【改題】トゥラーン大陸年代記 ~自由の歌~

東条崇央

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第一部 第二章 旅立ち

第四話 過去の出来事

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 部屋に着いて荷物をおろした後、リンは備え付けの水差しからカップに水を注ぎ椅子に座ると半分ほど一気に飲み大きくため息をついた。
 「緊張した~。フラドリン様ってちょっと怖い感じがしたね」
 そんな感想を漏らす。

 「そうか?わたしは何も思わなかったけど。どんなところが怖かったの?」
 カレンが返事をするとリンは「う~ん」と考え込む。
 「えっとね……。なんていうんだろう?お話しながらまったく別の事考えてるような気がしたんだ」
 「ふむ。為政者とはそういうものじゃないかな。いくつもの事を同時に考えていかないと色々な事に対応できないからね」
 (リンもそういう事が見えるようになってきたんだなぁ。ずっと子供のままで居て欲しいけれど、成長してきてるのも嬉しいものだわ)

 「そうなんだ。他の長老様はそんな感じしなかったんだけど」
 「フラドリン様はお若いけれど切れ者だという噂だからリンにはそう感じられたのかもしれないね。悪意があるわけじゃないのだから堂々としていればいいよ」
 「そっか。堂々とって苦手だけど気にしないようにするよ」

 「それよりもリン~」
 カレンがテーブル腰にぐいっと身を乗り出してくる。
 「あのエリーネルって娘、リンの事気にしてるみたいだけど、リンはどう思ってるの?」
 「え!?どうって……」
 「儀式いくときも同じ馬車で仲良くしてたじゃない?久しぶりにあったらすっごくかわいくなってたし」
 「そ、そうだね。はじめて出来た同年代のお友達かなぁ?」
 「それだけ?」
 (リンにはまだ恋愛とか早いのかなぁ)
 「ん~……。大人っぽくなったっていうか可愛くなったとは思うよ」

 コンコン。
 その時、部屋の扉をノックする音がした。
 リンがびくっとする。
 カレンがすっと立ち上がって扉を開くとそこには今話しに出ていたエリーネルが立っていた。少しほほが上気しているように見える。



 「こんばんは。夕食の用意ができたのでお食事されるのでしたら下の食堂へ来てくださいね」
 「わざわざありがとうね。もう少ししたら下にいくよ」
 「あと、何か足りないものはないですか?」
 「大丈夫よ。何かあれば声をかけさせてもらうわ」
 「そうですか。よかった~。うちの料理評判がいいので楽しみにしていてくださいね」
 「そうか。それは楽しみだ」
 「では、失礼しますね」
 ペコリと頭を下げるとエリーネルが去っていった。

 「はぁ……びっくりした~」
 「ふふふ。話てる当人がいきなりあらわれたら驚くね」
 「おねぇちゃん、驚いてる感じしなかったよ?」
 「驚いてたさ。いちいちビクッとしてたら猟師は務まらないからね。それよりも食事におりよう」
 「うん。そうだね」

 二人が階段を降りて食堂へ行ってみると、七つほどあるテーブル席は人族の商人風の人々で満卓になっており、カウンター席だけが空いている状態だった。
 カレンが受付でアネルに食事の注文をして二人はカウンター席へ座った。

 「ねぇ、おねえちゃん。後ろの人たち何を言ってるのかぜんぜんわからないね」
 リンはテーブル席から聞こえてくる言葉がまるでわからない事に当惑している。
 「あぁ、そうだね。わたしも何と言っているのかはわからないが、あれはたぶんノルド大公国の言葉だと思うよ」
 「エルウェラウタの言葉が全てじゃないんだね」
 「うん。大陸にはたくさんの国があるからね。それぞれの国の言葉があるんだよ」
 「へ~、そうなんだ。じゃぁ違う国の人とお話するの大変だね」
 「たしかにね。その辺どうしてるんだろうな。何か方法があるんだろう」

 二人が話をしているとカウンターの向こうからエリーネルが食事を出してくれた。
 奥の厨房で調理しているのが主人のオロンだろうか。恐らくそうだろう。
 料理は、イノシシの肉を四角に切ったサイコロステーキと野菜がふんだんに使われたスープ、パンだ。
 野草の香味がイノシシの臭みを消し、小さくカットされてるため食べやすい。噛むとジュワッと肉汁が溢れてきて旨味が染み出してくる。パンは少し硬いがスープに浸けて食べると程よく柔らかくなり、穀物の甘みがしっかりと出ている。そしてスープに使われている野菜が暖かく心を癒やしてくれる。

 「これはお店からのサービスです」
 二人がゆっくりと食事をして満足しているところにエリーネルが赤い飲み物を出してくれた。
 「いいの?」
 「はい。大丈夫ですよ」
 「ありがとう。甘い香りがするね。これは何?」
 「これは近くで採れる果物の絞り汁ですよ」

 リンが一口くちをつける。
 「甘酸っぱくて美味しいね」
 口の中に残った脂っこさが酸味の効いたジュースで洗い流されるような爽やかさだ。
 それを聞いてエリーネルは花が咲いたような笑顔になる。
 「果実はマンシッカいちごと言って、このあたりの特産品なんですよ」

 「エリー、空いた皿をさげてきてくれ」
 奥からオロンの声がする。
 「それじゃ、お父さんに怒られちゃうからまたね」
 そう言ってエリーネルはホールの方へと歩いて行く。
 その後ジュースをゆっくりと味わった二人は部屋へと戻っていった。

 部屋に戻ってからしばらく他愛のない話をした後、二人は布団に入る。
 やはり野宿で疲れが溜まっていたのであろうか。
 ほどなく寝息を立て始めた。

◆◆◆◆◆

 翌朝、窓から差し込む朝日と小鳥の囀る声で目覚めた二人が朝食を摂っていると、セミリオンが入り口から入ってきた。
 「おはようございます。お迎えにあがりました。準備ができましたらご案内致しますね」
 二人を見つけたセミリオンが寄ってきてそう話しかけて来る。
 彼は昨日と同様に執事然としたきっちりとしたスーツを着ている。
 リンとカレンは急いで食事を済ませると一旦部屋へ上がり用意を整えて下へ降りてきた。
 「すみません。お待たせしました」
 「いいえ。構いませんよ。それではいきましょうか」
 そう言って先導するセミリオンに二人はついて行く。

 中央広場の露店が立ち並ぶ区域を左に曲がり南へ向かうと木塀に小さな門が設置されている。ここは馬車などが通行するような物ではなく住民が出入りするだけの通用門のようなものらしい。
 通用門を抜けて行くと草原が広がり、草原にはところどころ白やピンク、黄色の小さな花が群生している。その向こう、小高い丘の斜面に墓碑が並んでいるのが目に入る。
 あれが共同墓地なのだろう。

 朝日はもうすっかり登り薄水色の空が高い。
 足首ほどの丈の草を踏み丘へ向かって一歩一歩と歩いていく。
 墓地の一番前の列の右端に他よりもかなり新しく見える墓碑があり、その向こうは林になっている。事前に調べておいてくれたのであろう。セミリオンがそこへ迷いなく向かっていく。

 「こちらがリンさんのご両親、ヨルニさんとリタさんのお墓になります。どうぞ心ゆくまでお話されてください。後ほどまた宿にお迎えにあがります」
 そう言葉を残してセミリオンが離れていった。

 リンは小さく呪文を唱えると精霊魔法で出した水を流しながら丁寧に墓石を洗っていく。若干浮いてきていた苔も洗い流され、墓碑銘がくっきりと浮かび上がってきた。
 エルフ達は両親の遺体を一つのお墓にまとめてくれたらしく墓碑名には二人の名前が刻まれている。
 リンの指先が墓碑銘をなぞっていく。
 カレンはその様子を数歩離れたところから見ている。その側にいるエフイルも今日は大人しく座って時々前足の舐めながら顔を洗っているだけだ。

 リンが濡れるのも構わずに墓石の前の草の上に膝まづき祈るような姿勢で動かなくなった。周囲に多数の精霊が集まってきてふわふわと漂っている。

 時折吹風がカレンの真っ赤な燃えるような髪をなびかせるに任せ視線はリンから離さない。リンの心を見通そうとするかのようなカレンの視線に彼の心が映し出される事はないが、カレンがリンをこの先も守ろうとする意思を固めるには十分だった。
 
 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか?太陽はとっくに中天に差し掛かっている。
 空の高い位置を鳥の群れが飛んでいく姿が背景の水色とのコントラストではっきりと映し出されその模様すらも判別できそうだ。
 強い風が吹き、リンの髪の毛やローブをバサバサと舞い上げる。
 その時、リンがすっと立ち上がりカレンの方へ歩いて来た。その瞳に強い光が宿っている。

 「姉さん、一緒に来てくれてありがとう。宿へもどりましょう」
 リンの口調も普段と変わっている。
 何か思うところがあったのだろう。
 カレンは一つ頷くとリンと一緒に宿の方へと戻っていった。

 宿に戻りお昼を食べた頃を見計らったようにセレミオンが迎えに来た。
 これから、当時の警備兵と話をさせてもらえるらしい。
 リンたちはセレミオンについて東門の営舎へと向かう。

 「エミールとガリナエルはいるか?」
 営舎に着くとセレミオンが中に問いかける。
 中に居た一人が奥へと呼びに行ったようで、しばらく待っていると奥の扉から二人の人物が現れた。この二人がエミールとガリナエルなのだろう。
 「来たか。先日話した通りリンランディアを連れてきた。二人から話を聞きたいそうだから対応してくれ」
 そう言うと扉から身体をずらし二人に中に入るように促す。

 「失礼します。リンランディアです。よろしくお願いします」
 「カレナリエルです。リンの姉で付き添いに来てます」
 「エミールです。東門の衛兵をしてます」
 「ガレナリエルです。同じく東門に詰めています」
 各自、自己紹介をする。
 エミールは金髪を適度に切りそろえた髪型と青い瞳の標準的なエルフの男性。鋭い顔で俊敏そうな身体つきをしている。ガリナエルは長く伸ばした金髪を編み込み邪魔にならないようにまとめている。瞳の色は同じく青色で優しげな見かけの標準的なエルフの女性だ。
 二人共同じ革鎧を身に着けており腰間には長剣を差している。

 四人は空いている木のテーブルの周りに椅子を持ってきて腰掛ける。
 リンの正面がガリナエルでその左側にエミールが、リンの左側にカレンが座っている。
 兵士の一人がお茶を淹れてくれて四人の前に置いていった。
 ハーブティーの一種のようで爽やかな香りが漂う。

 「君が保護された当時の話が聞きたいんだったな?」
 そうエミールが話を始めた。
 リンがエミールの目を見ながら一つ頷く。
 「あれは聖暦九九三年のことだから今から十五年前の事になるな」
 代表してエミールが話をしてくれるらしい。

 「俺たちはいつものように午後から交代で営門に立っていた。夕方近くになって大公国側から一台の馬車が突っ込んできたんだ。その周囲には馬に乗った賊が五人いて弓を射掛けたり荷台に乗り込もうとしていた」
 そこまで話てエミールはお茶を一口すする。

 「御者席にいた男は既に倒れていてな。馬が勝手に走ってる状態だったんだ。そこで俺が御者席に飛び乗り馬を停止させた。その時、他の衛兵達と賊共が対峙して戦闘になった。賊共はなかなかの手練でな。普通の盗賊とは思えないほどの技量を持ち統制が取れていた」
 エミールがまた一口お茶をすする。
 隣にいるガレナリエルも大きく頷いていた。

 「何人か怪我人がでたけど、俺たちは賊共を撃退することに成功したんだ。 荷台の中を検めると中に居た女性も既に事切れていてなぁ。赤子を身体の下に隠すように覆いかぶさっていたよ
 「そう……なんですね」
 リンの指が無意識に右手に嵌めた指輪を撫でる。

 「ここからは俺たちの想像なんだがな。奴らの技量を考えると君が生き残っていることが逆に不自然だと思ったんだ」
 「どういう事ですか?」
 リンがハッとしたように目を見開く。

 「つまりな。奴らの狙いは君を拉致することだったんじゃないかと思う」
 「そんな……」
 机の下でリンが両拳を関節が白くなるほど強く握りしめている。
 カレンがリンの肩にそっと手のひらを乗せた。

 「君には辛い話になってしまったが、これが当時俺たちが経験しそこから推測した内容だよ」
 「……わかりました。ありがとうございます」
 やっとそれだけを口にした後、リンが何を思ったのか黙りこくったままだった。



ーーー
第二章の山場を迎えました。
母親からも聞いていた過去の出来事やそこからの推測を聞き
また、両親の墓前に膝まづいたリンが何を考えたのか。
心情描写はしませんので色々と想像してもらえると嬉しいです。

今回の登場人物のまとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
・エフイル 妖精王の娘、白い子猫
ーーー
・フラドリン=チェフィーナ タリオンの長老
・セレミオン フラドリンの腹心
・オロン 金の兎亭の主人、アネルの旦那
・アネル オロンの妻
・エリーネル エリー オロンとアネルの娘、金の兎亭の看板娘
・エミール タリオン東門の衛兵、男性
・ガレナリエル タリオン東門の衛兵、女性

次回、第五話 決意
2023/4/1 18:00 更新予定
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