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家を出てから、自立するために仕事探しを始めた。
だが、子爵家の次男という肩書は、現実の前では何の役にも立たなかった。
職歴もなく、技術もなく、知識もない俺にできたのは、日雇いの仕事だけだった。
工事現場で瓦礫を運び、倉庫で荷物を積み、寒空の下で看板を持って立ち続ける。
手はひび割れ、指先はかじかみ、靴の底はすり減っていた。
それでも、いつか人生をやり直せると、信じていた。
――信じていたのだ、本当に。
だが、甘い話に騙されて、全財産を失った。
「これは滅多に出ない話です。正直、他の方にはお勧めできません。ですが…あなたなら、話は別です。」
「私も最初は不安でした。でも、結果を見れば…今では笑い話ですよ。」
そう言われて、日雇いで稼いだなけなしの金を預けた。
それは、俺にとって唯一の希望だった。
だが、翌週には、その金は跡形もなく消えていた。
毎日稼いだ日銭を、せっせと詐欺師に渡し続け、気づけば一週間後には、すべて失っていた。
残ったのは、空っぽの財布と、どうしようもない自分だけだった。
その後、住む場所も追われ、貧民街で寝床を探すだけの毎日が始まった。
雨漏りする屋根の下、毛布一枚で震えながら夜を越す。
壁の隙間から吹き込む風が、骨の芯まで冷やす。
空腹で目が覚めても、財布には何も残っていない。 空っぽの胃袋が、軋むように痛む。
誰にも頼れず、誰にも必要とされず、ただ、息をして生きているだけの存在。
声をかけられることもなく、目を合わせてくれる人もいない。
俺がこの世にいることを、誰も知らないかのようだった。
かつては家族がいて、名前があり、住む屋敷があった。
今はただ、名前のない影として、街の片隅で朽ちていくだけだった。
* **
そんなある日だった。
久しぶりにありつけた日雇い仕事の帰り、やっとのことで、売れ残りのパンを手に入れることができた。
腐ってもいない、そこまで硬くもないパンを食べた喜びで、うれしくなった俺は、少し浮かれて川沿いを散歩し始めた。
そこで、川で溺れている子供を見つけた。
考えるより先に、身体が動いていた。
冷たい水の中へ飛び込み――そして、そのまま命を落とした。
誰かに感謝されることもなく、誰かに惜しまれることもなく。
俺の人生は、静かに終わった。
(ああ……家を出てから、一度も父や母の顔を見に行かなかったな)
(せめて一度くらい、元気でいるかどうかだけでも確かめておけばよかった。 それすらできなかった自分が、今さら後悔しているなんて)
――遅すぎるよな。
意識が薄れていく中、後悔が次々と胸を締めつける。
過去の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
――セリーヌに告白したあの日。
――騎士試験で転倒した瞬間。
――文官試験の不合格通知を握りしめた夜。
――兄に「出て行け」と言われた日。
――母の視線を振り切って屋敷を出たあの日。
どれも、取り返せない選択だった。
どれも、俺の人生を少しずつ蝕んでいった。
あのとき、ほんの少しだけ勇気があれば。
あのとき、ほんの少しだけ誰かに頼れていれば。
あのとき、ほんの少しだけ自分を信じていれば――。
けれど――そこで終わりじゃなかった。
* **
白い光が視界を包み、意識の奥に眩い輝きが差し込んでくる。
その光の中から、銀髪の女神が静かに現れた。
「あなたは、本来ここで死ぬはずではありませんでした」
その声は、鈴の音のように澄んでいた。
「もう一度、人生をやり直してみませんか?」
俺は迷わず頷いた。
もう一度やり直せるなら――どんな代償でも構わない。
だが、女神は静かに言葉を重ねた。
「ただし、戻れるのが貴方の人生のいつかは、あなたにも私にもわかりません」
その瞬間、世界が白く弾けた。
こうして、俺の“二度目の人生”が始まった。
今度こそ、間違えない。
……そう、信じていた――。
だが、子爵家の次男という肩書は、現実の前では何の役にも立たなかった。
職歴もなく、技術もなく、知識もない俺にできたのは、日雇いの仕事だけだった。
工事現場で瓦礫を運び、倉庫で荷物を積み、寒空の下で看板を持って立ち続ける。
手はひび割れ、指先はかじかみ、靴の底はすり減っていた。
それでも、いつか人生をやり直せると、信じていた。
――信じていたのだ、本当に。
だが、甘い話に騙されて、全財産を失った。
「これは滅多に出ない話です。正直、他の方にはお勧めできません。ですが…あなたなら、話は別です。」
「私も最初は不安でした。でも、結果を見れば…今では笑い話ですよ。」
そう言われて、日雇いで稼いだなけなしの金を預けた。
それは、俺にとって唯一の希望だった。
だが、翌週には、その金は跡形もなく消えていた。
毎日稼いだ日銭を、せっせと詐欺師に渡し続け、気づけば一週間後には、すべて失っていた。
残ったのは、空っぽの財布と、どうしようもない自分だけだった。
その後、住む場所も追われ、貧民街で寝床を探すだけの毎日が始まった。
雨漏りする屋根の下、毛布一枚で震えながら夜を越す。
壁の隙間から吹き込む風が、骨の芯まで冷やす。
空腹で目が覚めても、財布には何も残っていない。 空っぽの胃袋が、軋むように痛む。
誰にも頼れず、誰にも必要とされず、ただ、息をして生きているだけの存在。
声をかけられることもなく、目を合わせてくれる人もいない。
俺がこの世にいることを、誰も知らないかのようだった。
かつては家族がいて、名前があり、住む屋敷があった。
今はただ、名前のない影として、街の片隅で朽ちていくだけだった。
* **
そんなある日だった。
久しぶりにありつけた日雇い仕事の帰り、やっとのことで、売れ残りのパンを手に入れることができた。
腐ってもいない、そこまで硬くもないパンを食べた喜びで、うれしくなった俺は、少し浮かれて川沿いを散歩し始めた。
そこで、川で溺れている子供を見つけた。
考えるより先に、身体が動いていた。
冷たい水の中へ飛び込み――そして、そのまま命を落とした。
誰かに感謝されることもなく、誰かに惜しまれることもなく。
俺の人生は、静かに終わった。
(ああ……家を出てから、一度も父や母の顔を見に行かなかったな)
(せめて一度くらい、元気でいるかどうかだけでも確かめておけばよかった。 それすらできなかった自分が、今さら後悔しているなんて)
――遅すぎるよな。
意識が薄れていく中、後悔が次々と胸を締めつける。
過去の記憶が、走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
――セリーヌに告白したあの日。
――騎士試験で転倒した瞬間。
――文官試験の不合格通知を握りしめた夜。
――兄に「出て行け」と言われた日。
――母の視線を振り切って屋敷を出たあの日。
どれも、取り返せない選択だった。
どれも、俺の人生を少しずつ蝕んでいった。
あのとき、ほんの少しだけ勇気があれば。
あのとき、ほんの少しだけ誰かに頼れていれば。
あのとき、ほんの少しだけ自分を信じていれば――。
けれど――そこで終わりじゃなかった。
* **
白い光が視界を包み、意識の奥に眩い輝きが差し込んでくる。
その光の中から、銀髪の女神が静かに現れた。
「あなたは、本来ここで死ぬはずではありませんでした」
その声は、鈴の音のように澄んでいた。
「もう一度、人生をやり直してみませんか?」
俺は迷わず頷いた。
もう一度やり直せるなら――どんな代償でも構わない。
だが、女神は静かに言葉を重ねた。
「ただし、戻れるのが貴方の人生のいつかは、あなたにも私にもわかりません」
その瞬間、世界が白く弾けた。
こうして、俺の“二度目の人生”が始まった。
今度こそ、間違えない。
……そう、信じていた――。
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