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第一章 妖精と呼ばれし娘

一、愛を探す少女(5)

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 ロザリンデは公私で口調を整えられるだけの分別がつくようになっていた。

「ええ。成人の儀からは、晴れて一介の魔術師ですからね。陛下のお傍にいられるのも、いつ最後になるか―」

 対する魔術師の声音はチェロそのもののように、豊かな甘やかさがあった。
 成人した女性の寝室に入ることは、摂政であろうとも許されなくなる。
 今後、女王の寝室に入ってよい男性は、彼女の婿となる者だけなのだ。

「そうよ、無断でわらわの寝室に入ることは許されないもの。残念でしょうけれど」

「随分と手厳しいですね。いじけておいでですか、陛下」

「陛下と呼び続けるからだわ」

 ゆっくりと女王の傍へ歩み寄った魔術師は、トーンを落とし柔らかな声で彼女の耳元をくすぐった。
 女王の髪を束ねた二つの房が、夜風にほんの少し揺れる。

「私なら、どんな錠前も容易く開けてしんぜますよ、ロゼ」

「それはいったいどんな鍵を使って開けるの?」

「それは……」

 ジークフリートは、シルクの寝巻に包まれた年齢に反してまだ女性になりきれていない、子供とも呼べるようなほっそりとした肢体の線をねぶるように見やった。

「残念ながら、ロゼにはまだお教えできません」

「思わせぶりね。本当は早く教えたくて仕方がないくせに」

 魔術師は、はは、と乾いた笑い声を立て、彼女の隣へ腰かけた。
 頑なに魔術師を見ようとしない少女の肩を、彼はなるだけ驚かさないようにそっと抱きよせた。
 そして体を強張らせている彼女の顎を引き寄せると、瞳をぎゅっと閉じている彼女の、普段はティアラの飾られる丸い額に口づけた。

「最後のおやすみのご挨拶ですよ。私が居なくても、よい夢を見てください」

 彼女は、面喰ったような、期待外れのような、照れているような顔をして上目づかいに彼を見つめた。
 熱っぽい瞳で少女があどけなくほほ笑むのに、魔術師は意地悪そうに口元を引いてみせた。
 それから二人は寝椅子に並んで座り、肩を寄せ二つの月を眺めた。
 月の光が少女の、そして魔術師の素顔を照らしていた。
 甘い風の吹く、優しい永遠のような沈黙を破ったのは女王だった。

「そなたに頼みたいことがある。返事は、一つだけしか聞かぬ。女王の勅命じゃ。やってくれるな?」
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