【改題】トゥラーン大陸年代記 ~自由の歌~

東条崇央

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第一部 第一章 エルフに育てられた少年

第六話 神樹の祝福 ①

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 イミリエンらに案内されてテライオンに到着した一行は馬車から降りるとその情景に圧倒されつつも魅了されていた。
 そこにはエルフの神話に描かれるような昔ながらの暮らしがあり、微精霊がそこかしこを漂い、小妖精達が飛び回り、花と戯れていたのだ。
 そして何よりも圧倒されたのが集落の奥にあり巨大な神樹の威容。
 それらを目にして言葉もなく呆然と立ちすくんでいた。



 神樹は呼吸するように余剰のマナを吸収してはこの世界に精霊をうみだしている。
 いうなればマナーーつまりエネルギーの循環装置としての役割も果たしているのだ。
 動物たちの食物連鎖、植物が太陽の光を浴び大地から養分を吸い上げるのも言い換えるならばエネルギーの奪い合いーー循環そのものである。この世界は小なるものから大なるものまでつきつめればエネルギーの循環で成り立っているのである。それは単なる物理的な物だけではなく根源の力ーー魂の循環でもある。それ故に神樹は世界の象徴そのものであり、だからこそエルフ達はこれを『神樹』と呼んで大切にしているのである。

 「みなさま、見学は後ほどになされてまずは宿泊場所へご案内いたします。わたくしどもの後をついてきてください」
 イミリエンに声を掛けられて一行は我に返る。
  「さ、こちらへどうぞ」
 誘われ、気まずさも手伝ってか一同は無言でついていく。
 集落の家々はみな樹上にあるのでそういうところへ行くのかと思っていると、一階建ての長屋造りの宿舎が見えてくる。スカニア方面からの面々が既に着いているらしく人影もまばらに見えていた。
 「里の外から見えられた方々にはこちらの宿舎の方が落ち着かれると思います」
 「あ、ありがとうございます」
 思わずカレンが返事をする。
 「儀式を享ける子達がいつも使ってるので部屋は親子二人部屋となっていますから、空いてる部屋をご自由にお使いください」
 ニコリとしてイミリエンが告げる。
 そこで各々が空いてる部屋を見繕って三々五々に散っていく。

 「まずは荷物を収納して落ち着こうか」
 その言葉でカレンとリンは部屋の整理にかかる。
 とは言っても今回の旅に関して言えば荷物は着替えくらいである。その他、食料や野営道具類など必要な物は警備隊から出ており護衛隊が管理しているからだ。
 ほどなくして部屋の整理も終わる。
 リンが里の見学に行きたいようでソワソワと入り口から外を覗いている。カレンは苦笑しつつも自身も興味を抑えきれないらしく、一緒に外に行くことにした。

 神樹の里テライオンは非常に規模の小さな集落だ。人口も五百人少々しかいない。
 人々は全て巫女姫である女王フィラ=ウィサネイロスに仕える者ばかりである。
 里は巫女姫の光の結界により外界からは隔絶されていてすぐ近くにいても見ることも立ち入ることもできない。今回も案内人であるイミリエンらの同行があったからすんなりと入ることができているのだ。

 森に幾本も生えている大樹の太い枝の上にテラリオンの里人の家が設置されている。そこから幾筋かの吊り橋が掛けられ各エリアが有機的に繋がれている。そんな様子を下から眺めつつ里の中を歩いて行くとエフイルがちょこちょこと後をついてくる。
 やがて岩場から泉が湧いている場所に出た。
 
 覗いて見ると透明度の高い美しい水をたたえているが底の方は暗くなっていてどのくらいの深さがあるのかすらわからない。リンはそっと両手で水を掬って飲んでみた。
 「冷たくて美味しい!」
 思わず二口目を手に掬い飲んでしまう。
 カレンも同じように水を掬って飲んで見る。
 「ほう…。これは美味い水だ」



 ちゃぷん。と水音がした。
 二人がそうしているといつの間にやら泉の中程に一人の女性が顔を出している。
 「これは!水浴び中でしたか?失礼しました。」
  「気にすることはないのよ」
 そう言って立ち去ろうとすると女性が声を掛けてきた。

 「わたしは湖水の女王、インジョヴァン。水の大精霊です」
 「「!!!」」
 その言葉に二人の動きが固まってしまう。
 水色髪に水のショールのようなものを羽織りその中に身体にぴったりとしたかなり露出の高い衣装を身に着けたかなりの美女である。
 「その子が泉を訪れていたので興味があってでてきたのです」

 「抜け駆けはずるいよー?インジョヴァン」
 不意に声がかかる。
 声の方を見るといつの間にか岩の上に一人の少女が腰掛けていた。

 その少女は緑色の豊かな髪をなびかせた慎ましい衣装を身に着けているが喋り方も含めて全体的に幼い感じがする。
 「抜け駆けだなんて、言いがかりはよして欲しいわね。ルフトプリメ」
 インジョヴァンが余裕の態度で応対する。
 「そんなことよりも出てきたなら自己紹介くらいしたらどうなの?」
 「これからするわよ。わたしは風の大精霊ルフトプリメだよ」
 「そしてわしがマルム。土の大精霊じゃ」

  不意に足元から声がした。と思ったら全体的に茶色がかった地味な服装に王冠と杖、立派な髭を蓄えた小柄な老人が木の根元に腰を下ろしている。
 (いつの間に…)
 「俺が最後か。ヴァルメ。炎の大精霊ヴァルメだ」
 泉の際に炎をまとい灼熱のマントと細身だが筋肉質な身体をピタッとした衣服で包み、炎の冠をかぶった一人の偉丈夫が現れる。なかなかのイケメンだ。

 周囲の温度が一気に高くなった気がする。
 「わしらはな、みなその小僧っこに興味があるのよ」
 「うむ」
 「「そうね(だよ)」」
 「まずは歌を聞かせてはくれまいか?」
 「え…。あ、はい」

 そよ吹く風は小波を追いかけ 蒼い木の葉の船は進む
 神樹の子供達は 木の葉の船が大好きだ
 船の名前を 当ててご覧よ
 とても素敵な名前だよ

 周囲の精霊の気配が一層濃くなる。
 微精霊達も集まりだしたようだ。
 「はぁ。癒されるわぁ」
 「きみの歌声には精霊を引き付ける力があるよ」

 ダグリールリー ルルラー
 ダグリールリー ルルラー
 ダグリー ダグリー
 その名は夜明け

 「力が溢れるてくる」
 「そなたの歌声は精霊の力を高めるのじゃ」

 ダグリールリー ルルラー
 ダグリールリー ルルラー
 ダグリー ダグリー そは夜明けだよ
 『木の葉の船 作詞・作曲不明 エルウェラウタ民謡』

 「もう一曲たのめないかの?」
 リンは黙ってうなずくとすっと息を吸い込んで歌い始めた。


 白鳩は 鮮やかに 風を切り
 金色の 高い雲 目指して

 喜びの歌よ 湧き上がれ
 喜びの歌よ 湧き上がれ

 神樹の子供の胸に

 歌え 歌え 子どもたち
 心ほがらに 友情を
 歌え 歌え 子どもたち
 心ほがらに 友情を
 『白鳩 作詞・作曲不明 エルウェラウタの民謡』

 (あなたたち!いつまで遊んでるつもりかしら?)
 どこからともなく声が聞こえた。
 大精霊たちがぴしりと固まる。
 (儀式まで時間がないのよ?そろそろもどってきてもらえるかしら)
 「ごほん。そうじゃな。今日はこのくらいでお開きにしようか」
 マルムが慌てて口にすると、すぅっと消えていく。
 続いて他の三人も消えていった。

 「おねえちゃん、大丈夫?」
 終始、固まっていたカレンにリンが声を掛ける。
 大精霊に囲まれるなどという前代未聞の大椿事にリンはあまり大事と感じていないようだったが、これでも百八十歳を越えたエルフであるカレンは大混乱していたのだ。
 リンに声をかけられてなんとか気を持ち直したカレンがつぶやく。
 「なんだか今日は疲れた。部屋に戻ろうか」

 部屋に戻ってきたリン達はイミリエンがいることに気づいた。
 どうしたんだろう?と思って見ているとにこにこしながら近づいてきて
 「ちょうどよかったです。いらっしゃらないようなので探してました」
 と、声をかけてきた。
 「どうかされたんですか?」
 「儀式の予定が決まりましたので、みなさんのお部屋にお伺いしていたのですよ」
 「なるほど。それはご苦労さまです」
 「儀式は三日後の朝にお迎えにあがります。それまでは自由にお寛ぎください」
 「わかりました。ありがとうございます」
 「何かわからない事があれば、里の入り口の脇に兵舎があります。わたしもそこに詰めていますので遠慮なくいらしてくださいね」
 「そうですか。何かあればお伺いしますね。それでは三日後の朝に」
 「それでは失礼します」
  イミリエンは一旦リンに視線を止めてから踵を返して戻っていった。
 (あの子がねぇ。普通の少年にしかみえなかったけど…)

 部屋に入って落ち着いたカレンは不安に苛まれていた。
 (一体どういう事なのかしら?あの時は流してしまったけれど妖精王の事もそう)
 無邪気そうに絵本を読んでいるリンを見やりながらカレンはそんな不安をどうしても拭い去ることが出来ずにいた。
 (大精霊達がリンに興味があるって…。今回の神樹の祝福はどうなってしまうというのだろう?リンに何かあったら…。イミリエンさんに相談にいくべきかしら?)

 翌朝。昨日不安を抱えたまま床に入ったカレンは目が覚めても頭がぼぉっとしたままだった。外では朝日が昇り小鳥がさえずり爽やかな朝だというのに、カレンの気持ちは沈んだままだ。
 冷たい水で顔を洗い無理やり気持ちを引き締めたカレンはリンを起こすと用があって少し出かけるから留守番をお願いすると一度抱きしめてから部屋を出ていった。

 部屋を出たカレンは里の入り口へ向かって歩いて行く。
 行き先はイミリエンのところだ。
 大精霊の件を一人で抱え込むにはやはり問題が大きすぎると考えたのだ。
 朝の日差しが寝不足の目に刺さってカレンは顔を顰める。一つ大きく伸びをすると気を取り直して再び歩き始めた。

 兵舎に着くと応対に出た騎士にイミリエンに会いに来た旨を伝え呼び出してもらう。しばらく待っていると奥からイミリエンが出てきた。
 「おはようございます。浮かない顔をしてますね。どうかされたのですか?」
 「えぇ、ちょっと」
 「話しにくい内容のようですね。では部屋を用意しますのでそこでお話しましょう。少しお待ちくださいね」
 カレンの様子を見てそう提案したイミリエンは奥へと歩いていくと会議室をあけてもらうようにと部下らしき者に伝えている声が聞こえてくる。
 ほどなくして奥の一室へ通される。
 そこは整理された書棚が壁の左右に並び、奥には女性の肖像画が掲げられているばかりの簡素な部屋だ。中央には飾り気のない六人掛けくらいの大テーブルが一基置いてある。
「こちらへどうぞ」
 イミリエンはそのテーブルにカレンを着席させお茶の用意をする。
 部屋の中にミントのような爽やかな香りが満ちていく。
 カレンの前にカップを丁寧に置くと自分の分もテーブルに置き席についた。
 「それで、どういったお話でしょうか?」
 「テラリオンでは大精霊はよく現れるのでしょうか?」
 カレンの問いかけを聞いてイミリエンは少し固まる。
 (そんなことあるわけないじゃない)

 「詳しくお聞かせ願っても?」
 イミリエンは内心の動揺を隠して努めて冷静に続きを促す。
 「はい。性急でした。実は昨日の事なのですが…」
 そう口を切り、カレンは昨日リンと散歩に出た際に四大精霊に会ったこと、大精霊たちがリンに興味を持っていることなどをかいつまんで話した。
 (巫女姫からちょっと特殊な子がくるからとは聞いていたけどまさかこれほどとはねぇ、、、)
 「正直もうしあげてわたしも驚いております。しかし大精霊様方が悪しき事を為すとも思えません。ここは静観してみてもよろしいのではないでしょうか?」
 「そうなんでしょうか…」
 イミリエンの言葉を聞いてもカレンの不安は拭えない。
 (やっぱり静観するしかないのかしら)
 「そう…ですね。そうするしかないのかもしれません」
 「巫女姫様にも何かお知恵をお借りできるかもしれません。もう少し詳しくお話をお伺いしてもよろしいかしら?」
 イミリエンから助け舟をだされたカレンはすがりつく思いで数度頷く。
 (わたしがしっかりしなくてどうするの)
 それから暫く、二人で話しをしてカレンは部屋へと戻っていった。


ーーー
ついにテライオンに到着です。
里の神秘的な雰囲気がぜんぜんうまく表現できてないのが残念です
むづかしいですね。
それはそうとリンくん大変な事になっちゃいました。
どうなるんでしょうね?

次回、第七話 神樹の祝福 ②
20023/2/11 18:00 更新予定

今回の登場人物まとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、<strong>本作の主人公</strong>
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
ーーー
・イミリエン テラリオンの騎士、儀式の案内人
ーーー
・インジョヴァン 湖水の女王、水の大精霊
・ルフトプリメ 風の大精霊
・マルム 土の大精霊
・ヴァルメ 炎の大精霊
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