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カタンカタンと揺れる、大きな馬車。見事な装飾に、まるで夢の中かと疑ってしまう様なふかふかの椅子、それにただただ座っている。アスクレピアス公爵家の馬車に揺られる日が来るとは、思ってもみなかった。そして、先程レシュノルティアに掛けられた言葉も頭の片隅に、微かに残っている。
「んっ、あれ?」
そういえば、乙女ゲームのレシュノルティアルートのエンディングはどうなったんだっただろうか。設定上、彼には婚約者など元からいなかったはずだ。この世界がどういう世界なのか、気がついた今だから考えられることだが何故私という、「ジェンティアナ」というキャラは彼の婚約者として存在しているのだろう。記憶の中では、ジェンティアナはただの侍女、モブキャラであったはずだ。
私とレシュノルティアとの婚約が成立しているということは、すなわちゲームでのジェンティアナは卒業まで一位をキープ出来なかったということだろうか。
「……もしかして、私ってとんでもない邪魔をしてしまったのでは??」
何堂々と一位を最後まで取って、この馬車にあの方の婚約者としてふんぞり返っているのだろうか。レシュノルティアに罪悪感を与えないために先程の様に言い残してきたとはいえ、自分の存在が迷惑をかけることに間違い無いのだ。誠実なあの人のことだ、ヒロインに恋をしたくても、私という存在が引っかかってしまうに違いないだろう。
「あああ、何てこと何てことなの…。何で私は学年一位をキープし続けてしまったの…!!」
レシュノルティアに迷惑をかけるだけじゃない、ヒロインがもしレシュノルティアを選んだら、私は追い出されるかもしれない。
そうなったら、子爵家に出戻りすることになるし、十八になった娘の嫁の貰い手などない。彼の役にも立てない。学年一位をキープしたことにより、私は自分の首も絞めることになる可能性がある。前世作品のファンだった者としては、これから彼の恋愛事情を探り楽しみたい反面、ジェンティアナとしては彼の恋を応援できる余裕は無い。どうしてこんなにまどろっこしいことになってしまったのだろうか。気がつくのが、遅すぎた。
「お嬢様、そろそろアスクレピアス公爵邸に到着いたします。」
「あ、はい!」
馬車の外から執事長の声がして、こんがらがった頭を立て直す。そして日差しが強いため、閉ざされていたカーテンを少しだけめくった。
「…懐かしい。アスクレピアスの領地だ。」
青の山脈が美しい、アスクレピアスの領地。そして、城とも言える程の大きな大きな屋敷に、馬車は少しずつ近づいていく。学院に入学してからの三年間、この屋敷に帰ってくることはなかった。そして、レシュノルティアの婚約者ととして帰ってこられることが出来たのは、現在はあまり容認したくないものの、自分の努力の成果と言うべきか。
「さ、到着しました。」
「ありがとうございます。」
執事長の声により、屋敷の前で馬車が止まる。
そしてその扉が開くと、そこにはレシュノルティアとよく雰囲気が似た、仏頂面の見慣れた男性が待機していた。
「…公爵閣下、」
「おかえりジェンティアナ。さ、手を。」
「あっ、ありがとう…ございます。」
馬車に乗ったのも随分久方ぶりなので、降りる時男性の手を借りることも久しぶりだった。レシュノルティアの父、現公爵である
イライジャ・レ・アスクレピアス。レシュノルティアとよく似た顔をしていて、そして怒っているようにも見える仏頂面がトレードマークの様なお方だ。故に怖いと勘違いされがちだが、実に誠実で温情深く、この家の誰からも慕われている。
『お帰りなさいませ。旦那様、ジェンティアナお嬢様。』
「!」
屋敷の門をくぐり抜けると、今まで私の先輩だった侍女、同期の使用人まで、全員が私達に頭を下げていた。やはり、今日から私は次期公爵夫人としての扱いを受けるようだ。
「少し身長が伸びたか。」
「え?そう、でしょうか。」
「三年も経てば大きくもなるか。」
「はい…、そうですね。」
それを仏頂面で聞かれるので、会話はいつも少し進んではまた止まる。でも、今はそれだけでない。初めて、この人にレシュノルティアの婚約者として扱われたことに、私は緊張を隠せなかった。それから、イライジャが足を進めるのにそのままに着いていくと、公爵の執務室までたどり着いた。
「茶を淹れさせよう、かけたまえ。」
「はい。」
かけろ、と言われたにも関わらず、侍女時代の癖でソファーの後ろに、控えるように立ってしまう。
「かけろ、とは座れと言う意味で言ったのだぞ。」
「も、申し訳ございません。つい…癖で。」
「そんな様では困る。お前は次期公爵の妻になる娘なのだからな。さ、これからの話をしよう。かけたまえ。」
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