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3.末期に呼びたくなってしまったの
しおりを挟む消えぬ苦しみを与えてやる、などと言っても胸を刺された身、今はそれはできない。
その場に倒れこんだ彼女の身体を見て、刺した本人であるファブリスが震え声を上げ始めた。
「ど、どうしとう…!!本当にやっちまった、兄さん…!!!」
「いや、こ、これでいい…。」
「ど、どうする?隠そうか?」
「隠しただけでは行方不明扱いになるだろうな…、ここに放置して僕たちは帰るぞ。」
「ええ!?そんなことしたら、僕たちが犯人ってバレるんじゃ…、」
「ナイフがあればバレるだろうな…だから隠すのはそのナイフだけだ。いいな。
それと、死んでいなければ後々困る。もう二度か三度、背中を刺しておけ。」
「わ、分かったよ。」
ファブリスはレオノールの言う通りに、うつ伏せに倒れた彼女の背中をもう二回刺す。
「う、恨むなよエスカ。これは彼女が幸せになる未来のためなんだから…!!」
それから二人はエスカドールの身体を古びた教会に放置して、その場を去った。
「はっ、なぁにが彼女が幸せになる未来のためですか…。馬鹿な男達、…う、かふっ、」
胸を一回、背中を二度も刺されたというのに、まだエスカドールには意識があった。
土臭い古びた床に、ゆっくりと彼女の血が広がっていく。それを、彼女ただ見つめていた。自分が今からこのままではい死んでしまう、という実感はあまりない。刺されたら、痛みよりも何か寒さがあるのかもしれない。さて、この寒さはいつまで続くだろうか。実に興味深い。今まで人に刺されたことなどないから、人が死を自覚するタイミングは、いったいどこなのだろう。そんなことも考えている。
「…人が刺されて死ぬ時って、皆こんな感じなのでしょうか。走馬灯…の様なものは少し流れて来る気がしますわ。」
目を閉じると、今までの十六年間であったことが少しだけ流れてきている気がした。これが走馬灯なのだろうか。人が死ぬ時は、走馬灯が流れて来るいう話は嘘ではなさそうだというだとエスカドールは満足げに目を
閉じてみる。
「本当に気持ちの悪い血のつながっていないお父様、それと、私の婚約者の殿下、私の侍女のハンナ…あとは、あとは誰が私の記憶の中にいるのでしょう。あと…あとは、誰か忘れてはいけないのは…私の、そうだ、弟だわ…。」
弟がいた気がする、と脳裏の記憶を探る。今は一緒に暮らしていない。血縁関係はないのに、確かに自分の血が流れている少年。その少年は、今何をしているのだろうか。
「名前は…名前は、そうだわ、ヴィユノーク。花の名前をつけた、私の血を持つ、弟。」
彼と離れ離れになったのは、いつごろだっただろうか。確かすごく可愛がっていた気がするのに、今ではもう死ぬ間際にならないと思い出せもしない少年。そんな彼の名を、何故末期に思い出したのかは、エスカドールにも
分からなかった。
「…ヴィユノーク、」
その名を呼んだ時に、急に視界が不鮮明になり始めた。世界が、灰色と化してい行く。音も、何も聞こえなくなる。このままでは、本当に死んでしまいそうだ。こんなに古びた、天井も割れ、雑草が一部生い茂っている場所で、公爵家令嬢という身分にありながら、彼女は息絶えようとしていた。
「今私の名前を呼んだのは誰だ。…こんな所に、偉く美しいお嬢さんが倒れているとは不思議だな。何故私の名を知っている?」
灰色と化す世界へ、一人のローブを羽織った男が入り込んでくる。顔はよく、もう見えていなかった。声ももう何も聞こえていないので、その男が誰かも分からない。ただ、死ぬ直前に現れた男を目を細めながらしばらく
じっと見つめる。
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