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第一章 青き誓い
9、金色の姉弟(4)
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それから三晩を過ごした〈白羊の月(ラーム)〉十二日。
ラ・ウィーマの村が赤く燃えていた。そこで、少年が一人絶望に立ち尽くしている。
長身痩躯の薔薇の王子だ。マルティータが見間違えるはずがない。
ひとりぼっちの彼の背後に黒い影が迫る。燃え盛る家々の立てる轟音で彼は気づいていない。
空を焼く強大な黒い炎はやがて竜の姿をとり、その足元から片足の男が剣を振りかぶった。
「グレイズ様!」
揺れぬ寝床で、マルティータはうなされながら目覚めた。
心臓が早鐘のように早く、どきどきとうるさい。
後頭部が湿って気持ちが悪いし、枕は濡れてびしょびしょになっている。
寒気に身体を起こすと、風を直に感じた。
みればカーテンが月光にその身を透かして膨らんでいる。窓が開けっぱなしになっていた。
花と鳥の喜ぶ春とはいえ夜風は冷たく、冬の名残がある。
侍女イーリスはお休みの言葉と共に下がらせていたので、今は部屋にはいない。
彼女にも休む時間が必要だが、用心深いイーリスのこと、戸口のすぐ傍に控えているだろう。
しかし、呼ぶのは、はばかられる。
マルティータは手近にあったショールを身体に巻き付けて窓辺に向かった。
窓の外、昼間には空と海の鮮やかな青に染まっていた景色が、今は闇色に包まれている。
星々の褥(しとね)である夜空の、深く穏やかな漆黒は、グレイズの髪を想い出させる。
短く顎筋で切りそろえたそれの、薔薇の香りまでも蘇ってくる。
その奥に潜む、彼からしか感じられないうっとりとするような甘く暖かな男性の匂いまでも。
しかし、夢の中で絶望に顔を歪ませていたグレイズこそが現実の姿であるともわかっていた。
グレイズ様は混乱していらっしゃるはずだわ。きっと今も、とても。
マルティータのため息が落ちていった眼下には、城の足元に光の粒が点々と灯る。
そこにいる人々のささやかで幸せな暮らしを彷彿とさせる。
近海を本物のルジアダズ海賊団が闊歩しているとは思えない静けさだ。
本当に、バカンスに来たような錯覚さえ憶える。
ここにグレイズ様がいらっしゃれば、どんなにいいかしら。
優しい夫の代わりに、少女は自らを抱きしめた。
ラ・ウィーマの村が赤く燃えていた。そこで、少年が一人絶望に立ち尽くしている。
長身痩躯の薔薇の王子だ。マルティータが見間違えるはずがない。
ひとりぼっちの彼の背後に黒い影が迫る。燃え盛る家々の立てる轟音で彼は気づいていない。
空を焼く強大な黒い炎はやがて竜の姿をとり、その足元から片足の男が剣を振りかぶった。
「グレイズ様!」
揺れぬ寝床で、マルティータはうなされながら目覚めた。
心臓が早鐘のように早く、どきどきとうるさい。
後頭部が湿って気持ちが悪いし、枕は濡れてびしょびしょになっている。
寒気に身体を起こすと、風を直に感じた。
みればカーテンが月光にその身を透かして膨らんでいる。窓が開けっぱなしになっていた。
花と鳥の喜ぶ春とはいえ夜風は冷たく、冬の名残がある。
侍女イーリスはお休みの言葉と共に下がらせていたので、今は部屋にはいない。
彼女にも休む時間が必要だが、用心深いイーリスのこと、戸口のすぐ傍に控えているだろう。
しかし、呼ぶのは、はばかられる。
マルティータは手近にあったショールを身体に巻き付けて窓辺に向かった。
窓の外、昼間には空と海の鮮やかな青に染まっていた景色が、今は闇色に包まれている。
星々の褥(しとね)である夜空の、深く穏やかな漆黒は、グレイズの髪を想い出させる。
短く顎筋で切りそろえたそれの、薔薇の香りまでも蘇ってくる。
その奥に潜む、彼からしか感じられないうっとりとするような甘く暖かな男性の匂いまでも。
しかし、夢の中で絶望に顔を歪ませていたグレイズこそが現実の姿であるともわかっていた。
グレイズ様は混乱していらっしゃるはずだわ。きっと今も、とても。
マルティータのため息が落ちていった眼下には、城の足元に光の粒が点々と灯る。
そこにいる人々のささやかで幸せな暮らしを彷彿とさせる。
近海を本物のルジアダズ海賊団が闊歩しているとは思えない静けさだ。
本当に、バカンスに来たような錯覚さえ憶える。
ここにグレイズ様がいらっしゃれば、どんなにいいかしら。
優しい夫の代わりに、少女は自らを抱きしめた。
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