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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

82-1.魔導師に潜む闇

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 裏庭に佇むレミはクリスティーナの存在に気付いていないようだ。
 小刻みに震える唇からはぼそぼそと言葉が紡がれ、その頬を雫が伝う。

 月明かりに照らされた彼が涙を流す様をクリスティーナの瞳は確かに捉えていた。
 一方の彼はクリスティーナの存在に気付いていない。

 焦点が合わず虚ろな瞳の青年。その姿は突如として曖昧になる。
 彼の体に纏わりつく黒い闇。それは迷宮『エシェル』で一行を襲ったものと同じ類のものに見える。

 クリスティーナは鋭く息を呑む。
 思わず身構え、その足は地面に縫い留められた。

 その時。
 闇に体を埋めていたレミが突如、その身をくの字に曲げた。

「う……っ」

 両肩を細かく震わせ、口元を手で覆う。
 くぐもった声を押し出し彼はその口から胃液を吐き出した。

 崩れ落ちるようにしゃがみ込む体。繰り返し行われる嘔吐。
 胃液と吐物を地へと散らしてレミは苦し気に喘いだ。

「っ……」

 明らかに健康とは言い難い様を目の当たりにしたクリスティーナは一瞬のためらいの後に地面を蹴る。
 そしてレミの元へと駆け寄った。

「貴方……っ」

 震える肩に触れる。瞬間、感じたのは以前彼に触れた時と同等の不快感だ。そして強い既視感。それは迷宮『エシェル』で目撃した『闇』に対し感じる何かと通ずるもの。

 クリスティーナがレミへ触れた瞬間、彼を纏っていた闇は霧散した。
 否。正確には彼の体へと吸い込まれるようにして消えた。

「あ……っ?」

 姿を消した闇、そして感じる不快感に気を取られているとレミが小さく声を漏らす。
 その瞳には光が戻っており、様子も就寝前に顔を合わせた時と変わりない、普段と相違ないのものとなっていた。
 彼は隣で座り込んでいるクリスティーナの姿に気付き、目を見開く。自分以外がいる事に対する疑問を見せたが、その口が動くよりも先にクリスティーナが問いかける。

「どこか悪いの?」
「え? ああ……」

 質問の意図を理解するのに時間を要したらしいレミは初め目を丸くしたが、すぐに自身の齎した惨状を思い出したようだ。
 そして口の端から伝う胃液を雑に握ると首を横に振った。

「問題ないよ。少し……夢見が悪かっただけだ」
「少し、と片付けるには大事のように見えたけれど。必要なら彼らを呼んで――」
「っ、やめろ!」

 彼ら、が指すのはレミと交友関係にあるノアやオリヴィエだ。
 それを悟ってのことだろう。クリスティーナの声を遮るようにレミが声を荒げた。

 強い語気に面食らい、クリスティーナは話しを止める。
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