純白の抒情詩〈リューリカ〉

黒井ここあ

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第一章 妖精と呼ばれし娘

二、五月雨の心は(5)

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 アルフレッドは息を細く長く吐き出した。
 ほんの少し瞳を凝らせば見えた獲物だと思うと、余計に腹立たしかった。
 いつもの自分らしくない。

「集中だ……」

 アルフレッドの灰色の瞳が、獲物を求めて研ぎ澄まされる。
 耳は木の葉一枚が落ちる音さえも捉えた。
 そうやって狩りに集中することで、ふと沸き起こってくる忌まわしい過去を、今は無視しようと努めていた。
 しかし、忘れようという努力は常に空しいものだった。
 その物事を忘れようと意識すれば意識するほど、かえってはっきりと思い出されてしまう。
 アルフレッドの脳裏に蘇るのは、いつも同じ風景だった。
 憧れの姫君の口から、好きな人がいると聞いた、あの午後。
 初恋の人の清らかな花嫁姿。
 彼女の隣に立っているのは、アルフレッドより細くとも頼もしく見える兄の背中。
 ある日の、兄の子をさずかったという、彼女の告白。
 それから、息子を失くした彼女の悲痛な―。
 呼吸が乱れる気配。彼の集中が今まさに途切れようと言う時、緑色ばかりだった彼の視界に、白いものが飛び込んできた。
 距離は、それなりに遠かった。
 しかしアルフレッドには見ることが出来た。
 そして、そこへ矢を打ち込むこともまた可能だった。
 それは、ふわふわとした白い毛並みで、さそうように揺れていた。

「夏なのに、まだ毛が生え換わっていない……!」

 通常、野うさぎはその生命を守るために夏は土に擬態できる茶色、冬は雪の上で目立たぬ白色の毛皮を身に纏う。
 しかし、夏の今、アルフレッドの目の前には、隠れるそぶりも見せない、あまりにも無防備な白い毛並みが見えていた。

「……これは良い手土産になりそうだ……」

 アルフレッドは呼吸で手元がぶれないように、大きく息を吸い込むと、ゆっくりと慎重に呼気を吐き出しつづけた。
 確実に仕留める為に、弓に矢をつがえる手には追撃の矢を数本用意した。
 もう一度、胸郭をゆっくりと膨らませる。
 獲物は彼の視界から一向に隠れる気配はなかった。
 息を吐き出しながら、一発撃ち込む。
 すかさず残りの矢も打ち込んだ。アルフレッドの瞳が空中を切り裂く矢を追う。その先には白い毛並みだ。

「……仕留めた……!」

 何か固い音がした。
 その音に、アルフレッドは成功を確信する。
 四発打ち込み、かつ全てが当たった音がした、そう思うと彼は気分が高揚し、身をひそめることを忘れて白いうさぎが倒れているだろうところへと駆けだした。
 茂みを掻き分け、小枝を踏み折りながらその場所へ向かう。
 木の葉がすれ合う涼しい音に、近くに潜んでいた野うさぎや野鳥が一斉にその場から離れてゆく。
 狩人が急に立ち止まった。
 足元では、踏まれずに済んだ虫たちがその場から逃げ出している。

「……なぜだ? 確かに、打ち込んだのに……」

 白樺の切り株の傍、白いうさぎがいたそこには、打ち込んだはずの矢が四本、その場で真っ二つに折れて散らばっていた。
 血がしたたった痕跡も無い。
 辺りは、不思議なほどに静まり返っていた。
 ただ風が、森の音を悠々と奏でているだけだった。
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