悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

197-1.主従の対話

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 開け放たれた窓。その先浮かぶ月をシャルロットがぼんやりと見上げていると、その視界の端を長い腕が横切る。

「いつまでもそうしていると、お体に障りますよ」

 穏やかな口調で主人を嗜めながら窓を閉めたのはジルベールだ。
 長い付き合いであり、気心の知れた従者にシャルロットは口を尖らせる。

「ジルのケチ」
「今日もお体を崩されていたではありませんか」
「今は落ち着いたでしょ? ずっと閉め切っている方が気も滅入るよ」

 明るく振る舞う主人を見ながらジルベールは眉を下げる。
 クリスティーナ達と別れた朝、従者としてシャルロットに付き添っていたジルベールはその日の彼女が嘔吐や喀血に苦しむ姿を目の当たりにしていた。

 気丈に振る舞ってはいるものの、顔も青い。
 主人の容態とそれを隠そうとする振る舞いに笑い返すことが出来ず眉を下げると、シャルロットは困った様に苦笑した。

「……ごめんなさい。困らせたかった訳じゃないんだけど」
「いいえ」

 シャルロットの体調が今よりも安定した頃であれば彼女の冗談に笑い返すことも出来ただろう。だが、深刻な容態や彼女をそうせしめた物の正体、彼女の身に起きている事をより詳細に悟った今はそうしてやる余裕もジルベールにはなかった。

「ジルが心配してくれてるみたいだし、今日はそろそろ寝ようかな」
「そうしてください。私に言われずとも安静にできるようになって頂けると安心できるのですが」
「おっと、急に眠気が」
「シャルロット様……」

 元よりお転婆であったシャルロットへ釘を刺す様な小言を一つ零せば、それはお道化た様子で聞き流される。
 全くとため息を吐くも、それが冗談の類である事、実際には周りの迷惑になる様な無茶をするつもりがない事もわかっている為にジルベールは主人の態度に目を瞑る事とした。
 灯りを消し、退室の支度を整えたジルベールはドアノブに手を掛ける。

 普段であれば後は一言挨拶を残して出て行くだけなのだが、今日の彼はそうする訳にはいかなかった。

「ジル?」

 ドアノブに触れたまま動きを止めた従者の様子にシャルロットが首を傾げる。
 その声が聞こえていない訳ではない。ただ、彼は考えを巡らせることに集中していた事で返事を返すことを忘れていた。

 ジルベールは今日一日、古代魔導具に関する情報を得る為に何度かシャルロットへ問い掛ける事を試みた。
 しかし上手い切り出し方が見つからず有耶無耶になってしまったり、シャルロットの状況の悪化によってそれどころではなくなってしまったりと、今の今まで聞く機会を失っていたのだ。

 だが、ジョゼフの古代魔導具の件が一刻を争う緊迫した状況である以上、これ以上先へ延ばすことは避けなければならない。

 暫く沈黙が続く。
 やがてジルベールはドアノブから手を離し、シャルロットへと振り返った。

「シャルロット様」
「なぁに?」
「その……大した事ではないのですが」

 ジルベールは嘘を吐く事が好きではない。何かを偽り、その事に覚えるだろう罪悪に抵抗があるのだ。
 だが父親の犯している罪の一切を知らないシャルロットにありのままを伝えれば彼女が酷く傷つく事は明白だった。
 いつか知る真実であったとしても、その日が来るまではその事実を伏せておきたい、彼女が傷付けたくはないという思いが彼の中にはある。

 故に彼は嫌いな嘘を吐く選択をした。
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