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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

12-1.覚醒

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 公爵家が騒然としたのはクリスティーナが帰宅し、夕食を終えた後のことであった。

 自室で読む為の本を書庫で何冊か見繕っていた彼女は目当てのものを見つけて自室への廊下を歩いていた。
 後ろにはリオが尽き従い、互いに会話をすることもなく静かに時を刻む。

 定期的な感覚で壁に配置された照明に頼り切っている廊下はやや薄暗く、昼間とは異なりすれ違う使用人は殆ど見当たらない為、同じ屋敷の中であっても随分と雰囲気が変わるものだなどとぼんやり思う。

 その時、銀髪の使用人が顔を青くさせて自分達の傍を駆け抜けた。

「アニーさん?」

 会釈一つなく自分達とすれ違った使用人へリオが声を掛ける。
 廊下を慌ただしく走り抜けるという行為は褒められたことではない。それが令嬢の目の前となれば猶更である。
 アニーと呼ばれた使用人はびくりと肩を震わせて振り返る。

「り、リオさん……? ……はっ! クリスティーナ様、申し訳ありません! ご無礼をお許しください」

 どうやら彼女は焦るあまりクリスティーナやリオの姿に気が付いていなかったようだ。
 リオがちらりと視線をクリスティーナへ向ける。咎めるも許すも選ぶのは自分ではなく主人であると理解しているようだ。

「いいわ。急用のようだから。本来であれば咎められるべきことではあるけれど」
「あ、ありがとうございます……!」
「リオ、彼女の荷物を少し持ちなさい」
「畏まりました。アニーさん、失礼しますね」

 彼女は救急箱や毛布などを抱えているようであったが一人で持つ荷物にしては明らかに多い。
 アニーに一言断りを入れてからリオはその半分以上を請け負ってやる。

「……それで、随分と慌てていらっしゃいますが何かあったんですか? どなたかが怪我でも?」
「は、はい。重傷者と死亡者が運ばれてきたと……」

 リオの問いに頷くアニー。
 彼女の説明に耳を傾けながらクリスティーナは眉間にしわを寄せる。その脳裏には夕刻の魔物の襲撃が浮かんでいた。
 同じことを考えていたのだろう。リオもまた難しい顔をしていた。

「死傷者……屋敷まで運ばれたということは騎士ですか。夕方に街で魔物が出たという話は知っていますが、状況が悪化しているということですか?」
「いいえ、それが……魔物を目撃したという報告は一度のみだったらしいのですが、街の安全を確認する為に偵察へ向かった三人の騎士が路地裏で倒れているところが発見されたらしく……」
「……そうですか。すみません、引き留めてしまって。急ぎましょう。……クリスティーナ様は」
「貴方以外に付き人がいないもの。私も向かうわ」
「畏まりました。……ご気分が優れなくなりましたらすぐに教えてください」

 死亡者も運ばれてきているということは目的地の光景は凄惨なものだろう。
 主人の精神を案じるリオへ問題ないと視線を送れば彼は物言いたげな表情をするものの大人しく頷いた。
 二人はアニーへ案内をされて庭へ出る。
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