悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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プロローグ―国境沿いにて 『旅の始まり』

2-2.従者の体探し

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「アイス・スピア」

 刹那、獣の頭上で氷の塊が次々と形成される。
 かと思えばそれは瞬時に槍の形を成し、クリスティーナへ脅威を齎す存在へと降り注いだ。
 透き通った氷の刃は猛獣の脳天や腹部を貫き、その身を鮮血で染め上げていく。

 動きを制限された獣たちは回避もままならない。彼らは頭上から降り注ぐ攻撃を全て受け、断末魔をあげながらその場にひれ伏した。再び動く気配もない。

「お見事」
「主人を働かせるだなんていい身分ね。おかげで汚れてしまったわ」

 返り血に濡れた頬を拭いながら血なまぐささに顔を顰めてクリスティーナはリオを咎めた。

「失礼ですが、お召し物は俺を抱えている時から汚れていらっしゃったかと」

 新鮮な生首を抱えていれば勿論断面から滴る血液が嫌でも付着するわけではあるが。勿論論点はそこではないわけである。
 皮肉が一切通用しない従者の生首を今すぐ投げ捨てたくなる気持ちを抑え込んでクリスティーナは再びため息を吐いた。

「それで、貴方の体は一体どこにあるの」
「ご迷惑をお掛けします」

 探してやるという意図の遠回しな発言に対して謝罪する従者。
 素直な言葉一つまともに吐けない口ではあるが、主人の口から出る言葉の真意を的確に拾い上げることに彼は長けていた。

「あの騎士とも逸れてしまったもの。仕方がないわ」
「彼の失態については返す言葉もありませんね……早く合流できることを祈るしかなさそうです」

 本来であればリオの外にもう一人、手練れだという若い騎士が付き添っていたのだが生憎魔物の襲撃に遭った際に逸れてしまっている。
 クリスティーナの魔法の腕は人並み以上だが、それでも自身の身を確実に守る為に人手が多い方が好ましいのは言うまでもない。そもそもただの令嬢が一人で猛獣の相手をしている今の状況がおかしいのだ。

「ただ打開策と言いましても、やはり魔物との戦闘を避けることは難しいかと。絶賛食べられていますので体を取り返そうとすれば必然的に群がっている魔物とは接触します」
「……そう」
「安心してください、体さえ戻ればお嬢様に指一本触れさせることはありませんから」
「その点において心配はしていないわ」

 従者という立ち位置は戦闘能力に重きを置く職種ではないが、クリスティーナは彼が秘めている身体能力の高さを買っている。
 余程のことがない限り、彼が傍に居るような場面で怪我をすることはないだろう。

「信頼してくださっているようで嬉しい限りです」
「寄せられた期待には応えてこそ意味があるのよ。言葉ではなく結果で示しなさい」
「勿論」

 行きましょうと声を掛け踵を返すクリスティーナ。

 魔物の知性は低い種が殆どである。そして今回彼女達を襲った魔物も例外ではない。奇襲を恐れて自身の行動の痕跡を消す等といった理性的な行動はしないだろう。
 であれば、自分達が襲撃を受けた場所まで戻ればリオの体を持ち去った魔物の動向を終える可能性は高い。

 クリスティーナは警戒を怠ることなく来た道を駆け足で戻り始めた。
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