花束を胸に

凛子

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 仕事帰りの駅のホーム。最近よく顔を合わすようになった同級生の疾風はやてに突然花束を差し出され、未唯みいのドキドキが止まらない。

「え、今日……なんだっけ?」

 誕生日でもなければ、記念日でもない。自分と疾風は、そういう日を祝うような関係でもない。だとすれば……。

「なんもねえよ。俺がお前に花を贈るのに理由がいるのかよ」

 疾風の照れ隠しのような言葉に、未唯は視線を泳がせた。

「いや、そんなことないけど……貰っていいの?」
「おう」
「ありがと」

 道行く人が好奇心に満ちた目を向けている。それぐらい、花束には特別感がある。

「これ、疾風が選んでくれたの?」
「おう」
「疾風が花なんてさ、イメージなかったから、びっくりしちゃった」
「まあそんなイメージ持たれてもどーなのって感じだけど。実際、花なんか買ったの初めてだし」

 学生時代、親友から疾風への気持ちを打ち明けられ、黙って身を引いた過去があった。結局、彼女は振られたのだけれど。

「てかさ、なんで?」
「なにが」
「めちゃくちゃラブリーじゃん。ピンクなんて……なんか、あたしっぽくない感じで照れちゃうんだけど」

 それは、疾風がよく知っているはずだ。
 中学、高校と、未唯はサッカー部に所属していた。といっても、どちらも女子サッカー部はなく、負けず嫌いの未唯は男子サッカー部で活動し、男子と同じメニューをこなした。キャプテンは、疾風だった。
 ショートヘアに焼けた肌、鍛え上げた体で敏捷にコート内を駆け回る未唯が皆から女子扱いされていなかったせいか、それを知らない後輩女子が何人も未唯にガチ恋するという事態が発生した。ボーイッシュな見た目は、その頃からさほど変わってはいない。
 けれども、花を貰って嬉しくない女子なんて、きっといない。

「一応、未唯をイメージしながら選んだんだけど」
「そ、そう……」

 歌のワンフレーズのような言葉と、不意に飛び出した自分の名前に、未唯の胸は再び高鳴った。

「お前、昔からモノトーン好きだけど、俺のお前のイメージって、ずっとピンクだったから」
「へえ」
「いやいや、さらっと流すなよ。ピンクっていったら、そりゃもう……わかんだろ」

 最近の疾風の言動でなんとなく気付いてはいたけれど、そんな言い方をされると、やっぱり照れ臭い。

「ああ、うん。ありがと」
「いや、だから、さらっと流すなって」

 学生時代のように、軽く肩を叩いて突っ込まれる。

「えっと……それは、つまり……そういう意味?」
「なんとも思ってねえ奴に、花なんか渡さねえだろ」

 その言葉に、胸にしまい込んでいた思いが溢れ出した。

「返事、欲しい。急がねえけど」

 なんでもない日の贈り物は、なんでもない日を特別な日に変えた。

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