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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

196-1.馬鹿と天才

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「奴らが自らの身を明かし、尤もらしい事情を説明すれば兵士たちも開放せざるを得ないだろう。ニコラがこの街に留まり続けている内は奴らもまた策を練ってニコラとの接触を図ろうとするはずだ」

 クリスティーナはディオンと言い争っていたオリヴィエの様子を思い返す。
 焦りを滲ませ、冷静さを欠いて声を荒げるオリヴィエ。彼が苛立ちを見せた裏には自身に迫る追手の存在も絡んでいたのかもしれない。

「寧ろこれだけ派手に動いていて今まで見つからなかったのが幸いとも言えるが……。こうまで力ずくで連れ戻しに来ている事を考えると、あいつがこの街を自由に動ける時間ももう殆ど残されてはいない」
「彼自身もそれに気付いている。……だから今日は姿を変えて来ていたのね」
「ああ。シャルロット嬢の容態もだが、追手の存在もあいつの焦りの一つだろう」

 宿が見えて来る。見送りはここまでで十分だろうと判断したヘマが足を止めた。

「あいつは天才であり馬鹿でもある。何でも自分一人で解決したがるし、その為なら多少の無茶もする。……そしてそれがまかり通ってしまうだけの技量がある」

 オリヴィエ程才に恵まれればわざわざ人を頼る必要が出て来る場面もそうないだろう。
 それに加えて彼は傲慢だ。誰かに軽々しく頭を下げる事を好ましいとは思わないだろうし、実力が伴っている以上敢えて誰かの手を借りようとすることもない。
 それがヘマは気に食わないのだろう。

「……あいつには守る物が多すぎる。今はそれでも何とかなっているが……いつか足元を掬われる日が来ない事を願うばかりだな」

 大きく息を吐き、拠点へ戻るべく一歩後ろへ退いた彼女はそこで何かを思い出したように小さな声を漏らす。

「そういえば、うちの拠点が変わったんだ」
「もう? 彼女がやって来たのは昨晩でしょう?」

 ブランシュが取締局の拠点を特定した事で万一に備えて拠点を移動させるという話はディオンから聞かされた。
 だがその話を聞かされてからまだ一日も経っていない。
 クリスティーナ達が驚けば、ヘマは大したことではないと肩を竦める。

「拠点の移動も初めてじゃない。それにいつこういう事が起きても良いよう、常に備えているからな。もう慣れたよ」
「拠点を移動されたという事は、今後取締局の方へお会いしたい時に今までの場所へ赴いても意味がないという事ですよね」
「ああ。内通者には順次連絡するつもりでいるが、取り急ぎアンタ達には伝える必要があると思った」
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