花束を胸に

凛子

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 食事を終えて乗り込んだ車の助手席。運転席に座る疾風が、後部座席に手を伸ばした。次の瞬間――
 目の前に花束が現れた。

「え、どうしたの?」
「だから、俺がお前に花を贈るのに理由がいるのかよ」

 あの日の記憶が鮮明に蘇った。

「いや、そんなことないけど……」

 あの日、喜びで高鳴ったはずの胸が、今は違う感情でドキドキしていた。

「忘れたのかよ、五年前の今日」
「……覚えてるよ」

 忘れるはずがない。疾風から花を貰ったのは、あの日、一度っきりだ。ただ、疾風がこんなことをするイメージがなくて……。

「浮気でもされたんじゃないかって、ドキドキしちゃったじゃん」
「バカ、そんなわけねえだろ」

 疾風が呆れ顔を向ける。

「これ、疾風が選んでくれたの?」

 人さし指で優しく花びらに触れ、次の言葉を期待しながら尋ねてみる。

「おう。未唯をイメージしながら選んだ」

 疾風は期待を裏切らない。

「めちゃくちゃラブリーじゃん」
「だろ? お前は相変わらずのモノトーン好きだけど、俺のお前のイメージも、やっぱずっと変わんねえな」
「ふうん」

 照れ臭くて、そっけない返事をしてしまう。
 今でも変わらない。疾風の口から交互に飛び出す『お前』と『未唯』。使い分けているのか、それとも無意識なのか。聞いたことはないけれど、どちらの響きも悪くない。

「もちろん、気持ちも変わってねえし。てか、気持ちはあの頃よりマシマシだし」
「マシマシって」

 思わず笑みがこぼれる。

「結婚してほしい。返事は……なるはやで」

 伏し目がちに見せた疾風のその表情は、あの日と同じだ。

「うん、いいよ」
「いやいや、そんなさらっと?」
「だってさ」

 疾風もきっと期待している。
 再び受け取ったピンクの花束を胸に、未唯はあの日と同じ言葉を返す。

「あたしも、大好き!」





【完】
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