召喚探偵の推理回想録

玻璃斗

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緋色の宿命

1-4 降ってきた遺体

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前言撤回。
ふざけんな。異世界召喚。

裏路地に腰を下ろした俺は仏頂面になりながらやり場のない怒りで震えていた。

理由は単純。

憧れの街を満喫出来なかったからだ。

どういう意味かというと、話は一時間ほど前に遡る。

上機嫌で街に繰り出した俺はまずここがどこなのか知るために道を聞こうと考えた。

今思えば異世界なのだし言葉が通じるわけがないのだが、どういうわけか通り過ぎる人が話している内容を理解出来るのだ。
どうも頭の中で自然と翻訳されているようだ。

仕組みはわからないがこれ幸いと俺は近くにいた通行人の女性に話しかけようとした。

だが『すいません』と声をかけた瞬間。
どういうわけか真っ青な顔をして走り去っていったのだ。

しかも驚くほどの全速力で。

最初はてっきり『身知らず男性がいきなり話しかけてきたからナンパか何かだと勘違いしたのかな?』なんてのんきなことを考えていた。

だが男性の通行人や道に面したパン屋の店員さん。

色々な人に話しかけようとしたが全員逃げるのだ。

パン屋においては『今店じまいするところだったんだ! ごめんね!』って言って目の前でシャッターを閉めやがった。

いやいやいや、お前のことさっき開店したばっかだろ。

しかも店先に出て『焼きたてパンはいかがですか! 今から一時間タイムセール! お安くしますよ!』って言ってただろ!

見てたぞ、おい、こら!

しかしそんな抗議も空しく、みんな俺を無視。

おかげで街を歩き回って一時間経つのに誰とも会話をすることが出来なかった。

こうして途方に暮れた俺は元いた場所に戻ってきたというわけだ。

だけどなんであんなに避けられるんだ?
自分で言うのも何だが人相もコミュ力もそこまで悪くないはず。

もしかしてゴミ箱に頭突っ込んでたからか!?
そんなに臭いか、俺!?

俺は犬のようにくんくんと顔を寄せ服を嗅ぐ。
しかし慣れてしまったせいか特に臭いとは感じられない。
まぁ、臭いと思ったからといって風呂に入れるわけでもないが。

だがこのまま沈んでいても仕方ない。今はまずこれからどうするかを考えよう。

そうだな。
泉がよく俺に話してきた異世界ものの小説を参考にするか。

俺は目頭を摘まむと泉との会話の内容を思い出した。

えーと。確か泉が話していた小説の主人公は転生や召喚された後。

『召喚した相手、女神や神様から懇切丁寧な説明を受ける』

……うん。そんなもん全くなかったぞ。

いきなり自分は魔女だってわけわからんこと言いだしたと思ったら、俺を散々弄ってろくな説明もしないままゴミ箱に放り込みやがった。
あとされたことっていったらき、キスぐらいか。
結構気持ちよかったけど……

って、違う、違う!

俺は頭を勢いよく左右に振った。

あれは俺を惑わすための罠だ!
好意とかそういうのじゃない!

次!

『頭の中で尋ねると答えが返ってくる』

異世界召喚や転生したあとにはそのような機能が特典としてつくようでそれらが神様と同じように世界観や物事を懇切丁寧に説明してくれるらしい。

鑑定スキルというやつだ。

……うん。それはやった。

何度も頭の中で『ここはどこですか?』と尋ねた。

だが返ってきたものといえば自分の『何やってんだ、俺』という冷静な突っ込みぐらい。
どうやら俺の頭の中にはそういう機能は搭載されなかったようだ。

「あとは……」

ズドン。

俺が三つ目を思い出そうと顎に手をやった時。
ゴミ箱のほうから鈍い音が聞こえてきた。

ん? 何の音だ?
誰かいんのか?

気になった俺は確認のためおそるおそる音のした方へ駆け寄る。

「なっ!?」

そして中にあったものを見て息を呑んだ。

何故ならゴミ箱の中で身なりのいい小太りの男が全身傷だらけでぐったりと横たわっていたからだ。

しかも一番驚くべきところは、彼の腹。
鮮血の赤色が腹を中心にべっとりと染み出していた。

「……え?」

理解が追い付かなかった。

なんだこれ?
どこか見覚えのある。
いや、見たんじゃない。読んだんだ。

俺が好きな推理小説の一場面。
っていうことはまさかこの人。

し、死んで……

「う、うがっ……」

小太りの男は今にも消え入りそうなうめき声を上げた。

よ、良かった。
なんとか息はあるみたいだ。

俺はホッと胸をなで下ろすと男に声をかけた。

「あんた。しっかりしろ! 大丈夫か!」
「あ……つ……がっ……!」

男はかなり苦しいようでかすれ声しか出てこない。

「ど、どうする? まず救急車か!? いや、この世界に救急車なんてあるのか!?」

だけどこのまま放っておくのはまずい。
早く病院に運ばないと。

「誰か! 誰か!」

俺は大通りに向かって叫ぶ。

「あ……がっ……」

その時、男は弱々しく俺の袖を引っ張った。
振り向くと男は口を金魚のようにパクパク動かし必死に何かを伝えようとしている。

「ど、どうした?」

俺は耳を男に近づけた。

「……ラ」
「ラ?」
「リ……ン……ズール」
「リンズール?」

なんじゃそりゃ?

暗号か何かか?

困惑していると男の目は虚ろになり手が俺の袖から力なく滑り落ちる。

「ちょ、しっかりしろ! おい!」

微動だにしない男をゆすっていると路地裏に大声が響き渡った。

「貴様、そこで何している!?」

振り返るとそこには人集りと拳銃を手にした制服の男性が二人。

俺の助けを求める声を聞きつけ警官達が駆けつけたようだ。

「よ、よかった! この人怪我してて早く病院に……」
「手を上げろ!」

「……へ?」

どういうわけか警官達の銃は助けを求めた俺に向けられていた。
もしかしてこれって。

「手を上げろと言ったんだ! 抵抗するというなら打つぞ!」

やっぱり俺、犯人だと思われてる……

「ち、違う! 俺はただ……!」
「近づくな! 手を上げろ! 跪け!」
「わかった! わかりましたから!」

ヘタに抵抗して撃ち殺されたりしたらたまったもんじゃない。
激しい剣幕でまくし立てる警官に俺は素直に両手を上げ敵意がないことを示す。

その時ふと三つ目の泉の言葉が頭に過ぎった。

『異世界に召喚された主人公は事件に巻き込まれる』

……マジかよ。おい。
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