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第5話母親
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元勇者が死んだことで、国は瓦解した。
熾烈な王位継承権争いと、相次ぐ魔獣被害。
特に魔獣被害は甚大だった。
王都にまで魔獣が出没するのだから。
警備が杜撰なのにも程がある。
国民は難民として各国に散っていった。
その中には王族もいたらしい。
難民たちの話では、魔獣の被害に迅速な対応をしない王家や貴族に怒りの矛先が向かい、大規模な暴動が起こったとか。
少なくない血が流れ、一部の王族や貴族は民衆手の手で処刑されたらしい。
自業自得とは正にこの事だ。
民衆によって私刑にされた中には母と父の婚姻を無効にした神父の姿もあったらしい。
真っ先に殺されていてもおかしくない元王妃やその子供たち。そして王妃の浮気相手。
彼らの行方は誰も知らない。
生きているのか。死んでいるのか。
もっとも生きていても悲惨なだけだろう。腹いせに殺されるだけだ。
それに。
もうこの世にはいないかもしれないなと漠然とだが、予感した。
温室育ちの王族や貴族に難民暮らしはできないし、平民として暮らすこともできないだろう。
命からがら逃げてきた難民たちも、以前のような暮らしはできない。
なにしろ着の身着のまま逃げ出してきたのだ。
友好国ならともかく。
いや、元勇者の国はとにかく評判が悪かった。
事ある毎に「自分達の国が世界を救った」と威張り散らしていたからな。
言葉にしなくても態度に現れていた。
元勇者を王様にしたことで更に助長していたんだ。
彼らの支援者などいない。
今から二十三年前、一人の女が亡命してきた。
追われているかのような必死の形相だったと、当時を知る人は俺に教えてくれた。
女は妊娠初期だった。
明らかに訳ありの女を匿ったのは花街。
何故、女を匿ったのか。
理由は分からない。
ただ、花街の娼館が女を買った。
子供が生まれたら店にでることが条件だったらしい。
平民との申告だったが、女には学があった。
なんの気まぐれか、娼館の主人は女に芸を仕込んだ。
女は短期間で瞬く間に一流の踊り子になったという。
誰もが彼女の素晴らしい舞に賛辞を送った。
主人は女に聞く。
「前になにか習っていたか?」と。
女は「少しだけなら」と答えた。
女は多くを語らなかった。
訳ありと理解しているのか主人も必要最低限のことしか聞かない。
素性のしれない女ではあるが、芸は一流。
もしかすると何処かのやんごとなき身分の者かもしれない、と評判になった。
女は否定しなかった。
主人も否定しなかった。
いつしか、それが本当のように語られるようになる。
高級娼館とはいえ、足抜けがないとは断言できない。
客と心中する娼婦も年に数件ある。
客が取れず、中級娼館に下げ渡されるケースもある。
更に落ちぶれると、下級以下の店に出される場合もあった。
それが花街の実態だ。
余所者の異国の女。
高貴な身分だったかもしれない女。
嘘か誠か、分からないほど芸が抜きん出ていた。
客の殆どが噂を本当だと思った。
なにも語らないことが更に女の価値を上げさせた。
女を身請けしたいという男は大勢いたが、何故か女は首を縦に振らない。
理由を聞いても答えてくれない。
ただ一言、「殺される覚悟はありますか?」と聞くだけだ。
女が殺すのではない。
女を追いかける他国から殺される危険が孕んでいるという意味だった。
十数年働いた女は主人から娼館を託された。
「母さん」
「あら、グレイ。お帰りなさい」
「うん。ただいま」
「珍しいわね。グレイが店に顔を出すなんて」
「まぁね。なにか手伝おうか?」
「そうねぇ、なら荷物を運んでもらおうかしら」
「客から?」
「そうよ」
「どこの部屋?」
「お母さん宛てよ」
「……母さんに?え?店の子達じゃなく?」
「そうよ」
「……どこのモノ好きなスケベジジイ?」
「どうしてそこでジジイなの!」
「だってさぁ……」
「昔からの常連で紳士なのよ!失礼なこと言わない!」
「へぇ……」
「でもグレイが来てくれて助かったわ。さあ、荷物を運んでちょうだい」
「はい、はい」
「『はい』は一度!」
「はーい」
数ヶ月後、母は結婚した。
昔からプロポーズしてくれていたらしい元客と。
花街の元売れっ子娼婦。
高級娼館の女主人の結婚式はド派手だった。
熾烈な王位継承権争いと、相次ぐ魔獣被害。
特に魔獣被害は甚大だった。
王都にまで魔獣が出没するのだから。
警備が杜撰なのにも程がある。
国民は難民として各国に散っていった。
その中には王族もいたらしい。
難民たちの話では、魔獣の被害に迅速な対応をしない王家や貴族に怒りの矛先が向かい、大規模な暴動が起こったとか。
少なくない血が流れ、一部の王族や貴族は民衆手の手で処刑されたらしい。
自業自得とは正にこの事だ。
民衆によって私刑にされた中には母と父の婚姻を無効にした神父の姿もあったらしい。
真っ先に殺されていてもおかしくない元王妃やその子供たち。そして王妃の浮気相手。
彼らの行方は誰も知らない。
生きているのか。死んでいるのか。
もっとも生きていても悲惨なだけだろう。腹いせに殺されるだけだ。
それに。
もうこの世にはいないかもしれないなと漠然とだが、予感した。
温室育ちの王族や貴族に難民暮らしはできないし、平民として暮らすこともできないだろう。
命からがら逃げてきた難民たちも、以前のような暮らしはできない。
なにしろ着の身着のまま逃げ出してきたのだ。
友好国ならともかく。
いや、元勇者の国はとにかく評判が悪かった。
事ある毎に「自分達の国が世界を救った」と威張り散らしていたからな。
言葉にしなくても態度に現れていた。
元勇者を王様にしたことで更に助長していたんだ。
彼らの支援者などいない。
今から二十三年前、一人の女が亡命してきた。
追われているかのような必死の形相だったと、当時を知る人は俺に教えてくれた。
女は妊娠初期だった。
明らかに訳ありの女を匿ったのは花街。
何故、女を匿ったのか。
理由は分からない。
ただ、花街の娼館が女を買った。
子供が生まれたら店にでることが条件だったらしい。
平民との申告だったが、女には学があった。
なんの気まぐれか、娼館の主人は女に芸を仕込んだ。
女は短期間で瞬く間に一流の踊り子になったという。
誰もが彼女の素晴らしい舞に賛辞を送った。
主人は女に聞く。
「前になにか習っていたか?」と。
女は「少しだけなら」と答えた。
女は多くを語らなかった。
訳ありと理解しているのか主人も必要最低限のことしか聞かない。
素性のしれない女ではあるが、芸は一流。
もしかすると何処かのやんごとなき身分の者かもしれない、と評判になった。
女は否定しなかった。
主人も否定しなかった。
いつしか、それが本当のように語られるようになる。
高級娼館とはいえ、足抜けがないとは断言できない。
客と心中する娼婦も年に数件ある。
客が取れず、中級娼館に下げ渡されるケースもある。
更に落ちぶれると、下級以下の店に出される場合もあった。
それが花街の実態だ。
余所者の異国の女。
高貴な身分だったかもしれない女。
嘘か誠か、分からないほど芸が抜きん出ていた。
客の殆どが噂を本当だと思った。
なにも語らないことが更に女の価値を上げさせた。
女を身請けしたいという男は大勢いたが、何故か女は首を縦に振らない。
理由を聞いても答えてくれない。
ただ一言、「殺される覚悟はありますか?」と聞くだけだ。
女が殺すのではない。
女を追いかける他国から殺される危険が孕んでいるという意味だった。
十数年働いた女は主人から娼館を託された。
「母さん」
「あら、グレイ。お帰りなさい」
「うん。ただいま」
「珍しいわね。グレイが店に顔を出すなんて」
「まぁね。なにか手伝おうか?」
「そうねぇ、なら荷物を運んでもらおうかしら」
「客から?」
「そうよ」
「どこの部屋?」
「お母さん宛てよ」
「……母さんに?え?店の子達じゃなく?」
「そうよ」
「……どこのモノ好きなスケベジジイ?」
「どうしてそこでジジイなの!」
「だってさぁ……」
「昔からの常連で紳士なのよ!失礼なこと言わない!」
「へぇ……」
「でもグレイが来てくれて助かったわ。さあ、荷物を運んでちょうだい」
「はい、はい」
「『はい』は一度!」
「はーい」
数ヶ月後、母は結婚した。
昔からプロポーズしてくれていたらしい元客と。
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高級娼館の女主人の結婚式はド派手だった。
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