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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

172-2.魔術にしかできない事

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 現代の魔法はどれだけ精巧な技術を以てしても攻撃の対象に接触させるような位置で魔法を出現させることが出来ない。
 例えば、もし炎魔法が術者の思いのままに発現させられるのであれば、杖の先から飛ばす魔法や武器に炎を纏わせる魔法等は普及しなかったことだろう。敵の体の内側に炎を出現させ、体中を燃やし尽くせばいいのだから。
 だが現代の魔法ではそれが叶わない。相手の体を燃やしたいのであれば炎を出現させ、標的の元までそれを移動させる必要があるのだ。

 敏腕の魔導師であれば杖から離れた、自身にとって都合の良い場所から魔法を発動させることもできるという。だがそれでも可能なのは標的から限りなく近い距離に発現させること。
 命中率を限りなく上げる事は出来ようとも、百パーセントに満たすことは出来ない。それが現代の魔法の限界である。

 それに対し、魔術は対象に魔術を刻む事さえできれば相手の体の内側から炎を発生させ、燃やし尽くすことも可能だとディオンは言う。
 彼が敢えて魔術に出来て現代の魔法には出来ない事を明らかとさせたのは、今回発見した古代魔導具が『魔術にしかできない事』を利用した物であると言いたいから。クリスティーナは彼の意図をそこまでは汲み取っていた。
 だが、それを利用した古代魔導具が齎す具体的な影響や、ディオンが何を思って『厄介』だと告げたのかまでは把握できていなかった。

「良いか、今から相当胸糞の悪い事を言うぞ」
「胸糞の悪さならもうずっと感じているわ」
「それもそうだな」

 クリスティーナの威勢の良さにディオンは肩を竦める。
 だがその顔は緊張で強張ったままであり、状況が非常に深刻であることはその場の誰もが嫌でも悟れる程であった。
 彼は机に付いていた肘を離すと起こした上半身を背凭れへ預けた。

「オリオール邸に隠された古代魔導具――ありゃ、生物である可能性が高い」

 ディオンの告白に、クリスティーナは眉根を寄せる。
 他の者も彼女と同じ様に事の深刻さがまだ理解できず、怪訝そうな顔をしていた。

「生物……魔物の類という事?」
「いいや。魔物は起源こそ特殊だが現代ではあくまで自然の摂理で生まれる生命体だ。そしてお前さん達が見つけた物は広義では古代魔導具で間違いない。……ただ、より正確に言うなれば、異形と言うべきだ」
「……魔物と異形は同じ類の物だと思うのだけれど」
「魔物も異形と呼ぶべき一種とは言えるだろう。だが……言っただろう? 自然の摂理で増える生命の一部を魔物と呼ぶ。つまりお前さん達が見つけたのは自然に生まれて来るものではない――人為的に生まれた異形って訳だ」

 他者を害する道具として、人為的に造られた歪な生物。
 詳細が語られずとも、その言葉には倫理に反する様な悍ましさを感じる。
 クリスティーナは喉の奥へと唾を送り込みながら、語られるであろう詳細を待ったのだった。
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