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第一章 青き誓い

6、王子と赤薔薇姫(7)

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 銀色の瞳を水晶のように輝かせて丸い頬を持ち上げるマルティータの愛らしさに、グレイズの胸がきゅんと疼く。ときめきと切なさにまかせて手をきつく握る。

「マルー。君は本当に優しくて、慈愛に満ちた子だね」

「慈悲(グラスタ)の名をお持ちのグレイズ様には、とても」

「では、いつくしみあおう。お互いを、この国を」

 晴天にウィスティリアの花びらが舞う中、グレイズは寄り添う少女の両手を取った。
 そして、常春の庭に渦巻く甘やかな薫風をたっぷりと吸い込んでから再び口を開いた。

「私の妻になってくれるね。君が十六の成人を迎えるのをずっと待ちわびていた。皆、祝福してくれよう。私たちの婚礼は明るいニュースになる。父上にも、もちろん国民にも」

 グレイズは滔々と淀みなく語りかけた。
 いままでもこれからも、マルティータへの言葉に詰まったことは一度も無い。
 思ったことをそのまま言うことができるし、彼女もまたそのままの彼を受け止めてくれる。
 彼女の前でなら、世界一の詩人になれる。
 父親の真っ赤な顔、大臣や議員たちの青白く、あるいは茶色い顔を前にしたときの顔面と喉がこわばる嫌な緊張感などはない。
 汗ばむ手のひらの中で、小さな両手が蠢いた。

「もう、何度も申し上げましたけれど、喜び謹んでお受けいたします。ですが……」

 遠慮がちに見上げてきた恋人の、赤い巻き毛が輝きながら揺れた。

「本当によろしいのですか。わたくしには〈ギフト〉の一つもありません」

「それこそ、何度も聞いた質問だね」

 前髪の下で、同じ色をした長い睫毛を楚々と羽ばたかせるのがいじらしい。
 自らが王室の悪いニュースになりかねない。彼女はそれを危惧しているのだ。
 ヴァニアス王家には代々、神秘の力持つ娘――〈ヴァニアスの神子〉が生まれる。
 理由は定かではないが、始祖王とその妻に由来があるのではと歴史家は語る。
 つまり、エドゥアルガス獅子王が娶ったワニア民族の神子シャラーラの力が今でもその血に流れているという話だ。マルティータもそれを信じ尊んでいる一人だった。
 建国から九〇〇年が経ち、現在ではワニア民族とその力も希少なものになってしまった。
 歴史以前からヴァーナ諸島に原住していたワニア民族――魔法使いの一族はソレナ民族によって二重――迫害と同化に追われたからだ。
 ヴァニアス島の南方、フィスティア大陸から入植してきた貴族は当初、ワニアたちを野蛮人として迫害していたが、彼らが神秘の力をその身に宿すと知るなり、立身出世を目的にその力を求めワニア民族との婚姻を繰り返した。また、エドゥアルガスとシャラーラの婚姻と建国をきっかけに融和が、そして意図せず同化が促進されたという見解もある。そして純血同士でのみ受け継がれるワニア特有の水色の髪と瞳、魔法の〈ギフト〉は時代とともに失われていった。
 こんにちでも、魔法の〈ギフト〉を貴ぶ風潮があり、現サンデル公爵は現存する唯一のワニアの集落ラズ・デル・マールからワニアの純血(フレイント)でしかも〈御山の神子〉を娶った。そしてマルティータが生まれたが、彼女は何のギフトも持っていなかった。
 こうした状況からマルティータは〈ギフト〉なき己を無能と考えてしまうようだ。
 しかしグレイズはヴァニアス人――ソレナ民族に魔法の〈ギフト〉が顕現する現象は過去にワニア民族と交わった名残――ただの先祖返りであり、くじ引きのようなものだと考えていた。
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