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第一部 第一章 エルフに育てられた少年
第二話 エルウェンデへ②
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半島南部、落葉樹の森の中を続く街道を二頭立ての馬車とそれに並走するように護衛隊が走っている。ニテアスを出発しテライオンへ向かう一団だ。
半島の中央を大陸中央から続く竜の尾と呼ばれる山脈が隆起し、外周の多くが湿地帯に属している。街道周辺もリザードマンが出没する可能性があるので護衛が並走し警戒を怠らないようにしているのだ。寒い時期だとは言っても油断はできない。
カレナリエルは馬車の揺れに身を任せて座っていた。
傍らには彼女の弓が立て掛けてある。いざとなれば自分も戦うつもりなのだ。
(リンたら、さっきまであんなにはしゃいでたのに。疲れたのかな。)
少年はカレンの膝枕ですやすやと寝息を立てている。
頭をなでているといたずら心が湧き上がってきて頬をつついてみると「ん、う~ん…。」と声をあげたので起こしたかと慌てて手を引っ込めたが起きた様子はなく、むずかった後にしっかりと腰にしがみついてきた。
「ふふっ。」
思わず頬が緩み笑い声がこぼれしてしまいハッとして素早く周囲に視線を送る。
ニテアスからの参加はリンだけだがもっと東方の集落タリオンからの参加者が一名合流して一緒の馬車に乗っている。中間にあるドレギレナからは今回は参加者なしなので、この馬車には四名乗っている。二人の席は右側の一番奥だ。
皆思いおもいの事をしているようでこちらに注目している者はいなかった。
(誰も見て無くてよかった。ちょっと恥ずかしいじゃないの。)
ばつが悪くなりちょっと赤面しつつも、毛布がずれているのに気づいてかけ直す。
少年の顔を覗き込むと楽しい夢でも見ているのか微笑みが浮かんでいた。
もう一度くすりと小さく笑い声を漏らすと手触りを楽しむようにそっと髪を撫でる。
中継地点、エルウェンデまでの道のり二六・六ヒルファロス(約一七五キロメートル)の大半は広葉樹の生い茂る森林である。今日はニテアスを出てから三日目の夕刻。
南方のミリンドからの参加者は今回は居ない為、エルウェンデの長老との挨拶のみとなる。その後、リノリオン、スヴァイトロと進み各集落からの参加者と合流予定である。
そんなことを思っていると不意に馬車が止まった。
反射的に腰を浮かせかけ慌ててリンの背中を支える右手に力が入る。
「ん…。おねぇちゃん?」
ぼぉ~っとした目をこすりながら問いかけてくる。
シッ。と人差し指を唇にあて聞き耳を立てる。
車外がざわつき出すのが聞こえ後方から近づいてくる足音。
リンを座らせると腰を浮かせ身体で隠す位置に移動し腰のダガーに手を持っていく。
カレンの周囲に張り詰めた空気が漂う。その様子に皆も緊張する。
カレンが後方に厳しい視線を向けていると幌がバサリと捲られ顔をのぞかせた人物と目が合う。彼ーーーガラシング伍長はニコリと笑うと今日はここで野営すると声をかけてきた。
皆の緊張が解け一瞬で空気が緩む。
街道にはところどころに休憩場所となるような場所がある。特に施設というわけではなく長年の行き来で馬車が休憩することによって自然とできた場所である。
時折吹く風はまだ冷たく外で長い時間過ごすのは厳しい。
焚き火の炎が大きく小さく踊る。
そのたびに人々を明るく暗くゆらゆらと浮かび上がらせる。
森にはまだ雪が残り森の恵みも豊富だとは言えない。食事はパンや干し肉などで作ったスープが中心の質素な物だ。長旅ともなれば物資も限られるので尚更のことだ。
食後、護衛の兵や家族ごといくつかのグループにわかれて休息をとっていた。
カレンもリンと二人で座っている。
なにかと世話を焼いているとすっと目の前を精霊の光が横切った。
周囲を見るといつの間にか微精霊たちがふわふわと漂っている。
リンはそれを見ながらお気に入りの歌を小さく口ずさんでいた。
リズムに併せるように柔らかな光が明滅している。
(心配することなんてないわ。リンならきっとうまくいく。だってこんなにも精霊たちから好かれてるんだもの。)
身体に力が入っていたことに気づき息を大きく吐き出す。
大きく伸びをすると腰掛けていた丸太に後ろ手に手をつき空をみあげた。
夜は漆黒の翼を広げ天を覆い満天の星々が世界を淡く照らす。
その輝きは精霊たちの光に似ているとカレンには感じられた。
食事の片づけが終わるとテントでくつろぎ翌日に備えて眠るだけだ。
姉弟も二人でテントに引き上げている。
余談になるがこのテントは単純な構造ではあるが意外としっかりしている。
・三角錐の形に縫製され木蝋で防水された丈夫な布
・四本の金属棒を組み合わせた骨材を杭で地面に固定
・天頂部の穴をカバーする防水布をかぶせロープと杭で地面に固定
・中敷きは毛皮や毛布など
・テントの周囲には溝を掘り内部への水の侵入を防ぐ
閑話休題
二人は暗闇の中、一緒の毛布にくるまっている。
「リン、風邪ひくといけないわ。もっとこっちにおいで。」
そういいながらリンを抱き寄せる。
「お姉ちゃん。あったかい。」
「明日はエルウェンデね。」
「おっきい集落なんだよね?お姉ちゃんは行ったことある?」
「そうよ。わたしも行くのは久しぶり。」
「そうなんだ!楽しみだね。」
「そうね。さあ、早くねましょ。」
「うん。」
そう返事をするとリンが嬉しそうに抱きついてきた。
天には星が煌めき、地焚き火の炎が揺れ、微精霊の仄かな光が蛍のように舞い踊る。
ときどき薪の爆ぜる音が静けさを際立たせ夜は静かに更けていった。
◆◆◆◆◆
翌朝、出発の準備を整えているところに先行していた騎馬が帰ってきた。
なにやら慌てて居るようで、まっすぐに護衛隊長の下へ向かうと何やら話し込んでいる様子である。
彼ら皆一様に腰下まである長袖のチェーンシャツの上にハードレザー=メイルを重ね、革籠手を付け、下半身は綿入れの布と要所を革で補強されたケクス、チェーンを織り込んだ脛当て、革のブーツを着用している。武装は馬上でも邪魔にならない短弓、長剣に凧盾である。
これはエルウェラウタの標準装備であり彼らが正規兵であることを示しており、ニテアスの常駐兵の中から選ばれた護衛隊のメンバーである。
エルウェラウタの兵は対魔物を意識しているため相手が鎧等により武装している事は基本的に想定していない。なので素早さを活かす為にメイスやハルバード等の重量のある武器は採用していない。
護衛はガラシング伍長を隊長とした一班六名である。
西側からくる儀式の参加者にも同規模の護衛がついており合流した後は一分隊十二名が護衛として同行することになる。エルウェンデからの護衛隊長は西からの伍隊も率いるためにアーロン班長に引き継がれる。
旅行者の護衛するのにこの規模はかなり大げさに見えるが、これはエルウェラウタの人々がこの儀式と参加者をいかに大事にしているかを反映している。
◆◆◆◆◆
「伍長!」
下馬するなりエベットが駆け寄って来た。
「落ち着けエベット。まずはこっちへ来い。」
ガラシングはエベットを連れてテントの中へ入っていった。
「これを飲んで息を整えろ。」
そう言って水を差し出す。
エベットは受け取った水を一気に流し込むと大きく息を吐き出した。
「失礼致しました。」
ガラシングは頷くと視線で報告をうながす。
「報告いたします。」
エベットは一度言葉を区切ると気持ちを切り替え背筋を伸ばす。
「エルウェンデの警備兵からの情報になります。このところトカゲどもの動きが活発になっており、つい先日も住民が被害にあったとの事です。その後、自分が探索した範囲では奴らの姿を確認できませんでした。」
「そうか。偵察ご苦労。」
彼はしばらく腕組みをして思案していたが、顔を上げエベットに目を合わせると班員と御者をテント前に集めるように指示を出した。
◆◆◆◆◆
出発準備が整い馬車が動き始める。
護衛の隊列が前衛がエベットを含む二名、側衛が左側三名に増やされ、後衛がガラシング伍長と変更された。前衛にエベット、後衛にガラシング伍長、側衛が左右に二名ずつが通常であり明白に前方と左側の防御を意識している。
車内ではカレンも護衛隊の様子に異変を感じ取っており内心で緊張を高めていた。
自然とリンの肩を抱き寄せると彼も抱きついてきた。
(あぁ、もう。こんな時でもリンは可愛いいわ。)
頬が緩みそうになるのを堪え平静を装いながらもそんな事を考えてしまう。
向かいに座っている親子も不安を隠せないようで娘を真ん中にして肩を寄せ合って座っている。ここまでの行程でそれほどの交流は無かったがお互いに挨拶をしているので、居住地、名前、職業くらいは知っている。そのくらいの関係である。
母親はアネル、娘はエリーネルと言う。タリオンに住み家族で宿屋を営んでいるとのことだ。
向かいの女の子ーーー色白で金髪翠眼の典型的なエルフの女の子で太くゆるい三編みにした髪を両サイドから前に垂らし髪先には赤いリボンがゆれている。ローブも赤を基調に白の飾りがついたものを着ていて襟元の大きな白いリボンが可愛らしい。ーーーと目があったリンがニコリとしてみせた。
エリーは驚いたように目を見開きほんの少しだけ目をあわせていたが、不意にうつむき膝の上でローブの布地をにぎにぎと握りしめ、ちらちらと上目遣いにリンを見ている。
エリーから視線を外したリンがカレンを見上げると、そんな二人の様子を見ていた彼女は意識的にぐっと少年の頭を胸にだきよせた。
「お姉ちゃん、苦しいよ。」
「あ…。ごめんね。」
そう言ってリンの頭を撫でるともう一度軽く抱き寄せた。
そんな車内の様子とは関係なく馬車は進み、エルウェンデが近づくにつれ護衛隊の緊張も高まっていった。
広葉樹の森が湿地に差し掛かり下り坂になっていく手前でガラシング伍長が小休止だと言って馬車を停止させた。
「私はこの先の様子を見に行ってくる。エベット、同行しろ。」
エベッドは情報収集や偵察能力が高くガラシング伍長も信を置いている。が、今回は自分の目でも確認しておきたいのだろう。隊長自らの偵察である。
「了解!」
一旦言葉を区切り隊員達を見回す。
「他の者は馬を休ませ警戒を怠るな。」
「「了解!」」
「奴ら出てきますかね?」
坂を下りながら馬を寄せてきたエベットが口を開く。
「どうだろうな。」
「それよりもここらに馬を隠して後は徒歩で行くぞ。」
「そうですね……。そうしましょう。」
言われてあたりを見回した後にエベットも同意する。
馬を繋ぐとガラシング伍長は短剣を引き抜いた。
意図を理解したエベットもそれに倣う。樹上を移動しながら偵察しようというのだ。二人は短剣を木の幹に突き刺すとするすると身軽に登っていった。
ーーー
前回は説明回だったので、やっと物語がうごきはじめました
登場人物のまとめ
・カレン カレナリエル フィンゴネル家の長女
・リン リンランディア フィンゴネル家の養子、本作の主人公
ーーー
・アネル タリオンで宿屋を経営するオロンの妻
・エリーネル エリー アネルの娘
ーーー
・ガラシング伍長 ニテアス警備隊の伍長、馬車の護衛隊長
・エベット ニテアスの警備隊員、偵察が得意
次話、1/10 18:00 更新予定
半島の中央を大陸中央から続く竜の尾と呼ばれる山脈が隆起し、外周の多くが湿地帯に属している。街道周辺もリザードマンが出没する可能性があるので護衛が並走し警戒を怠らないようにしているのだ。寒い時期だとは言っても油断はできない。
カレナリエルは馬車の揺れに身を任せて座っていた。
傍らには彼女の弓が立て掛けてある。いざとなれば自分も戦うつもりなのだ。
(リンたら、さっきまであんなにはしゃいでたのに。疲れたのかな。)
少年はカレンの膝枕ですやすやと寝息を立てている。
頭をなでているといたずら心が湧き上がってきて頬をつついてみると「ん、う~ん…。」と声をあげたので起こしたかと慌てて手を引っ込めたが起きた様子はなく、むずかった後にしっかりと腰にしがみついてきた。
「ふふっ。」
思わず頬が緩み笑い声がこぼれしてしまいハッとして素早く周囲に視線を送る。
ニテアスからの参加はリンだけだがもっと東方の集落タリオンからの参加者が一名合流して一緒の馬車に乗っている。中間にあるドレギレナからは今回は参加者なしなので、この馬車には四名乗っている。二人の席は右側の一番奥だ。
皆思いおもいの事をしているようでこちらに注目している者はいなかった。
(誰も見て無くてよかった。ちょっと恥ずかしいじゃないの。)
ばつが悪くなりちょっと赤面しつつも、毛布がずれているのに気づいてかけ直す。
少年の顔を覗き込むと楽しい夢でも見ているのか微笑みが浮かんでいた。
もう一度くすりと小さく笑い声を漏らすと手触りを楽しむようにそっと髪を撫でる。
中継地点、エルウェンデまでの道のり二六・六ヒルファロス(約一七五キロメートル)の大半は広葉樹の生い茂る森林である。今日はニテアスを出てから三日目の夕刻。
南方のミリンドからの参加者は今回は居ない為、エルウェンデの長老との挨拶のみとなる。その後、リノリオン、スヴァイトロと進み各集落からの参加者と合流予定である。
そんなことを思っていると不意に馬車が止まった。
反射的に腰を浮かせかけ慌ててリンの背中を支える右手に力が入る。
「ん…。おねぇちゃん?」
ぼぉ~っとした目をこすりながら問いかけてくる。
シッ。と人差し指を唇にあて聞き耳を立てる。
車外がざわつき出すのが聞こえ後方から近づいてくる足音。
リンを座らせると腰を浮かせ身体で隠す位置に移動し腰のダガーに手を持っていく。
カレンの周囲に張り詰めた空気が漂う。その様子に皆も緊張する。
カレンが後方に厳しい視線を向けていると幌がバサリと捲られ顔をのぞかせた人物と目が合う。彼ーーーガラシング伍長はニコリと笑うと今日はここで野営すると声をかけてきた。
皆の緊張が解け一瞬で空気が緩む。
街道にはところどころに休憩場所となるような場所がある。特に施設というわけではなく長年の行き来で馬車が休憩することによって自然とできた場所である。
時折吹く風はまだ冷たく外で長い時間過ごすのは厳しい。
焚き火の炎が大きく小さく踊る。
そのたびに人々を明るく暗くゆらゆらと浮かび上がらせる。
森にはまだ雪が残り森の恵みも豊富だとは言えない。食事はパンや干し肉などで作ったスープが中心の質素な物だ。長旅ともなれば物資も限られるので尚更のことだ。
食後、護衛の兵や家族ごといくつかのグループにわかれて休息をとっていた。
カレンもリンと二人で座っている。
なにかと世話を焼いているとすっと目の前を精霊の光が横切った。
周囲を見るといつの間にか微精霊たちがふわふわと漂っている。
リンはそれを見ながらお気に入りの歌を小さく口ずさんでいた。
リズムに併せるように柔らかな光が明滅している。
(心配することなんてないわ。リンならきっとうまくいく。だってこんなにも精霊たちから好かれてるんだもの。)
身体に力が入っていたことに気づき息を大きく吐き出す。
大きく伸びをすると腰掛けていた丸太に後ろ手に手をつき空をみあげた。
夜は漆黒の翼を広げ天を覆い満天の星々が世界を淡く照らす。
その輝きは精霊たちの光に似ているとカレンには感じられた。
食事の片づけが終わるとテントでくつろぎ翌日に備えて眠るだけだ。
姉弟も二人でテントに引き上げている。
余談になるがこのテントは単純な構造ではあるが意外としっかりしている。
・三角錐の形に縫製され木蝋で防水された丈夫な布
・四本の金属棒を組み合わせた骨材を杭で地面に固定
・天頂部の穴をカバーする防水布をかぶせロープと杭で地面に固定
・中敷きは毛皮や毛布など
・テントの周囲には溝を掘り内部への水の侵入を防ぐ
閑話休題
二人は暗闇の中、一緒の毛布にくるまっている。
「リン、風邪ひくといけないわ。もっとこっちにおいで。」
そういいながらリンを抱き寄せる。
「お姉ちゃん。あったかい。」
「明日はエルウェンデね。」
「おっきい集落なんだよね?お姉ちゃんは行ったことある?」
「そうよ。わたしも行くのは久しぶり。」
「そうなんだ!楽しみだね。」
「そうね。さあ、早くねましょ。」
「うん。」
そう返事をするとリンが嬉しそうに抱きついてきた。
天には星が煌めき、地焚き火の炎が揺れ、微精霊の仄かな光が蛍のように舞い踊る。
ときどき薪の爆ぜる音が静けさを際立たせ夜は静かに更けていった。
◆◆◆◆◆
翌朝、出発の準備を整えているところに先行していた騎馬が帰ってきた。
なにやら慌てて居るようで、まっすぐに護衛隊長の下へ向かうと何やら話し込んでいる様子である。
彼ら皆一様に腰下まである長袖のチェーンシャツの上にハードレザー=メイルを重ね、革籠手を付け、下半身は綿入れの布と要所を革で補強されたケクス、チェーンを織り込んだ脛当て、革のブーツを着用している。武装は馬上でも邪魔にならない短弓、長剣に凧盾である。
これはエルウェラウタの標準装備であり彼らが正規兵であることを示しており、ニテアスの常駐兵の中から選ばれた護衛隊のメンバーである。
エルウェラウタの兵は対魔物を意識しているため相手が鎧等により武装している事は基本的に想定していない。なので素早さを活かす為にメイスやハルバード等の重量のある武器は採用していない。
護衛はガラシング伍長を隊長とした一班六名である。
西側からくる儀式の参加者にも同規模の護衛がついており合流した後は一分隊十二名が護衛として同行することになる。エルウェンデからの護衛隊長は西からの伍隊も率いるためにアーロン班長に引き継がれる。
旅行者の護衛するのにこの規模はかなり大げさに見えるが、これはエルウェラウタの人々がこの儀式と参加者をいかに大事にしているかを反映している。
◆◆◆◆◆
「伍長!」
下馬するなりエベットが駆け寄って来た。
「落ち着けエベット。まずはこっちへ来い。」
ガラシングはエベットを連れてテントの中へ入っていった。
「これを飲んで息を整えろ。」
そう言って水を差し出す。
エベットは受け取った水を一気に流し込むと大きく息を吐き出した。
「失礼致しました。」
ガラシングは頷くと視線で報告をうながす。
「報告いたします。」
エベットは一度言葉を区切ると気持ちを切り替え背筋を伸ばす。
「エルウェンデの警備兵からの情報になります。このところトカゲどもの動きが活発になっており、つい先日も住民が被害にあったとの事です。その後、自分が探索した範囲では奴らの姿を確認できませんでした。」
「そうか。偵察ご苦労。」
彼はしばらく腕組みをして思案していたが、顔を上げエベットに目を合わせると班員と御者をテント前に集めるように指示を出した。
◆◆◆◆◆
出発準備が整い馬車が動き始める。
護衛の隊列が前衛がエベットを含む二名、側衛が左側三名に増やされ、後衛がガラシング伍長と変更された。前衛にエベット、後衛にガラシング伍長、側衛が左右に二名ずつが通常であり明白に前方と左側の防御を意識している。
車内ではカレンも護衛隊の様子に異変を感じ取っており内心で緊張を高めていた。
自然とリンの肩を抱き寄せると彼も抱きついてきた。
(あぁ、もう。こんな時でもリンは可愛いいわ。)
頬が緩みそうになるのを堪え平静を装いながらもそんな事を考えてしまう。
向かいに座っている親子も不安を隠せないようで娘を真ん中にして肩を寄せ合って座っている。ここまでの行程でそれほどの交流は無かったがお互いに挨拶をしているので、居住地、名前、職業くらいは知っている。そのくらいの関係である。
母親はアネル、娘はエリーネルと言う。タリオンに住み家族で宿屋を営んでいるとのことだ。
向かいの女の子ーーー色白で金髪翠眼の典型的なエルフの女の子で太くゆるい三編みにした髪を両サイドから前に垂らし髪先には赤いリボンがゆれている。ローブも赤を基調に白の飾りがついたものを着ていて襟元の大きな白いリボンが可愛らしい。ーーーと目があったリンがニコリとしてみせた。
エリーは驚いたように目を見開きほんの少しだけ目をあわせていたが、不意にうつむき膝の上でローブの布地をにぎにぎと握りしめ、ちらちらと上目遣いにリンを見ている。
エリーから視線を外したリンがカレンを見上げると、そんな二人の様子を見ていた彼女は意識的にぐっと少年の頭を胸にだきよせた。
「お姉ちゃん、苦しいよ。」
「あ…。ごめんね。」
そう言ってリンの頭を撫でるともう一度軽く抱き寄せた。
そんな車内の様子とは関係なく馬車は進み、エルウェンデが近づくにつれ護衛隊の緊張も高まっていった。
広葉樹の森が湿地に差し掛かり下り坂になっていく手前でガラシング伍長が小休止だと言って馬車を停止させた。
「私はこの先の様子を見に行ってくる。エベット、同行しろ。」
エベッドは情報収集や偵察能力が高くガラシング伍長も信を置いている。が、今回は自分の目でも確認しておきたいのだろう。隊長自らの偵察である。
「了解!」
一旦言葉を区切り隊員達を見回す。
「他の者は馬を休ませ警戒を怠るな。」
「「了解!」」
「奴ら出てきますかね?」
坂を下りながら馬を寄せてきたエベットが口を開く。
「どうだろうな。」
「それよりもここらに馬を隠して後は徒歩で行くぞ。」
「そうですね……。そうしましょう。」
言われてあたりを見回した後にエベットも同意する。
馬を繋ぐとガラシング伍長は短剣を引き抜いた。
意図を理解したエベットもそれに倣う。樹上を移動しながら偵察しようというのだ。二人は短剣を木の幹に突き刺すとするすると身軽に登っていった。
ーーー
前回は説明回だったので、やっと物語がうごきはじめました
登場人物のまとめ
・カレン カレナリエル フィンゴネル家の長女
・リン リンランディア フィンゴネル家の養子、本作の主人公
ーーー
・アネル タリオンで宿屋を経営するオロンの妻
・エリーネル エリー アネルの娘
ーーー
・ガラシング伍長 ニテアス警備隊の伍長、馬車の護衛隊長
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