愛のかたち

凛子

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 翌日の夜に翔は帰宅した。

「スムーズに片付いて良かったよ」

 翔は安堵したように溜め息を漏らしてから、口元を緩めた。

「お疲れ様。良かったね」

 そう返しながら考えていたことは、ただひとつ。
 出産間近だった彼女のことだ。
 翔が口にした「スムーズに片付いた」が、「無事に生まれた」に聞こえた。

 あの日、駅のホームで二人の姿を見かけてから、彩華は良からぬ想像ばかりを繰り返すようになっていた。そして、外出すればいつも翔の姿を探してしまうようになった。そんなことをしているからいけなかったのだろうか。
 それから一月程経ったある日、普段は通らない道を歩いていた彩華は、車道を挟んだ向かい側の歩道を歩く翔の姿を見付けた。傍らには以前駅のホームで翔と一緒にいた派手な女性の姿があった。そして、彼女はベビーカーを押していた。
 傍から見れば二人は夫婦だった。

 翔の子供なのだろうか。
 ふと、そんな考えが彩華の脳裏を掠めた。 


 次の翔の出張の日を待って、彩華は『いとう家』に向かった。

「いらっしゃい」

 今日は健太の声がよく通る。珍しく店は静かだった。いつもより声を落として「こんばんは」と答えてから見渡すと、カウンター席に一組の客しかおらず、好都合だ、と思ったその時。

「あっ……」

 奥に進んだ彩華は思わず声を上げた。死角になっていたカウンターの端に野上が座っていたのだ。彩華が挨拶すると、野上はいつもの穏やかな笑顔を見せてから入口を振り返った。翔を確めたのだろう。野上とは、あれ以来会っていなかった。
「翔は後から?」と聞く健太に、今日は一人だと答えると、ほんの一瞬健太の目が泳いだのを彩華は見逃さなかった。

「健ちゃんに聞きたいことがあって」

 彩華がそう言うと、野上が腰を上げた。

「健さん、お勘定お願いします」
「あっ、野上さん! いいんです。いてもらって大丈夫です」

 野上の気遣いに気付いた彩華は、慌ててそれを制した。野上の前には箸をつけたばかりの揚げ出し豆腐から湯気が上がっている。

「いや、でも……何か大事な話じゃないの?」
「いえ、大丈夫です」
「……そう」

 野上は再びゆっくりと椅子に腰を下ろした。
 普段はゆったりと構えている健太が、珍しく落ち着かない様子を見せた。店にはアルバイトの美咲もいるし、客は彩華を合わせて四人だけで、慌てることもないはずだ。疚しさがある健太の気持ちが焦っているのだろうと、彩華は感じていた。
 健太は彩華の出方を窺っているようだった。
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