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第一章 青き誓い

6、王子と赤薔薇姫(8)

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「マルー、私の赤薔薇さん」

 グレイズは、彼女の自分より一回り小さい顔を覗き込んだ。

「魔法の力がなんだ。魔法を使いたければ魔法使いに頼めばいい。知性があれば魔術にだって取り組める。君の長所は別にある。学生も投げる本を読みこなし、素晴らしい知恵を蓄えたじゃないか。医術書を読む娘など、私は君の他には知らない。私はこの世にただ一人の君を愛し、君と人生を共にしたい」

 グレイズは、マルティータの瞳に映る自分のさらに奥にある少女の黒々とした瞳孔を見つめながら、彼女の前髪をそっと耳にかけ直してやった。

「私のほうこそ、父上のように勇猛でもなければ剣や政治に長けてもいない。始祖様のような立派な王にはなれないだろう。しかし、私は神ではないからこそ人に頼れる。剣術はセルゲイのような優秀な騎士にまかせるほうが、ずっといい」

「そうおっしゃって、学びを放棄されるので?」

 小さくくちびるを尖らせ、的確に注意してくる少女の頭の回転の速さも、我がことのように誇らしい長所だ。
 グレイズは微笑み、顎を引いた。

「まさか。セルゲイは私の騎士で、友で、師となる男だ。君を守るためならばいかに不得手といえど全力で取り組もう。君に侮られぬ、君の誇りでありたいから。だからお願いだ、マルー。私の欠けたところを埋めておくれ。未来永劫、私の側にいてくれ」

「グレイズ様……!」

 マルティータはくしゃりと切なげに破顔して、グレイズに体重を預けてきた。
 細い身体のほどよい重み、少し早い鼓動、暖かい匂いに彼女の確かな存在を実感する。
 本当は思い切り抱きしめて、彼女を一番近くに感じたい。
 誰も、グレイズさえもまだ摘んだことのない桜桃のようなくちびるを味わってみたい。
 グレイズは頭がくらくらするような興奮を理性の内側になんとかとどめて、なるたけ優しく、思いの丈を込めて、そっと頭を撫でた。
 それは正解だったようだ。
 少女は日向を喜ぶ子猫のように目を細め、くたりと力を抜き少年の愛撫を受け入れてくれた。
 たわわに咲き垂れるウィスティリアの屋根の下、世界一可憐な婚約者と甘い風の吹く素晴らしい午後とに半ば放心していると、腕の中で少女がくすぐったそうに笑って身をよじった。
「いままでに、何度プロポーズをお受けしたかしら」
 見上げてきた銀の瞳はうっとりと潤み、三日月のように清らかな光を集めている。
 その下で動くくちびるのなんと美味しそうなことだろう。
 ヴァニアス王家に魔法の力をもたらした伝説の神子姫シャラーラも相当な美貌を誇ったといわれているが、マルティータの花も恥じらう愛らしさには、とてもかなわないだろう。
 グレイズは欲望をごまかすようにマルティータの髪を指に巻き付けて戯れる。

「結婚したあとに、されなかったと言われないようにね」

「まあっ。では、今日が聴き納めでしたのね」

「しかし、これからは、なんと言って君の気を引けばよいかな」

「チェッカーボードケーキなんていかがかしら。それとも……」

 と、マルティータがグレイズの鼻先へ向かって首を伸ばしてきた、その時だった。
 どこからともなく鐘の音が響く。

「いけない!」

 マルティータがすっくと立ち上がる。
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