寝顔

凛子

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 土曜日の夕方。いつもなら、博美が夕食作りに取り掛かる頃だ。
 忙しなく何度も冷蔵庫を開け閉めする博美が「あ!」と声を上げたかと思えば、じゃがいもが床を転がる。豪快に揺すったフライパンから飛び出したと思われるニラが、キッチンの壁に張り付いていたりするのはよくあることだった。
 そんなことを考えていると、途轍もない寂しさが絢斗を襲った。
 静かすぎることが落ち着かなくて、絢斗はキッチンに立って、わざと大きな音をたてながらがさつに料理を始めた。そして、気が付けば大きな声で歌を歌っていた自分が可笑しくて、思わず吹き出した。

 愛想を尽かして、自分の元を去って連絡を寄越さない彼女には、どんな対応をすればいいのだろうか。
 謝れば許して貰えるのだろうか。しつこくすると余計に嫌われてしまうのだろうか。それとも時間が解決してくれるのだろうか。
 経験が乏しい絢斗には、さっぱりわからなかった。


 ソファーに凭れてぼんやり天井を眺めていると、突然鳴りだした博美からの着信音に、絢斗は肩を跳ね上げた。
 すぐに博美だとわかったのは、着信音のせいだ。幸せ度MAXの時期に、博美だけ着信音を変えたのだ。それはまさにその時の絢斗の気持ちを表していた。
 こんな時に聴く『ココロオドル』は、虚しさMAXだった。

「はい」
「あ、絢斗君。今、家にいる?」
「うん、いるよ」
「そっちに置いてた私の荷物取りに行くから、纏めておいてほしいんだけど」
「え? ああ、うん……わかった」

 絢斗は努めて冷静に対応したつもりだったが、スマホを握る手は震えていた。博美の言ったことが何を意味するのかは、さすがの絢斗にも理解出来た。


 しばらくしてインターホンが鳴った。
 ドアを開けると、博美が遠慮がちにドアから少し離れて立っていた。

「あ、絢斗君、急にごめんね。あの……荷物」
「ああ、いや……」
「まだ纏めてない?」
「……うん、ごめん」
「あがってもいい?」
「うん……」

 博美のよそよそしい態度に、切なさと苛立ちのような感情が込み上げた。
 いつもは合鍵で勝手に入ってくるくせに、と。

 絢斗は、荷物を纏める博美の後ろ姿をただ黙って見ていることしか出来なかった。いつものように「帰ってきちゃった」と、はにかみ笑顔を見せてくれないだろうか、と視線を送り続けたが、そんな願いも虚しく、博美は荷物を纏めると「じゃあね」と言って玄関を出ていった。

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