悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

11-4.迫る窮地

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「――わぁ、やり過ぎちゃったと思ったけどちゃんと生きてるねぇ。よかったよかった」

 剣を構えた先、宵闇を纏いながら姿を現した青年はゆったりとした拍手を送る。
 彼が地を踏むたびに揺れる一つに纏められた深緑の髪。闇の中でも鮮やかに輝く赤い瞳は心底愉快そうに細められ興味深げにエリアスを見た。

「うんうん、驕らず自分の立場を弁えて最善を尽くす。実に立派な心掛けだ」

 いつどのタイミングで先程のような攻撃が放たれるかわからない以上、エリアスは自ら動くことが出来ない。
 青年の出方を注意深く窺い、いつでも回避に徹することが出来るよう常に精神を研ぎ澄ませる。
 エリアスの様子を意にも留めない青年は片手を持ち上げる。

「けれど……駄目だね。――君は駄目だ」

 その姿勢を保ったまま青年はぱちんとフィンガースナップをきかせた。
 それに反応してエリアスは身構えるが、数秒待っても何も起こる様子がない。

(――まさか……っ)

 彼が異変に気が付くのと背後から悲鳴が上がるのはほぼ同時だった。
 振り返り状況を確認するよりも先にエリアスは地面を蹴る。

「たっ、助けてくれ……!」

 逃亡を試みた騎士は逃走経路の途中に突き刺さっていた剣を引き抜いたらしく、それを両手に握っていた。
 しかしその切っ先が向けられている箇所は異常だった。
 彼は、彼自身の首筋にそれを添えながら半泣きになって命乞いをしている。
 その状況から浮かぶ疑問は尽きない。けれどそれらの解答を探す余裕は勿論ない。

 彼は刃を自身の首へゆっくり埋めていく。
 そしてそれが皮膚だけではなく肉までも抉ろうとした時、エリアスは彼の元へ辿り着きその手を掴んで動きを止めた。

「くっ……」

 しかし騎士の意図とは関係なしに自死を遂げようとする彼の両手はとても強く、エリアスの力と拮抗するに留まり、完全な阻止には至らない。
 緩やかに肉の内側へ食い込んでいく刃。死に怯えて泣き喚く声。

「おおっ、すごいすごい。君、足速いねぇ」

 ――どうにか止めなければ。
 そんな思考はすぐに絡めとられた。

 穏やかでいて、ゾッとする程の冷たさを含む声がすぐ耳元で囁く。
 真冬に冷水を浴びたかのようにエリアスの背筋は凍り付いた。
 そこで漸く自身の失態に気付くがそれももう意味のないことだ。
 自死を止める手はそのままに、視線だけを声のする方へ向ける。

 青年は死亡した騎士の剣を握ったままエリアスの傍らに立っていた。
 彼は貼り付けた醜悪な笑みを崩すことなくそれを持ち上げ、エリアスの背中へ深々と振り下ろした。



 意識が酩酊する。
 肩や背中が燃えるように痛む一方で急速に体温が冷え切っていく。

(……駄目だ、まだ死ねない)

 国を出てまで騎士になり、爵位を手に入れたのにも拘らずろくに名を遺すことができない。それどころか、騎士として国に迫る危険を知らせるという責務を全うすることすらままならない。

 結局のところ自分が騎士になったことに意味はあったのだろうか。彼の強い野心はそのまま心残りへと変貌した。

 ――死ねない。せめてこの努力の先に意味を見出すまでは。
 そう強く思うのにも拘らず体の機能はその全てを停止してしまいたいと、そうすべきであると持ち主の意志に報いようとはしない。

 やがて彼は眠れという体からの命令に逆らうことが出来ずに彼はその意識を手放した。
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