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彩華は翔に手を引かれて店を出た。
外で翔に手を繋がれたことなんて今まであっただろうか、と考えながら、一歩先を歩く翔の横顔を眺めていた。
「今日、野上さんに呼ばれてたんだけど、多分彩華のこと聞かされんだろうなと思ってたんだ」
「私のこと?」
「うん。この前、お前普通に野上さんの車乗ってたし、何か……そういうことなのかなって思ってさぁ。俺の女なのにって言えねぇことが、すげぇ悔しかった」
あの時翔が見せた何か言いたげな顔が、おそらくそれだったのだろう。
「まあ、全て俺が悪いんだけどな。でも野上さんには、この前『いとう家』で会った時に、話してたんだ。俺の子供じゃなかったってこと」
「え? でもそんなこと、野上さんひと言も言ってなかったよ」
「そりゃそうだろ。俺が野上さんの立場だったら絶対言わねぇし、今日の……こんな粋な計らい、絶対出来ねぇな。格好良すぎだろ」
翔が悔しそうに笑っていた。
ふと足を止めパーキングに入った翔に、彩華は慌てて言った。
「翔ちゃん、飲んでるでしょ!」
「飲んでねーよ」
「本当?」
「酒はやめたんだ」
「嘘っ!?」
思わず繋いだ手に力が入ると、翔はその手を更に強く握り返してきた。
「本当だ。……願掛け、かな」
そう言うと、翔は優しい目を向けもう片方の手で彩華の頬に触れた。そうして、人目も憚らずしばらく抱き合った。
翔は行き先も告げずに車を発進させたが、見慣れ過ぎた景色に彩華は焦りを覚えた。
到着したのは、言わずと知れた彩華の実家の洋食店だった。
翔と離婚してから半年。仕事が忙しいと理由をつけて、正月も実家には帰らなかった。かなり気まずい雰囲気になりそうな予感しかしない。
だが、翔は躊躇いもせずに扉を開けた。
「ただいま」
「え?」
彩華は思わず翔を見上げた。
「おかえり。今日は遅かったのねぇ……あ、彩華っ!?」
母は肩を跳ね上げて至極驚いているが、彩華はそれ以上に驚いていた。
「おかえりって……どういうこと?」
彩華が母に尋ねると、母は翔に目配せした。
「毎日晩御飯食べさせてもらってるんだ」
翔の言葉に、彩華は瞬きを繰り返した。
「まあ、とりあえず入れば?」
母に促され中に入ると、キッチンの奥から父の声がした。
「翔、おかえり」と言った父は、後ろにいる彩華に気付くと目を見開き、母と同じように肩を跳ね上げた。
何がどうなっているのか全く理解できなかったが、自分のいないところで何かがあったことは確かだ、と彩華は感じた。
「こいつが、彩華の飯が食いたいって泣いてたから……」
父が顔を顰めて言った。
「いや、泣きはしませんでしたよ」
翔は苦笑いしている。
「あれ? そうだったかな」
父は茶目っ気たっぷりに舌を出して肩を竦めた。
そうして、二人分の夕食を用意してくれた父は、「ゆっくりしていけ」と言うと二階へ上がっていった。
外で翔に手を繋がれたことなんて今まであっただろうか、と考えながら、一歩先を歩く翔の横顔を眺めていた。
「今日、野上さんに呼ばれてたんだけど、多分彩華のこと聞かされんだろうなと思ってたんだ」
「私のこと?」
「うん。この前、お前普通に野上さんの車乗ってたし、何か……そういうことなのかなって思ってさぁ。俺の女なのにって言えねぇことが、すげぇ悔しかった」
あの時翔が見せた何か言いたげな顔が、おそらくそれだったのだろう。
「まあ、全て俺が悪いんだけどな。でも野上さんには、この前『いとう家』で会った時に、話してたんだ。俺の子供じゃなかったってこと」
「え? でもそんなこと、野上さんひと言も言ってなかったよ」
「そりゃそうだろ。俺が野上さんの立場だったら絶対言わねぇし、今日の……こんな粋な計らい、絶対出来ねぇな。格好良すぎだろ」
翔が悔しそうに笑っていた。
ふと足を止めパーキングに入った翔に、彩華は慌てて言った。
「翔ちゃん、飲んでるでしょ!」
「飲んでねーよ」
「本当?」
「酒はやめたんだ」
「嘘っ!?」
思わず繋いだ手に力が入ると、翔はその手を更に強く握り返してきた。
「本当だ。……願掛け、かな」
そう言うと、翔は優しい目を向けもう片方の手で彩華の頬に触れた。そうして、人目も憚らずしばらく抱き合った。
翔は行き先も告げずに車を発進させたが、見慣れ過ぎた景色に彩華は焦りを覚えた。
到着したのは、言わずと知れた彩華の実家の洋食店だった。
翔と離婚してから半年。仕事が忙しいと理由をつけて、正月も実家には帰らなかった。かなり気まずい雰囲気になりそうな予感しかしない。
だが、翔は躊躇いもせずに扉を開けた。
「ただいま」
「え?」
彩華は思わず翔を見上げた。
「おかえり。今日は遅かったのねぇ……あ、彩華っ!?」
母は肩を跳ね上げて至極驚いているが、彩華はそれ以上に驚いていた。
「おかえりって……どういうこと?」
彩華が母に尋ねると、母は翔に目配せした。
「毎日晩御飯食べさせてもらってるんだ」
翔の言葉に、彩華は瞬きを繰り返した。
「まあ、とりあえず入れば?」
母に促され中に入ると、キッチンの奥から父の声がした。
「翔、おかえり」と言った父は、後ろにいる彩華に気付くと目を見開き、母と同じように肩を跳ね上げた。
何がどうなっているのか全く理解できなかったが、自分のいないところで何かがあったことは確かだ、と彩華は感じた。
「こいつが、彩華の飯が食いたいって泣いてたから……」
父が顔を顰めて言った。
「いや、泣きはしませんでしたよ」
翔は苦笑いしている。
「あれ? そうだったかな」
父は茶目っ気たっぷりに舌を出して肩を竦めた。
そうして、二人分の夕食を用意してくれた父は、「ゆっくりしていけ」と言うと二階へ上がっていった。
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