悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

198-1.変化の予兆

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「……そういえば。学院からお戻りになられた頃と言えば、シャルロット様がお怪我をされた事がありましたよね」

 嘘だ。いくらシャルロットの側にいるジルベールであってもシャルロットが追った怪我やその時期の全てを詳細に覚えている訳がない。館全体が騒然とするような大事ならまだしも、日常に支障を来さない程度であれば記憶に残り続ける事もないだろう。

 だが、ディオンの推測が正しければシャルロットは古代魔導具に接触した際、何かしらの形でそれから攻撃を受けているはずである。
 故に古代魔導具の性能について確証が得られればという望みから鎌を掛けたに過ぎない。

(嘘を吐いたのなんていつぶりだろうか)

 主人相手に繰り返し嘘を吐きながら、ジルベールはふと思う。
 彼は争いの次に嘘を嫌う。必要性を感じるとしても出来る限り言葉で偽る事を避け、別の手段を取ろうとする。故に嘘を吐く事は滅多にない。

(……いや、最近もあったな)

 最後に吐いた嘘は何だったかと思い返せばすぐに思い当たる物があった。
 クリスティーナとリオがジョゼフと鉢合わせた時の事だ。あの時は咄嗟に嘘を吐き、二人をジョゼフから遠ざけた。

(咄嗟に、か。そんな事今まではなかったのに)

 あの時の行動が間違っていたとは思わない。だが嘘を忌避し、吐く事に慣れていない彼が『咄嗟に』言葉を偽る事等、今までにない事であった。
 ――そして吐いた嘘に対し罪悪を覚えない事も。

 今もそうだ。最も敬愛する相手に言葉を偽っているにも拘らず、ジルベールの心は妙に落ち着いていた。
 不思議な感覚だ。今まで過激と言える程遠ざけていた物を抵抗感なしに扱う状況は。

 路地裏の追い剥ぎを撃退する時も、古代魔導具の攻撃を防いだ時もそうだ。敵意を向けるものを真っ直ぐと己の視界に捉え、剣を振るう。
 争いや剣を握る事を嫌う気持ちは今も確かにあるのに、その気持ちに振り回されることの無かった瞬間。
 それと今までの経験は何が違うのか。今すぐに答えを出す事は出来ないが、ジルベールは自分の中で何かが変わりつつあるような、そんな予感がしていた。

「そうだっけ? 元々怪我は多い方だからなぁ。あんまり覚えてないかも」
「シャルロット様は今も昔もお転婆が過ぎる事がありますからね。付き合いの長い使用人からは良く叱られていらっしゃいましたし」
「嘘だぁ。昔よりは丸くなったでしょ?」

 自らを振り返る傍ら、首を傾げるシャルロットへ冗談交じりに軽口を零す。
 負った怪我の数を全て覚えているはずがない。それは本人とて同じ話である。
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