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39.管弦の宴~準備~ 弐
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「連弾?合奏……?」
「はい、右大臣さま」
「女御さまが、か?」
「はい、是非にと」
女房からの申し出に、右大臣は困惑していた。
帝の提案で尚侍以外の妃も演奏参加を促しているとは聞いていたが、それは自由参加だ。必ずしも演奏しなければならない、というわけではない。
弘徽殿女御は聴く側だとばかり思っていた。まさか演奏しようとは……。
(蓮子のように主上自らが所望しているのなら兎も角、何故あの子まで?)
右大臣は訝しんだ。
「女御さま、人払いをお願いいたします」
右大臣の申し出に、弘徽殿女御はコクリと頷く。
「では、私たちは席を外させていただきます。ご用がございましたら、お呼びください」
女房たちは一礼すると、退出していく。
彼女たちがいなくなると、右大臣は弘徽殿女御に向き直る。
「女御さま、何故、演奏を?主上が所望しているわけではないのでしょう?」
右大臣の指摘に、弘徽殿女御は視線を落とした。
「女御さま、黙ったままでは分りません。女御さまは演奏を望んでいるのですか?」
しばらく沈黙が続いた。
「はい、いいえ……その……。皆、わたくしも宴に参加した方がいいと申しまして。折角の機会だからと。ですから……」
「だから演奏しようと?」
「……はい」
女御は俯いたままで答えた。
「主上のお望みでもないのに、ですか?」
「……」
弘徽殿女御は答えない。右大臣は、そんな女御を黙って見つめていたが、やがて深い溜息をついた。
(やはりな……)
女房らの入れ知恵だろうと予想はしていたが、その通りだった。
女御は宴の演奏など本当は参加したくないのだろう。それを女房らが熱心に勧める。女御は女房らに気兼ねをして、言われるまま従ったのだ。これではどちらが主人か分かったものではない。女房らに従うなど以ての外だ。その前に主人に演奏を強要するなど使用人の風上にも置けない。いつまでも名家の姫君気分が抜けない女房らに辟易した。
右大臣は、俯いたままの女御に諭すように語りかける。
「女御さま、無理に演奏する必要はありません。あくまでも自由参加なのですから。無理をなさる必要はございませんよ」
「でも……」
女御が言いかけると、右大臣は強い口調で遮った。
「でも、ではありません。女御さま、宴は楽しんでこそです。わざわざ演奏する必要はありません」
「……よいのですか?」
「もちろんです。主上が所望しておられるわけではないのです。演奏しなくても良いのです」
「……」
「演奏を辞退してください。いいですね、女御さま」
「……分かりました」
女御は少しだけ顔を上げると、小さく頷いた。
承諾した女御に、右大臣はホッと胸を撫で下ろした。
「女房らには私の方から伝えておきましょう」
「……はい。お願いします」
弘徽殿女御は、右大臣の言葉に素直に頷いた。
(これでいい)
父親として娘が公の場で恥をかくのは忍びない。
下手という程ではないが、とても人前で演奏できるほどのレベルではない。
女御の生母は右大臣の妻で、貴婦人中の貴婦人と謳われた女人なのだが。
何故か娘の教育だけは上手くいかなかったようだ。
(たしなみ深い女人だったが……)
何故、娘には風雅の才が欠落しているのか。
妻と違い、おっとりとした性格の娘。
大人し過ぎるくらいに大人しい娘。
控えめな性格は好感が持てるが、今の身分であれば、もっと目立つ存在でも良かったはずだ。
(惜しいことだ……)
右大臣は心底残念に思った。
「はい、右大臣さま」
「女御さまが、か?」
「はい、是非にと」
女房からの申し出に、右大臣は困惑していた。
帝の提案で尚侍以外の妃も演奏参加を促しているとは聞いていたが、それは自由参加だ。必ずしも演奏しなければならない、というわけではない。
弘徽殿女御は聴く側だとばかり思っていた。まさか演奏しようとは……。
(蓮子のように主上自らが所望しているのなら兎も角、何故あの子まで?)
右大臣は訝しんだ。
「女御さま、人払いをお願いいたします」
右大臣の申し出に、弘徽殿女御はコクリと頷く。
「では、私たちは席を外させていただきます。ご用がございましたら、お呼びください」
女房たちは一礼すると、退出していく。
彼女たちがいなくなると、右大臣は弘徽殿女御に向き直る。
「女御さま、何故、演奏を?主上が所望しているわけではないのでしょう?」
右大臣の指摘に、弘徽殿女御は視線を落とした。
「女御さま、黙ったままでは分りません。女御さまは演奏を望んでいるのですか?」
しばらく沈黙が続いた。
「はい、いいえ……その……。皆、わたくしも宴に参加した方がいいと申しまして。折角の機会だからと。ですから……」
「だから演奏しようと?」
「……はい」
女御は俯いたままで答えた。
「主上のお望みでもないのに、ですか?」
「……」
弘徽殿女御は答えない。右大臣は、そんな女御を黙って見つめていたが、やがて深い溜息をついた。
(やはりな……)
女房らの入れ知恵だろうと予想はしていたが、その通りだった。
女御は宴の演奏など本当は参加したくないのだろう。それを女房らが熱心に勧める。女御は女房らに気兼ねをして、言われるまま従ったのだ。これではどちらが主人か分かったものではない。女房らに従うなど以ての外だ。その前に主人に演奏を強要するなど使用人の風上にも置けない。いつまでも名家の姫君気分が抜けない女房らに辟易した。
右大臣は、俯いたままの女御に諭すように語りかける。
「女御さま、無理に演奏する必要はありません。あくまでも自由参加なのですから。無理をなさる必要はございませんよ」
「でも……」
女御が言いかけると、右大臣は強い口調で遮った。
「でも、ではありません。女御さま、宴は楽しんでこそです。わざわざ演奏する必要はありません」
「……よいのですか?」
「もちろんです。主上が所望しておられるわけではないのです。演奏しなくても良いのです」
「……」
「演奏を辞退してください。いいですね、女御さま」
「……分かりました」
女御は少しだけ顔を上げると、小さく頷いた。
承諾した女御に、右大臣はホッと胸を撫で下ろした。
「女房らには私の方から伝えておきましょう」
「……はい。お願いします」
弘徽殿女御は、右大臣の言葉に素直に頷いた。
(これでいい)
父親として娘が公の場で恥をかくのは忍びない。
下手という程ではないが、とても人前で演奏できるほどのレベルではない。
女御の生母は右大臣の妻で、貴婦人中の貴婦人と謳われた女人なのだが。
何故か娘の教育だけは上手くいかなかったようだ。
(たしなみ深い女人だったが……)
何故、娘には風雅の才が欠落しているのか。
妻と違い、おっとりとした性格の娘。
大人し過ぎるくらいに大人しい娘。
控えめな性格は好感が持てるが、今の身分であれば、もっと目立つ存在でも良かったはずだ。
(惜しいことだ……)
右大臣は心底残念に思った。
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