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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

66-7.戦況悪化

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「私の身に何かあったとしても、貴方に何かあったとしても、結果は同じでしょう」

 転移大結晶が使えないとなればクリスティーナ達は来た道を引き返して逃げるしかない。
 だが、満身創痍の中で全員が彼女の足を振り切れるとは思わない。正直、一人逃げおおせられるかも怪しいとクリスティーナは踏んでいた。
 どちらを取ろうと全滅するくらいならば、少しでも抗うべきだろう。

「主人たるもの、付き人を差し置いておいそれと前に立つべきではない」

 クリスティーナは迫る脅威を真っ直ぐと見据える。

「けれど生憎、私にだって自分の身を守る手段くらいあるわ」
「クリス……」

 普段通り、淡々と話すクリスティーナ。
 しかしノアはその手が震えていること、それを抑えようと拳を握りしめていることに気付いていた。

「それに、貴方も言ったじゃない」

 恐怖を感じていないわけじゃない。にも拘らず彼女は気高く、不敵に笑ってみせた。
 それが虚勢であっても構わない。自分を奮い立たせる要素になるのであれば、何だっていいとクリスティーナは思った。

「私を『特別』にしてくれるのでしょう? こんなうってつけの見せ場、そうそうないと思うのだけれど」
「……全く、君って奴は」

 この期に及んで啖呵を切る姿にノアは苦笑する。
 大見栄張りにも程がある。一見何の根拠のない強がりだ。
 だが不思議なことに、彼女の言葉にはそれ以上の説得力を感じさせる何かがあるように思えた。

(年下の女の子が腹を括ってるっていうのに、俺が躊躇うのは道理じゃないよなぁ)

 ノアは彼女を止めるのをやめた。代わりに口角を上げてベルフェゴールを見やる。

「仕方がない、乗ってやろうじゃないか」
「そう来てくれなければ困るわ」

 彼女の顔は見えない。だが満足そうな声色で、これまたどこか偉そうな声が返ってくる。

「とはいえ、策はあるのかい?」
「ええ。賭けではあるけれど」

 ノアの問いに対し、クリスティーナは自分の計画を手短に話した。
 その内容に、ノアは目を剥く。

「……君、正気かい?」
「この場で冗談を言うように思えるのなら、気狂いは間違いなく貴方よ」

 辛辣な返し。しかしそれは考えを改める気はないと十分にわかる内容だ。
 ノアは関心と呆れの両方が入り混じったため息を吐いた。

「はぁ、ほんと君って奴は。すぐに驚かせてくれる」

 前方、ベルフェゴールが身を低くした。
 急接近の合図だろう。悠長に話している余裕はない。

「オーケー、君に委ねるよ」
「ええ」

 短い言葉が返される。
 直後、ベルフェゴールの姿はクリスティーナの目の前に現れた。
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