純白の抒情詩〈リューリカ〉

黒井ここあ

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第一章 妖精と呼ばれし娘

二 五月雨の心は(3)

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「聞いているさ、いつだって……」

 失踪した伯爵の弟、アルフレッド・ボーマンは貴婦人の部屋から足早に立ち去った。
 たどり着いた馬小屋、お付きの使用人への労いもなおざりに、栗色の毛並みが美しく梳られた自身の愛馬にまたがった。
 乗り手が乱暴に蹴り上げてしまったせいで、馬が悲痛な声でいなないた。
 だが従順な彼女はアルフレッドの手綱のとおり、土埃を立てて駆けだした。
 丘の上のボーマン邸を出てヒューゲルシュタットの街を横切り、森の隣にある樵の町ホルツを追い越す。
 アルフレッドが馬で駆けてゆくのを見て、町人たちは薪を割る手を少し休ませた。
 ちょっと手を上げて見せる彼らに、アルフレッドは見向きもせず、馬に鞭を入れていた。
 彼らは、坊ちゃん、いつもと違うねえ、と顔を見合わせて首を傾げあった。
 森の入口、人通りの少ないあぜ道をその目に捉えると、アルフレッドはその手前で手綱を強く引いた。
 愛馬がそれにこたえようと必死になりながら、前足を上げて足を止めた。
 屋敷から走らせ続けた愛馬は、休ませてやらねばならない状態になっていた。
 さわやかな初夏だというのに、全身から汗が湯気になるほど息が上がっていた。
 普段、こんなに走らせはしないが、アルフレッドの陰鬱な気分がそうさせてしまったのだ。
 彼はため息をつくと軽やかに馬上から降り立った。
 頭と足を重たそうにしている愛馬をいたわりながら、少し早い足取りで森の北部にある泉へと続く道をたどりはじめた。
 目指すのは近隣住民から北の泉と呼ばれている場所で、その湧水は飲めるほど清らかなのだ。
 初夏のまばゆい日差しが、梢の屋根によって穏やかになる。
 辺りにはむっとするような、森林特有の香りが満ちていた。
 その青い香りを胸一杯に吸い込むと、頑なだったアルフレッドの心もじんわりとほぐれてくるようだった。
 五分ほど歩いて、北の泉のほとりについた。
 近くの木の枝に愛馬の手綱をひっかけてやると、汗でぬれた毛並みを整えてやりながら、アルフレッドは改めて愛馬に詫びた。

「すまない、エヴァンジェリン。お前をいじめるつもりはなかったんだ」

 愛馬は湿った鼻を一つ鳴らすと、頭を垂れて泉の水を飲みだした。
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