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~外伝 運命を捻じ曲げられた女人たち~
第118話とある高貴なる女人~弘徽殿の太后side~
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この女は「魔の者」だと感じた。
細身の身分の低い更衣。
淑景舎の片隅にいる桐壺の更衣。
帝がこの更衣をどこで見初めたのかは定かではない。
幽玄のような印象が漂う女を私は薄気味悪く感じたが、帝にとってはそうではなかった。
殿方を魅了してやまない女は、自身の不気味な魅力を周囲に振りまく。
それによって帝同様に虜になる者、反発する者、利用する者と様々だ。
桐壺の更衣を欲した殿方は帝だけではない。
数多くの殿上人が彼女を垣間見て我が物にしようと目論んだことだろう。
帝が見初めるまでの期間本当に無事であったか実の怪しいかぎりである。
それというのも、少女のような更衣は、その可憐な姿に似つかわしくない艶めかしさもあったからだ。
桐壺更衣が帝のお情けを受けていると密かに噂されていた頃、どのような女人なのかと、己の宴に参加を促した時から、既に更衣は「女」であった。
昨日今日で身に付くわけもない男を魅了するのに長けた仕草。
それも本能的にやっているのが見て取れた。
浮世離れした更衣は、その瞳に光は無く、どこか遠くを見ているかのような眼差しである。
横に座る帝を盗み見た時に全てを悟った。
桐壺更衣の「最初の男」は帝ではないと。
そして今も更衣は別の殿方と関係を持っている可能性があることも。
由々しき事態である。
仮にも更衣の身分の者が帝以外の殿方と関係を持つなど、あってはならぬこと。
腹心の者を使って調査した結果、出てきたのは驚くべき数の殿方の影。疑惑付きの者も多くいた。
そのなかに自分の弟達までいた事には眩暈がしたほどである。
桐壺更衣は何時身籠ってもおかしくない状況であった。
私の調査が露見したのか、それとも更衣を独り占めしたかったのかは分からないけれど、帝は桐壺更衣を藤壺の一角に移した。
他の妃達は嫉妬をあらわにしたが、私はかえって良かったと思っている。
もしこのまま更衣が身籠った場合が心配でもあったからだ。
女宮なら兎も角、男宮ならば最悪の事態も考えなければならない。
私以上に帝は理解していらっしゃった。
桐壺更衣には全てを捧げなければ関心を向けられないということを。
優しさや信頼など必要ではない。
愛と献身を持って接しないかぎり、桐壺更衣の心を溶かすことは生涯不可能であることを。
熱烈な愛を受け、純粋な恋を捧げ、狂気に満ちた独占欲をその小さな体に受け入れ続けたのだ。
更衣の心は既にこの現世には存在しない。
「後の事はお任せください。東宮も新帝として新しい御代のために精魂尽き果てるまで精進する所存ですから」
今日をもって退位する桐壺帝。
彼は御所の中にある院御所に移る。
嘗ての帝が住まうには小さすぎる館。
それでも桐壺の更衣だけを連れ立っていくのだから丁度いい大きさだと思う。
桐壺帝の後宮は既に解体され、実家に帰還する妃達が相次いだ。
誰も桐壺院に尽き従う者はいなかった。
それも当然のこと。
寵愛も与えられず、子もいない。
それでも彼女たちはまだまだ若い。別の殿方の元に嫁ぐこともできよう。
「……源氏の君は?」
「光の君ならば、新帝になった朱雀帝の手伝いに勤しんでいますよ」
「私たちとは来ないのかい?」
「行く必要性がございますか?」
「漸く、家族水入らずに暮らせるというのに……」
よよよよっ、と袖口で涙を濡らす桐壺院には申し訳ないのだけれど、光はあなた方を御所から追い出せて喜んでいますよ?
「光の君も家庭をお持ちになっていますから、それは不可能かと。ご機嫌伺いをお待ちくださいませ」
私の言葉に顔を上げた桐壺院は納得した顔であった。
「弘徽殿女御、貴女には申し訳ない事をした。私は極めて不誠実な夫君であった」
息を飲んだ。
まさか桐壺院からこのような言葉をいただくとは思ってもいなかったからである。
その前に、己が夫としても帝としても不誠実であったことを理解していたことに心底驚きを隠せなかった。
「私以上に不幸になった女人は大勢おりますわ。院の後宮の妃達です」
「そうだな……その通りだ」
「私は良いのです。院の子供を生めたのですから」
目を見開く桐壺院は、否定も肯定もしなかった。
それがなにを差すのか分からないほど鈍くはないが、応えることはなかった。
私も、はなから返事など期待していない。
桐壺院は、彼女を死ぬまで愛するだろう。
小さな御所で、彼ら二人のためだけの箱庭で、あの女に永遠の愛を捧げ続ける。
時代が変わり、変化しようとも、彼らは変わることは無いだろう。
この憐れな院を愛し、憎み、恨んだ日々が今では懐かしい。
私は時期に彼らの事を忘れるだろう。
ここに来るのは二人の内、どちらかがその生を終えた時、それが長く来なければいいと心から思い、同時に、その時は桐壺御息所が先であることを願ってやまない。
――数年後――
誰が言っただろうか。
愛の反対は憎しみではなく、無関心である、と。
「桐壺更衣の事なら御心配いりません。彼女を庇護したい者は大勢おります。その中からいいと思われる者を選別いたしますから、院は心健やかにお過ごしください」
病床にある桐壺院は長くはない。
それを知りつつ、院の唯一の心残りである最愛の女の行く末を伝える私は、実に業の強い女であろう。
細身の身分の低い更衣。
淑景舎の片隅にいる桐壺の更衣。
帝がこの更衣をどこで見初めたのかは定かではない。
幽玄のような印象が漂う女を私は薄気味悪く感じたが、帝にとってはそうではなかった。
殿方を魅了してやまない女は、自身の不気味な魅力を周囲に振りまく。
それによって帝同様に虜になる者、反発する者、利用する者と様々だ。
桐壺の更衣を欲した殿方は帝だけではない。
数多くの殿上人が彼女を垣間見て我が物にしようと目論んだことだろう。
帝が見初めるまでの期間本当に無事であったか実の怪しいかぎりである。
それというのも、少女のような更衣は、その可憐な姿に似つかわしくない艶めかしさもあったからだ。
桐壺更衣が帝のお情けを受けていると密かに噂されていた頃、どのような女人なのかと、己の宴に参加を促した時から、既に更衣は「女」であった。
昨日今日で身に付くわけもない男を魅了するのに長けた仕草。
それも本能的にやっているのが見て取れた。
浮世離れした更衣は、その瞳に光は無く、どこか遠くを見ているかのような眼差しである。
横に座る帝を盗み見た時に全てを悟った。
桐壺更衣の「最初の男」は帝ではないと。
そして今も更衣は別の殿方と関係を持っている可能性があることも。
由々しき事態である。
仮にも更衣の身分の者が帝以外の殿方と関係を持つなど、あってはならぬこと。
腹心の者を使って調査した結果、出てきたのは驚くべき数の殿方の影。疑惑付きの者も多くいた。
そのなかに自分の弟達までいた事には眩暈がしたほどである。
桐壺更衣は何時身籠ってもおかしくない状況であった。
私の調査が露見したのか、それとも更衣を独り占めしたかったのかは分からないけれど、帝は桐壺更衣を藤壺の一角に移した。
他の妃達は嫉妬をあらわにしたが、私はかえって良かったと思っている。
もしこのまま更衣が身籠った場合が心配でもあったからだ。
女宮なら兎も角、男宮ならば最悪の事態も考えなければならない。
私以上に帝は理解していらっしゃった。
桐壺更衣には全てを捧げなければ関心を向けられないということを。
優しさや信頼など必要ではない。
愛と献身を持って接しないかぎり、桐壺更衣の心を溶かすことは生涯不可能であることを。
熱烈な愛を受け、純粋な恋を捧げ、狂気に満ちた独占欲をその小さな体に受け入れ続けたのだ。
更衣の心は既にこの現世には存在しない。
「後の事はお任せください。東宮も新帝として新しい御代のために精魂尽き果てるまで精進する所存ですから」
今日をもって退位する桐壺帝。
彼は御所の中にある院御所に移る。
嘗ての帝が住まうには小さすぎる館。
それでも桐壺の更衣だけを連れ立っていくのだから丁度いい大きさだと思う。
桐壺帝の後宮は既に解体され、実家に帰還する妃達が相次いだ。
誰も桐壺院に尽き従う者はいなかった。
それも当然のこと。
寵愛も与えられず、子もいない。
それでも彼女たちはまだまだ若い。別の殿方の元に嫁ぐこともできよう。
「……源氏の君は?」
「光の君ならば、新帝になった朱雀帝の手伝いに勤しんでいますよ」
「私たちとは来ないのかい?」
「行く必要性がございますか?」
「漸く、家族水入らずに暮らせるというのに……」
よよよよっ、と袖口で涙を濡らす桐壺院には申し訳ないのだけれど、光はあなた方を御所から追い出せて喜んでいますよ?
「光の君も家庭をお持ちになっていますから、それは不可能かと。ご機嫌伺いをお待ちくださいませ」
私の言葉に顔を上げた桐壺院は納得した顔であった。
「弘徽殿女御、貴女には申し訳ない事をした。私は極めて不誠実な夫君であった」
息を飲んだ。
まさか桐壺院からこのような言葉をいただくとは思ってもいなかったからである。
その前に、己が夫としても帝としても不誠実であったことを理解していたことに心底驚きを隠せなかった。
「私以上に不幸になった女人は大勢おりますわ。院の後宮の妃達です」
「そうだな……その通りだ」
「私は良いのです。院の子供を生めたのですから」
目を見開く桐壺院は、否定も肯定もしなかった。
それがなにを差すのか分からないほど鈍くはないが、応えることはなかった。
私も、はなから返事など期待していない。
桐壺院は、彼女を死ぬまで愛するだろう。
小さな御所で、彼ら二人のためだけの箱庭で、あの女に永遠の愛を捧げ続ける。
時代が変わり、変化しようとも、彼らは変わることは無いだろう。
この憐れな院を愛し、憎み、恨んだ日々が今では懐かしい。
私は時期に彼らの事を忘れるだろう。
ここに来るのは二人の内、どちらかがその生を終えた時、それが長く来なければいいと心から思い、同時に、その時は桐壺御息所が先であることを願ってやまない。
――数年後――
誰が言っただろうか。
愛の反対は憎しみではなく、無関心である、と。
「桐壺更衣の事なら御心配いりません。彼女を庇護したい者は大勢おります。その中からいいと思われる者を選別いたしますから、院は心健やかにお過ごしください」
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それを知りつつ、院の唯一の心残りである最愛の女の行く末を伝える私は、実に業の強い女であろう。
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