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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

101-3.静かに燃える野望

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 過る光景。聞こえる声。それらにクリスティーナが気を取られている間、彼女の体からは淡い光が溢れ出していた。
 クリスティーナの全身を包むそれは、彼女の掌を伝ってエリアスの胴体にも伝わる。
 そして触れられている箇所から広がるように、エリアスの体も温かな熱と光に包まれた。

 優しい光はエリアスの緊張をゆっくりと解していく。その温かさに身を委ねれば、肩の力が抜け、膝の上で作られていた拳は緩み、強張っていた表情からも余計な力が消えていく。
 緊張から解放されたエリアスは程なくして自分の身に起こる変化にも気付くことが出来た。

 訴え続けていた体の鈍い痛みが徐々に引いていくのを感じる。
 痛みはゆっくりと収束し、体が随分と軽くなる。

 やがて抱えていた痛みが完全に鳴りを潜める。
 それを合図に、二人を包んでいた光は緩やかに収束した。

「おお……」
「……調子はどうかしら」

 目を丸くして肩を回すエリアス。
 その様子を視界に捉えながらクリスティーナは容態を問う。

「全然痛くないです。すげぇ……」
「完治しているか定かでない状況で下手な衝撃を与えるのはいかがなものかと思うのですが」
「治ってたから! 痛くないから!」

 負傷していた箇所を軽率に叩いて怪我の調子を確認するエリアスをリオが嗜める。
 浅はかな思慮を蔑むような視線にエリアスは言い訳を返した。

(感覚がわかってきたのね。意図的に使えるようになってきている)

 回復魔法を自分の意志で行使することが出来たことに、クリスティーナは安堵の息を吐く。
 しかし同時に気に掛ったのは回復魔法を行使した際に過った映像だ。

(あの光景と声は恐らく――)

 様子を窺うようにエリアスへ視線を移すクリスティーナ。
 その気配に素早く気付いた相手は灰色の瞳で彼女を見つめ返した。

「何でもないわ」
「……? そうですか」

 自分がどうかしたのかと問うように向けられた視線に、クリスティーナは首を横に振る。
 クリスティーナの言葉を信じたエリアスはそれ以上主人の視線を気に掛ける様子もなく、脱いでいた服を着始める。

 エリアスがクリスティーナに背を向ける。
 晒されている肌、包帯の下からは深く拾い切り傷の痕がはっきりと残っていた。
 彼が持つ傷の中で間違いなく一番目を惹くそれは、あどけなさを残す若い青年が抱えるものにしてはあまりにも痛々しいものだ。

 服を着る工程を見届けながら、クリスティーナは先の映像と初めて回復魔法を使った日に聞こえたエリアスの声を交互に思い返す。
 日頃、情けない姿や浅慮な言動を見せる騎士。
 彼の本質がそれだけではないことをクリスティーナは少しずつ悟り始めていた。
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