元魔王おじさん

うどんり

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三章

第85話 逆襲の少女

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一目散に俺に近づいてきたのは、マヤと同じような年頃の少女だった。

腰くらいまである紺色の長い髪を揺らし、鱗をあしらったような服を身にまとっている。
頭の両側についているのは、妙な素材の髪飾りのように見えるがおそらくツノだろう。

これでもかと眉を吊り上げ、かなり憤慨している様子だ。

両腕には、魔法石のついた武骨なブレスレットのような枷がついている。

その姿、声――一目でピンときた。

「なんだお前か」

「なんだとはなんだ!」

少女はかなりご立腹であった。

ところどころ土で汚れており、かなり俺を探し回っていたことがうかがえた。

がんばって探してくれたところ悪いが、

「残念ながら俺は幼女だ。お前の探し人ではない」

関わらない方が無難である。

「ふざけてるのか!お前あのときの赤毛の男だろ!」

少女はすぐに俺を見破った。ばれたか。

「それ以上近づくな」

いつの間にか俺の前に来ていたラミナが、殺気を込めて少女をにらみつける。

「……どなたです?」

膝立ちになって、マヤが俺に訊いてくる。

いや、わざわざ膝ついて俺に目線を合わせなくていいぞマヤよ。

「……こいつは、昨日騒ぎになった古龍だ」

俺はマヤに答える。

こいつは俺と一晩死闘を演じた、くだんの古龍だった。

「だからラミナもいいぞ。子どもたちと遊んで来い」

「こっ古龍!?でも人間の女の子ですよ!?」

「龍は龍でも《竜鬼》の系統だ。ドレイクとも言うな」

魔界にもそういう竜の種族がいる。体内の魔力をコントロールして、竜から鬼へと変じる。

ただ人間のようになるというのは、人間界独特のような気がするな。

「ドラゴンとしての強大な力とエネルギー消費をセーブするときに、自分より矮小な種族の姿をとる。そういう特性を持った種だ」

「その古龍さんがどうして?」

「俺の魔法と竜鬼の特性が原因といったところだな」

死闘の末、俺が魔法で龍の力を封印したときに、人間の女の子の姿で固定されてしまったのだ。

氷漬けにしたり穴に埋めたりして動きまで封じてもよかったのだが、さすがに気の毒に思ってそのまま帰ってきたのだった。

「余を龍と呼ぶな。すごい龍なんだぞ」

「……しかしよく俺とわかったな」

「赤毛か金色の目した人間全員に聞いて回るつもりだった。変装したり身を隠してるかもしれないからな!」

ハッタリだったか。

闘ったときとは全然姿は違うはずだったが――全然違う見た目に変身できるこいつにとっては、姿の違いなど些細な問題だったのだろう。

「だがその前提だと、もし髪や目を違う色にしていたら一生会えなかったと思うんだが」

「…………んっ?」

明らかに言ってること理解してないリアクションなのだが、さてはこいつ馬鹿だな?

「それよりこれはなんだ!全然解けないんだが!」

古龍は両手に嵌められた魔法石をあしらった手枷を見せてくる。

「それは、古代魔法封じてるのとほとんど同じ超強力な封印魔法だが」

「余の力が全然出せないぞ!龍の姿にもなれないし!人間の少女よりちょっと強いくらいの力しか出ない!」

「封印魔法だからな。しかもガッチガチに魔力込めたやつ。感謝しろよ、国家機密級の魔法だぞ」

「解け」

「今の俺は魔法が使えん。解呪の魔法も当然使えんので、そのままだ」

「なんだと!?」

「ちなみに俺を殺しても魔法石に貯めた魔力は残ったままだから、結局魔力が弱まる数千年後まで封印は解けん。残念だったな」

「なんで魔法使えないんだよ。全部嘘だろ。嘘か馬鹿だろ」

「本当に使えないのだ」

「騙されないぞ」

まあ魔法が使えたとしても解くのはごめんだがな。

「余と勝負しろ!勝ったらこの魔法を解いてもらうからな!」

「よかろう」

返事をすると、古龍はすぐに動いた。

古龍は近くにあった石を手に取って、それを鈍器にして殴りかかってきた。

「今のお前は魔法が使えないただの幼女!理解したからな!覚悟しろよ!」

「そこ理解したなら勝っても負けても魔法は解けないことも理解しろよ!」

大人の拳二つ分ほどの大きな石だ。
頭にでも当たったら軽いけがではすむまい。

「俺のこの姿を見ても容赦なしか。少しは手加減してもよかろうに」

俺は古龍を迎え撃つ。

最小限の足運びだけで、石の殴打を避ける。
追撃を避け、さらに避ける。

「くっ、ちょこまかと!」

さらに避けて、空いていた手で古龍の頭部をわしづかみにした。

「いだだだっ!いたいいたいいたい!」

アイアンクローである。

幼女の姿だからあまり実感はわかないが、今俺の力は半減しているのだ。

つまり、していないのだ。

俺の筋力が半減したところで、並の人間よりは確実に力が強い。

薬の開発者であるソウマが残してくれたわずかな良心といったところだろうか。

「ていうかお前も、龍の力が封じられているのによく挑もうと思ったな」

女の子くらいの力しか出せない古龍と、普段の半分の力なら出せる俺――はじめから勝敗は決しているようなものだ。

「はなせ!はなせー!」

古龍は石を落として痛がっている。

しかし、やはり龍だったころのタフさは健在か。よく耐えるな。

「お前!ずるいぞお前!なんでそんなに力強いんだいたたたたっ!」

「ふはははっ!どうだ!?降参するか!?」

ノリノリで言うと、子どもたちが集まってきた。

「その暗黒大笑い――魔王ごっこだ!」

「コーラルちゃん、私も魔王ごっこやりたい!」

「あとでな!」

ごっこではないんだがな。

「ギブギブ!頭がお尻みたいになる!」

「コ、コーラルさん、痛がってますよ!やめてあげましょうよ!」

マヤに言われて、

「フン、仕方ない」

俺は古龍から手を離した。

「どーだ、これに懲りたら――」

「ギブとか嘘だぞバーカ!騙されたな!」

すかさず古龍は走り出し、子どもたちの間をかいくぐって脱兎のごとく逃げ出した。

「次は余が勝つからな!覚えてろ!」

捨て台詞を吐いて去っていく古龍。

マヤがその後ろ姿を見送りながら、

「お名前なんていうんでしょうね。次会ったときに聞いておかないと」

残念そうに言った。

「ああ、うむ、そうだな」

……そういう問題なのか?

というか、二度と会いたくないんだが。
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