鄙な町に!?

 少年は微笑しながら、黒い靄を出して左手に白い装丁の分厚い本を形成させ、かたわらに指揮棒のような短い刺突剣をたずさえた白いローブが出現する。
 フードは頭二つ分ついている。
 双頭の白いローブは、誰も着ていない。
 殻だ。ローブのみが人のシルエットになって、幽霊のように空中に浮遊している。

「この本……『神聖奥義書』と、この刺突剣を持つローブがぼくのプロヴィデンス。人には見えない奇跡のタネだ」

「『神聖奥義書』――一星宗の聖典の名だな」

「そう、その名を冠している。ただしこれが真正(オリジナル)の『神聖奥義書』だけどね」

 ゲッカレイメイを握る手に力が入る。

「『神聖奥義書』は文字を操る。きみの知っての通り、彫刻された文字を潰せば効力は消える。神聖文字には意味があり、それぞれに効力が込められている。その意味を打ち消されるような事をされると、文字としての機能が失われてしまう。光ってしまうのも少々デメリットだね。奇跡の力としてはうってつけではあるけど」

 少年の背中に細い剣が六本出現する。

 背中あたりが光っているが――

「まあぼくは空中に文字を書いて固定させることもできるから、その問題は解消できるんだけどね」

「わざわざあらかじめ背中に文字を書いて固定させていたのか。ずいぶん手間なことをするな」

「かっこいいからいいじゃん。隠し武器だよ」

 まるで新しいおもちゃにはしゃぐ子どもを相手にしているみたいだ。
 どうにもまともな会話ができそうにない。

「わざわざ自己紹介をありがとう。お前をどうにかできれば俺の教団の障害はなくなるわけだな」

「どうにかって何!? 殺すってこと!?」

 少年は白ローブの刺突剣を振り、俺に向けて突き出す。

 見えない盾で防ぐ。

「へえ! その盾、全然手応えない! まるで力が奪われているみたいだ!」

 やはり彼には見えない盾が見えている。

 白ローブの剣は次々振るわれる。

 反撃する間もない連撃を俺はどうにか防いでいく。

「まあ、関係ないけど!」

 遊ばれている。

 この少年は、盾で防がれるのをわかっていながら、攻撃してきている。

 試しているのか、盾の強度を。

「でもさ!」

 少年は背中から突き出た剣を伸ばし、棒立ちするニクネーヴィンに向けた。

 盾を移動させて、ニクネーヴィンに向かう剣を防ぐ。

 間髪入れず、別の剣は俺に振るわれる。
 逃げる。
 ニクネーヴィンの前に立ち、かばうように攻撃を防ぐ。

「こいつ守りながら耐えられる!?」
 少年は刺突剣と背中から生えた剣で猛攻を繰り出していく。

 使えるのは一本しかなく、防戦しかできない。
 こんなことになるなら、アリッサを助ける時どうにか工夫してゲッカレイメイを使わずに助ければよかった。
 もしくは次の日、万全の態勢でニクネーヴィンの屋敷に行けばよかった。

「ほら、ちゃんと守らないとどっちかが死んじゃうよ」

 攻勢が強くなる。くそ、これ以上速くなると対応できない!

 少年は窓際から動かない。
 剣が勝手に攻撃しているかのように、伸縮させ、軌道を変え、振るわれる。

 余裕ぶっているのは――隙だ。

「なめるな!」

 俺は身をかがめると、床に敷いてある絨毯を引っ剥がした。

 こいつが窓を割ってくれたおかげで、ガラスの破片がしこたまついている絨毯を。

 握る布地を勢いよくひるがえすと、破片が少年に向かって飛んでいく。

 白ローブが携える刺突剣が、空間に文字を描いた。

 文字は光り輝くと、盾のような薄い壁を形成する。

 ガラスは何の気休めにもならなかった。飛散した破片はすべて壁に阻まれる。

「盾の神聖文字もあるんだよなあ。きみの盾のプロヴィデンスができることは、全部できちゃうんだよ。盾なのに亡失の力ってのは少し気になるけど」

「くっ……」

「じゃあ、もう少しプロヴィデンスの力を上げようか」

 言うと、少年の背中からさらに無数の刃が出現する。

 力押し。
 この少年にはそれができる。
 とにかく圧倒的な力でゴリ押しする、シンプルにして強力な方法。
 相当数の信者をもつアケアロスのプロヴィデンスでなら、それだけ力も強くなっているはずだ。

「逃げろよニクネーヴィン! おい!」

 こんなものいつまでも防ぎきれるか!
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