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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

193-2.一斉反撃

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 乾いた唇を舐め、目を光らせる狩人。

 相手の懐へ潜り込む、近接での攻撃を得意とするヴィートと圧倒的リーチを誇る魔法を扱う魔導師ではヴィートの方が聊か分が悪い。
 なれば先に潰しておく方が先決だろう。

 そう結論付けたヴィートがどちらの魔導師から仕留めようかと一瞬考えを巡らせたその時。二人の内の一人がヴィートの気配に気付いて素早く振り返った。

「お、さっすが。――じゃあきみからね」

 振り返った魔導師が杖を振るう。生成された雷がヴィート目掛けて放たれるが、それは地面へ衝突するとともに霧散した。
 残像を残して移動を図ったヴィートの速度に魔導師の動きは追い付かない。

 焦りを滲ませながら再び彼が杖を振るったその時。彼の項を素早く仕留める手があった。
 瞬間、手刀を受けた魔導師は成す術もなく地面へと倒れ伏す。

「な……っ」

 瞬きする程度の間に味方を仕留められた二人目の魔導師が鋭く息を呑む。
 だが大きく取り乱す事はせず、彼は冷静に杖を振るった。

 相手が隠密や手数に長けていると判断した魔導師はまずその動きを止めるべく自身とヴィートの間に氷の壁を生成する。
 小柄且つ細身である少年に壁を破る程の筋力はない。魔導師のその判断は間違っていなかった。
 成長途中であり、特別筋肉を鍛えている訳でもないヴィートは筋力の面では少々心許なさがある。故に進行方向に障壁を生成されれば足を止めるか遠回りする事を必然的に求められることになる。

 ――それはあくまで目の前に壁がある場合に限るが。

「うんうん、未熟とは言え国が認めただけの事はあるねぇ」

 緊張を感じさせない、無邪気な少年の声。それは魔導師の背後から届いた。

「なっ――」

 総毛立つ感覚、全身の血の気が引いて行く感覚。それらを抱えながらも魔法の行使を試みた魔導師が次に見たのは眼前に迫る地面の姿だった。
 一人目同様、手刀を受けた魔導師は地面へ横たわるや否や意識を手放す。

「さぁて、あと一人」

 無詠唱魔法によって生成された障壁。それが形成されるまでの時間はほんの僅かであった。
 だが、ヴィートはその『ほんの僅か』なタイムラグを超える速度で魔導師との距離を詰めたのだ。
 結果、壁が作られたのはヴィートが移動を開始した直後であった。魔法の発動速度が相手の移動速度に負けた魔導師はヴィートの背後に障壁を作ってしまう形を招いたのだ。

 壁が出来る速度を超えて相手の懐へ潜り込んだ彼は難なく相手の意識を奪い去った後、倒れた相手を見下ろしながら首を鳴らす。
 そして残った剣士へと視線を移したかと思えばその口角を歪な程釣り上げて笑ったのだ。

「遊んでくれるよね? おにーさん」
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