悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

113-2.暗躍する者

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 本日最後の商品の詳細を語る司会者の声を聞き流しながら、リオが声を潜めて呟く。

「やはりこのような場であっても簡単には見つけられなさそうですね」
「けど、どういう風に進行してくのかってのは実際に見といて正解だったかもなぁ。何となく雰囲気は掴めたし、例のオークションに参加するならこういう経験も多少は役立つだろ」
「まあ、領主主催のとなるとまた勝手は違うかもしれませんがね」

 護衛二人はクリスティーナを挟みながら互いの見解を語る。
 その途中、司会者が高らかに声を上げる。

「それでは本日の目玉商品の登場になります!」

 司会者の合図と共に運ばれて来たのは小さな鉄格子と鎖、南京錠を使って厳重に閉ざされた小さな檻のようなケース。
 クリスティーナ達の席からはその中に入れられた代物が何であるのか目視することが出来ない。だがそれが何であるかを理解するよりも前にクリスティーナの背筋は凍り付く。

 瞬時に鳴る脳内の警鐘。それは魔族と対峙した時の物と似た嫌悪感。
 ベルフェゴールから感じたものに比べれば実に些細なものだが、しかしそれでもクリスティーナの直感はステージに晒されている物が良からぬものであることを悟っていた。

「こちらは実に複雑な魔術が組み込まれた懐中時計です! 製作者は不明、同じものは二つとないでしょう」

 司会者はステージ上に姿を見せる物品がいかに優れたものであるかを熱弁する。
 しかしその声はクリスティーナの耳には殆ど届かなかった。

 渦巻く胸中の焦り。それがクリスティーナの頭を埋め尽くしていく。
 そしてそんな彼女の心情を汲み取ってくれる者はおらず、オークションは最高潮の盛り上がりを見せて進行していった。
 最低落札価格が提示され、それを上回る金額が次々と提示される。

 既に幾度と窮地を味わってきたクリスティーナは自身のみが感じ取れるこの違和感がただの気のせいではないことを思い知っている。
 だからこそ確信する。自分の視線の先にあるものが良からぬものであることを。

 しかしそれがわかったとてどうすれば良いというのだろう。

(落札した上で対処する? ……でもそれでは私の力が通用しなかった時に周りを巻き込んでしまう。それに、危険を肩代わりする為に費用を嵩ませるのは悪手だわ)

 他者を案じた結果自身が窮地に立たされては意味がない。
 だがその危険性を知ってしまったからには見て見ぬ振りもできない。

 この場面に於ける最善策を模索し、クリスティーナは顔を顰める。
 その額を冷や汗が流れ、焦りばかりが彼女の胸中へ募ったその時。

 小さな破裂音がホールへ響き渡った。
 刹那、ステージを中心に煙が立ち込め、舞台上の様子の目視が妨げられた。

 何事かと目を剥くクリスティーナと、イレギュラーが発生したと瞬時に判断して腰を浮かせるリオとエリアス。
 三人は警戒するようにステージを睨みつけた。

 やがて発生した煙が徐々に引いていき、それと同時に煙の中に紛れていた人影が顕わとなる。
 それは司会者ではない別の人物だ。

「レディース・アンド・ジェントルメン。少々手荒な行動に出てしまったことをどうか許して欲しい」

 煙の中から現れたのは仮面を身に着けた男。
 彼は恭しくお辞儀をしながら凛々しい声音で観客全体へ声を投げかけた。

「そして貴方方の楽しみを横取りすることになることにも謝罪しておこうか」

 煙が引いたステージ上、男の足元に横たわる司会者の姿が遅れて顕わになる。
 仮面の男は足元に転がる人物には目もくれず、ステージ中央に残された鉄格子のケースへ歩み寄る。
 そして肌を手袋によって隠した指先で、その側面をゆっくりとなぞった。

「こちらは私が頂いていくよ」

 ステージ裏で飛び交う怒号や慌ただしい足音は堂々と現れた盗人を捉える為の物だろう。
 しかしそれを間近に感じながらも焦り一つ滲ませない男は不敵な笑みを湛えて告げた。

「ショータイムだ」
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