【完結】王都に咲く黒薔薇、断罪は静かに舞う

なみゆき

文字の大きさ
7 / 18

黒薔薇の扉を叩く夜

しおりを挟む
 その夜、風は冷たかった。 
街路の灯が揺れ、石畳に落ちる影は、どこか怯えているように見えた。 
扉の前に立つ少女の肩が、小刻みに震えていたのは、寒さのせいだけではなかった。



「……ご予約は?」


受付の男の問いに、少女は唇を噛み、かすれた声で答えた。


「……“ロゼ様”に……お会いしたくて……」


その姿は、宝石のように着飾った令嬢だった。 
だが、瞳は怯えに濁り、頬には血の気がなかった。 


名は――セシリア・ヴァレンティア。 
かつて伯爵家の令嬢として社交界を彩り、皇太子妃候補にも名を連ねた才媛。 
だが、すべてが変わった。元侯爵家の嫡男との婚約破棄を機に。



「破棄は、私たちから申し入れました。彼の私に対するこれまでの暴言と……皇太子妃の取り巻きとして加担していた悪事に、ようやく気づいたんです。婚約破棄を受け付けなかった侯爵家も、証拠が次々に出てきて、最終的には受諾してくれました。 でも、彼だけは――納得していなかった……」



 * **

彼女が、黒薔薇商会を尋ねる数日前の夜。 
夜会の喧騒が遠のいた庭園の奥、人気のない小道。 
足元がふらつき、視界が揺れる。 
セシリアは、薬で霞む意識の中で、力ずくで腕を引かれていた。


「声なんて出すなよ。誰にも聞こえやしない」


元婚約者の目は、狂気に濁っていた。 
このままでは、壊される
――そう思っても、恐怖で身体が動かない。



その瞬間だった。


「……その手を、離していただけるかしら?」


冷たい声が、闇を裂いた。 
月の光を背に現れたのは、漆黒のドレスをまとった一人の女――”ロゼ”。 
その一歩一歩は、まるで罪人に下される判決のように重く響いた。



「誰だ??関係ない奴は引っ込んでろ。」


「犯罪者の貴方に名乗る必要はないと思うけど……?」



ロゼは薄く笑った。 
けれどその瞳には、一片の笑みもなかった。


「あいにく、“女の扱い”に関してだけは――目が肥えているの。 あなたの手付きなんて、下劣そのもの。私の取引先には、到底紹介できないわね?」



男が顔をしかめ、一歩踏み出そうとしたその瞬間。


「次の一歩を踏み出したら、足の腱を切るわよ」


その声は、冷気よりも鋭く、刃よりも静かだった。


「選びなさい。 このまま一族の名誉を少しでも残して退くか、 この場ですべてを剥がされ、狗のように引きずられるか。 ――あなたに、選択の自由があるとまだ思えるなら、だけどね」



男の顔から血の気が引いた。 
直後、黒薔薇商会の調査員たちが音もなく現れ、彼を拘束した。
その場で始まった調査により、隠された罪の数々が暴かれていく。
買収、恐喝、薬物、暴力――そして被害女性たちの証言。 
男の人生は、そこで静かに終わった。



 * **

セシリアは、暖かな部屋の中で、エリスから紅茶を受け取った。 
震える指先をカップに添えながら、小さく呟く。


「……どうして、助けてくださったんですか?」



”ロゼ”――エリスは、静かに笑った。

「私の仕事は、“痛みを返す”ことだけじゃない。 “痛みを受けた人を、もうこれ以上傷つけさせない”ことも――私の戦いよ」



その言葉に、セシリアの目から涙がひとすじ、こぼれ落ちた。





黒薔薇商会。 
――そこは、過去に裁きを下し、未来を守るために存在する場所。


そして今宵もまた、 ひとつの運命が、救いを求めて扉を叩いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします

ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。 マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。 それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。 ※複数のサイトに投稿しております。

いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ
恋愛
 初夜の最中。王子は死んだ。  犯人は誰なのか。  妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。  12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

裏切者には神罰を

夜桜
恋愛
 幸せな生活は途端に終わりを告げた。  辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。  けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。  あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...