【完結】転生三回目、俺はもう幸せだけを追わないことにした「ようやく人生を掴んだ俺の話」

なみゆき

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 高等部では、心機一転のつもりで騎士クラスに進んだ。 
剣を握り、汗を流し、努力すれば、過去の自分を変えられる――そう信じていた。

だが、現実は甘くなかった。 
貴族の子弟たちは幼い頃から剣術や乗馬の訓練を受けてきた者ばかりで、基礎体力も技術も、俺とは比べものにならなかった。 
俺は、最初の訓練からすでに息が上がり、木剣を握る手は震え、足元はふらついていた。 
教官の叱責と、周囲の冷笑が、毎日のように浴びせられた。

それでも、諦めなかった。 泥にまみれ、血豆を潰しながら、必死に食らいついた。 
何かを変えたかった。 過去の自分を、あの裏庭で背を向けられた自分を、乗り越えたかった。


だが――ある日の練習試合で、俺は知ってしまった。

俺の初恋相手、セリーヌ・ローレンが、同じ騎士クラスに属する伯爵家の嫡男
――ジュリアン・ヴァルモンと婚約しているということを。

試合前、ふと視線を向けた先で、彼女がジュリアンに笑いかけていた。 
その笑顔は、かつて俺だけに向けられていたと思っていたものだった。 
だが今は、ジュリアンの勝利を信じて疑わない、誇らしげで、眩しい笑顔だった。


その瞬間、俺の中で何かが音を立てて崩れた。


胸の奥が焼けるように痛くて、呼吸がうまくできなかった。
剣を構える手が震え、視界が滲んだ。 
そして、試合を始める前に足を滑らせ、無様に転倒。 
その拍子に手首をひねり、骨にひびが入った。
そして試合は不戦敗だった。


俺の騎士への道は、あっけなくそこで閉ざされた。

それからの俺は、抜け殻のようだった。
訓練にも身が入らず、教官の目も更に冷たくなった。 
周囲の視線は、あからさまに軽蔑と失望を含んでいた。


「貴族のくせに根性がない」 
「次男坊はやっぱり使えない」

そんなクラスメートの言葉が、耳にこびりついて離れなかった。

嫡男ではない俺に残された道は、文官になることだけだった。 
だが、剣にすがっていた俺が、文官の勉強を始めたのは、あまりにも遅すぎた……。


 * **

文官試験には、卒業後に何度も挑戦した。 
だが、結果はすべて「不合格」。 
そのうち、試験勉強は家に居続けるための口実になっていった。

「次の試験に向けて準備中だ」

と言えば、誰も強くは責めてこない。
 
だが実際には、参考書を開いても頭に入らず、過去問を前にしても手が止まる。 
机に向かってはいるものの、心はどこか遠くにあった。

家の中では、冷たい空気が漂っていた。 
父は無言で俺を通り過ぎ、母は目を合わせようとしない。 
兄ギルバートは、俺が廊下を歩くだけで露骨に眉をひそめた。

「まだあきらめないのか?」 
「働きもせず、勉強も身が入らないなら、何のために家にいるんだ」

そんな言葉や視線を投げかけられるたび、俺は何も言い返せず、ただ部屋に戻った。 
扉を閉め、鍵をかけ、外の世界を遮断するように机に向かった。

扉を閉め、引きこもり、ただ時間をやり過ごす。 
勉強しているふりをしながら、何も変わらない日々が続いていった。

もちろん、合格通知は一度も届かなかった。


 * **

三十歳。 文官試験の受験資格が切れる年だった。

高等部を卒業してから十年以上。 
俺は
「次がある」
「まだ間に合う」

と自分に言い聞かせながら、何も掴めないまま時間だけが過ぎていった。 
元貴族という肩書きがあれば、仕事などすぐに見つかる
――そんな甘い幻想を、どこかで信じていたのかもしれない。


だが、現実は違った。 何も持たない俺に、社会は冷たかった。


そして、ついにその日が来た。

その頃、家庭を持ち、数年前に跡取り息子も生まれた兄・ギルバートは、本格的に父から家督を継ぐ準備を着々と進めていた。

そんな中、俺に向かって冷たく言い放った。

「もう家を出て行ってくれ。お前の居場所は、この家にはない」

その言葉は、今でも胸の奥に深く突き刺さっている。

悔しさで顔が引きつるのを隠せず、俺は無言で荷物をまとめた。 
行く宛など、どこにもなかった。それでも、ここに居続けることは、許されなかった。

両親はもちろん、使用人に至るまで、誰も俺の見送りはしなかった。

ただ、玄関に向かって歩いているとき、ふと感じた視線に振り返ると、母が部屋の隙間からそっとこちらを覗いていた。 
その目は、どこか赤く腫れていた。

思い返せば、昨晩、母の部屋から微かに嗚咽のような音が聞こえていた。 
そのときは気のせいだと思っていたが、今ならわかる。 
きっと、家族の中では昨日のうちに「俺を追い出す」ことが決まっていたのだ。

――ああ、母は、昨日の夜、俺のことを想い泣いたんだな。

たが、それでも母は、出ていく俺に声をかけなかった。 玄関を出て、外門を出るときに、ふと屋敷に目をやった。 母の部屋のカーテンが、うっすらと揺れているように感じた。 そして、母が部屋のカーテンの隙間から、俺の背中をじっと見送っていた。

俺は、その視線に気づきながらも、最後のプライドを守るように、母の顔を見ずに家の敷地を出た。

門をくぐった瞬間、俺は“元貴族”になった。

父に見限られ、兄に背を向けられ、母にさえ手を差し伸べてもらえなかったこの家に、もはや俺の居場所はなかった。
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